14話 暴君ルドの話10
エドモンドは、ブルーノとカリーナがついてきちゃったから気まずそうだよ。
貴重な昼休みだから、エドモンドはすぐに本題に入ったよ。
「教典には神々はこうおっしゃったとある。言葉があって世界がある。お前が言っていたまずは世界があって言葉があるという考えは教えや魔法の教本と真反対だ。疑っていたが、 マエストロの称号を持つお前が言うんだ。俺もやってみたんだ」
エドモンドは地面を見つめて、土や草木の匂いを感じると呪文を唱えたよ。
突然エドモンドの周りにもっさりと蔦が出てきたんだ。
「神々の教えも教本もどうして言葉があって世界があるというのかわからないが、お前が言った通りやると威力が増したり草木を感じやすくなった。疑ったり、侮蔑したことを詫びる」
エドモンドは胸に手を置いて頭を下げたんだ。ルドだけではなく、カリーナも驚いたよ。
「…予想より早く雨が降りそうだ」
「は?」
エドモンドは許してもらえると期待していたけれど、ルドの反応は想定外だったみたいだね。
「俺は詫びたのだが…」
「ああ、気にしてませんので。話はそれだけですか?お祈りの時間がなくなってしまうので、俺は行きますね」
「え、あ、待て!魔法を教えてほしい!」
「俺は水の使い手なので、土の使い手はよくわかりません」
と言ってさっさと教会に行ってしまったよ。
「マエストロはとてもドライだが、ハートはとても熱いんだ!エドモンド様も私たちとマエストロの追っかけしますか?」
ブルーノとカリーナがニカッと笑って誘うけど、エドモンドはそこまで熱はないから追っかけは辞退したよ。
エドモンドもまだルドと話したいから、教会に行ってみたよ。結局追っかけてるじゃんね。
「いつも熱心だな」
出口で待ち伏せされてルドは目を細めたよ。その先には木に隠れきれてないブルーノとカリーナも見つけたよ。
「何の用です?」
「お前と仲良くなりたいと言っている」
「仲良くなる人の態度と思えませんが?」
ルドからすれば年下のエドモンドの態度は横柄に感じたみたいだよ。
「…結構直球だな。わかったよ。あなたに失礼な態度をとっていた。これからやり直したい」
「領主様からのご命令ですか?」
「違う。これは俺の意思だ」
ルドはエドモンドの血の巡りを視たよ。嘘はついてなかったんだ。
「そうですか。クラスメイトとしてよろしくお願いします」
徹底的に距離を取られてエドモンドはショックだったけど、嫌がらせの数々を思い返せば当然かと思ったよ。
ルドも散々エドモンドに言われたから、何今さらこいつって思ってるよ。
「わかった。気を許してもらえるように頑張るよ。それでいつも何を祈っているんだ?帰りも教会に寄っているらしいし」
エドモンドはデリカシー力なしだね。
「あなたが祈らないことを祈っているんです」
ルドの突き放しに、エドモンドは頬をひくひくさせているよ。聞く耳立てていたカリーナはヒヤヒヤしているけどね。
「そ、そうか。俺は何を祈らないと思うのか?」
「奴隷を含めたすべての民の幸せです。あとは報告や考え事です」
「奴隷の幸せを貴族が願う必要はないだろう。お前は変わっているな。報告や考え事?」
「さっきあなたが言った教典と俺の考えが違うことについてです。言葉があって世界があるというのは、世界に名前をつけることで認識するという意味ではないかと思いました。例えばその木」
ルドはエドモンドの後ろの木を指差したよ。
「木と言ってあなたは何のことかわかりました。もし木と名付けられていなかったら、どんな形で色をしているか説明しなければなりません。あと名前がないとぼんやりとした感じになりませんか?感情とか何とも言い表せないときに、人から悲しいんだねとか楽しかったんだねとか言われると、この感情はそういうのかとしっくりくる。名づけることで輪郭がはっきり視えて、モノや感情を理解する。
