10話 暴君ルドの話6
ルドは勢いで学校を出てしまったけど、後悔はなかったよ。
すぐにアグネーゼのいる教会に行こうと思ったけれど、とても興奮していたから気持ちを静めようと街中を歩いていたんだ。
市場を抜けてルドはジーナとマッテオを探そうと奴隷市場に行ったよ。
一時間くらい探したけれど二人は見つからなかったよ。外で見えるように奴隷の子どもが売られていて、鎖に繋がれながら何人かが寄り添って何か話していたんだ。
「それで奴隷王はどうしたの?」
ルドは奴隷の王がいたのは初耳だよ。でも子どもの話だからお伽噺を話しているんだと思って通り過ぎようとしたよ。
「ロッチャは何万という兵の前でみんなを助けるために一人立ったんだ!水の魔法を使って、地面の水を動かして砂をどけて穴を作ってしまったんだ。そしたら兵が穴に落ちて出られなくなったんだ!」
ルドは岩なんて酷い名前つけるなと思って笑いそうになったよ。
「ロッチャ…」
ロッチャという言葉が頭に引っ掛かったら、強い頭痛がしたんだ。
「サクスム!逃げるんだ!」
懐かしい奴隷のおじさんの声が頭の中でしたんだ。
「俺の名前…岩だ」
ルドはサクスムのことを全部思い出したんだ。
奴隷の子どもたちに見つからないようにこっそり奴隷王ロッチャの話を聞いたんだ。奴隷の全員身分を回復させて、彼らだけの王国を作って幸せに暮らしたんだって。
「サクスムは王国なんて作れていない。みんなを死なせてしまった」
ルドの胸に失意が込み上げてきて泣きそうになったよ。
「ルド様。どうされたのですか?今は学校のお時間では?」
教会前を掃除していたグレータが心配そうにかけてきたよ。
ルドは無意識に教会まで来ていたみたいで、急に現実に引き戻されたんだ。
「ああ…。俺、貴族の人に喧嘩ふっかけちゃって。もう戻れないと思うんです。学校卒業したら神使になろうと考えていたので、アグネーゼ様に相談したいと思ってここに来たんですが」
「まあ!ルド様が神使に?中へ入ってください。大神使様を呼んできます」
ルドは教会の祭壇の前に膝をついて、サクスムのことについて水の神に報告してから、どうしてサクスムの記憶があるか聞いてみたよ。でも神様から答えはなかったんだ。
「ルド様」
アグネーゼの隣にルドの護衛をしている人が立っていたよ。護衛をルドは気まずそうに見ながら、どうしてここにいるんだと聞いたよ。
「領主様より至急城に来るように命令があり、ルド様を探していました」
「俺は神使になります。落ち着いたら今までよくしてくださった礼をしに登城します」
「領主様からルド様が神使になると言うならと止めるように私は言われています」
「私もエジリオ聖神使様にルド様が神使になる前にお話したいことがあるから、止めてほしいと言われております」
アグネーゼはエジリオの計画を知らないからとても困っていたよ。神使になりたい人がいたら、どんな身分であろうと止める権利はないんだ。
「何故エジリオ様が?」
ルドも困惑したよ。エジリオならルドが神使になることを歓迎してくれると思ったんだ。
ルドは仕方なく護衛とともにお城に行ったよ。
そのお城にはルドの同級生のキアーラとエドモンドが領主に呼ばれて怒られていたんだ。
「お前たち、ルドと仲良くせよと言っただろう?奴の魔法はこの地に必要なのだ。子どものお前たちもわかっているだろう?」
喉が渇けば水を召し使いが運んで来るから、深刻な水不足だとキアーラとエドモンドはいまいちわかっていないよ。
「お父様。あの農民は私たちを侮辱しました。追い出すべきです」
「馬鹿者!ルドを追い出せば、よその領主が奴をとってしまうではないか。神使になることを止めるように聖神使様がアックルーア教会に働きかけてくださっている」
キアーラはどうして父の隣に聖神使がいるのか、これまたわかっていないよ。
領主は座り直すと、娘に現実を話したんだ。
「この地はルドの魔法で水を取り戻しつつある。だがよそは違う。水と食糧を求めて、我が領地を狙い戦争を起こそうとしている。
ルドの存在はもうよその領主に知れ渡っているのだ。ルドは農民ではない。我が領の存続をかけた駆け引きの道具である」
「ルド様は道具ではありません。神々がこの窮地を救うべく天の国より使わしてくださった方です」
