6話 空を飛んだおじさん
足の震えが収まらない中、しばらく歩くと見慣れた森の景色になって、先の方に開けた明るい場所があったよ。
エドおじさんの畑だね。
おじさんは畑仕事をしていたんだ。
リアムは気まずかったけれど、おじさんはフーを凝視していたよ。
「フー、魔物は食べないって言ったぞ!」
「おいひぃお」
「豚だよ。魔物の」
リアムが言うと、おじさんはため息ついたよ。
「魔物は臭くて食べられない」
「美味しいのもあるよ」
リアムは魔物が食べたことがないけれど、美味しい魔物もいるってことを知っていたよ。
自分でもわからないみたいだけどね。
フーにこんがり焼いてもらって、塩とコショウで味付けをしたよ。
リアムとエドおじさんは思いきってかぶりついたよ。
「……」
「……」
「ちょっと臭いかと思ったが、気にならないな。むしろ噛めば噛むほどコクがあるというか」
「美味しいね」
「でしょう!」
フーは得意気になってから、大きなゲップをしたんだ。
あまりの臭さに、リアムは食べたものを吐きそうになったんだ。
「くさっ!フーの息臭い!」
「魔物の肉ばっかり食べているやつの息がフローラルだったら、おかしいだろう」
「野菜も食べないと大きくなれないんだぞ!」
野菜嫌いなダヴィドが怒られているのをリアムは思い出して言ったよ。
「フーは肉食だから、野菜食べないんじゃないか?」
火の鳥は目撃例も少ない伝説の魔鳥だから、何を食べているか知られていなかったよ。フーを育てて、どうやら肉食らしいというのがわかったんだ。
「やさい?」
「葉っぱだ」
「はっぱ、もさもさしていや!ふぅは、ぱぱよりおおきいから、いいんだもん」
「大きいならパパって呼ぶなよ」
リアムは何度訂正しても、フーがパパって呼ぶから諦めていたんだ。
吐き気が収まるとリアムはそうだと、空を飛んだことを話したよ。
「おじちゃんもフーに乗って空を飛んだらいいよ!」
「いや、俺はいい」
「凄くよかったよ!」
ガタブルしていたのにね。
エドおじさんは落ちるのが怖いから、飛ぶのは前向きではなさそう。
リアムもフーを掴むのは大変だったし、フーも掴まれて痛かったみたい。ロープを持ってきてフーの胴体に巻いて掴めるようにしたよ。
首だとしまっちゃうからね。
フーが痛くないように結ぶと、エドおじさんは恐怖より好奇心の方が勝ったみたい。
フーにまたがって、ロープを掴んでみたよ。
エドおじさんが乗りやすいように座っていたフーは立ち上がろうとしたんだけど、ふるふる足が震えていたんだ。リアムは心配して、フーの足元を見たよ。
「あれ?どうした、フー?」
「たてないの」
「俺が重いからいけないんじゃないか?やっぱりやめておくよ」
おじさんの後向き度数が上がってしまったみたいだね。
「立ったままなら大丈夫じゃない?」
リアムは励ますけれど、おじさんは飛びたくないんだし、無理しなくていいとは思うけどね。
やろうよとリアムに言われて、フーは立ったままでおじさんが飛び乗ったんだ。
反動でヨタヨタしてしまったけれど、フーはゆっくりと上昇したよ。
でもリアムよりも遅くて重そうだったんだ。
「無理しなくていいぞ?」
「だいじょうぶ!」
フーはバタバタと翼を動かして、リアムの背の高さよりも上になったよ。
「浮いてる…」
エドおじさんは浮いているだけで、感動していたんだ。
木々のてっぺんまで行くと強風に煽られたから、しっかりロープに掴まったよ。リアムから話を聞いていたからね。
リアムのときから風が弱まったのか、落ちそうな強い風は吹いていなかったんだ。
「俺は飛んでいるのか?」
風をきりながら、フーが上空を旋回すると三六十度景色が見られたんだ。
フーの親鳥の羽根を売るために聞き込みにいった街も見えたし、さらに遠くの山も一望できたよ。
「こりゃ、凄い!フーはこんな景色を毎日見ているのか!」
エドおじさんも両手を広げてみたよ。
空の旅はあっという間に終わって、リアムが立っているところに降りたよ。エドおじさんは地面に足がついているのに、ふわふわしている感じがしたよ。
「どうだった?凄かったでしょ!」
「ああ」
エドおじさんは感動が冷めないのか、ぼうっとしていたよ。
「おじちゃん、俺らは自由なんだ。この村にずっといることないんだよ。よそのところに行こうよ!」
リアムの言葉に現実に引き戻されたよ。
「やっと畑も実りがつくようになったのに、よそにいくのは…。俺はどこに行っても同じだ」
移住してきたときには森の一部だった家や畑も、木を伐り根や岩をどかして一人で作ったんだ。その苦労から、エドおじさんはこの場所から離れたくないみたい。
「どこにいってもって、非国民って呼ばれるってこと?なら、よその国に行けばいいじゃない!言葉がわからないなら、アナベルのどこかの国でもいいでしょう?
