5話 空を飛んだ少年
引っ越した日はフーは寝ていたから、起きたときに撫でながら言ったよ。
「フー!ずっと一緒にいられるよ」
「ぱぱ!どこにいってたの?」
フーはアヒルくらいの大きさに成長して、言葉もたくさん話せるようになっていたんだ。
「違うところに住んでいたけど、これからおじちゃんと一緒に暮らすことになったんだ。毎日一緒に寝ような!」
「いっしょ、いっしょ」
フーは羽をバタバタさせて、嬉しそうにしていたよ。
相変わらずエドおじさんは料理ができないから、リアムが作ったよ。羽根を売ったお金で、作物や家畜も増やしていたよ。
フーは自分からエサを捕っているから、あげてなかったんだ。食べたいときに食べているせいか成長著しく、半年で経つとリアムの身長くらいになったよ。
小屋がとても狭くなったし、フーがいると家畜が怯えてしまうんだ。
森の中で洞窟を見つけたから、そこをフーのおうちにしたよ。
「毎日来るからね」
森の中にしたのは、フーが一人で生きていけるようにするためだよ。フーのお母さんを見る限り、成長したらもっと大きくなるから、エドおじさんのおうちには入れないし、リアムたちと一緒に暮らせないよ。人に見つかったら、捕まったり殺されるかもしれないからね。
リアムは寂しいけど、フーのためだと時間を決めて会いにいったよ。
洞窟にいないときが多くて、リアムは探すうちにフーが行きそうなところがわかってきたんだ。
森の中に流れている小川に行くと、赤い尾を振りながら水を飲んでいたよ。
「フーみっけ」
「ぱぱ!」
「パパじゃないってば。リアムお兄ちゃんだ!」
「ぱぱ!」
何度言ってもパパと呼ぶし、リアムの後ろをついてくるよ。
もうフーでリアムが隠れてしまうくらいの大きさだけれど、まだまだヒナみたいだよ。
リアムも成長するにつれて、魔法で広範囲の水まきができるようになったから、仕事が早く終わるようになったよ。
時間ができたから、エドおじさんは学校の教科書を買ってきたんだ。
「お前も学校行った方がいい。友だちほしいだろう?」
「うん!」
授業を受けていないのだから、今行っても理解出来ないだろうということで、エドおじさんが頑張って教科書を見ながら教えてくれたよ。
新しい服や鞄も買って、十二歳になる頃、リアムは学校に行ったよ。
ダヴィドが話していたのを聞いていたけれど、学校というところはリアムにとって未知だったんだ。
ワクワクしながら、エドおじさんと行って担任の先生に会ったよ。
「俺は教室には行かないが、大丈夫だよな?」
「うん、大丈夫!」
リアムは笑顔で担任の先生の後についていったんだ。
はじめて教室に入ると同じ年頃の子たちがたくさんいたよ。一つ下の学年にリアムは通うことになったんだ。担任の先生とリアムは黒板の前に立ったよ。
「今日からみんなとお勉強することになった、リアム君です。仲良くしてくださいね。リアム君、みんなに挨拶して」
大勢の前に挨拶はしたことないし、挨拶ってひとこと言ってねという意味をリアムは知らなかったよ。
ずっとナトンの家で畑仕事させられていたから、学校や社会での常識というものを知らなかったんだ。
エドおじさんは挨拶や礼儀は教えたけれど、細かいところまでは考えが及ばずに教えられなかったんだろうね。