エジリオが訂正すると領主は面倒くさそうな顔をしたけれど、娘には威厳たっぷりにいうよ。
「聖神使様はこうおっしゃっている。学校で仲良くするんだぞ。キアーラ。お前の結婚相手はルドにする。いいな」
「待ってください!どうしてあんな泥臭い男と私が結婚しなければならないのです?」
「そうです。キアーラ様は領主様のご長女であられる。由緒正しい家に嫁がれるべきです」
キアーラを狙っているエドモンドも到底領主の命令には従えないよ。エドモンドは大人になって城の中の政治を動かす重要なポジションになりたかったからね。領主の娘を妻にして権力を握りたかったんだ。
「エドモンド。お前に雨を降らす力はあるのか?戦争を回避する能力はあるのか?」
「私は土の属性なので、雨を降らすことはできかねます。戦争は勝てばいいのです。何を弱気になっておられるのですか?」
「カスカータ、ポネンテ、フェローチェが同盟を結んだという。それはここグランデフィウーメを狙ってのことだ。奴らの領民は餓えで死者が出ている。今年乗り越えられても来年の収穫が期待できるかわからん。だから食糧がある場所を襲い、奪おうとしている。
聖神使様はフェローチェと繋がりが深い。教会は通常戦争には荷担しないが、今回は多くの民を巻き込むとして、私に知らせてくださった。カスカータは他をも巻き込もうとしている。エドモンド。この戦いに勝てるというのか?」
低く兵の数を見積もっても、三つの領主の兵を合わせるとグランデフィウーメの二倍以上はいるよ。エドモンドは蒼白になってしまったよ。
ルドの登城の知らせに領主はまだ領内にいたことに胸を撫で下ろしたよ。
「ルド!ブルーノからお前が学校からいなくなったと聞いて心配した」
親しそうに領主が肩に手を置くから、ルドは何事かと警戒したよ。怒られると思っていたからね。ブルーノは自分でルドを探すよりも領主に報告した方が早いと思ったみたいだよ。
「心配おかけして申し訳ございません。もう二度とご心配おかけしないよう、俺は貴族をやめて神使になります」
「待て待て。早まるな。今、お前に神使になられては困るのだ。お前も困るぞ?」
ルドはエジリオを見たら、そうだというように頷かれてしまったよ。
「俺が困るんですか?」
「そうなのだ。周辺の領主どもが我が領地を狙って戦争をしようとしている。しかも、お前のことも知っているようだ。お前を寄越さないと兵を寄越すというのだ」
「俺が?どうして周辺の領主様の耳に?」
「アグネーゼ大神使が、各地のアックルーア教会へあなたがアックルーア様の使いだと通達をしたのが、領主様たちのお耳に入ったようです」
エジリオは少し申し訳なさそうにしているよ。
「そうですか…。それで俺は何をしろと?」
領主は満面の笑みでルドに語りかけたんだ。それがとてもルドにとっては気味が悪くて逃げたくなりそうになったよ。
「お前はどこにも行かず、この城におれ。欲をいえばマエストロたちと共に兵士の手伝いをしてくれると嬉しいが。水の魔法はどのくらい使えるか?」
「地獄に行きたくないので、人は殺したくありません」
「構わん、構わん。お前が敵兵の足を水魔法で止めている間に、味方が殺すだろう」
「その…。エジリオ様。領主様のおっしゃるような殺人の手助けをしたときには地獄に行くのでしょうか?」
エジリオに聞くと悩むような顔をしているよ。
「難しいところですね。裁きの神様の神使に確認した方がいいでしょう」
「では食糧を与えないで餓死させた場合は殺人ですか?」
「死ぬとわかっているのなら殺人ですね」
エジリオは急にルドが食糧の話をだして首を傾げているよ。でもエドモンドはわかったんだ。
「貴様!こりずにまだそんなことを言うのか!領主様や我ら貴族は最低限の食糧を農民に残している。餓死したならそいつの考えが浅かっただけだ!」
エジリオはそうかとルドを尊敬の目で見たよ。エジリオたち神使は貴族たちにどう食糧を出させるか考えていたんだ。その方法をルドが見つけてくれたんだ。
「その最低限とあなたたちが思っている食糧が足りないから餓死したんです。農民が何を毎日食べているかご存じですか?イモのスープとパンです!奴隷も同じものを食べられればいい方。それで戦争で畑が荒らされれば生きていく希望なんてどこにもない。それで魔法が使える男を寄越せ?農民の男たちが死んだらどうやって畑を耕す?