魔法はこの世界のモノを操ることです。逆にこの世界にないものは操れない。だから土と認識し言葉にすると魔法も扱いやすいし、人へ教えやすい。言葉があって世界を認識するというのはそういう意味ではないでしょうか。俺の見解なので詳しいことは神使様やそこにいらっしゃるブルーノ様にお訊ねください」
ブルーノはささっと逃げようとしているよ。エドモンドはブルーノには聞かなかろうって思ったよ。
昼休みは終わって、教室は一緒だったからルドは仕方なくエドモンドと向かったんだ。
「学校休んでいる間の授業の内容はどうしたんだ?ついていけてるのか?」
「今日の小テストは全くわからなかったので、特別補講をしてもらうことになりました」
三ヶ月も学校にいなかったんだから、授業置いていかれちゃったんだね。
「補講だけで卒業できるのか?」
「俺は基礎的なことを学ぶだけなので、卒業はしませんよ。期限通りに学校は辞めるので」
「あと四ヶ月もないが?」
「俺が学生の間はグランデフィウーメにいますので、あとは領主様の判断でしょう。まずは勉強したいとエジリオ聖神使様には伝えているので」
エドモンドは周囲に誰もいないことを確認したよ。カリーナは後ろからついてきているけど、下級貴族のご令嬢はノーカウントらしいよ。酷いやつだね。
「ルドを王にするっていう話、本当なのか?」
エドモンドはにわかに信じられないよ。ルドが半年近く前まで農民だったからね。
「エジリオ様は本気ですし、オリゾンテ領主様にもご了承いただけました。争いのない天の国をこの世界に作るのが目的です。俺は王というよりまとめ役、議長のようなもので政治はそれぞれの領主様にお任せします。グランデフィウーメ領主様は乗り気ではないようなので、最初の加盟はないと思いますが、賛同していただける領主様が増えているのでゆくゆくは加盟していただけると思います」
自分の上に偉い人がつくし、しかも成人していない農民出のルドを認めない領主もいたけれど、水は魅力的だからしぶしぶ賛同したってところも多いよ。しかも後ろ楯がオリゾンテだから、オリゾンテと仲良くしたい領主たちもとりあえず加盟するかって考えたんだよ。
エドモンドはルドが王様になるのがとても信じられないんだ。
「国って想像できないんだが」
「俺もできませんよ。農民でしたからね。最初はオリゾンテ領主様たちのお力も必要でしょう。そのことをグランデフィウーメ領主様に伝えたら、お前はグランデフィウーメの者であるから私を抜け者にするなと怒られて、話を聞いてくださりませんでした。エドモンド様も政治に関わるようになるのならば、人の話を聞くように心がけてくださいね」
十六歳のエドモンドでも、グランデフィウーメが大きな流れに取り残されそうになっているのを感じたよ。
「ここを出ていくのか?」
「この世をよくしようとしない方のそばにはいられませんので。エドモンド様はキアーラ様と結婚されるんでしょう?俺はここが故郷なので、エドモンド様たちが頑張ってよくしてくださいね」
エドモンドは一瞬困惑したような顔をしたよ。
「俺はキアーラ様とは結婚できないかもしれない。キアーラ様はまだ結婚自体考えておられないし、そういう状況ではないんだ」
「そういえばお姿を見ていないですが」
「聞いていないのか?」
ルドは肩をすくめたよ。
「怒鳴られたきり、領主様は口もきいてくださいませんし、養父も俺を避けるので領主様のご家族の話とかトンと耳に入らなくなりました」
「そうか。キアーラ様はご病気なんだ。まったくよくならず、ベッドから起き上がれないそうだ」
「それは…大変ですね」
「おいおい興味なさそうだな。あんなに美しい人を何とも思わないのか?」
「何度も泥臭いと言われて、虫を見るような目で見られたので何とも」
「…女性にそのような扱いされたら凹むな」
エドモンドは話すと結構気さくだったよ。勉強もできて試しに聞いてみたら、ちゃんと答えられたんだ。
