12話 暴君ルドの話8
オリゾンテ領は見渡す限りの地平線が広がっていたよ。オリゾンテ領主のステファノは三十代後半で、戦争を繰り返してきて領地を広げていったんだ。もう国と言ってもいいくらいの規模だね。
グランデフィウーメとはステファノの父親の代に戦争をしていたから、ステファノの代になっても仲はよくなかったよ。ステファノは地理的に遠くて、戦力も力もあるグランデフィウーメとの戦争は避けていたけれど、その他の地域は戦いまくっていたんだ。
ステファノは農地の整備をしたり、農作物の研究を進めて、害虫に強い作物を作り出して収穫量が増えているんだ。
でもこの干ばつで畑の作物も家畜のエサも枯れてしまって、カラカラの大地になっていたよ。
グランデフィウーメの貴族はその風景にざまあ見ろと言っていたけれど、グランデフィウーメの土地も似たような感じだからお互い様だよねってルドは思っていたよ。
どこも今年の蓄えがあっても来年はどうなるかわからないから、オリゾンテも水を求めているみたいだね。
オリゾンテ領主ステファノはルドと会ってもカスカータ領主たちのように、笑顔は浮かべなかったよ。
ずっとしかめっ面で気難しそうな人に見えたよ。ルドは貴族になってから習った作法をしながら、にこやかに挨拶をしたんだ。
「私はグランデフィウーメ家に頭を下げるつもりはない」
ステファノの言葉にグランデフィウーメの貴族は激怒したよ。
グランデフィウーメ側からすればルドを貸してやってるんだから、たっぷりの礼くらいしろっていう気持ちなんだ。ルドが雨を降らすのにね。
外野が騒いでいるけれど、ステファノは無視してルドとエジリオを壇上の椅子に座って眺めていたよ。
エジリオの表情は読めないけれど、ルドは明らかに苛立っていたよ。
「そんなことより、いつ俺は雨を降らせばよろしいのでしょうか」
「そんなこととはなんだ!お前が来たいから連れてきてやったのだ。帰るぞ」
「皆様はお帰りいただいて結構です。俺はこの地を潤してから戻ります」
「ならない!お前も帰るのだ。帰らぬというなら勘当するように領主様に伝える!」
「お伝えしても構いません。俺は貴族になりたかったわけではありませんので」
「な!」
ルドはにこやかに言ったよ。
「ご安心ください。今の風は北西ですので、ここで雨を降らした雲はグランデフィウーメまで流れるでしょう。例え流れなくても水は高いところから低いところに流れる。オリゾンテの地はグランデフィウーメより少し高いようです。何年もかけて地下水が流れていくでしょう」
「地下水が流れている?こんな長距離を流れるわけがない!」
「川は長距離を流れますよね?地下水脈も同じです。移動中に視てきて驚きました。地下も地上も繋がっているのです。それを人間が地上で領地だの線を引いているだけ。俺は人々を渇きと飢餓から救いたいんです。戦争ならまずはその問題を片してからにしてください」
グランデフィウーメの貴族を一瞥してから、壇上のステファノを見上げて恭しく頭を下げたよ。
「私がお前の故郷に攻めいってもいいのか?」
ステファノは険しい顔をやや崩して、口角を上げていたよ。
「戦争をするかどうかはオリゾンテ家とグランデフィウーメ家の問題ですので、居候貴族の俺が預かりしらぬところです。
本音は戦争はできるだけさけていただきたいのです。雨が降ったからといって植物がすぐに育つわけでも、井戸に水がたまるわけではありません。渇きと飢餓で多くの人がこれから亡くなるかもしれないのに、わざわざ戦争をして人を失うことはありません。働き手を失った農民には土地を耕すには大きく、放置される農地も増えるでしょう。放置されれば農地もあれる。実りはもっと減る。あまりよいことはありませんが?」
「農民の出といったな。貴族の暮らしはさぞかしいいだろう。それを捨てるというのか?グランデフィウーメに執着がないのなら、私の元に来い」
ルドはステファノから目をそらして、少し考えたよ。
「条件があります」
「ほう?何だ?」
グランデフィウーメの人たちは焦り始めたよ。エジリオにも何とか言えと言ったけれども、これはルドとグランデフィウーメ家の問題であって、神使としては口は挟めないんだ。