あんたは農民に何を代わりに差し出すことが出きるんだ。エドモンド!
囲いの外を見たことがないくせに、自分で剣を握って戦わないくせに、無知を恥じることから始めろ。お前が一日三回食事をしているあいだに領民は死んでいっている。一食でも分ければ死なぬ命を見殺しにしているんだ。無知は罪だ。地獄へ堕ちろ!」
「貴様!」
「二人ともやめなさい」
領主は子供の喧嘩に苛立っていたよ。でもルドに言われて、心配になったよ。
「聖神使様。農民の餓死者がでている。これは私の罪なのですか?エドモンドの言うと通り、死なぬ程度の食糧は残しているはず」
「私は農民ではありませんが、農民の食糧不足の話は聞いております。農民だったルド様がおっしゃるならそうなのでしょう。街の中でも餓えた者で溢れて、罪に手を染める者がおります。殺人でも罪に当たらないのは兵士と神使兵、そして処刑人だけです。これ以上、死者が出れば裁きの神様に裁かれる前に領主様が様々な人から責められるでしょう。避けられる死は避けるのは為政者の務めと聞いております。
教会としては争いを止めたく、ルド様を水不足の地域に派遣していただきたいのです。領主様方も雨が降れば落ち着かれるでしょう」
「エジリオ様。食糧の問題は水だけでは解決しません。おそらく今年は冬も暖かいでしょう。逆にいえば今からでも多少寒さに強くて早く実りになる作物を育てるべきです。農民たちはもう種芋も食べてしまっているほど切羽詰まった地域もあるはずです」
ルドは楽観視している領主たちに苛立っていたよ。
「ルド様は冬が暖かいと、どうしてわかるのです?」
「風がずっと南だからです。冬になれば北から吹くのに今年はまったく気配がありません。数年前も暖かな年もありましたが、その年も北の冷たい風は少なかった。西には海があって海から雨雲ができると聞いてます。西風も極端に少ない。だから雨は降らないのです。水は水の使い手が頑張ればなんとかなります。しかし種を今蒔かねば来年はもちません。領主様、種と食糧を農民に与えてください。他の領主にもそうするように言うんです。戦争すれば畑も荒れ、畑を耕す者はいなくなり、収穫量も減ります。来年のもっと先もつらい年が続いてしまいます」
「農民風情が領主様に提案するなんぞ、身分が過ぎるぞ!」
エドモンドはまた怒り出したよ。領主はルドを見つめてから、言ったよ。
「キアーラ、エドモンド。下がりなさい。そうだ、ルド。お前はキアーラと結婚しないか?」
サクスムも村の長の娘をもらいそうになったよね。それがちらついてルドは嫌そうな顔になってしまったよ。
「ご配慮痛み入りますが、キアーラ様は俺が視界に入るだけでも嫌なようです。俺は神使になりますので結婚はしないつもりです。俺が神使になってはならない理由があるようですが…」
エジリオはルドに統一王になってほしいから神使になったら困るよ。そんなことここでは言えないから、建前を説明したんだ。
「神使になる前に神使から心得を説明をします。その説明をうけて納得されてから神使になっていただきます。ご結婚のことはご存じですね?家族の関係を絶たねばなりません」
「俺に家族はいません」
「親のようにきょうだいのように育ててもらったという奴隷たちを、もう探さなくていいのですか?神使になれば彼らを探す時間を神に捧ぐ時間にしなければなりません」
「あ…」
神使は神への祈り、布教や奉仕活動に専念していて個人的な時間はほとんどないんだ。
「二人を見つけてから神使になります」
「それがよいかと思います」
「それは何年後になるかわからん。キアーラと結婚してみないか?キアーラもいいだろう?」
領主はルドと結婚させたいみたいだね。ほぼ命令だからキアーラにはもう選択肢はないよ。
「喜んで結婚します」
ルドは目を細めて彼女の心臓を視て、言葉に耳を傾けたよ。
「彼女の心臓は俺との結婚を望んでいないと言っています。俺もやがて神使になるので、やはり結婚はしません」
ルドも頑固だね。キアーラはとても綺麗な子だからもらっておけばいいのに。