ルドといるときはエドモンドの取り巻きは近づかないみたいだよ。帰りもエドモンドと二人で教会に寄ったよ。
エジリオが学校の教会にいたんだ。
「お迎えに来ました」
「エジリオ様は聖神使様なんですから、下男みたいなことをなさらなくてもいいんですけど」
「ほう。ルド様も貴族のようなことを仰るようになったのですね。私は神使ですから、あなたのお使いはいくらでもしますよ」
「だから俺は神様でもお使いでもないって言ってるじゃないですか。魔法は『視れる』ことに慣れたら誰でも俺レベルになれますので」
「神々の知恵を授けてくださるわけですから」
「いや、だから…」
「お前ら面倒くさい。どっちか折れろ」
リクが椅子に腰かけて呆れ顔で振り向くよ。
「リクもいるの?神使様って暇なの?」
「暇じゃありませーん。聖神使様には必ず一人は護衛の神使がつかないといけないんですー。今の聖神使様は逃げ足が速いから、みんな護衛を嫌がって俺がやる羽目になってるんですぅ。あーあカスカータの火の神教会にいい加減帰らないと大神使様に怒られちまう」
「リクはべつに帰っていいけど?その言い方だと、私がわがままを言っているみたいじゃないか」
「自覚なし!めちゃくちゃわがままだけど?早く行こうぜ。裁きの神様の神使とか遅れると怒るからよ」
「遅れる?」
ルドが聞くとエジリオはルドに一緒に街の教会に来てほしいって言ったよ。
「申し訳ございません。ルド様にお伝えする時間がなく。この後お時間大丈夫でしょうか?各神々の大神使たちと会合がありますので、ルド様にも出席願いたいのです」
「グランデフィウーメの教会の大神使様方ですか?」
「他にも集まっていただいています。ルド様が会ったことない方ばかりかと思いますので、ご紹介をしたいのもあります」
エドモンドはついてこれないからここで別れたよ。ブルーノとカリーナもエドモンドの数メートル後ろで手を振ってたんだ。カリーナはブルーノをウザがっていたけれど、結構一緒にいるよ。二人は仲良しだね。
馴染みの水の神教会につくと、たくさんの大神使の服を来た人たちが集まっていたよ。
ルドは自己紹介をすると好意的な笑みを浮かべる神使もいれば、胡散臭そうにしている神使もいるよ。
「神の御業という最上級魔法を見せていただきたい」
カスカータ領にある裁きの神教会の大神使が言ったよ。年配の神使で、若いエジリオが聖神使になったのをあまり快く思っていないんだ。
「お待ちください。天候を人が変えてはなりません。天の恵みは天の国におわす神々によってもたらされるもの。人が手を加えるとは禁忌です!」
季節の神の大神使が声を荒げたよ。あらあら教会は一つにまとまっていると思われたのに、バラバラみたいだね。
「雨がなければ多くの人が亡くなります。それをよいと言うのですか?」
アグネーゼは季節の神の神使に言ったよ。
アグネーゼは久しぶりの登場だね。覚えているかな?アグネーゼは各地の水の神教会に「神の使いが現れた!」と手紙を出していた人だよ。
この時代にSNSがあったら、拡散しまくっていただろうね。
「雨が降らないのは神々のご意志によるものです。人が手を加えてはなりません」
「神々のご意志かもしれませんが、意図は別のところにあるのではないでしょうか。このままでは私たちは死に絶えてしまいます。人々を救い、この困難を乗り越えよということではないでしょうか」
エジリオの説得に何人か、そうだと声を上げるよ。
エジリオ派も説得に回っているけど、反エジリオ派は天候を操ることや、ルドが神の名を語るのは冒涜だとか言っているよ。
「あの…。エジリオ様からなんて聞いているかわかりませんが、俺は神様の使いではありません。人間ですし、天の国にいた記憶もありません」
ルドは訂正しなきゃって声を上げたら、しーんって静まり返って全員の視線が自分に向いたんだ。
「ほう?聖神使様はルド様のことを水の神様の使いだと言っておったが?」
