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4話 懺悔の時間に出会った老いた罪人

 いよいよ来てしまった……懺悔の時間!

 と言っても、私はここに入れられてから初参加なので、緊張よりも恐怖の方が勝っている。


「あぁぁ、怖い! 人に会うのが、こ・わ・い!」


 じっとしてられなくて、牢の中を右往左往ウロチョロ歩いても、心は落ち着いてくれない。

 心臓はバックバクで今にも吐き――ゲフン、口から魂が飛び出そうだよ。


「落ち着いて、落ち着け私。大丈夫。ここに居る人たちは私と同じ仲間。一緒に懺悔する時間を共有する友達よ。何も怖くない怖くない……」


 すぐに心を無にできる方法、魔法があるなら誰か今すぐ教えて下さい。


「錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦ。懺悔の時間、三十分前だ。準備しろ」

「投獄日以来だね、錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦ」

「……!!」


 一瞬、誰のことを呼んだのか反応が遅れてしまった。


 投獄された日以来、錠前番号じゃなくて『女神』って呼ばれてたから……。


(……そうだ。こんな環境で忘れかけてた。私は彼らにとって大罪人で――錠前番号で呼ばれる存在)


 イスカが慣れた手つきで、真鍮色のあの魔法陣で牢の鍵を開ける。

 その横で、イスカと仲の良い(名前は知らない)看守は笑顔で私の方を見ていた。前まで冷たいオーラを放っていたのに、どこか和らいでる……?


「どうした、錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦ。外へ出ろ」

「ぁ、は、はい!」


 イスカの声に私は慌てて返事をして、そして、初めて。今日、初めて部屋の外に出た。

 今まで絨毯の上を歩いていたから、裸足で踏んだ石畳はひんやり冷たくて、気持ち良い。


「どうだ? 監獄の中とは言え、初めて牢から出た感想は」

「え? え、えっと……そう、ですね。冷たい、ですかね」

「!!?」


 ガンッ!!!


 突然、本当に突然、イスカが自分の頭を壁にぶつけた。


「イスカ看守官?!」

「イスカ先輩!?」


 あまりも突然すぎて、私も、名前の知らない看守も驚きを隠せない。

 イスカはイスカで、相当痛かったのか、無表情だがおでこを手で覆って蹲っている。


「急にどうしたの、イスカ先輩」

「……り、だ」

「え?」

「俺には無理だ! 女神に冷たくてするなんて、耐えられない! 狂信者としてあるまじき言動……、凄く、物凄く心が痛い!!!」

「…………」

「…………」


 この時、私は名前の知らない看守の綺麗な紅玉色の瞳と目が合った。

 え。いや、あの、顔良すぎでは? 絶対、全世界の女性が振り返る。唇まで艶々なんてずるい。直視するんじゃなかった。


「ごめんね、こんな看守で」

「い、いえ……もう慣れましたから。あ、あのイスカさん」

「他の錠前共が集まる手前、女神と呼ぶわけにはいかないことは解っている! 公私混同なく冷たい看守であれと鞭を打ち、女神に対する崇拝心も今日だけはと閉じ込め、女神に迷惑はかけられないと己を律したが……っ、やはり俺にはできない!!」


 よっぽどおでこが痛かったのか、私に冷たくしてしまった心が痛いのか、はたまた両方か。私たちを見るイスカは涙目だった。


「め、女神に『冷たい』と言われてしまった……。俺は、俺は明日から何を道標に生きていけば……っ」

「あの! 冷たいと言ったのは、裸足で石畳を踏んだ感想であって、別にイスカ看守官に言ったわけではありませんよ」

「……え?」

「ずっと絨毯の上を歩いてましたから、ちょっと現実に戻されたと言いますか……」


 すると、イスカの瞳が輝きを取り戻していく。


「……女神は、俺のことを冷たいと言ったわけではないと?」

「その件ではそうですが。でも、錠前である私に冷たく接するのが看守本来の態度なんですから、これからは毎日私に構うことなく、変な崇拝心も捨てて()()()()()()()()()()、《・》()()()()()()()()()、そのまま自分の職務をして下さい」


 後半の言葉を出来るだけ強調して言ってみたが、


「!! ……また、俺を導いてくれるのか?」


 イスカが跪いたまま、また手を合わせてきたのを見るあたり、効き目はなかったようだ。


 私、いつも後光が差してるの?