「…嘘を見破る力は素晴らしいが、この世は本音と建前で出来ているのを覚えておきなさい、ルド。二人とも下がれ」
キアーラとエドモンドは部屋から出ていったよ。
エドモンドはずっと立腹していたけれど、キアーラはルドと結婚させられることになって憂鬱だったよ。
ルドは領主と話し合って、戦争しようとしている領主たちと和睦することなったよ。
「雨を降らせる。剣の代わりに農具を持てと伝えてください。神使様が間に入った方が耳を傾けてくれるでしょう」
ルドの言葉をエジリオは気に入ったみたいで、にこやかにしていたよ。
「伝えましょう。私たちは戦争は望みません」
静かにしていたリクをちらりと見るよ。
「闘いの神様の神使はみな今回の件は聖戦と考えておりません。出兵されるなら祈祷はしますが、神使兵は出しません」
グランデフィウーメ領内の領主側と神使側の動きは決まったよ。
エジリオは間接的な殺人の裁きはわからないけど、避けるべきと軽く脅すと領主は呆気なく民へ穀物を分けることを決めたんだ。
「ルド様のおかげで民が救われます。私たちは神々の教えだと慣習から抜け出させず、自ら囲いを作っておりました。餓死させるのは殺人。当然のことなのに」
エジリオに感謝されて、ルドは頬を赤くして照れていたよ。
「エジリオ様の一言がなければ、俺はグランデフィウーメから出ていかなければなりませんでした。ありがとうございます」
「礼なんていいんだぜ?こいつがやんなきゃいけないことを、神使ではないあんたがやったんだから。
自己紹介まだだったな。俺は闘いの神様の神使、リクだ。エジリオとは神使兵時代の腐れ縁だ。
あのボンボンに地獄に堕ちろって言ったの、マジでスカッとしたぜ!俺は貴族の連中にいつも喉までいいかけて、バッキア様のご加護がありますようにって代わりに言ってきたからよ!本当にお前いい!気に入った!」
リクはバシバシとルドを叩くよ。ルドは困っているのを見て、エジリオはリクの腕を掴んでやめさせたよ。
「ルド様がお困りだ。リクをルド様に会わせたかったから丁度よかった。リクはまだ戻らないだろう?」
「早く戻れって多額の寄付してくれた人に言われているが、俺は神使だから間諜はしないとは言ったから大丈夫だ!」
「お前らが作った酒を全部飲むから、売るものがなくて寄付に頼るしかないんだろうが」
「今は水がないから酒を飲むしかないだろうが。水分を取るなっていうのか?なんて酷い聖神使様だ!
で、ルド。お前って中央の言葉がわかるんだろう?」
「リク。ルド様と呼べ」
「いいんです、エジリオ様。俺は水の神様の使いではないし、子どもでもないですから。はっきり色々思い出したので。あ、その…」
事情を話していないリクがいるから詳しいことは話すのをやめたよ。
「私よりリクの方が中央の言葉がわかるので、ルド様の事情を話しました。勝手に話して申し訳ございません」
「そうだったんですね。エジリオ様に思い出したことを話したかったんで。奴隷時代の名前がわかりました」
「ほう。名前は?男でしたか?」
「『サクスム』です」
リクは吹き出しそうになって、エジリオに睨まれて咳払いしたよ。
ルドは気にしないというように笑ったんだ。
「俺も岩って名前酷いなって思いましたよ。今日奴隷市場に行ったら、奴隷の子どもたちが奴隷王ロッチャの話をしていたんです。ロッチャって中央の言葉でサクスムだと思いつくと、奴隷のおじさんが俺をそう呼んでいたのを思い出したんです。
サクスムは何かの鉱物を取る山で育ちました。だから岩と名づけられたみたいです。髪の色は金に近い茶で、今の俺の髪も肌の色は違うのに、どうして記憶があるのかわかりません。水鏡で見たときに目の色は同じだったと思いますが、共通点はそのくらいで。
死ぬ間際におじさんが自分たちは中央から来たと言ったんです。ただ確かめる間もなくサクスムもおじさんも死にました。再起しろとおじさんは言ったけれども、奴隷で学もない青年が国なんて起こせるわけがないのに」
懐かしそうに窓に映る自分の目を見つめていたよ。
「あなたが奴隷王ロッチャなのですか?」
ルドはくすくす笑って窓を開けてから、指で四角を書くように指したよ。