裁きの神の年配神使がエジリオを見ながら言ったよ。エジリオはルドを王にするため威厳を高めようとシナリオを描いていたけれど、ルドが壊そうとしたよ。さっき学校の教会でルドを説得しようとして、リクに面倒って言われて邪魔されちゃったんだ。だからルドにちゃんと話ができていなかったんだ。
「ご謙遜なさらずによいのですよ?魔法を見れば誰もが納得するはずです。ルド様は自分のためだけではなく、民のことを考えられているのです」
アグネーゼが熱心に語ろうとするのをルドは恥ずかしいから止めたよ。
「魔法を見せればいいんですよね?そもそもこの会議は何を話し合うためにあるんです?」
目的を聞いていなかったから、ルドは確認したんだ。
エジリオは咳払いをして説明し始めたよ。
「私はここにいる皆様にルド様が神使を束ねる方だとお認めいただいて、お支えすると教会全体で決めたいと考えております。神々のご意向を実現する国にするには、王となる方が神使のような強く神々を信じる方でならなくてはなりません」
国を興したときに、神々の考えを広めていくには、統治者である王が神使のように神々を強く信じる人であることが必要だってエジリオは考えたんだ。
要はイタリアのヴァチカン市国のように宗教のトップである教皇が、政治をして国を治める方法だね。エジリオ的にはルドが神ポジションにいてほしいけど、本人が否定してしまっているから、断念したんだ。
王が聖神使のような立場になるということを、ルドは聞かされていないよ。
エジリオは改革者でもあったけれど、たまに人に言わないでやっちゃうところがあるから、反対派がなかなか減らないみたいだよ。
かわいそうに、お陰でルドは頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるよ。
「な、何をおっしゃってるんですか?俺がなんで神使様をまとめることになるんです?俺は神使になりたいとは言いましたが、修行も神使の勉強もしてません」
「ご本人が困惑されていますが?」
反対派は呆れた顔をしているよ。エジリオは自分でもやっちゃったと思ったんだ。ルドを落ち着かせるようにもう一度話したよ。
もちろん神使のことを学んでもらうと言われて、ルドは受け入れられたけど、聖神使を選ぶ権利を与えられることに驚いたよ。
聖神使は加盟する教会の大神使たちが集まって、投票で決めるんだ。大神使でもないルドが権利を持つことに何人かが不安に思っていたよ。今まで聖神使の選出は神使という聖職者しかなかったのに、王が加わることで聖職者ではない部外者で、しかも政治的な意思が入るかもしれないんだ。
王が好き勝手にするのではと言う声に、エジリオもアグネーゼもルドはそんなことしないと言ったよ。
「ルド様は今すぐ王になるわけではございません。まだまだ構想の段階で仕組みもできておりません。ルド様がどういう方か知っていただくことから始めたいと思います」
ステファノとはエジリオはどんな話をしてるんだろうね。そこのとこもルドは気になるよ。
後でお話がという視線をガンガンエジリオに投げると、相手もひきつった笑みでうんうん頷いているよ。
「御業を見せていただきたいな。まずはそれからだ」
裁きの神の大神使が言うよ。エジリオは制約ができて少し悩んだよ。
「雨は降らせてはならないとなると…。ルド様はどんな魔法が使えます?黒い刃を倒したあの龍のような魔法はいつでも使えますか?」
「黒い刃を倒す!この少年が倒したというのです?」
季節の神の大神使が驚いているよ。他の神使たちもざわついたよ。
「マエストロでも難しいと聞きます。どのように?」
「水魔法で雷を生み出して焼き殺したり、水を礫のように発射したり、水で黒い刃を丸ごと包んで窒息させていました。十数体いたのにほぼ全滅させたのですよ」
エジリオが得意気にいうから、ルドは恥ずかしくて赤面していたよ。
「エジリオ様やミアも倒したじゃないですか」