お金ならあるわけだし」
エドおじさんが非国民と呼ばれながら、ランバートから離れない理由は畑以外にもあるみたいだけれど、それをリアムは知らないよ。
「おじちゃんはもう偉い人じゃないんでしょう?もうどこにでも行けるんだよ。
俺らは自由なんだよ!」
エドおじさんは上空から見た景色が、頭の中によみがえったよ。
地図には決して描かれていない、世界の広さとまばゆいばかりの光と大地の色。そして空中の温度や風が身体を打ちつける衝撃と音。
身分を奪われ、首都から追い出されたときは失意と幼いリアムをどうしようかと考えるだけで、自由なんて思い浮かばなかったんだ。
非国民と見知らぬ人たちから罵られ、正しいと思ってやったことは間違っていたのかと次第に自信をなくしていったんだ。
新しいことにも、一歩を踏み出す勇気をも失い、そして恐れるようになっていたよ。
「自由、か」
貴族時代には叶わなかった、好きなところへ気の向くままに向かう。
お金はあるんだし、旅に出るのもいいかもしれない。
「光の王にも会えるかもしれないよ!」
エドおじさんは夢想をやめて、リアムに呆れていたよ。
「あんなお伽話を信じているのか?もうお前は大きいんだから」
「マロおじいちゃんがそろそろ現れるよって言っていたよ。でも、どこにいるのかわからないんだって」
「そんなに会いたいのか?」
「うん、つらいことから助けてくれるんだよ。おじちゃんは会いたくないの?」
「さあ、どうだろう」
幼少のころからつらい思いをしてきたリアムが、お伽話にすがっても仕方がないかとおじさんは考えて、否定しないようにしたんだ。
「旅に出るにせよ、支度は必要だ。それにフーはどうする?連れ歩くには目立ってしまう」
「伝説の魔鳥だもね。捕まっちゃうかもしれないし。フーのママンから大人になるまで育ててって頼まれたけど、まだ大人じゃないのかな?」
フーはリアムに撫でられて気持ち良さそうだよ。もっととばかりに顔をすり寄せてきたんだ。
「巣立ちはまだみたいだな」
「うー。フーが巣立つまで待つってこと?」
「仕方ないだろう?ここに置いていくか?」
「フーならついてきちゃいそうじゃない?我慢するか」
「旅立つまでにリアムはやることがたくさんあるぞ?俺が買った教科書を頭の中に入れろ。旅立つには荷物は軽い方がいい」
エドおじさんは自分の頭を指で軽くトントンと叩いたよ。
「学校は…」
「ダヴィドがいるのを忘れていた俺もいけなかった。俺が教えてやるからさ」
学校に来なくなったリアムを先生は自宅訪問して、様子を見に行ったりしなかったよ。
前にも話したけれど、リアムは書類上この村にいないことになっているから、学校側はリアムを熱心に連れ戻すことはしなかったんだ。
もし学校に通っていて、水の使い手だと認知されて、帝国も視察に来たときにリアムを見つけて、彼の人生は大きく変わったのだけれども、それを考えても仕方のないことなんだ。
リアムはエドおじさんとフーと暮らせて、とても幸せだったんだ。
剣術も上達してきたけれど、全然剣を握らせてくれなかったよ。
おじさんは腕が立つことが、まだまだ弱いリアムでも感じていたよ。
過去は話してくれなかったけれど、なんとなく騎士だったんじゃないかなって思っていたよ。
稽古中にフーが見に来ることがあるけれど、とてもつまらないみたい。
「ぱぱ、ぱぱ。あそぼうよ」
「今、練習中だからあとでね!」
ずっと、ぱぱぱぱ呼ばれてリアムは注意散漫になったよ。
「集中しろ!」
「はい!」
エドおじさんは剣術や武術になると、とても厳しかったんだ。
でもリアムの魔法を見たときは、エドおじさんは教えることはないと断言したくらい上手だったらしいよ。
「旅とか言わずに、魔法の学校に行ったらどうだ?いい仕事につけるし、いい生活ができるぞ?」
「それだとおじちゃんと暮らせないじゃない」
「俺のことはどうでもいい。自分のことを考えろ」
リアムは少し考えて、やっぱり嫌だと言ったよ。
「魔法が使えるってわかって、偉い人にこき使われるのは嫌だな」
ナトンたちがリアムを水道扱いしたことが原因みたい。
リアムの父親のシャルルも頑固なところがあって、国から兵士や魔法の研究者にならないかと誘われても傭兵でいたいって言ったんだ。
「俺は誰かに使われるより、自由でいたいな!」
リアムがそういうと、エドおじさんはとても驚いた顔をしたよ。
「どうしたの?」
「ん?ああ。シャルルもそんなことを言っていたから、親子なんだなって思っただけだ」
「そうなんだ!パパって首都のリューリッシュにいたんだよね?リューリッシュ出身なの?」
