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流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第三章 ロラの話
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20話 生きているから

「自殺しても、また転生するかもしれないよ?逃げないで、戦おうよ」


 誰もいないと思っていた背後から声がして、ロラはすぐさま振り返って剣を構えた。


 久しぶりに聞いた自称神の御使いの声にロラは苛立った。


 今まで姿を見せず、存在すら忘れていたのに、なぜこういうタイミングでいるのだろうか。


「…あなた、一体なんなの?」


「ボク?あらゆる世界を旅して、お話を人々に聞かせる神の御使いって、自己紹介してなかったっけ?」


 平気で割れている窓に腰をおろし、足をプラプラさせてまったく緊張感がない。


「神の御使いなら、みんなを生き返らせて!」


「悪いけど、ボクにはそんな力はないんだ。

 それより急がないと、こうしている間に命の灯火が消えているよ。

 さあ、行こう。キミの持っている、その剣なら死者は蘇らせられなくても、瀕死の人は治せる。

 何を迷ってるんだい?人を見捨てるなんて、キミらしくないよ?」


「私らしいって、私の何を知っているわけ?勝手なことを言わないで!私はいつも自分や大切な人が理不尽に苦しまず、幸せになってほしいから国なんて面倒なものを背負ってきたのよ。人の幸せなんてどうでもよかった。

 結局、どんなことしても幸せは消えてしまうってわかったんだから、何しても無駄なの。だから、私にあれこれ言ってないで、どこか行きなさいよ!」


 自称神の御使いは、首を傾げた。


「どっか行ったら、生きてくれる?」


「あなたには関係ない」


「関係なくはないよ。サクスムの時からキミを見つけて、ずっと追ってきたんだから。コルネリアのときは間に合わなかったから、彼女の生涯についてわからなかったけど、リアムが話してくれてよかったよ。

 今回の生は自殺しましたなんてオチ、誰も楽しくないし、幸せな気分にはならない。キミの物語を待っているヒトがいるんだからさ」


「物語?ふざけないでよ。私はあなたを楽しませるために、生きてるんじゃない」


「ん?そりゃあそうだけど…。

 うーん、あっ。このまま犯人を野放しにしたままでいいの?転生したあとに復讐しとけばよかったって思わない?」


 ロラは夫と子どもの後を追おうとばかり考えていて、殺した犯人について何も考えていなかった。


「…犯人は許せない」


「それで、どうするの?」


「帝国に行く。もみ消したり、なかったことにさせない」


「うんうん、それで?」


 死体が転がるこの場で、ニコニコと笑っているこの人は頭がおかしいのだろう。


 ロラは睨んでから、いつの間にか目の前に立っていた自称神の御使いに切っ先を向けた。


「あなたに話す気はない。消えて」


「そんな、冷たいよぉ。キミの邪魔しないからさ。

 犯人はすぐ見つかるよ。帝国ではキミは神様なんだから。神の子を殺したといえば、慌てて出てくるよ」


 本物の神なら、夫も子どももこんなむごい死に方をさせなかっただろう。


「うるさい!私は神様なんかじゃない!」


 自称神の御使いめがけて思いっきり剣を薙ぐと、首が飛んだ。


「なっ…」


 避けると思っていたのに、自称神の御使いは避けなかった。


 驚いた表情のまま、首が音もなく地面に転がり、口が動いた。


「あれ?なんでボクのこと斬れるの?」


 ロラは剣を振り下ろした姿勢で固まった。


「は?なんで喋れるの?喉と肺がなければ話せないのに。気持ち悪い」


「そこ、驚くところ?さらっと気持ち悪いとか言った?傷つくなあ」


 首を斬られた人間は数秒意識があるというが、この自称神の御使いは口を動かして言葉を発している。


 しかも、血が一切流れていなかったのだ。


 ロラは剣を構えたまま、この意味不明な生き物に近づく。


「…あなた人じゃないのね。私の妄想だった?それとも悪魔?」


「悪魔か。いたら会ってみたいけど、残念ながらボクは実在している人間だよ。精神をあらゆるところに飛ばして会話できるけど、モノには接触できないんだ。なのにボクの首は切り落とされている。その剣は精神も斬るようだね。いやぁ恐ろしい。今回は退散するよ。

 悔いのないように生きるんだよ、ロラ」


 ロラは瞬きをすると、自称神の御使いの首と胴は消えていた。


「なんなの…」


 変な夢でも見た気分だ。


 ならば夢であってほしかったが、義父母や夫たちの遺体はここにあった。


―――守れなかった。


 剣や魔法の練習をしていたのは、家族を守るためであった。


「なんのために…」


 ロラは強く剣の柄を握りしめる。


 一度失い、やっと手に入れた幸せ(家族)を再び失った。


 後を追って死にたい気分だ。


 しかし、ここで死んだら、また転生するのだろう。


 孤独や苦しみから逃れられるため、前世たちはあがいてきた。


 少しでも生活が楽になれば、豊かになれば。


 戦争がなくなれば。


 コルネリアの時代から三千年。


 何が変わったのだろう。


 相変わらず、人は人を殺している。


 人類は変わることはできないのだ。


 現世も来世も、きっと悲しみや苦しみから逃れられない。


「生きているから、苦しい?」


 生きているから苦しい。


 ここで死んでも転生して、前世の悲しみを引きずり、来世はつらいことばかりだろう。


 ならば、生まれて来なければいい。


 どうやって?