「はい、ストップ! イスカ先輩、時間に遅れちゃうよ? 遅刻は担当の僕たちも減点対象になる」


 そこで名前の知らない看守――長いな。サブ看守でいいか。そのサブ看守が止めに入った。


「そ、そうだったな。 取り乱してしまってすまない、女神」

「あれ、ここまで付き合った僕にはないの?」

「何くだらないことを言ってるんだ? 別について来なくても、先に部屋に行っていれば良かっただろ」

「錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦとの温度差が凄すぎるんだけど!」


 私にもそういう風に接してくれていいのに、と思う反面……いや、やめよう。私とイスカは錠前と看守。絶対、絶対に女神と狂信者じゃない!!


 あの場で渡された黒いローブを着て、フードを深く被り、懺悔の部屋までの道を歩く。


 その間もイスカは『女神をこんな風に歩かせてしまうとはお姫様抱っこで運んだらダメなのか』とか『裸足はあまりにも可哀想だ。綺麗なおみ足が汚れる』とか、何やらブツブツ言っていたが、聞こえないふりをした。


 最初、イスカが私の足の裏が汚れることを気にして靴を用意してくれたが、丁重にお断りした。

 理由? 何でお前だけ靴を履いてるんだって視線で殺されたくなかったから。


 手錠から繋がれた鎖は、前を歩く二人が握っている。


 初めて監獄の中を歩くからか、ちょっと新鮮で、思わずキョロキョロと目移りしてしまう。

 鉄格子が続く階層は、私の牢と違ってあまりにも殺風景で、空気も淀んでいる。

 中には、牢に繋がれたまま俯いている人たちも居て、気になっていると、グイッと鎖を引かれた。


「あまりジロジロ見るな。目を合わせたら――呑まれるぞ」

「……呑、まれる?」

「そのままの意味だ。精神のイカれた錠前に魅入られると、意識を呑み込まれて錯乱状態に陥り、自害する」

「っ!!」


 そっか。ここは、紛れもない監獄なんだ。


 それからは私も牢は見ずに、ただ二人の背中を黙ってついて行く。

 やがて二人が立ち止まり、私も足を止めた。


 牢屋とはまた違う、重々しい鉄格子の扉。看守が門番のように立っている。


「今日から懺悔の時間に参加させる、錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦだ」

「グレイゼルダローバー担当の錠前か。よろしい、入れ」


 中に案内され、視線を上げたら、目に入ってきたのは並べられた長椅子に座る、黒いローブを来た人たちだった。


(……こんなにも、たくさん居るなんて)


 そこで、ふと、ローブを渡してきたイスカの言葉を思い出した。


『あの、どうしてフードを被るんですか?』

『ここに居る錠前の殆どは男だ。女は別の階に分けられている』

『女性の方もいるんですね』

『罪を犯すのは老若男女関係ないからね』

『そんな男共の中に女を入れたらどうなるか、説明しなくても解るだろう。だから、懺悔の時間のみフードで顔を隠すことになっているんだ。女神、その美しい顔も髪もちゃんと隠しておくんだぞ』


 と、ちゃんと隠せているか最終チェックまでされた。

 イスカ曰く、女神のオーラは隠しきれていないらしいが、私にそんなものはない。オーラを出してるつもりもない。


 鉄格子の扉に近い一番後ろの席。そこに座るよう指示され、私は腰を下ろした。


 イスカたちは最前列の壁際へと移動し、壁を背にして立つ。


(……なんか、昔よく遊びに行ってた小さい教会に似てる)


 懐かしい雰囲気が記憶を引っ張ってきてくれたのか、そんなことを思っていると、


 ゴーン、ゴーン


 大きな鐘の音と共に、一人の看守が真ん中に置かれた教壇に立った。


「それでは、これより懺悔の部屋を始める。罪深き愚かな錠前たちよ、この時間は神が与えた時間だ。己が犯した罪に向き合い、赦しを請うといい」


 赦しを請う……と言われても、ここでのルールが分からず私があたふたしていると、隣に座っていた人物が小さく声をかけてきた。


「お前さん、懺悔の時間は初めてか?」

「ぇ、あ、はい。なので、その……作法が分からなくて」

「作法など、そんなものはない。みな好き好きだ。手を合わせる者、手を組む者、目を瞑り祈りを唱える者。ほれ、そこの奴なんぞ、東方の出身で座禅を組んでおる。大切なのは格好ではなく、己の罪に真正面から向き合う心だからな」


 そう教えてくれたのは、老人の男性だった。フードで顔は窺えないが、ローブの袖から覗く、皺くちゃな手の細さに驚いてしまう。


「自分の罪に、真正面から……」


 そんなの、私には……。やってもいない罪に、どう赦しを請えと言うの?殺した記憶がはっきりしているなら、甘んじて受け入れるし土下座してでも懺悔する。

 でも――。


「……」

「…………儂はな、昔、魔法師を殺した」

「え?」


 老人の言葉に、私は顔を上げた。


 どうして、そんな話を私に……?

