6話 勉強は絵本で、教団にはソルトを①
不思議な夢を見た次の日。
私は昨夜のうちに、覚えていることを日記帳に書き記した。
ちなみに、投獄されている錠前たちは、毎日日記をつける義務があるみたい。
・私には姉がいる? と思いたい。お姉ちゃんって呼んでたし。
・ 白いローブと紫色の手袋をした占星術師様と呼ばれた人物と知り合い?
・恐らく、姉がドラゴンに襲われていた
・最後、姉とは別の人がいた?
「ん~……」
私は腕を組んで、広げた日記帳と睨めっこした。
テーブルに置いてある、イスカが作った可愛い形のクッキーを一つ取り口に放り込む。
瞬間、バターの甘い香りが鼻に抜ける。
「ぜんっぜん解らない! 夢が本当なら、私に家族がいるのは収穫大。白い占星術師さんは家族なのか、他人なのかすら判断できない。何で姉はドラゴンに襲われてて、最後姉の他にいた人は、誰っ!?」
あの不思議な夢のおかげで記憶の手掛かりになりそうなものを書き出してみたものの、次々と謎が出てくる。
「……あ、苺ジャムのクッキー」
脳が甘いものを欲している。
無意識に手を伸ばして摘まんだクッキーは、お花の形で真ん中に苺ジャムが塗ってあった。
サクサク咀嚼していると、視界の端――鉄格子越しにイスカの姿を捉える。
「女神、紅茶のおかわりを持って来たのだが……っ! クッキー片手に本を読む女神……これが、女神の素敵な午後という名の宗教画、いや、国宝級の名画か。一枚、描いても?」
「恥ずかしい題名を付けないでください。描くのもダメです! イスカ看守官、一日に何枚描いてると思ってます? 紙が勿体ないですよ」
「紙も宗教画集になると思えば本望だろう」
「いや、え? ん? ……えっと、あ、そうだ。あのイスカ看守官。少しお話があるんですけど、今いいですか?」
話を逸らそう。聞かぬが平和だ。
「話? まさか、クッキーが不味かったのか? いや紅茶のおかわりを持ってくるのが遅かったから――」
「違います。クッキーは私好みで美味しいですし、紅茶も急いでは……じゃなく、私は真剣なんです。話を聞いてください」
私はイスカを真っ直ぐ見据えた。
そんな私の真剣さを感じ取ってくれたのか、イスカは紅茶のポットを石畳に置き(いや冷めそう)膝をついた。
「何でも話してくれ、女神。女神の願いは狂信者の願いだ。そして叶えるべきものでもある」
「そこまで深刻にならなくてもいいんですけど。自分で言っておきながらなんですが、大した話ではありませんし」
「だが“真剣”なんだろう? 俺に聞いてほしいなら、話してくれ」
水銀色と琥珀色の瞳が真剣みを帯び、私も覚悟を決めた。
夢のことはまだ伏せておこう。まだ、解らないことばかりだから。だから――。
「私、この世界のことを何も知らないから、勉強したいんです」
「この世界の勉強?」
「はい。何でもいいんです。歴史とか、魔法とか、魔女のことでも……! 何か思い出すきっかけが、欲しくて」
そう、もっと確信が持てる何かを見つけたい。
「……それは無実を証明するためか? もし真実が女神に残酷を突きつけても、それでも知りたいと思うか?」
……イスカは、何かを知っているの?