「奴隷王ロッチャは国を興しましたが、俺はここの市街地くらいしかない集落で元奴隷たちと数ヶ月しか暮らせませんでした。まあ、あの当時は日にちを数えていなかったから、もっと短かったかも。
奴隷王ロッチャは大きな山を崩して敵の国を沈めましたが、俺は砂地の丘を崩しただけ。ロッチャは、数万の兵を穴に埋め、俺は数十人を埋めただけ。規模が違いますよ。
慕ってくれた元奴隷たちはあの襲撃で殺されるか、捕らわれたでしょう。俺は熱いと身を焼かれていく仲間を助かられなかった…。それが奴隷の王だってありえない」
ルドは窓枠に頭を預けて目を伏せたよ。リクがルドの隣に並んだよ。南の暖かな風が二人の髪を揺らしたんだ。
「俺も奴隷王の話は各地で聞いたことがある。場所や人によって言い伝えの内容は変わるし、話は盛られる。
サクスムが奴隷王ロッチャ本人なのか、元ネタなのかはわからないが、ルドは自分が奴隷のロッチャだと思うのか?」
「ロッチャは俺だ。鎖に縛られていたことも、腰布だけで生きていたことも。サクスムでいい?ロッチャだと他人みたいだ」
「呼び方は別になんでもいいけど。俺は神使兵としてあちこちに行ったんだ。聖戦で異教徒を殺したこともある。これから異教徒が信じていた教えを話すが、これは絶対に信じるな。他の神使が聞けば異端と見なされる」
「はい…?」
ルドはこの神使は不思議なことをいうなと思っていたよ。教えはすべてなのだから、異教徒の教えは紛い物だから信じるわけがないと思っているんだ。
生まれ変わりについて話すとルドは納得したよ。
「霊つきよりも納得できます」
「霊つきで納得してくれ。教えにはないことなんだ。異教徒の教えが本当にあるならあれは聖戦ではない。ただの殺しになる」
異教徒の考えは間違いだらけで神々を仇なすとして、神使兵たちは異教徒を殺してきたんだ。もしも、異教徒の教えが正しかった場合、リクやエジリオには正義はなくて大量殺人者になるんだ。
だから裁きの神の前で裁かれて地獄におとされてしまうよ。
「リク様」
「リクでいい。女子どもまで殺せと言われて殺してきた。俺もエジリオもあれはなんか違うと思って、命じた貴族や大神使に逆らってここまで逃げてきた。間違っていたかどうか何度も神々にお訊ねしたのに、いまだに答えはいただいていない」
「サクスムも主人の命令に逆らって主人を殺して奴隷から解放されました。主人は元長の妻を強姦して妊娠させて、お腹に子どもがいるのにサクスムに殺せと命じたんです。主人殺しの罪の重さに苦しんだ。でも女の人の娘が助けてと泣き叫んでいて、身重の女の人を助けたのは間違いではなかったと思っています。
リクが殺してしまった人は命令した人たちの罪です。その時のリクは正しかったんです。兵士なんだから。おかしいと思えた心が大切なんだと思います」
リクは目を見開いて年下の少年を見たよ。
「サクスムは主人を殺し、多くの敵兵を殺したから天の国に行けなかったのでしょう。彷徨って今の俺の身体に行きついた。
もし異教徒の教えが正しいのならば、俺はこの生で罰を受けるでしょう。サクスムの前の生があることも思い出しました。ただサクスムが業火の中で死んだのが気になりますが。俺はずっと男だと思うので、女性の色欲の罪とされたら嫌なんですけど」
「…サクスムに前世がある?」
ルドは窓の外を眺めたよ。
「この前、千年前の中央を描いたと言われる絵を見ました。サクスムが最期に思い出した男性の服装と、とても似ていました。身分の高い貴族の服装でした。その人の名前も自分の名前も思い出せませんが、彼を思い出すととても心が穏やかになるんです。きっと大切な人だったのでしょう。
リク。もしも異教徒の教えが本物ならば、きっと生まれ変わると思います。リクの過去はやり直せないけど、これからの未来はやり直せます。だから、今は正しい生き方をして死んだ時に裁かれるのか、もし生まれ変わったなら異教徒の教えは正しいのだと聖戦といって人を殺そうとしている人を止めてください。