それにたくさんの人の視線を浴びることがなかったから、リアムは頭が真っ白になってしまったよ。
何も言えずにモジモジしているリアムに、先生はお名前を言ってと言ったよ。
「…リアム、です」
担任の先生はリアムを座らせると一時間目の授業の先生を呼びに行ったよ。
「ねえねえ。リアム君って中央の人?」
さっそく隣の席の女の子が声をかけてきたんだ。
黒髪やダークブラウン系の髪の子どもばかりだから、リアムみたいに金髪は珍しいんだ。
「生まれは首都だって聞いてる。小さいときにこっちにきた」
やっと緊張がとけて、普通に話せるようになったよ。
「ねえねえ。リアム君はテレビ何を観てるの?」
「テレビ…観ない」
エドおじさんの家にはテレビがなかったんだ。買えるはずだけれど、観たいとはエドおじさんもリアムも思わなかったみたい。
学校で流行ってるものの話しもされたけれど、まったくわからなかったよ。
会話が続かなくて困っているときに、先生が来たんだ。
リアムのところに集まっていたクラスメイトたちが一斉に席についたよ。
「この前の続きからやりましょう。教科書を開いて」
リアムはどの教科書を開けばいいのかわからなかったから、隣の席の子に聞いたら、歴史だよって教えてくれたんだ。
リアムは歴史より剣だと駄々をこねてあまりやってこなかったから、さっぱりわからなかったよ。
ちょうどランバート王国の建国辺りだったから、節目としては入りやすかったんだけどね。
「ニ八一九年、ランバート王国はポール陛下によって建国されました。それまで多くの国に分かれていたアナベルの北部を一つにして、領土を拡大していたデスペハード帝国の侵攻を防ぎました」
先生の板書が早くて、リアムは一生懸命ついていこうとしたよ。
エドおじさんはリアムが文字を書き慣れないから、書き終わるのを待ってくれていたけれど、学校だと決まった時間内に多くの生徒を教えなければいけないなら、一人ひとりのスピードに合わせられないんだ。
半分もノートに写せずに授業は終わってしまったよ。
この時代はエンピツがあって、生徒たちはエンピツを使っていたよ。魔法で文字が書けて、消したいところをペンで叩くと消える魔法具もあるようだけれども、ランバートでは高くてお金持ちしか持っていなかったそうだよ。
「わからないことがあったら、放課後に職員室に来なさい」
先生が心配して声をかけてくれたよ。
午前中の授業だけでリアムはヘトヘトになってしまったよ。
さて、おまちかねのお昼ごはん!
だけれども、リアムもエドおじさんも貧しい生活が慣れたせいで、一日二食だったからお昼を食べていなかったんだ。
キミたちの世界でもそうだけれど、一日二食だった地域や時代もあったし、間食を含めたら五食だった時代もあるよ。
この時代はキミたち日本人と同じ感覚で食事を取っていたと思って大丈夫。
え?おやつはノーカウントだって?
食べてカロリーになっているから、一食カウントだよ!
ドーナツは穴が開いてるからノーカロリーだって?どこかで聞いたことあるよ、そのネタ。
ん?日本酒は透明だから水だし、アタリメは魚介類でヘルシーだからノーカウント?
いやいや、今は一日何回食べていたかという話で、カロリーの話ではないから。
大人の方々、話を進めていいかな?
それで…。どこまで話したっけ?