 頭に疑問が浮かんだ。


「気にせんでくれ。ただの独り言だ」


 いやいや、気、気にせんでくれって! 気になるよね、その言い方。


「……ど、どうして魔法師を?」


 聞いても良かったのか迷ったけど、何か伝えたいことがあったから切り出してくれたとしか思えなくて。

 それに、私も罪に向き合うこの老人を少し、知ってみたいと思った。


「あ、いえ。ごめんなさい! 無理にとは……!」

「妻を殺した復讐だ」

「……」

「儂の妻は病弱でな。そんな妻の病を治してもらうため、治癒に長けた魔法師を何とか紹介してもらい、やっとの思いで診てもらえることになったのだが、それが間違いだった。その魔法師はあろうことか、妻の体を新魔法の実験台にしておったのだ」

「!? じ、実験台だなんて、なんて酷い……」

「当時騎士団に入っていた儂は、高名な魔法師の治療費を稼ぐのに必死でろくに家にも戻らず、その間にも衰弱していく妻に気付けなかった。ある日たまたま休みが取れて家に戻ると、あの魔法師が『あなたの奥さんのおかげで、私は新魔法の境地に達することが出来ました』と、足元に転がる無惨な亡骸(つま)に目もくれず笑ったのだ」

「……」

「それからはあまり覚えておらん。魔法師を殺すのに無我夢中だったのだろうな」


 私は返す言葉がなかった。


 ただ奥さんの病気を治したかったそれだけなのに、紹介された魔法師によって殺されるなんて。あまりにも残酷で辛すぎる。

 きっとこの老人は、今もなお自分を責め続けているのだろう。奥さんを守ってあげられなかったことを。


「重たい話をしてしまったな――」

「私は……」

「?」

「……私は、〈雨期の魔女〉を殺したという罪で、ここにいます」

「!? なんと、あの邪神の隣人の一人を、お前さんのような子が?」


 落ち着いて淡々と話してくれた老人の声が驚きに変わった。


 ……ちょっと待って。邪神の隣人の、一人? まだ何人か居るってこと?

 あぁ、ほら。私はまだ何も解らないままだ。


「けれど、私には全く身に覚えがないんです。〈雨期の魔女〉という魔女すら聞いたこともなくて、どんな存在なのかも知りません。気付いたら大罪人として投獄されていて」


 あ、あれ。私、何でこんなにも言葉が止まらないんだろう。

 誰でもいい、自分の話を聞いてほしかったのかもしれない。


「無実だとどんなに訴えたくても、記憶がない以上取り合ってもらえないし、話も聞いてくれない。だから私、自分の罪に向き合うこの時間は、罪を認めたみたいで……」

「ならば、無理に向き合う必要はなかろう」

「……え?」

「罪に向き合う懺悔の時間とは言っても、何もそれだけではない。物は考えようだ。やってもいないなら、やっていないで、この時間を“罪”ではなく、“自分”に向き合う時間に使えばいい」

「!!」


 老人の言葉が、ストンと胸に落ちてきて、心が軽くなった。


(罪じゃなくて、自分に向き合う時間に使う……)


 そっか。そんな風な考え方もあるのか。あってもいいんだ。


「ありがとうございます。気持ちが軽くなりました。えっと……おじ様?」

「ははっ。感謝されるようなことは言っておらん。――嬢ちゃんが、無実だと言える日を願っておるよ」

「っ! はい!」


 私の初めての懺悔の時間は、とても有意義なものだった。

 だから、私は祈るように胸の前で手を組み、今日の、おじ様との出会いに感謝した。


 懺悔の時間終了と同時に駆け足で来たイスカに、隣の錠前と話しすぎだと注意を受けた。

 私語禁止なんて聞いてなかったし、イスカも教えてくれなかったから、おあいこだよ。


 私、無実を証明してみせるよ。だから、優しいおじ様。貴方も少しでいい、自分を許してあげてください。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


ちょっとシリアスになってしまいましたが、これからティパルーに待ち受ける事を考えて、自分のせいで大切な人が殺されてしまった老人の話は必要かなと思い、書きました。

ですが、基本はコメディですので!何せ作者がシリアス苦手(汗)


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