「いや、私はルド様が致命傷を負わせた黒い刃を燃やしただけです。 ミアも素晴らしかったと聞いてます」
ルドを担ぎ上げたいらしいよ。
「ではその龍の魔法を見たいですな」
「私は雷を」
室内では危ないから外にでることになったよ。グレータとすれ違って嬉しそうにルドに挨拶したよ。
「皆様お帰りですか?」
「いや、俺の魔法を見たいそうです」
「ルド様の魔法ですか!私も見たいです。ルド様の雨は優しくて好きです」
「雨ではなくてほかのをやります。あまりグレータ様のような女性の神使様に見せるようなものじゃないですが…」
「危険なものですか?」
心配そうな顔をしたのはルドが危険な目に合わないかって思ったからだよ。ルドはグレータの優しさが嬉しくて微笑んだよ。
「危険はありません。雷を作るので近くにいると危ないだけです」
「まぁ雷をですか」
アグネーゼはグレータがルドに想いを寄せているのを知っているよ。後で神様に仕える身だから、特定の人を愛しちゃ駄目だって怒らなきゃって思っていたよ。
教会付近の場所は建物が密集していて危ないから、街から出て壁の外に行ったよ。
空き地や農地が広がっているから人があまりいないんだ。
「雷は危険だと思います。操ることができないので」
雷を水魔法の副産物として出したからルドは操れないみたいだね。雷に特化した魔法を使える人がいたら、ルドが作った雷を使って操れるよ。もちろん雷の使い手は自在に雷を生み出すことができるんだ。レナータでは使い手が少ないから、雷は無属性に分類されるよ。
「水の龍はどうでしょうか」
エジリオに言われて出したけれど、グレータがすごいすごいと褒めただけで神業とは多くの神使は思えなかったみたいだよ。
「水の神様の使い様ですか?」
農民の服を着たおじさんが二人、恐る恐る近づいてきたよ。
「水の使い手ですが、水の神様の使いではありません」
ルドはすぐさま否定するけど、農民はどちらでもいいみたいだよ。
「はぁ、そうですか。お願いがありまして。一昨日まで用水路に水が流れていたのですが、昨日から水がこなくなってしまいまして」
用水路は大河から水を引っ張って来ているけれど、まだ大河の水量が戻っていないから川から遠いところまで水が届かないところもあるみたいだよ。
「どこかが塞き止めてるとかは?」
「村長たちと川まで見回りましたが、塞き止めてはなく、川に岸ができてしまって川の水が水門まで届いていないんです。せっかく発芽したのに枯れてしまいます」
農民たちの畑を見ると土がカラカラだったよ。ルドがあちこちで雨を降らせたけれど、グランデフィウーメはここ一ヶ月ほど降らせてなかったから、また土が乾いちゃったみたいだね。
「数日後に雨が降ると思うので、変に今降らせないほうがいいと思います」
グランデフィウーメ領主や季節の神の神使からむやみに降らすなって言われたからね。
「数日っていつですか?」
「わかりませんが、降ります。井戸の水はありますか?」
「この前深いのを掘ったら出たので。その水を使ってますが、とてもこの広さをまき終わりません」
サクスムのときに畑に水をまけと命令されて、途方にくれたことを思い出したよ。
「…地下水を押し上げて地中を濡らしてみますか。でも地下水を使うのはあまりよくないし」
「どうしてよくないのです?」
エジリオはルドなら困っている人のためなら、惜しみ無く魔法を使うと思っていたんだ。
ルドは落ちていた木の枝を拾って地面に何やら描き始めたよ。
「地下水は川のように流れている場合もありますが、湖のように溜まっていることもあります。この辺りにはいくつか溜まっているところがあって、それはほとんど井戸や湧き水の場所です。
地中の水の溜まりを抜いてしまうと中が空っぽになってしまいます」
ルドは水が溜まっている絵から矢印を引っ張って、隣に空っぽになった絵を描いたよ。
「ふむ、それで?」
裁きの神の大神使は顎をさすりながら続きを促したよ。