リアムが自分から親のことを聞くのは珍しかったよ。むしろ聞かなかったのが不思議なことだとエドおじさんは思ったんだ。
リアムはエドおじさんのお金がなくなってしまったのは、自分のせいだと思っていたし、つらい過去を聞いてはいけないって子ども心に考えていたみたい。
「シャルルがランバートの生まれとは言っていたが、リューリッシュとは聞いていない。詳しくは話してくれなかったし、傭兵は訳ありの人が多いから自分で話さない限り、暗黙の了解で踏み込んではいけないことになっている。
本当か嘘かわからないが、統一王の血を引いているとか、シャルルはよく言っていた。みんな信じていなかったけどな。
この国の王族も統一王の末裔とか言うから、本当なら俺もそうなるんだが」
「え!おじちゃんは王族だったの?」
「違う、違う。先祖が建国前の王族の親戚と結婚しただけで、かなり血が薄いんだ」
「そうなんだ。おじちゃんは魔法使えるけど、水属性じゃな…」
「ぱぱぱぱぱぱぱぱ、あそぼうよ!」
「今おじちゃんと大切な話してるの!一人で遊べるだろう?」
「やだやだやだ!」
フーは羽をバタバタさせて、ピイピイ鳴きだしたんだ。
「ピイピイうるさいな。女の子にモテないよ!」
「おんなのこ?ぱぱがいい!」
巣立ちはまだまだ遠そうだね。
「その口ぶりだと女の子にモテたことがあるのかな?リアム?」
「…ない」
「そもそもフーはオスなのか?」
「さあ?」
どっちにしろ、人間ではないフーに女の子にモテるモテないを言っても、意味なさそうだよね。
剣術の休憩になると、フーが決まって遊ぼうって言い始めるから、いつもリアムは遊ぶことになってしまうよ。
フーは炎を吐いてリアムが水魔法で消す、という遊びがお気に入りらしいよ。
「俺だからいいけど、人に向けて火を吐いちゃだめだよ。もし怪我させたら、焼き鳥にするぞ!わかった?」
「うん!」
フーに遊ぶとき毎回言い聞かせていたよ。どのくらい効果があるのかはわからないけれど。
「知らない人に声かけられても、返事したり、ついていったりしちゃだめだからね!」
「うん!」
フーはついていくというか、捕縛されないようにだよね。
エドおじさんは剣の稽古用の木の棒を物置に置くと、農具を持ってきたよ。
「リアム。終わったら畑を手伝ってくれ」
「はいはい」
「はいは一回だ!」
「はーい」
リアムも物置に農具を取りに行こうとすると、フーもついてきたんだ。
「もっとあそぼうよ!」
「畑やったあとでな。ごはんでも捕ってきなよ」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
真似っこさんがいるね。
リアムとフーはよくエドおじさんの真似をしていたようだよ。
はーいってお返事したのに、エサを捕りに行かず、フーは畑まで来たよ。
「野菜食べるか?」
エドおじさんが掘りたてのイモを見せると、フーはすーっと息を吸ったよ。
「いらなーい」
「あっそ。フーに野菜載せて運んだら楽そうだな」
エドおじさんは箱に野菜を入れて、フーと箱をロープで固定したよ。
「はこんだら、とりにくくれる?」
フーは魔鳥だけど鶏肉が好きらしいよ。ニワトリを仲間だとは思っていないらしいけどね。
「わかった」
「ぜったいだよ」
「はいはい。わかった」
「はいは、いっかい!」
「…」
日頃言っていることが、自分に戻ってきたね。
リアムはこのやりとりが聞こえていたらしく、くすくすと笑っていたよ。
血の繋がらない人間二人と、種族が全く違う魔鳥は仲良く暮らしていたんだ。
なんでフーはプラット村の村人に見つからないんだって?
見つかってはいたらしいよ。
ただ伝説の火の鳥は、頭に立派な飾り羽があって、雲のように大きくて近くにいるととても暑いという言い伝えがあるから、まだ飾り羽もない小さかったフーは珍しい鳥だなって思われていたみたいだよ。
卯月「前の話と連動させたタイトルにしようとしたら、キラキラ度が下がった気がするのはなぜだろう…」
テラ「おじさんだって輝けるんだから、前へ踏み出そう!というメッセージを全面に出したのに、キラキラ度下がったって酷くない?」
卯月「やけにおじさんの肩を持つなぁ。やっぱりテラは若作りしてるんでしょう」
テラ「若作りは仕方ないよ。なんせボクは一万歳だからね!」
卯月「はいはい」
テラ「はいは一回だよ!」
卯月「今のは返事ではなくて、相づちだからよくない?細かいと人が集まってくれないよ」
テラ「…」
卯月「雑談はここまで。次回の更新は月曜日を予定しています」
テラ「お楽しみに!」