異教徒を神々はお認めになっているんだと思います。すべの人が幸福になるというすべても異教徒も含まれているのでしょう。そうじゃないとサクスムもその前の前世の記憶があるのは納得いかない」
リクは泣けてきて、手で拭おうとしたのをルドに腕を捕まれて拭えなかったよ。
「今の感情を殺さなくていい。殺したら自分に嘘をつくことになる。嘘を重ねたら本当の心がなくなってしまう。
もしもリクの過去のが間違っていたなら、今から正しいことをして。俺は身分や生まれですべてを決められるのは嫌なんだ。理不尽は大嫌いなんだ。幼かったリクは親がいなかったから拾われて神使兵しか道がなかった。もしも親がいたら違う道があったのに。
俺は今の理不尽を変えたいんだ。リクは闘いの神様の神使だけど、戦争をしたいの?」
「…したくない。しなければ幼かった俺は飯を食っていけなかったし、生きてこれなかった」
「じゃ一緒に戦争しようとしている人たちを止めよう。沈黙は何もしないのと同じだから」
闘いの神の神使は沈黙し兵を出さないと言っていたからね。
リクは頷いて涙を拭ったよ。エジリオは静かに近づいて、ルドの前で片膝をついたんだ。
「ルド様。お願いがあって神使になることをお止めしておりました」
「お願い?」
「統一王マグナスのように、この地域を一つにまとめていただきたいのです」
「え?」
突飛な話しにルドは大混乱だよ。リクもお前なという顔でエジリオを見ているよ。
「千年前の統一王時代も多くの有力な貴族が争い、戦争がつきなかったといいます。一つにまとめ穏やかな世が来たと歴史に記されています。ルド様は伝説の統一王と同じ最上級の水の使い手です。多くの貴族が統一王の再来として考えています」
「まさか統一王の生まれ変わりだって言えって言わないですよね?」
「リクから生まれ変わりの話を聞いて、最初はもしかしたらと思いましたが」
「思ったんですか…。違いますからね?」
「聖神使として異教徒の思想を認めるわけにはいきません。しかし、ルド様の中に記憶があるというのは、疑っておりません。
奴隷王サクスムは夢半ばだったでしょう。この時代でも奴隷は奴隷のままです。ルド様はこのままでいいのですか?神使になれば、政治を動かすことは叶いません。貴族の考えに捕らわれないルド様に、この世界を変えていただきたいと思っています」
「エジリオ様…」
エジリオの目は水を求めている人と同じだったんだ。
「あなたも渇いているんですね。満たされない何かがあって」
エジリオは目を見開いて動揺したようにルドから目をそらしたよ。
「俺も変えたいと思っていました。農民と馬鹿にされる貴族でやっていける自信がなくて、神使になろうと考えたんです。
神使ではできないこともたくさんあるんですね。俺ができることはできる限りやっていきます。そしてエジリオ様の心が満たされるならば」
「ルド様…」
ルドはまた窓の方を見たよ。
「統一王ってそんなに有名なんですか?俺、王様とか疎くて。奴隷王のことも知りませんでした」
「伝説とか英雄に近いですね。ルド様のようにあらゆる液体を操れたそうです。私も詳しく知りません」
「名前はなんでしたっけ?」
「マグナスです。中央の言葉では『マニュス』ですね」
「マニュス、マニュス。姓は?聞いたことがある」
「申し訳ございません。そこまでは」
マニュス、マニュスとルドは繰り返すよ。
「聞き覚えがあるのは当然だろう。マニュスは中央では多い名前だし」
リクはいつも通りに戻って笑っていたよ。ルドは部屋をくるくる回って痛い頭をトントン叩いていたんだ。
『マニュス・アルクス。アルクス家の長男で火事で最初の妻と幼い子を失った。また炎か。水の使い手なのに炎にまかれる定めなのか』
「ルド様?」
窓の方を向いて立ち止まったルドの雰囲気が変わって、エジリオは緊張したよ。呼ばれたルドはエジリオとリクに微笑みを浮かべたんだ。
『私たちを称える記念碑はないのかと探したが、ここはケントルムでもないし、千年も経っているんだな。
神の使いよ。共にここに天の国を作ろう』
頭痛が酷くてルドはそのままぶっ倒れたよ。
「いや、だから俺はマグナスではありません」