「干ばつのせいで地下水の水位も下がっています。この辺りは固い岩でできた層がなくて、土でできています。それで水を抜いてしまうと地下の空洞に上の土が落ちて、陥没する危険があります」
地下水がなくなったことで地盤沈下が発生するってルドは言っているよ。
「そんなことがあるんで?」
農民の一人が困惑そうにしているけど、一人がああと声をあげたよ。
「二十年くらい前に親戚のオヤジが井戸を掘ったら、水がたくさんわき出て、いいところを当てたって、井戸の近くに家を建てたんだ。建ててしばらくしたら家が傾いてよ。住めなくなっちまったって聞いたとがある。それのことですかい?」
「おそらく。大規模にやると…」
ルドは周囲の地面を見渡すよ。
「地下水の湖は街中にも繋がってますので、街に被害がでるかもしれません。でも、このままではせっかく芽吹いたのにダメになってしまいます。牧場は誰のものですか?」
近くに囲いがあって、ウシやヤギが放牧されていたよ。
「俺のですが」
「少し陥没するかもしれませんが、水をまきますか?」
「カンボツって、したらどうなるので?」
「大きな穴が開くことです。埋めても大丈夫だと思いますが、水の通り道なのでまた雨が降りだせばもとに戻ると思います。地中で水がどのような動きになるかは、それこそ神々のご意向次第なので」
陥没したあとはルドもわからないよ。
「ルド様は何でもご存知なんですね!」
グレータが感激しているけど、ルドは苦笑いを浮かべていたよ。
「どうしたんです?」
なんとなく察したエジリオは聞いたけど、ひたすらルドは笑顔を浮かべていたよ。
千年前の誰かさんはこの方法で街を沈めて攻撃したらしいよ。
被害がない程度にやってみよう!っていう話になって、ルドは畑の地下水を『視た』よ。
『水の女神よ。この世に清き泉を現したまえ』
数秒経ってから、じわじわ土の色が濃くなり、湿ってきたんだ。農民の二人は土を掘って喜んでいるよ。
「濡れているぞ!」
神使たちも地面に触れて確かめたよ。
「本当だ」
「凄いです!ところでルド様。先程のは呪文ですか?聞きなれないお言葉でしたが」
グレータに聞かれたけどルドは牧場の辺りをじっとみて動かないよ。ウシが一頭、しっぽをプラプラさせて歩いていたんだ。
「まずい!」
一頭が草を食みつつ、一歩を踏み出すと落ちるように姿が消えたよ。
ウシを助けようと農民の男の人が走り出すのをルドは止めたよ。
「穴は広いんです。あなたまで落ちてしまいます!土の使い手はいませんか?」
神使の何人かが土魔法が使えたけど、一人は草木しか使えないと言うよ。土というけれども大地に属する魔法という意味だから、草木を操る緑の使い手、土や岩を操る土の使い手とジャンル分けできるけど、他の属性の人から見たら、どっちも土属性だろうと一括にされてしまうんだ。
ルドが下が空洞になっている部分を指し示しながら、魔法で土を盛っていくよ。他のウシたちは何だかヤバいことが起こってるって思ったのか近づいてこないよ。
不運なウシさんは暗い穴の底でモウモウ鳴いていたんだ。
「こりゃ深いな」
土魔法の神使が穴を覗き込んで、ため息ついたよ。
「ウシを助けるのは難しいですね」
「そうですか…」
農民はがっくりと肩を落としたよ。多くのウシがエサ不足で死んでいったから、生き残ったウシはこの農民たちにとっては貴重な財産なんだ。
「ウシを助けましょう。土を上げ底して…」
ルドが言うと神使たちは首を振ったよ。
「穴の中が暗いから見えないです。ウシを埋めてしまいます」
「土が『視えない』ですか?」
「私たちは魔法を極めているわけではないので、『視えない』んです」
草木の魔法を使える人も同じだったんだ。
「火を焚きますので、それでウシの姿が見えないですかね?」
エジリオの提案で穴の中に火を灯したよ。ぼんやりウシが見えたけど、あんまり火を近づけるとウシが興奮したり怖がってしまっていて、暴れてしまいそうだったよ。
