5話 不思議な夢を癒す生姜焼きサンド
あの懺悔の時間から早一週間が過ぎた。
今日も懺悔の時間とおじ様――ディアンさんとのお話を終え、イスカによってグレードアップ(なんと魔法で冷暖房の機能がついた)した牢屋に戻ってきたのだが、何だか眠たくてベッドにそのまま倒れこんだ。
「め、女神!? そんな格好で寝たら風邪を引いて――あぁ、俺は正しかった。女神のこの気持ち良さそうな寝顔のために、眠る羊の毛を百パーセント使った最高級の布団と枕を用意したことに!」
イスカが何か言ってる気がするんだけど、どんどん遠のく意識に逆らえなくて、聞き取れない。
そして、私の意識は完全に夢の中に落ちた。
『――ルー、ティパルー! こっちよ』
誰?
逆光で顔は見えないけど、私と同じ白銀色の髪をした女の子だ。
『待ってよー、おねーちゃん!』
これは、私? それに、私には姉がいるの?
少し開けた森の中を幼い二人の女の子が走っていく。
今私が見てるのは、夢? それとも、私の記憶……?
『見て、ティパルー。魔素が固まって湖に魔素の結晶が咲いてるわ』
『わぁ……!! きれー! おねーちゃん、わたしコレほしいー!』
『しょうがないなぁ、一つだけね? 残りは占星術師様に差し上げましょう。きっと喜んで下さるわ』
記憶の断片を見ているのか、場面がころころと変わっていく。
『せんせーじゅつしさま! おねーちゃんは、どうして魔法が使えるの? わたしも使いたいっ!』
『どうしてかぁ。理由は、まだ幼いティパルーには少し難しいかもな』
『えー……』
『そう膨れるな。ほら、魔法の絵の具やるから、それで大好きな絵でも描くといい』
『!! ありがとぉー、せんせーじゅつしさまっ!』
また顔が見えない。
白いマントローブを着てフードを被った――占星術師様と呼ばれる人物。
随分と親しい仲なのだろうか。
印象的だったのは、高貴を意味する紫色の手袋だった。
『!! ティパルー、来ちゃダメッ!!』
また場面が変わる。
少女が対峙しているのは、大きな翼と、耳を劈く咆哮――ドラゴンだ。執拗に少女を狙っている。
そして、少女を狙うもう一つの影。
『――死になさい、〈――〉!!!』
『残念ね、死ぬのは貴女よ。貴女は、この私には勝てない』
『――なんで、なんで……“お姉ちゃん”!!!』
最後は、目の前を真っ赤な炎が覆ったところで終わった。
「!!?」
そこでハッと目を覚ました。
「っ、はぁ、っ……は、っ、はっ……!」
バク、バク、ドクンドクンと心臓が飛び出そうなほど、激しく脈打つ胸を押さえる。
(な、に、今の……。夢、にしては現実味凄いんだけど。それに、あの白銀色の髪の人は……私の、お姉ちゃん?)
ダメだ。場面が断片だったから、情報量が多すぎて頭が回らない。
私はベッドから起き上がろうとして、片肘をついたまま固まった。変な格好でごめんなさい。
「……な、何をしてるんですか? イスカ看守官」
「!? 目が覚め゛だの゛が、女神……!」
そこには、朝の大掃除以外は入ってこないイスカがいた。まぁそこはもう驚かない。私が驚いたのはそこじゃない。
ベッドの横で膝を付き、彼が私にくれたビッグテディベアを抱いてボロボロに泣いていたことに驚いている。
顔、といっても上半分だけだが、涙でぐしゃぐしゃで、看守の貫禄はどこにもない。
あと、鼻声がペストマスクでくぐもって、何を言ってるのかさっぱりだ。
「大丈夫が、女神。随分魘ざれ゛でい゛だが……」
「ぇ、あ、あぁはい。なぜか、今のイスカ看守官の顔を見たら色々すっ飛びましたので」
起きた時にあんな顔の看守がいたら、誰だってビックリして一瞬すべてを忘れるよ。一週回って冷静になれる。
それを聞いて安心したのか、鼻を啜った看守官の鼻声が直る。
「そうか。酷く魘されていて苦しそうだったから、何か悪魔にとり憑かれたのかと、悪魔祓い専用の魔法陣で祓おうと様子を見ていたのだが、何ともないのなら良かった」
「少し夢見が悪かっただけですから、今は本当に大丈夫ですよ。ご心配をおかけしました」
「夢見? ま、まさか本当に悪魔が!? 夢魔か!! 害虫といい朝の換気で入ってくるのか?! 女神のお昼寝を邪魔するとは――」
「とり憑いてませんから、そんな物騒な魔法陣を仕舞ってください! 私女神なんですよね!? じょ、浄化してますからっ!!」
白と黄色の魔法陣を私に向かって発動させようとしたイスカを慌てて止める。
咄嗟の判断とはいえ、私は自分が口走った言葉に頭を抱えた。
あぁぁ、自分で“女神”とか言っちゃったよ。恥ずかしい! 何たる羞恥!!