政治不干渉。これは教義にはないけれど、長年の暗黙の了解でエジリオは聖神使として守っていたんだ。ただグランデフィウーメでの会議でルドを守ると決めたから、成り行きを見守っているよ。
「俺は人を探しています。その人たちを探すにはあちこちいかなければなりません。それを許していただきたいのと、その人たちは奴隷であります。両親を幼くして亡くした俺を親のようにきょうだいのように育ててくれました。訳あって売られてしまったのです。
奴隷は俺にとって家族でモノではありません。奴隷が酷使されるところにはいたくはないのです」
「お前の生い立ちは興味ないし、奴隷は罪人である。奴隷制度がなぜあるか知らないのか?」
「奴隷制度は罪人の処罰方法です。でもその子どもらには罪はありません。
処罰以外にも奴隷が必要なのは理解しています。普通の人並みにモノを与えれば金がかかります。だから最低限しか与えない。でも最低限は生きていく最低限です。栄養のあるものを食べなければ身体は動かないし、やる気も出ません。
俺は農民でしたが、この干ばつのせいで芋とパンだけの生活を続けていました。そのあと貴族になってたくさん食べられるようになって、最上級の魔法を使っても倒れなくなりました。
領主様が多くの実りと富をお望みならば、下から変えて行かなければならないと思います。
俺の望みを叶えてくださる領主の方にお仕えしたいと思います」
ルドはエジリオからステファノが農業改革をしていると聞いていて、少しでも農民たちを救ってくれる人に賭けたいと考えていたんだ。
ステファノは椅子から立ち上がって階段をゆっくりおりたよ。ルドの目の前に立って、薄く笑ったよ。
「お前の条件を飲むかは、雨を降らすのをこの眼で見てからだ」
ルドは自分に興味を持ってもらったと手応えを感じたよ。奴隷制度を廃止するには多くの領主と仲良くならないといけないと考えたんだ。
『ルド様、どうされたのです?らしくないです』
ステファノから数歩後ろを歩いていたルドは、隣に並んだエジリオから中央の言葉で言われたよ。ルドが政治的な駆け引きは自分からしたがらないから、言い出したのが不思議だったんだ。
『千年前の記憶を応用したのです。ステファノさんは農業の改革をしているとエジリオ様がおっしゃっていたではありませんか。仲良くなりたいのです。グランデフィウーメは改革には疎そうだし』
『ステファノ様は保守派を切り崩して改革をされています。だから敵も多い。派閥闘争に巻き込まれるかもしれませんので、お気をつけください』
『エジリオ様は俺を統一王にしたいのでしょう?派閥闘争は避けては通れませんよ?』
『ではどうしてお仕えしてもいいとおっしゃったのです?』
ルドは歩きながら早口で言ったよ。
『俺は政治に疎いし、前世の記憶とは時代も文化が違いすぎる。あてになりません。今は学ぶ時期です。それにこの地を統一するにはステファノ様に避けては通れません。今の俺らには土地も国を作る資金もありません。大きな力を持つ領主と手を組むしかありません。
彼はやり手と聞いてますが、ならば興味のない人には手を貸さないのではと思いました。エジリオ様は何かお考えがあったのですか?』
エジリオはルドとその前世を少しナメていたみたいなんだ。実はもうオリゾンテの神使を通してステファノに、ルドのこととエジリオの計画を書いた親書を送っていたんだ。ただ霊憑きだとか転生者であることは伏せていたよ。
ステファノは敬虔な信者で有名で、神使の言葉には素直に耳を傾けたみたいだよ。本当に神の使いならば、自分の上に立ってもいいと返事を出していたんだ。
この返事はポネンテ出発前に届いたから、ルドに話せていなかったんだ。
「何を話されていたのです?聞きなれない言葉ですね」
ステファノはエジリオに聞いたよ。
「失礼しました。ルド様に、私がオリゾンテ領主様へ話をしたことを話していなかったので」
「そういうことですか。グランデフィウーメの貴族は遠い地の言葉を学ぶのか?」
「いいえ。エジリオ様が話されていたのを聞いて、興味を持ったのでお願いして教えていただきました。ところで人が多く住んでいる場所はどこでしょうか?」
ルドは地平線を見渡したよ。ステファノは地図を持ってこさせて、地平線を指差しながらどの辺りに大きな街があるか話したよ。とてもルドの視界に収まりきれなかったよ。