 転生を願ってロラは生まれてきたわけではない。


 生命の誕生というものは、個人の意思ではどうにもならないものだ。


 コルネリアの血筋が転生するという、今の説だ。


 デスペハード帝国の皇族やアルク家が生きていれば、転生してしまう。


 血筋がいなければ、自分は生まれないのかもしれない。


 冷たくなったオレリアに自然と目が行く。


「アルク家や帝国の皇族を殺せば、私は生まれない?」


 言葉にしてから、その考えの恐ろしさに身震いをした。


 コルネリアやリアムが戦争で、人を殺したのとは訳が違う。


 血筋すべてとなれば、オレリアのような罪のない幼い子どもも殺すことになる。


「そんなことしたら神々が…」


 違うと思い、口をつぐんだ。


 神々は元々人であったのを、神格化されたもの。


 ならば、死後の世界で誰が人を罰するのか。


「神々がいないのなら、人が罰するしかない。だけど、その神々はいない。

 ルドはシエロ教の神。シエロ教徒の神は私。彼らは私の言葉に従う。シエロ教徒たちをうまく使えないだろうか」


 カタカタと剣が震える。


 剣を持つ手を片方の手で抑える。


「神々がいないのなら、死後の世界はなく、地獄も天国もないのかもしれない。死後の世界がなければ、何も感じない、つらくもないんだ。

 虚無。ああ、それはいいわ。悲しみも苦しみもない、私の望んだ世界。

 私が神になって、私の転生を終わらす。そうしないと、ずっとこの苦しみから逃れられない」


 コルネリアの、前世たちの子孫を殺そう。


 オスカーも、マカレナもみなすべて。


 望みも決意も、はっきりしたのに、身体が震えて涙が溢れる。


 リアムが守りたかった孫や現世で出会ったコルネリアの末裔たちが、死ぬのが悲しいのか。


 それとも、己がしようとしていることへの罪意識か。


 ゴシゴシと涙を拭う。


「なんで涙が出る!ルドやリアムのときは、こんなので泣かなかっただろう!」


 今は泣いている暇はない。


 人類滅亡の作戦を考え、動かなければまた転生してしまう。


 柔らかな娘の頬を撫でる。


「苦しみのない虚無()へ。私が二度と生まれないように」


 ロラは立ち上がり、また決意を一つする。


 世界を潰してから、泣くことにした。








 デスペハード帝国のディオスパハロには、北の防衛を司る軍の基地がある。


 その基地の責任者である北の将軍は、椅子に深く腰を掛けて知らせを待っていた。


 机の上に置いた通信魔法具が鳴ると、将軍は手に取った。


『全機、配置につきました』


『わかった。作戦を決行してくれ』


 通信魔法具を置くと、副官が問うように視線を寄越してきた。


『お前は納得していないようだな』


『…シランス湖付近に危険分子が潜んでいるからといって、近隣住民を虐殺するのはやりすぎかと。それに、我々の管轄ではありません。

 陛下に許可は…』


『下りていない。というか、報告していない』


『将軍!』


 将軍は副官から、窓の外へ視線を向ける。短い秋のわずかな晴れ間。


 外に出たら心地よいだろうが、将軍の心はここ数年、晴れることはなかった。


『これは陛下のためでもある。長年、始祖の転生者という女が陛下との面会を拒絶し、陛下は心を痛められてきた。あの女のせいで、陛下の目は曇り、国政を疎かにしてしまっている』


『エクトル様の転生者であられるラザール様が、始祖の転生者と証言されています』


『ラザール殿も転生者か怪しい。転生調査員がろくに調べていないと聞くぞ?

 そもそも始祖は男性だ。転生者はみな男に決まっている。ランバートの女ではない』


『最初の生は、女性だったそうですが』


 副官は上司である将軍の命令に従い、すでに始祖と語る女を暗殺する作戦を決行している。


 いまさら反対しても遅いが、この作戦を聞いてから本心では止めるべきだと思っていた。


 軍では上司の命令が絶対である。


 そして、この上司は皇帝を尊敬し、第一に考えている。


 副官も始祖と名乗る女が一向に帝国に来ず、皇帝の手を煩わせていることに苛立ちを覚えていた。


 始祖の転生者が現れたのなら公表するところを、秘匿にせよとの皇帝から指示も気に入らなかった。


 だからといって、自分たちが偽物と判断して、暗殺していいものだろうか。


 将軍は立ち上がり、悩む副官の肩を叩いた。


『始祖そして神は、我々の父である。女は父にはなれない。

 コルネリア妃は学のない娼婦でありながら、夫が死ぬとその功績もすべて手にして、偉大な王マニュス様と名乗ったそうじゃないか。

 それを聞いて、私はそんな女の子孫であることが恥ずかしかった。才能があるのなら、堂々名乗ればよかったのに、夫の功績を奪い、名を語るとは。

 そんな姑息な人間が始祖であるはずがない。考えてみろ。ロラという女は、コルネリア妃のようにラザール殿の影に隠れているではないか。

 それに、ランバート大統領とも交流を絶っている。リアム様の転生者なら、ランバート大統領は手元に置こうとするだろう。ロラはただの女、始祖の転生者と思い込んでいる女だ。

 お前が不安に思うことはない。責任は私が持つ。ロラが死ねば、陛下は元の英君に戻っていただけるだろう』


 再び通信魔法具が光り、部下から予定通り、シランス湖周辺の村々への奇襲したとの知らせを受け取った。


 将軍は、副官が部屋から退出すると、個人で所有している通信魔法具を鞄から取り出して、とある人物へ連絡した。


『私です。予定通り、作戦を決行しました。そちらのフォローをお願いします』

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