「浄化で祓い除けるとは、さすが女神! だからこんなにも空気が澄み、清らかなのだな」
「空気が清らかなら悪魔なんて来ませんよ」
イスカは空気すら見えるの? さっきまでイスカの周りは涙で湿気てたと思うけど。
「悪魔も女神によって浄化されたことだし、晩ご飯にしよう。食べるか?」
「もう落ち着きましたので、ありがたく頂きます。――いい匂いですね」
悪魔の話はなかったことにしよう。
すると、私の緊張が解けたのか、食欲のそそる匂いで、ぐぅとお腹の虫が鳴ってしまった。
「~~っ。い、い今の、聞こえましたよね!?」
「ああ。とても可愛い音だった。聞いた瞬間この耳に直接録音したからな。俺の耳は幸せだ、女神」
「……耳に直接録音なんてできるんですね。シアワセソウデナニヨリデス」
片言棒読みの私の顔は多分、白目を剥いて死んでる。
と、とにかく!
気を取り直した私はベッドから下りて、イスカが用意したダイニングテーブルまで移動する。
「今日の晩ご飯は何ですか?」
「是非とも女神に食べてほしいものを作ってきた。俺お手製、“生姜焼きサンドイッチ”だ」
「しょう、がやき……?」
イスカがお皿に載った晩ご飯を得意気に見せてきたが、聞いたことのない料理名に私は首を傾げた。
見た目は私も知ってるサンドイッチ。
「これを作るために必要な調味料がやっと手に入ったから、早速作ってみた。女神のお口に合うといいんだが」
椅子に座り、手を合わせてから、半分に切られた生姜焼きサンドイッチを手に取る。
「頂きます」
女神じゃない私は大きな口を開けて、ガブリと齧りついた。
「っ!!!」
口の中に広がる甘辛い味に衝撃を受けた。
「お、お、美味しい!!」
「女神が可愛い!!」
あまりにも美味しくて、私は首を大声で叫んで絨毯の上に倒れたイスカのことはお構いなしに手を進める。
さっきまで夢に魘されてたのに、意識はそれよりも目の前の魅惑の味に虜になっていた。
「これ、凄く美味しいです!」
「女神が尊すぎて発作を起こしそうだが、美味しそうに食べる女神をこの目にしっかり焼き付けておかねば……狂信者失格だ」
「…………」
目を輝かせてずーっと見つめてくるものだから、食べ辛い。
目を逸らしても“女神”って顔が語ってくるし、放ってくるイスカのオーラと女神崇拝圧が凄いから、背中向けても刺さってくる。目の逃げ場がない。
「女神、そのトウモロコシのスープも飲んでみてくれ。採れたての新鮮なトウモロコシを使ってみた」
「採れたてですか? 贅沢ですね」
言われるがままスープを一口飲んでみる。
(……分かってた。もう絶対美味しいって分かってた)
甘くて濃くて。これ、ディアンさんにも飲んでもらいたい。
「女神に捧げる食物は新鮮でないといけないからな。監獄長を脅――何でもない。俺が無理を言って敷地内に畑を作らせてもらった」
「ッ、ゲホッ……な、何してるんですか?!」
「大丈夫か女神!! もっと粒を粉砕しておくべきだったか……俺のスープで女神の喉を痛めてしまった」
「粒とかじゃなく……じゃなくって! それ絶対看守の職務じゃないですよね!!?」
「ティパルー教狂信者としての当然の職務だ」
真顔で言った。そんな顔したって格好よくも何もないからね。やってること看守の職務放棄だからね。
私は盛大に溜め息を吐いた。
さてと。結局あの夢? は何だったんだろうか。……気になるから後で日記にまとめておこうっと。
次いでに、生姜焼きサンドイッチが美味しかったことも。
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