「我が領地を一周するだけでも数週間はかかる。さてどうやって領地全域を潤す?」
ルドは一人で一度には無理だと思ったよ。何日かに分けて各地を回ったほうがよさそうだね。
それを言うとグランデフィウーメの貴族はまたもや怒りただしたよ。
「明日には帰るのだ!」
ルドは適当に相づちしながら地図を見つめるよ。キミが知る精巧な地図と比べたら程遠いけれども、防衛からしてみれば、本当はよその領地の人には見せられないものだよ。
「広範囲に水…。山に降らせて川に水を流すしかないか。大きな河の周辺にはたくさんの集落があるでしょう。明日までに回れるところで、大きな河の水源になっている場所に連れていってください」
「私が選ぶのか?」
「はい。あなたがここの土地をよく知っている領主様ですから。多くの民を潤せるかどうか、この地を知らない俺では判断つきません」
戦争を繰り返してきたステファノだからこそ、あちこちの土地についてよく知っていたんだ。自分の領地と敵の土地を知らないと作戦が立てられないからね。
「わかった。すぐに出発する」
「遠目でもいいので、対象の山などが見える場所に来たら教えてください。そこから雨を降らせます」
馬車で移動することになったよ。馬車の中で、エジリオは改めてステファノに送った親書の中身をルドに話したよ。
「エジリオ様。嘘はいけません。俺は水の神様の使いではありません」
「いえ、そのお力は神々がルド様にお与えしたものです。お力に目覚めたのもアックルーア様からの啓示かと考えられます」
「エジリオ様にも話しましたが、俺には天の国にいた記憶もなければ、ご神託を受けたわけではありません。この程度の力は千年前には普通ですので、今の人の魔法の威力が落ちただけです」
「ルド様…」
エジリオ的には水の神の使いとしてもらったほうが、農民出身のルドを領主たちが認めてくれると考えていたよ。
でもルドは無理だと思ったんだ。もちろん、人に嘘をつきたくないだけれども、ステファノのような領土を広げるような力を求める人が、神の使いという言葉だけでは信用を得られないと思ったよ。
「今の人の魔法が弱いとはなんだ?千年前のことは殆ど記録に残っていない。なぜ農民出のお前がわかる?」
ほら、ステファノは出会ったときからルドをお前って呼んでるよ。エジリオの話を信じているなら、もう少し敬うはずだよね。
「エジリオ様には他言することを止められているのですが、俺には千年前の水の使い手の霊が憑いているんです」
エジリオはもう口を挟むまいと決めたみたいで、仕方なそうに頷いたよ。
ステファノは霊の存在を信じていないみたいで、胡散臭そうにしているよ。
「聖神使様は何故除霊されないので?」
エジリオはルドの霊を祓えば水魔法が使えなくなるかもしれないという話をしたよ。エジリオの政治的判断にステファノは信じたのか、上がっていた眉の高さが戻ったよ。
「それでその秘密を私に打ち明けてどうするつもりなのだ?」
「まだその霊が誰なのかはわかりません。今わかっていることは統一王と親しかった誰かの霊だろうというということです。その霊は俺に聞けと言うんです。オリゾンテ領主様はどうして領地を広げているのかと。今年の水のことがなければとても豊かな土地です。戦争をして領土を広げる必要はないのではないかと」
ステファノは窓枠に肘をついてルドを見ているよ。こんな若造に本心を語りたくはないけれど聖神使の前では嘘をつきたくないんだ。ほら、神使を通して神々は自分の行いを見ていると考えているからね。
「豊かだからこそ他から狙われる。こそこそ戦争を仕掛けられるよりは先に土地を奪って私の支配下におけばいい」
「戦争をするということは人を殺すということです。殺人は死後に地獄に行きます」
「私は人を殺していない。殺しているのは兵士だ。私は地獄には行かん」
「兵士は免れるという教えでしたね。領主が殺せと命じても罪にはならないのですか?」
「命令者は罪に問われないと裁きの神様の神使様から言われたが?」
ステファノはエジリオを見たよ。エジリオは眼を伏せてステファノを見ていないよ。