疑問に思いながらも、イスカの冷えた声が出会ったあの日を彷彿とさせた。
でも、だからこそイスカも真剣に答えてくれているのだと気付かされる。
「例えそうでも、知りたいと思います。いえ、私は知りたい!」
「…………分かった」
「!! では……!」
「女神のためだ。ジャンル別に書物を何冊か持って来る」
「あ、ありがとうございます!」
「女神の笑顔が眩しい!! すぅーはぁー……尊き。女神、待っていてくれ。願いを叶えるため、女神の知識の糧になる書物を厳選して来よう!!!」
嬉しくてお礼を言えば、イスカは両手で目を覆い、それから深呼吸をして勢いよく立ち上がると、風のように去っていった。
「……嬉しいんだけど、おかわりの紅茶そのままにしないで」
私は、鉄格子越しに置かれたティーポットを見つめた。
その頃、風見鶏のコンスライニ監獄砦の一室にて、数人が集まっていた。
「マクシミリアン監獄長。これは一体どういうことか、説明してもらおうか」
金色で綺羅星のシンボルマークが刺繍された黒のマントを着た男――目深くフードを被っていて表情は窺えないが、苛立っているのは言葉のトーンで分かった。
男は円卓テーブルの上に書類を投げ捨てた。
対して、監獄砦の長シャーロックことシャロンは、書類を一瞥しただけで、すぐに爪紅が光る指先を眺めた。
男には視線すら移さない。
「説明って? あたしは貴殿方に言われた通り、(一応)逐一報告してるわ」
「これのどこが報告だ! 今日のご飯は何を食べたやら、今日も美しいやら下らないことばかり……ふざけているのか!?」
「失礼ね、ちゃんとした報告じゃない。それに、あたし逐一報告するようにって言われただけで、報告する項目も内容も指示されていないもの。提出してあげてるだけありがたいと思いなさい」
「貴様……っ、我らアストルムダイアー教団を愚弄するか!?」
「愚弄だなんて、人聞きの悪い男……。最初にちゃんと言わなかった貴殿方の責任を、こっちに押し付けないでもらいたいわ」
そこで漸く、シャロンの青紫色の瞳が男に向けられた。
その視線に男は少したじろぐが、プライドが勝ったのかぐっと押し黙るだけだった。
「無言は肯定かしら。あの娘がどんな力を持っているのか……それは、これからじっっくりと暴き出すから、それまで大人しく気長に待ってることね」
「こちらは悠長に待っているほど暇ではない。無駄な時間を過ごしているなら、さっさとあの娘を拷問にかけたらどうだ」
「教団にも野蛮な男がいたものだわ」
「っ、野蛮だと!? 我らにそのような口を――」
「勘違いしないで」
シャロンがピシャリと言い放つ。
「あたしたちは貴殿方の配下でも駒じゃなくってよ。……急かしてくるなんて、相当焦ってるみたいね」
「何……?」
男がピクリと眉を潜めた。
「あの娘が〈雨期の魔女〉殺しの犯人だろうと、どんな力を持ってようと――利用だけしたいだけのあんたたちと違って、こっちが慌てる必要なんてないもの。言ったでしょう? じっっくりと暴き出すって」
「ふん。利用したいなどと、先程から言葉が過ぎるぞ、マクシミリアン監獄長」
(その言葉そっくりそのまま返すわ。この男、他の二教団よりも早く手に入れたいのが駄々漏れね)
シャロンは呆れたように溜め息を吐いた。
「よいか、我らはただ邪神の隣人〈雨期の魔女〉を殺した力が如何なるものかを知り、断罪せねばならない。……シャーロック・クローディア・マクシミリアン、我らにあの娘の情報を包み隠さず差し出せ」
ドガッ!
男の言葉を掻き消すように、シャロンが足を伸ばし、クロスさせてテーブルの上で音を立てて乗せた。
さながらマフィアのボスのような座り方だ。
部屋の空気は一瞬にして威圧感に支配される。
「!!?」
「さっきから聞いていれば、どうやら教団育ちの坊っちゃまは“マナー”を知らないようね。まず、人と話す時はフードを取って顔を見せるのが常識でしょう? それに、あの娘を異分子と判断して渡してきたのはそちらの三教団にも関わらず、情報を全部差し出せなんて、」
「そうだ。あれは異分子。だからこそ――」
「ここをどこだと思っているの? “郷に入れば郷に従え”って言葉を知らない青二才に教えてあげるわ」
すると、部屋の扉が開き、看守の幹部が姿を現す。
「!!」
「あたしの領域に一歩でも土足で踏み込れたんだもの。覚悟はしてるわよね?」
「貴様、我らは教団の――っ」
「ここは教団じゃないの。長であるあたしに偉そうな口叩く前に……ここの“掟”に従いなさい!!!」
「……っ! 失礼する!!」
男はそう言って、看守の幹部を押し退けるように数人の部下を連れて部屋を出ていった。
「お見事です、シャロン監獄長」
現れた看守幹部の、ジャンヌが笑った。
「あんな大口を叩いていたのに、逃げ足は速い」
「滑稽ものだわ。……まったく、これだから教団の人間は大っ嫌いなのよ!!」
「それは僕も同感ですね」
「ジャンヌ!」
「はい、何でしょう?」
「今すぐソルトを撒いておいてちょうだい!」
「仰せのままに」
その日、監獄内容がジャンヌによってソルト塗れになったのは言うまでもなく。
監獄の外まで響いたイスカの怒声を、私はベッドの上でゴロゴロしながら聞いていた。
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