ぶっ倒れる前のセリフを聞いて、エジリオとリクはルドが統一王の生まれ変わりではないかと考えたんだ。
「嘘かよ!滅茶苦茶期待したじゃねーか!」
「本当に統一王ではないんですか?お言葉もとても古めかしかったし」
「統一王だったらサクスムのときはお粗末すぎませんか?」
「「確かに」」
神使二人に正直に納得されて、ルドは悲しくなったよ。
他の人にはルドが生まれ変わりという話しはしないことにしたよ。
次の日はちゃんと学校に行ったよ。嫌そうなエドモンドに挨拶をされて、ちゃんと領主の言いつけを守っていて案外いい子みたいだね。
「ごきげんよう」
キアーラも笑顔で話しかけてくれたけど、ルドは真顔だったよ。
「領主様にはお二人には仲良くしていただいていると報告しますので、いつも通りにしていただいていいですよ」
「お前、話がわかるな。では、キアーラ様、行きましょう」
馴れ馴れしくエドモンドはキアーラの肩に触れるよ。
「マエストロ!」
ルド逃亡を領主にチクったブルーノがハイテンションで走ってきたよ。ルドは数歩後退したけど、すぐ後ろは花壇だったから下がれなかったんだ。
「いつから俺はマエストロになったんですか?」
「領主様より許可をいただきました。勲章をどうぞ!」
嫌がるルドの胸元に勝手に勲章をつけるよ。
「これで私と同じですね!天候を操る方法を教えてください」
三十代のオジサンが少年のように目を輝かせているよ。ルドは断ろうと考えたけれど、天候を操る水の使い手は多い方がいいと考えたよ。
「ではブルーノ様がどれほどの使い手か試験しますので、合格してくださいね」
「わかりました。かかってきてください!」
キメ顔のまま、姿が消えたよ。地面が液状化して腰まで埋まったんだ。
「え?」
キアーラとエドモンドは目を丸くしていたよ。
「統一王がやったという兵を地面に埋めるという魔法をやってみました。ブルーノ様もマエストロなら抜け出せますよね?」
「ふっ。こんなの簡単だ!」
ブルーノは呪文を唱え始めたよ。マエストロが目の前で魔法を使うんだ。学生のキアーラとエドモンドはじっとブルーノの呪文を聞き逃さないとばかりに耳をそば立ててたよ。
「…呪文唱えないと魔法使えないの?」
「水よ、大地と分かち…。マエストロ。呪文の途中で話しかけるのはマナー違反ですよ!うぐっ」
肩まで埋まってしまったよ。
「ブルーノ様は水の流れが視えるですよね?なんで俺の魔法を防御しないんですか?」
「防御…」
ブルーノは目を凝らしたよ。ルドからもやっと水の形跡が出て、ブルーノが埋まっている地面に繋がっていたんだ。
「これを絶って。あが!」
首まで埋まってしまったよ。
「あなたはマエストロなのに言われないと気づかないのですか?この程度でマエストロになれるって笑える」
「笑えるってまったく笑ってないじゃないですか!その顔、真顔!真顔っていうんです」
「頑張って出てくださいね?」
「くっ!」
意地になってブルーノは目を凝らして水を見つめるよ。
「アックルーアよ…」
「呪文に頼るな!水を視て感じるんだ!学校でやっていることは逆だ。まず水がある。その次に言葉がある」
「マエストロ。外見の優しそうな感じとは違ってストイックなんですね」
「そのまま地面に顔まで埋めましょうか?」
「やめてください…」
カリーナはブルーノがダッシュしているのを校舎から見えたから来たよ。登校中の生徒も気づいて集まってきちゃったね。
これはマエストロと呼ばれて鼻が高かったブルーノをパッキリ折るシチュエーションだったんだ。
「あああ…」
「集中してください。まさか視える人がマエストロと名乗っていいってことですか?」
「はい」
カリーナはルドも人を馬鹿にする顔をするのかと驚いていたよ。
ルドは腕を組んで黙って見下ろしていたよ。
「マエストロとして、年下のガキに頭を下げた覚悟はそんなものですか?」
「違います!私は昔から統一王に憧れて天候を操りたかったんです!」
「憧れだけですか?では無理ですね。すべての人を渇きから救うくらいの覚悟がない!心が大切なんだ」
おっとなんだか体育会系になってきたよ。