「ルド様がグランデフィウーメ領主様に民が餓死するとわかって食糧を与えなかったら、それは殺人ではないかとご指摘されまして。直接手を下さなくても分かってやっていたなら殺人だと、裁きの神様の神使たちとそう結論に至りました。間接的な殺人はどこまでいうのか議論をしているところです」
「な…」
ステファノはとても都合の悪い話を聞いて狼狽したけれど、怒らなかったよ。多分お城の中にいて、なおかつエジリオがいなかったらブチギレてたかもしれないけれど。
「オリゾンテ領主様を責めるつもりはないんです。
教典に書かれています。神々は一人一人が教えを守り行動すれば、この世界に天の国ができるとおっしゃったといいます。俺とエジリオ様は神々のお考えに従い、天の国のような誰も飢えも苦しみもない世界を作りたいのです。
まずは政治を動かす領主の方々に賛同していただかなければできません」
エジリオは深く頷いたよ。ステファノに罪意識を抱かせて、こちらにつくように話を進めるルドにちょっと驚いたのは内緒みたいだよ。
「俺はこの世界を変えたいんです」
馬車が止まったよ。目的地のようだね。
ステファノは開いたドアではなくて、ルドを吟味するように見ていたよ。
「お前が世界を変えられるか見てやろう。まずは天候を変えてみよ。それからだ」
ステファノの後にルドは馬車から降りたら、暑い日差しの中でひんやりとした風が通り抜けたよ。
「秋の匂い」
ルドは乾いた大地を踏みしめて深呼吸したよ。ステファノが目標の山だと指差した付近にはうろこ雲があったよ。
「あれは秋の雲です。山は秋なんです。長かった暑い夏は終わります。季節の変わり目は雨が降る。そのうち自然に降るでしょう。だから俺は少しだけ早く降らすように促せばいいんだ」
独り言のように呟いてから、うろこ雲を見つめたよ。
『神よ、水の女神よ。我にしばし力を与えたまえ。生きとし生けるものにあなたの恩恵を』
エジリオは全部聞き取れなかったけれど、よく水の神の神使が儀式で唱える呪文によく似ていたよ。
あたたかな雨がさぁーっと大地を優しく打つよ。十五分もしないうちに止んでしまったんだ。
「次行きましょう」
「これでは足りません」
エジリオは戸惑いを浮かべていたよ。
「数日以内に雨が降ると思います。今降らせてしまうと次の雨で山や崖を崩してしまいます。統一王が敵の軍を崖を崩して倒したように、ね」
「それは霊の記憶ですか?」
「違いますよ。統一王について勉強したんです。俺が知らないのにあんまりにもみんなが統一王の再来だとか俺のことを言うから。彼とどこが違うのか探せば霊の正体もわかると思いまして。魔法を使った作戦もとても参考になります。そうだ、陽が出ているうちに移動しましょう」
馬車に乗り込むとエジリオはルドの身体を心配したよ。
「雨を降らせたあとでお疲れではありませんか?」
「大丈夫です。コツが掴めてきました。あまり早く冬が来ないでほしいですね。せっかく芽が出始めた作物が霜でダメになってしまいます」
「では教会を見かけましたら、季節の神様にお祈りしましょう」
「そうですね!」
エジリオとルドが歳の離れたきょうだいのようにステファノには見えたよ。
「仲がよろしいですな。付き合いは長いので?」
「いいえ、ルド様とは数ヵ月前にお会いしたばかりです」
「そうですか。苛烈で有名な聖神使様が、弟のようにルド殿に接しているのでね」
「苛烈…?」
エジリオは出会ったときから爽やかな笑顔を浮かべていたし、おっかない人には見えなかったよ。
「フェローチェ教会の件を出すのはお止めください。若気の至りです」
珍しくエジリオがたじたじになっているよ。火の神の教会建設に毎日のように演説して資金を募って、半ばフェローチェ領主を脅して建てさせようとしたらしいよ。それをルドは眼を丸くして聞いていたよ。エジリオは窓に頭をつけて、恥ずかしくて動けなくなったみたいだね。
エジリオには申し訳ないけど、威厳オーラで近づきがたかったステファノが柔らかくなって話しやすくなったよ。
「千年前の魔法が強かったとは何のことなんだ?」
ステファノは霊についてはいまいち信じられないけれど、ルドには興味を持っているみたいなんだ。
ルドは大きく息を吸ってから、中央の言葉で話し始めたんだ。エジリオは訳していたけれども、たくさんの聞きなれない単語にギブアップしたよ。