そうそう、お昼ごはんの話だったね。
この学校は給食ではなくて、お弁当持参だったみたいで、みんな一斉にお弁当を出して食べ始めたよ。
「リアム君、お弁当は?」
隣の席の子が聞いてくれたよ。
「持ってくるって聞いてなくて」
「そ、そうなんだ」
隣の席の子がチラリと自分のサンドイッチを見たよ。
くれるのかなってリアムは思ったけど、女の子には紳士でありなさいとエドおじさんに教えられていたんだ。女の子のごはんをもらうのは紳士じゃないと考えたみたい。
「俺、大丈夫。いつもお昼食べてないから!」
みんなが食べているとお腹がすいてしまって、リアムは校庭に出たよ。
早く食べ終わってボールで遊んでいる男の子たちがいたよ。
「リアム!遊ぼうぜ!」
クラスの子が誘ってくれたんだ。サッカーのようなボールを蹴る遊びをしていて、リアムも見よう見まねでボールを蹴っていたよ。
「何で犬がいるんだよ」
一番聞きたくない声が校舎の方からしたんだ。
ダヴィドの登場にリアムは現実に引き戻された感覚になったよ。
リアムの顔から爪先まで見て、鼻で嗤ったんだ。
「その服どこから盗んできたんだ?」
「盗んでない!おじちゃんが買ってくれたんだ」
「非国民がそんな金持ってるわけないだろう!嘘つくなよ、嘘」
狭い村だからね。非国民といって、リアムのクラスメイトもエドおじさんのことだとわかるみたい。
さっきまで笑いあって楽しい雰囲気が、ひんやりとしてしまったんだ。
お昼休みが終わりになって、微妙な雰囲気の中で教室に戻ったよ。
「あいつ、非国民と暮らしてるらしいぜ」
「やっぱり、よそ者だったんだ」
クラスに広まるのは一瞬で、せっかくできかけた居場所はなくなってしまったんだ。
「よそ者」
リアムは見た目からよく言われてきたんだ。
―――俺はずっとこの村にいるのに、なんでよそ者って言われなきゃいけないんだ。
授業でノートに書き写せなかった内容は、クラスメイトに聞けず先生に聞くことにしたよ。
鞄とノートを持って職員室に行ったよ。先生を探していたら奥の方に算数の先生と話していたよ。
「教室来た子、非国民の息子なんだって」
「違うわよ。知り合いの子どもですって」
非国民という言葉を聞いた瞬間、鞄にノートをしまうことも忘れて、校舎を飛び出したよ。
―――何も知らないくせに。俺とおじちゃんのことを知らないくせに、何でみんな俺らのことを悪く言うんだ!
走って走って、エドおじさんの家が見えると泣けてきたよ。
「リアム!学校どうだったか?」
エドおじさんはさっそくリアムがいじめられたなんて、夢にも思わなかったよ。
「俺、学校行かない。おじちゃんを非国民とかいって、俺とおじちゃんを悪口言うやつらがいるところには行かない。みんなよそ者っていうなら、よそ者じゃなくなるところに行く!」
リアムはせっかく教科書と新しい服を用意してくれたエドおじさんに負い目があるのか、地面を見ながら叫んだよ。
「リアム。みな最初はよそ者なんだ。仲間になれるように頑張って、よそ者ではなくなる。ここで投げ出さずに頑張りなさい」
「嫌だ。行かないって決めた。学校行かなくても勉強できるもん。
エドおじちゃんを悪者にする人たちとは仲良くできない!」
エドおじさんははめていた手袋をバケツにかけて、しゃがんでリアムの視線と合わせたよ。
「リアム。俺はこの国にとって悪者になったから、非国民って呼ばれたんだ。それに俺がお前の父親を殺したようなものだ。
負ける戦いとわかって、敵に作戦を話して多くの兵士を助けてもらうように頼んだんだ。でも戦ったことを陛下に報告しなくてはならなかった。危険な仕事をシャルル、お前の父親が引き受けてくれて死んだんだ。
陛下は俺の裏切りを許さなかった。だから俺は首都を追い出されたんだ。お前は関係ない。やはり、俺ではない人といた方が…」
「よくわかんないけど、兵隊さんを助けるためにおじちゃんは悪者になったんだろう!たくさんの人がパパとおじちゃんのおかげで助かったんだろう!
何で悪者になんなきゃいけないんだ。間違ってる!」
リアムは鞄とノートを放り出して森へ走っていったよ。
エドおじさんは追いかけてこなかったんだ。
リアムはひたすら悔しくて腹が立ったよ。
「ぱぱ!!」
頭上から声がしたよ。バサバサとフーが降りてきたんだ。
「…俺も飛んでどこかに行きたいな」
リアムはとてもフーが羨ましくなったよ。
「ぱぱもとべばいいじゃない」
「無理だよ。俺には翼がない。飛びたくても飛べないんだ」
ずっとこの狭い村で、よそ者あつかいされて生きていく。
十二歳になったリアムは出ていくという選択をできずにいたんだ。
子どもが一人で生きていけるのか。
もし、エドおじさんも一緒に出ていったら、フーはどうなるのか?