ウシの足元に土魔法で土を盛っていくけれど、神使は限界ですといって地面に座り込んでしまったよ。
灯りなしでもウシの姿が見えたから、ルドはここで諦めたくなかったんだ。
「草の縄で引き上げるのは?」
「やってみます」
魔法で太い蔦を出してウシに絡み付けて引き上げようとしたけど、ウシは重いから引き上げるのが難しかったみたいなんだ。
「すみません。私が得意なのは治癒魔法なんです」
草魔法の神使さんは力業は苦手みたいだよ。
ルドは他にいないかと辺りを見渡すと農民たちがわんさか集まっていたんだ。
中には噂を聞き付けて貴族の姿…ブルーノがいたよ。マエストロって暇なのかな。隣にエドモンドもなぜかいたよ。
「エドモンド様。手伝ってもらえませんか?」
「俺が?なんでウシを助けなくてはならない?」
フンや土臭いことが嫌みたいだよ。ルドはエドモンドの目の前に立って言ったよ。
「あなたはステーキ好きですか?」
「ああ、大好物だ」
「そのウシがいなくなったら、ステーキは食べられなくなりますよ?」
「ウシならたくさんいるではないか」
エドモンドは牧場を指差したよ。ルドは召し使いに命令すれば食べ物が出てくるって思っている貴族の子どもに、ウシを一頭育てるのにどれ程の手間がかかるのか知ってほしかったんだ。
「普通ならもっといます。食糧不足でウシのエサもなくなって、数を減らすために食肉にもなりました。暑さで乳もでないから子牛が育っていません。ここにいるウシたちは飢餓に勝って強いウシなんです。一頭でも貴重なんですよ」
農民たちはうんうん頷いているよ。エドモンドはピンってきていないみたいだけど、一頭でもいなくなったら大変なのかとルドの圧に負けたよ。
「仕方ない。友の頼みだ」
別に友だちとはルドは思っていないけど、エドモンドにへそを曲げられては困るから、お願いしますとだけ言ったよ。
エドモンドはさっそく蔦を出したけれど、ウシが暴れてしまってすぐに切れてしまったよ。
「ウシめ!助けてやろうとしてやっているのに」
「ウシは穴に落ちてパニックを起こしているんですよ。脅かさないようにしてください」
「難しいことを言うな」
ウシの視界に入らないように蔦を背後からかけたよ。ウシを引っ張り上げようにも重くて途中で止まっちゃうんだ。
「土魔法と引き上げる魔法は別のものだから、加減が難しい。引き上げる魔法を強くすると蔦が弱くなる」
エドモンドは苛立っていたよ。ルドは切れそうな草に回復魔法をかけたら、千切れそうな蔦が元に戻ったよ。
「魔法に回復魔法かけるやつがいるか」
エドモンドは驚いていたけど、ルドは手応えを感じたんだ。
「だったら…」
淡く光る水がエドモンドの作った草にかかったよ。草は強くなって、下から持ち上げていた根がぐんぐんウシを押し上がるよ。
「魔法に強化魔法?」
エジリオは身を乗り出して魔法を見つめていたよ。
「魔法から生まれたものは実物になります。だから強化魔法が効いたんでしょう。エドモンド様。もう一息です」
「ああ!」
エドモンドはあと一息って、集中すると急に土や草木の匂いが強くなったんだ。風で小さな砂が舞い、土の中で生き物が動きにあわせて、土が微かに動くのも見えるよ。
魔法の呪文は自然に対してへりくだったり敬う言葉が多くて、貴族特有の特権思想のおかげでエドモンドは理解できなかったんだ。
でも大地の胎動を視て、エドモンドは唐突に理解したんだ。
「地の神よ。今しばし我に力を与えたまえ!」
根が太く大きくなってウシをゆっくりと優しく地面の高さまで上がるよ。ウシは地面に足がつくと、モウモウ言ってうろうろしていたよ。
ルドはウシを撫でて落ち着かせようとしたよ。ウシは暴れたせいであちこち傷ができていたんだ。
「頑張ったね。よしよし」
水がウシを優しく触れるようにサァッて流れると傷が綺麗に治ったよ。切り傷であまり深くなかったみたいだね。