ルドは微笑みを浮かべて頷いて一気に喋ったら、一度眼を伏せて内容を整理してから、レナータの言葉で話し始めたよ。
まるで霊と自分が入れ代わるようにね。
「千年前も身分制はありましたが、奴隷も平民も魔法を学ぶ機会があって、結果を残せば奴隷は市民権を与えられ、場合によっては政治にも参加できました。貴族も平民たちと机を共に並べてしのぎを削っていたから、最上級魔法が使える使い手が多かったんです。戦争は魔法使いの多さで勝敗は左右されたといいます。
統一王の将軍の何人かは奴隷出身者もいたようです。
なので統一王が最上級の魔法の使い手であることは、あまり驚くようなことではなかったと思います」
ステファノは少し調べればわかることだから、ルドが霊に憑かれていると演技しているか信じこんじゃってるんじゃないかって考えたんだ。
「平民でも魔法が強ければ引き立てたわけか」
「そうです。グランデフィウーメ家が俺を貴族にしたように。千年前は多くの平民が魔法を使えたので、わざわざ貴族に引き立てなかったようですね」
「この話をしてどうする気なのだ?軍を強化することを勧めて戦争をさせるつもりなのか?さっきは戦争するなと言っていたが?」
「軍の強化は他の勢力が攻めてこないよう、抑止力になると霊は言っています。平民にも学ぶ機会があれば俺は領主様の下について、使い手の育成に協力します」
ステファノはおいしい話に顎をさすりながら、ルドの魂胆を考えたよ。というか丸出しだからおかしかったんだ。
「お前の望みは平民の学ぶ機会か。そういうのは隠すものだぞ?」
「へへ。俺は貴族になったばかりなので駆け引きとかよくわかりません」
「私に協力するというなら、グランデフィウーメを捨てるということか?」
「捨てることにはなりません。エジリオ様のお考えに従うならば」
にこっとエジリオに笑いかけるよ。あとはよろしくってことかな。
エジリオが驚いているから、ステファノは思わず笑ってしまったよ。
「なんだ、打ち合わせされていたのではないのか」
「はい。ここに来るまであまり詳しい話は出来なかったので」
エジリオは早く話せばよかったと少し後悔していたよ。ルドが色々暴露しちゃったしね。
「エジリオ様のお考えはとても魅力的ですが、ただの農民で霊憑きという妙な俺がすぐさま王なんてものになれるわけがありません。そもそも領主様方に認めていただかねば国なんてできないでしょう。この辺りで一番大きな領地を持つオリゾンテ様に俺が王になれる器か見ていただきたいと思いました。といってもまだまだ子どもなので、すぐにというわけでないですが」
ステファノはふむふむと頷いて、農民出身のルドは後ろ楯がほしいんだろうと腹を読んだよ。
「構わない。見てやろう」
エジリオは黙ってやりとりを聞いていたんだ。ステファノは手紙の印象と違ってルドに横柄な気がしたんだ。エジリオはステファノと直接会ったことがなかったんだよ。
ルドのお陰でステファノの人柄が見えてエジリオは収穫だと思ったよ。
馬車がまた止まったら、街についたよ。レンガの囲いがあって、ここはステファノが戦争をしないで領主から統治権を奪ったところだって。
元領主がそのままこの街の市長というかたちになったから、ステファノがトップになったけど、あまり街の制度は変わらなかったんだ。
言うことを聞かないところは武力で抑えたけど、恭順を示したところはこの市長さんみたいに命や領地を奪われずにすんだよ。そのあたりの舵取りはステファノは上手かったとされるよ。
ステファノと一緒に遅いお昼を食べて、休憩したよ。街を案内されたら石造りの建物の中に貝みたいなのがたくさん入っていてたのを見つけたよ。レンガではなくて岩だったみたいだね。
「家の岩はあのコンキッリア山から取ってきたんです。川では取れない貝の殻が岩に入っていているんですよ」
元ここの領主の市長が案内してくれたよ。今度はステファノが補足して説明してくれたんだ。
「海ではないのに貝が出てくる奇妙な山だ。しかも塩の塊が出てくる場所があってな。大雨のときはあの山から塩がでてきて、塩辛い川になる。だから塩川と呼ばれている。どうして貝殻や塩が採れるのかルド殿は知っているかな?」
さっきからお前と呼ばれなくなったね。王の器検定一歩前進かな?