リアムよりも背が高くなり、馬よりも大きくなったフーはリアムたちから離れる様子はないよ。
リアムはフーの首を抱きついて、羽毛に顔を埋めたよ。
とてもフーはあつくて汗が出てきたけど、リアムは心地よかったんだ。
そのままぼんやりとフーの背中を見ていると、乗れそうだなって思った瞬間、リアムは叫んだよ。
「俺を乗せて飛んでくれよ!そしたら飛べる!」
「のせて?」
「うん。乗るよ!」
フーかいいと言う前に、またがっても嫌がらなかったよ。
「飛んで!」
フーが羽ばたくとバシバシ足に翼が当たるけれど、リアムは飛ぶことしか考えていなかったから気にしなかったよ。
ぐんぐん上昇して、木のてっぺんが見えるところまで来ると風が強くなってきたんだ。
地面は遠くなってビュービュー風がリアムに叩きつけるよ。
落ちたらどうしようと思ったのは後の祭り。
フーはさらに上へ上へ行くよ。
落ちないように必死にフーに掴まり、下を見ないようにして目をつぶったんだ。
おそらく人類初の火の鳥にまたがって空を飛んでいる人間なのに、楽しむ余裕はないみたい。
ふわりふわりと上下に飛ぶし、息もできない強い風で、何度もフーから落ちそうになったんだ。
フーの首の辺りに隠れるようにしていると、顔に風が直接当たらずにすむことがわかって、少し周りを見る余裕が出てきたんだ。
リアムの住む村はとても小さくなり、森の全体も見渡せたよ。
太陽の光りが燦々と降り注ぎ、遠くの街並みも見えて、リアムは胸が高鳴ったんだ。
「凄い。俺は飛んでいるんだ。
遠くを見てもまだ終わりが見えない。世界って広いんだ」
フーの顔は見えないけれど、とても気持ち良さそうだったよ。
ギュッとフーを掴んでいた手の力を抜いて、ゆっくりと左手を離したよ。
足はガタガタ震えていたけれど、力を込めてフーの胴を挟み、ぱっと両手を広げたんだ。
本当に一瞬。
一瞬だけ、リアムはハリボテの翼ではなく、自分自身の翼で飛んでいる気持ちになったんだ。
太陽の光を全身で浴び、己の目の前を遮るものは何一つもない。
果てのない大地。
しがみついていたモノを放せば、風がどこまでも連れていってくれる。
「俺は、自由だ!自由なんだ!」
そう、はじめから鎖になんかに繋がれていない。
笑い声は震えていたけれど、さっきまで繋がれていたような束縛感は消えていたんだ。
リアムの中で世界が変わった気がしたよ。
ガクンと降下したから、リアムは打って変わって、両手でフーにしがみついたよ。
「う、が…」
人は本当に恐ろしいと声が出ならしいね。悲鳴にならない悲鳴をあげて、落下していくよ。
地面にはエドおじさんより大きな豚のような魔物がいたんだ。
フーはカパッと口を開けたら、炎を吐いたよ。放心状態のリアムが我に戻る前に、豚の丸焼きが完成したよ。
「ぱぱ、ごはん」
「…あ、ありがとう」
どっと疲れて、お腹はすいてなかったんだ。
「たべないの?」
「フーが食べれば?」
「うん、わかった」
豚さんの魔物のお腹を嘴で突いて…以下、自主規制。
野性味溢れるフーの食事を見ないようにして、リアムはここはどこだろうと思ったよ。
森の深くまで来てしまったようなんだ。
すでに方向感覚も失い、一人で帰れなさそうだから、フーの食事が終わるのを待っていたよ。
と半分くらい残してくわえてから、こちらを見たよ。
「おひひゃんひあへるの」
「何言ってるかわかんないけど、言いたいことはわかる。おじちゃんは食べないと思うよ」
フーはスタスタと歩き始めてしまったから、仕方なくついていくよ。