「私は別に人を救いたくてマエストロになったわけでは…」
口まで埋まっちゃったよ。鼻と耳は出ているから、息もできるしルドの声も聞こえるよ。
「天候を操るということは多くの人の人生を左右できることです。志もないのですか?この世を変えてみせるという覚悟もなければ、あなたに教えることはできません」
返事を聞くために口まで出したよ。
「ごほごほ。マエストロ。あなたの言葉にシビレました。一生ついて…」
「来ないでください!試験は以上です。不合格です!」
「待ってください。覚悟を決めますから!」
ブルーノは全集中して。あ、鬼◯の刃みたいに呼吸じゃないからね。
自分の周りにある水を視たよ。水を消せば土で埋もれて水魔法は使えないよ。
「それなら水を集めて、膨張させて」
ブルーノは足元にすべての水を集めて一気に膨張させたよ。スポンって抜けたはいいけど勢いよすぎて宙に投げ出されたよ。
ルドは地面に水の塊を浮遊させてブルーノをキャッチさせてから、地面にゆっくり落としたよ。地面に埋もれていたときについた泥は全部落としてあげたけれど、ぐっしょり濡れていたよ。
「ど、どうですか。マエストロ…」
「服を乾かしてください。暖かいとはいえ風邪をひきます」
「乾かしてくださらないのですか…」
ブルーノは水を視て、服についている水をすべて飛ばしたよ。
「今までより、水がよく視えます」
「これでもう天候を操れるでしょう。お疲れ様でした。もう俺につきまとわないでくださいね」
「今日一番の笑顔で突き放さないでくださいよ!全然天候の操り方を教わってません」
「ブルーノ様。あなたはマエストロとして出会ったばかりの人間に自分のもつ最大魔法を簡単に教えてしまうんですか?」
「教えません…」
「ご自分でお探しください。では俺は授業があるんで」
スタスタ校舎に入ってしまったよ。
「し、シビレました!どうだ、カリーナ!」
「私もシビレました!ルドは昼食は外で食べますのでアプローチをしましょう!」
「情報提供ありがとう!私はマエストロから教わったことを復習して、ガツンと天候を操って見せよう」
「ブルーノ様、頑張ってください!」
カリーナの内心は面倒だなブルーノと思っていたよ。褒めてあげれば操りやすいって、会って一時間で看破したけどね。
「マエストロ!」
「待ってルド!私にも教えて!」
ルドは毎日ブルーノとカリーナにつきまとわれる羽目になったよ。放課後はブルーノを顔まで埋めてから逃げるのが日課になりつつあったんだ。
アグネーゼのいる教会まで逃げて一息ついているといつものように、にこやかにグレータが挨拶してきたよ。
「最近奴隷のお二人は連れていないんですね?」
「あ、そうですね」
奴隷のミアをグレータと会わせると不機嫌になるから、ミアは奴隷市場の近くはいやなんだろうとルドは考えていたよ。ミアはグレータがルドラブに気づいて焼きもちやいてるんだ。神使とはいえ、俗世に戻れるから奴隷のミアよりもルドと恋人になれる可能性が高いんだ。
ミアとグレータの気持ちをルドはまったく気づいてないよ。ルドはおニブさんみたいだね。
アグネーゼが来て、エジリオがどうしてルドが神使になることを反対したか説明したよ。もちろんルドを統一王にしよう計画は話さずに、ジーナたちを探せなくなるというを話したよ。
「そうでしたか。聖神使様はお優しい人ですね。戦争の話しは気がかりですが」
「備えはした方がいいとエジリオ様は通達を出したと聞いてますが」
「ええ。今朝受けました。領主様からも。ルド様がお一人でここに来られることがあれば護衛が来るまでひき止めるようにと」
「あ…」
ブルーノを巻くことに集中して護衛を置いていっちゃったんだね。
待っているとしかめっ面の護衛が迎えに来たよ。
「領主様がお呼びです」
カスカータたちは和睦に応じるみたいだけど、まずはルドを貸せと言ってきたよ。ルドは行く気満々だけど領主は消極的だったんだ。
「絶対に戻ってくるように」
ルドがよそに行ってしまうことを警戒しているんだね。
ルドは領主の使者、エジリオやリクたち神使と共に連れて、カスカータに向けて旅立ったんだ。