ルドはうーんと考えながら山を見るよ。
「海を見たことないんですよね…。湖よりも大きいんですよね?」
「ああ、そうだ。海を見たことがないか。水の使い手として見に行くといい」
ルドたちのいる場所はレナータ地方の真ん中より、やや中央寄りで、海がない内陸になるよ。
「ここが全部海だったとか。人々が貝を採って食べたのを捨てたとか」
「おお。ルド殿もそう考えるか。私も昔の人たちがあの山で暮らしたんだと考えているんだ」
二人とも不正解。コンキッリア山は元々海の底だったのが、今のレナータ地方の半分くらいの大陸が地殻変動で、ハイドランジア大陸に激突してできた山なんだ。
ほらヒマラヤ山脈は今のインド大陸が激突して隆起してできたと言われてるでしょう?それと同じ現象がハイドランジア大陸にも起きていたんだ。
ただヒマラヤよりは標高は低いよ。高いところでも二千メートルは届かないんだ。大陸の衝突でできた山脈の一つにコンキッリア山があるよ。
コンキッリア山は海底から山になったとき海水ごと押し上げられたから、多くの海水でできた湖があったんだ。長い年月によって干上がって、地面に塩の結晶がたくさんできたんだよ。標高も低いところにもあるから人々が簡単に登って、塩を採ることができたんだ。
多くの塩の結晶はまた長い年月によって土が被って地中に埋もれていったよ。
だから内陸でも塩が取れたんだ。今はステファノがコンキッリア山周辺を治めているけれど、塩を巡って争いが絶えなかったんだ。人は生きていくのに塩が必要だからね。塩は白き黄金とも呼ばれて、高いときは金くらい価値があったんだ。
あ、山は神々が作ったとハイドランジアの人たちは考えていたから、地殻変動という考えはないよ。このことが解明されるのはずっと後になるんだ。
ちょっと難しい話しちゃったかな?ルドの話に戻るね。
ルドは貝がでる山が気になったから行ってみることにしたんだ。実際に麓でも貝殻が入った岩や地層を見られて興奮したよ。その様子にステファノは微笑みを浮かべていたんだ。
そういえばグランデフィウーメの貴族は面倒だとか言って、街に残ったよ。
「やっと年相応に見えた。たまに老人と話しているような妙な心地になるからな」
エジリオもしきりに同感していて、無自覚なルドはしきりに自分は変なのかと気にしていたよ。まぁ前世の記憶があることは普通じゃないと思うけど。
少し山に登って見晴らしがいいところから、雨を降らす場所を探したよ。ステファノはルドの横に立って、たまに肩に手を置きながら指を差して土地の特徴を教えたんだ。普通は土地の特徴をよその貴族にはわざわざ教えないから特別みたいだよ。
ルドも熱心に聞いて、あそこは水脈が少なそうだからもう少し別のところに雨を降らしましょうとか真剣に考えたよ。
ステファノと雨を降らす場所を決めて、呪文を唱えようとしたらギィーギィーと嫌な音が聞こえたよ。
「何でしょうか?」
周りを見渡そうとすると、エジリオが腕を引っ張って茂みにルドを引き込んだよ。
「魔物の声です」
ステファノたちも姿を隠して周囲をうかがっているよ。
バサバサ、ガサガサ。騒がしい音がいろんなところから聞こえてきたんだ。少し離れた山の斜面からギィーギィーいいながら、バサバサ羽音がたくさんてきて、ルドはぎゅっと身体が硬くなって動けなくなったよ。
「うわぁ!!」
「来るな!」
悲鳴が空へ向かっていったよ。大きな黒い鳥が人をくわえて飛び立ったんだ。多分羽を広げたら三メートル以上あるね。黒い鳥の群れが空を旋回し始めたよ。
「ここには黒い刃はいないはずではないのか?」
さっきまで威厳たっぷりだったステファノが声を震わせていたよ。市長もそうです、そうですってうわ言のように繰り返していたよ。
「エジリオ。黒い刃はもっと西の方にいたはずだ。魔物もこの熱波でエサがなくて飛び回ったみたいだぜ。痩せこけていきり立ってる」
気配を消してリクが近くに来たよ。その間でも、魔物に見つかったあわれな人たちは食べられていたよ。
「助けないと…」
「ルド様。飛びしたら食べられると思ってください」
その場から離れようと逃げ出した奴隷の一人が、黒い刃の鋭い爪で引っ掛かれてパックリ三つくらいに斬られたよ。