穴を埋めるのは後日ってことになったから、ウシや人が落ちないように囲いを作ったんだ。材料はエドモンドが魔法で出した木の根だよ。
人助けならぬウシ助けをしてエドモンドはドヤ顔をしていたんだ。ウシの飼い主はペコペコして、エドモンドに礼を言ったよ。このウシはエサがなくて痩せていたから、エドモンドが後日エサを送ってあげたんだ。数ヵ月後にウシが食肉になってエドモンドに届けられたから、彼はとても複雑な心境になったらしいよ。
神使たちはルドを普通の人とは違うと思ったよ。でも大手を振って王にということにはならないんだ。
「しばし考える時間がほしい」
何人かの大神使がそういってこの場は解散になったよ。各地から来た神使たちは早く帰らないと夜になる前に帰れないからね。
ルドの近くにはエジリオとリクがいたよ。アグネーゼとグレータは農民たちと穴の周りに柵を作る手伝いをしていたんだ。
「エジリオ様。お話が」
ルドに言われてエジリオは、はははと笑ってごまかそうとしたけど、逆に微笑みを返されて冷や汗が流れたよ。
『お前の教会を陥没させたくなかったら、一言私に言うように』
千年前の誰かさんの思考がルドに腹立てさせたんだ。ルドはエジリオを怒りたくはなかったけど、どうしてか千年前の誰かの記憶を通して物事を考えると自分が変わってしまう気がしてしまうんだ。
『申し訳ございません』
エジリオがかしこまって謝るのを隣でリクはため息ついて聞いていたよ。
「エジリオが悪いんだ。あんまり怒らないでくれよ。あんた怒ると結構恐いってわかってるからさ」
『私が怒ると恐い?見せたことあったか?』
『地下の穴。街を本気で落としたことあるのでしょう?』
ルドは手を払うように振って帰りましょうと言ったよ。エジリオは牧場に開いた穴をもう一度見たよ。目の前にある街が陥没するのを想像した瞬間、身震いをしたんだ。
「聖神使として、修行が足りないようだ」
「説明も足りてませんよ、エジリオ様。どこでどう王が神使の領分まで手にしていいというお考えになったんです?」
ルドの言葉で千年前の誰かさんのようなことを言い出すから、エジリオは少し混乱したよ。
ルドの家まで馬車の中でひたすらエジリオは謝るはめになったんだ。
次の日、学校に行くとエドモンドが話しかけてきたよ。
「領主様に呼ばれて昨日の話をしたら、城に来てほしいとおっしゃていたぞ」
「…勝手に魔法使ったって怒ってましたか?」
「いや、多分違う。ルドがウシの傷を治したと言ったら、伝言を頼まれたんだ。もしかしたらキアーラ様のことかもしれない」
「まさか病気を治せっていうことではないですよね?俺、病の知識全くないですよ」
学校が終わって城に行ったら、まさかのことを命令されたよ。
痩せ細り、髪も肌も艶を失った別人のような姿になったキアーラがベッドで横になっていたよ。
「ルド。各地で雨をもたらせたと聞きました。あなたが偉大な水の使い手だというのに、私は酷いことを申し上げました。今までの数々の無礼を許してください」
中身まで別人になったようだね。目を見張って驚いていると早く治療しろと領主にせっつかれて、仕方なく椅子に腰をおろしたよ。
上掛けをとってもらって、服の上から水の流れを見たよ。何ヵ所か血の流れが悪くなっているのを見つけたよ。
「俺は医者じゃないので、治すことはできませんよ?」
断りを領主とキアーラに言ってから、血の流れをよくしてあげたんだ。
そのあと医術の知識がある使い手が治癒魔法をかけたら、キアーラの頬に朱が戻ったよ。
「少し楽になりました」
キアーラの一言のお陰で、ルドは毎日キアーラの治療をするように言われてしまったよ。
あちこち行っていたせいで、マッテオとジーナを探せていなかったんだ。エジリオが何かとつけてルドに会いたがるし、困ったよ。
領主もエジリオの名前を出されたら折れるしかなくて、ルドはキアーラの元に週に三回通うことになったんだ。