悲鳴をあげかけたルドの口をエジリオは強く塞いだんだ。
「速く飛ぶ上に鋭い爪と嘴を持っています。黒い容姿だけではなく、黒い影の刃が空から高速で降ってくるように見えることからその名がつけられました」
「倒さないの…?街に行こうとしている」
「今の手持ちの武器では倒せません。剣は届かない、矢は風圧で飛ばされる。高速で動く魔物に狙いを定めて魔法を放つには高い技術が必要です。魔物を狩るには準備が必要なのです。今の私たちは魔物が過ぎ去るのを待って、被害を減らすしかありません」
大砲や銃が発明されてないから、鳥の魔物を倒すにはマエストロ級の魔法使いが何人もいないと勝てないんだ。多分ブルーノは戦力外だろうけど。
「街の人たちに知らせないと」
どの街にも見張りはいるよ。気づいたみたいで、街中の鐘という鐘が鳴らされたんだ。
魔物たちは音にビックリして街の方に飛ぼうとしていたところを旋回に切り替えたみたいだ。おかげでルドたちは動けなくなってしまったよ。
街に知らせようとした兵士の何人かが食べられてしまったんだ。ルドは何か出来ないかと魔物を観察していたよ。
エジリオはルドが大人しくなったから口から手を離したよ。
「失礼しました」
「いいえ」
鐘の音が鳴り終わると魔物たちは落ち着きを取り戻したのか、何体か街の方へ飛び立ったよ。
すばしっこくて水の流れがしっかり視えないんだ。
「リク。あの魔物と鳥の心臓の位置は同じ?」
「多分。どうしてだ?心臓を狙うには厚い羽毛と皮で普通の矢は通らない。魔法もこの距離だと威力は落ちるから、下手に打てばこちらに気づかれて喰われる」
「内側から攻撃する」
「内側?」
ルドは大きく息を吸って集中したよ。
横から視るよりは空中で羽を広げて旋回している方が、ゆっくり飛んでいるし、腹が見えたから水の流れは視やすかったけれど、リクの言うように黒く艶やかな羽毛が邪魔するよ。
群れで低い位置にいた魔物に狙いを定めて、低く呟いたよ。
「心の臓、爆ぜろ」
二体がぐらっと傾いて苦しそうにバタバタ羽を動かして落ちていったよ。墜落してもがいているんだ。
ルドは壮大に舌打ちして、エジリオは隣で驚いていたよ。
「さすが魔物だ。心の臓もかたいな。だがあの程度のものを何十も倒せたのに私の腕も落ちたのか?ああ、そうだ。まだこの身体は若くて完成しきっていないから、魔法も完成していないのか」
「あーのー。千年前の方ですか?中央の言葉じゃなくても話せるので?」
リクは転生説を疑いそうになったよ。ルドはまったく雰囲気も話し方も変わってしまったからね。
「ああ、そうだ。サクスムの方がよかったか?」
「この場を乗りきれるならどなたでも」
「ならあのダメ男は使えんよ。なんであんなものに私はな…取り憑いていたのか。最期まで自分の頭で考えられなかったやつだ。ダメ男だ、ダメ男。
仕方ない。中央の魔法を見せてやろう。誰か雷の使い手はおらぬのか?」
「私もリクも火の属性です」
近くにいたステファノは土属性だったよ。
「なんだ。いないのか。壮大に雷であのカラスどもを打ち落とそうとしたのに、仕方ない」
「カラスじゃないですよ。魔物ですよ」
リクは小声で訂正したけれど、千年前の誰かさんは上機嫌だったよ。
「久々に暴れてやろう。魔法に集中したら私は無防備になる。お前たち、私を守れ」
ルドなら絶対に言わないことだから、エジリオはやっぱり霊がついているんだと思ったよ。
「仰られなくとも、そのつもりです」
エジリオの返答に、にやりと笑ってからルドは眼を伏せて祈るように指を組んだよ。
束の間、魔物の羽音と人々が息を潜める気配が辺りに漂ったよ。
平地の上空に分厚い雲が集まってピカピカ光りはじめたんだ。ゴロゴロと空に響いたよ。
「こっちに落ちないよな?」
「黙れ、リク。私を誰だと思っている」
「どなたなんですか?」
ルドの口が小さく動いたけれど、ため息に変わったよ。
「はぁ、誰だろう。まぁこれから披露する魔法は陛下に褒めていただいたものだ。退屈はしないだろう」
「この状況で退屈するやつはいないですよ。陛下って誰で…」
リクが話しているのに、雷を魔物に落としたよ。
魔物は焼けて落ちていくよ。
「人はいないだろうな?あれが頭上に落ちたら一溜りもない。しかし、痩せすぎて干し肉にもならんぞ。何匹か捕まえて王宮で飼うか」
「あなたは今、ルドに取り憑いているから王宮はないですよ。どこかの王子だったんですか?」
「そうだった。今は私はルドであった。王子か、そんな気がしてきた。誰ぞ、望遠鏡はないのか?」
ルドは指を丸くして筒の代わりにして上空を見ていたよ。
「これなら」
ステファノが音を立てないように腰から下げていた袋から出したよ。
豪華な装飾をほどこした望遠鏡を見て、ルドはにっこり笑ったよ。
「ありがとう。おお、これはまったく私が生きていた時代のものと違うぞ。こんなにきれいに見えるのか。ガラスの製造技術が上がったのだろう。
そういえば陛下は誰かと聞いたな?陛下のお名前はマニュスだ。こちらの言葉ではマグナスか。ふふ。今、期待したか?マグナス陛下の息子もマグナスという。隣の王国も山を越えた国も、またその隣もマグナスという名の王族はいた。ありふりた名前だ」
ピタッと口を閉じたよ。何事かとエジリオたちは空を見上げたんだ。
「爆ぜろ!」
望遠鏡で狙いを定めた黒い刃の羽を吹き飛ばしたよ。あわれなほどもがいて落下したんだ。
「奴らの弱点はわかった。私の自慢の子らがいれば全滅させたのに。
…見つかったな」
望遠鏡をエジリオに押し付けて低い姿勢のまま剣を抜いて走り出したよ。
「ルド様!」
エジリオも飛び出そうとするのをステファノが押し倒して、茂みに引き込もうとしたよ。
「聖神使様!あなたも犠牲になる。ルド殿は囮になってくれたのです」
「な!」
リクも手伝ってエジリオを茂みに隠したよ。ルドは挑発するように魔物に剣を振って見せたんだ。
「こっちだ。馬鹿カラス!」
だからカラスじゃなくて魔物。黒い刃の一体がルド目掛けて猛スピードで落ちてきたよ。
「速いな!」
ルドは自分の周りに直径五センチくらいの水の弾を作って、連射させたんだ。黒い刃は高速落下しながらヒョイヒョイ避けるけど、いくつか中ってグラグラ揺れたよ。ルドの目の前の崖の方へ回避して飛んでいったよ。
「逃がすか!そちらが鳥ならこちらは龍だ!」
大量の水がルドの周りに集まって、ウネウネ動くうちに大きな羽が生えた龍の形になったよ。
黒い刃はびっくりして、高速逃亡しようとしたけれど龍にばくんと食べられてしまったんだ。龍は水でできているから泳げないし、息ができない黒い刃は墜落したよ。
落ちる瞬間に水魔法を解除したら黒い刃は頭を地面に強く打ち付けて動かなくなったよ。
「見たか?」
ルドは嬉しそうにエジリオたちに手を振ったよ。エジリオたちはポカンとしていたけど、安心したように息を吐いたよ。
斜面の岩影から黒いものが動いたんだ。ルドは剣を構えると黒い刃が飛び出してきたんだ。
ルドは後ろに飛び下がって、片足が乗るくらいの岩に着地したけれど、ぐらっと岩が動いたんだ。
後ろは崖、下にはさっき殺した黒い刃。目の前にはお腹を空かせた魔物の口がパックリ開いたよ。
足に力を入れたらふわって身体が浮いたんだ。
まずい!
岩は埋まっていた土とおさらばして、ルドと一緒に落ちたよ。
黒い刃はルドを追って、羽ばたかせて宙へ飛び立ったよ。
ルドは空中でくるくる回ってなかなか体勢が取れないんだ。
斜面から顔を出したミアらしい人影に叫んだよ。
「ミア!眼と羽だ!あとはたのん…」
落下の衝撃で一瞬意識が飛んだよ。運良く死んだ魔物がクッションになってくれたみたい。
目を開けると黒い影が迫ってきた!
今年も残すところわずかとなりました。このサイトに初めて短編と前作を投稿して約一年となり、その間一つのウィルスによって世の中はよくも悪くも変化しました。
コロナウィルスとは関係ありませんが、個人的に2020年は人生初の手術をし、生きて健康であるからこそ、作品を作り連載できるのであると実感しました。あ、死ぬ病気ではありませんが、悪化すると激痛になるよと医者に軽く言われ、ビビりな卯月は手術した次第です。
皆様が2021年を健康で幸せでありますように。そして引き続き『流刑の覇王』に目を通していただけたら嬉しい限りです。
次回はテラが新年のご挨拶をしたいということで、元旦投稿します。時間はいつも通りで。
ではよいお年を!




