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3話 魔法と看守が毎朝掃除してた新事実

 私はふかふかのベッドに寝転んだまま、天蓋の裏に描かれた絵をぼけーっと見ていた。


「……はぁ。ここを出たいのに、待遇が良すぎて、ここに居るのも悪くないかなぁって思ってる自分がいる……」


 モヤモヤする気持ちを紛らわせたくてゴロゴロと転がる。


「ここを出たとして、名前以外何も覚えてない私に……帰る家はあるのかな?」


 外に居場所が無いのなら、それならいっそ、ここに居るのも悪くないんじゃ……って何考えてるの!!


 そんなことが過った私は、慌てて頭を横に振った。


 やってもいない魔女殺しの罪で牢屋に入れられてるのに、それじゃ罪を認めたことになる! 冗談じゃない!

 私は絶対に殺してない! 気を強く持つのよティパルー!!


 少しでも不純な考えをしてしまった私を誰か殴ってほしい。……あ、自分で殴っておけばいいのか。


 私は一発、戒めるためにベッドの上で起き上がった。

 そして深く息を吸い込み、手に力を込めて――。


 パシィィーーン!!


 思いっきり叩けば、牢の中に乾いた音が響き渡った。


「い、っつぅ……」


 ジーンと痛む手のひらは、ジンジンと熱を持ちはじめ、同時に頬はヒリヒリするし、自分でやっておきながら涙が出てきた。

 きっと私の頬は紅葉がついているだろう。


「ふぃ~、あぁぁ痛かった――――ん?」


 涙目で頬を擦っていると、何やら下から物凄い、階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。

 私は嫌な予感がして、慌てて涙を引っ込める。


「女神っ、大丈夫か!?」


 案の定、予想していた人物――イスカが現れた。急いで走って来たのだろう。息は上がっていて肩を大きく上下させている。まぁ、ペストマスク(そんなの)してたらそうなるよね。


 鉄格子越しの表情はひどく狼狽えていて、むしろこっちが大丈夫かと言いたいぐらいだ。

 いいのか、看守がそんな顔して……。


「さっきの音は何だ? はっ!! め、女神……その顔はどうした!? 瞳も少し潤んでいないか!!?」


 イスカは私の赤く腫れた頬に気付いた。涙もすぐに引っ込めたはずなのに、目敏い。


 私は、何とか事態を誤魔化すため頭をフル回転させた。

 そして、顎に人差し指を当てて、少し考える風に首を傾げてみた。


「さ、さっきの音ですか? え、えーっと……そ、そう! 顔に虫が止まったので叩いたのですが、逃げられてしまって。きっとその時の音かと」


 看守に嘘を吐くのは、虚偽罪とかになるけど!! 罪悪感凄いけど、本当の事を言ったら、それはそれで怖いから! 許してください、神様。


「……虫、だと?」

「は、はい。蚊ですかね? 暑くもないのにいるなんて、変――」

「おのれ……っ!!」

「ひぇっ!」


 メキメキと、聞いてはいけない音を聞いてしまった。

 今にも鉄格子をへし折りそうなイスカの物凄い握力を目の当たりにした私は、嘘がバレたのかと顔を真っ青にした。

 冷や汗がダラダラ止まらないんだけど!


「あろうことか、女神のその雪のような肌に触れただけでなく、血まで吸うとは!! 不埒な蚊め、万死に値するぞ!!!」

「…………」


 気付いてない、っぽい?


 私はホッと胸を撫で下ろした。どうやら一命はとりとめたみたいだから。


「毎朝毎朝、女神が寝ている間に埃一つなく綺麗に掃除し、換気もしているというのに。女神には、新鮮な空気が満ち溢れた清々しい朝を迎えてほしいという俺の行動と気持ちを踏みにじるとは……どこから侵入してきた害虫!!」

「……ぇ? え?」


 私が戸惑っている間に、イスカは歯車のような魔法陣を何重か出現させ、金庫のダイヤルを回すように操作し始めた。

 黒手袋をつけた指の動きから目が離せない。


(……あれが、魔法? 私が知ってる魔法陣とは全然違う、というか――知らない、あんな魔法陣)


 カシャン、と牢屋の鍵のロックを外して中に入ってくるや否や、私の前で左膝をついて跪いた。


「痛々しい頬だ。治癒魔法をかけるから、ジッとしていてくれ。ああ触れはしない。女神に触れるなど、まずは手の消毒をして清め――」

「分かりました、分かりましたから! 治癒、お願いします」


 長くなりそうなので、イスカには悪いが言葉を被せて遮ることに成功した。


 すると、私の目の前に現れたのは、さっきの魔法陣。

 けれど、色が違う。さっきのは真鍮色で、今は白色だ。


「先程と色が違うみたいですけど、何か意味があるんですか?」


 ごく自然と、素朴な疑問が口からついて出た。


「ただ単なる属性の区別だ。特に深い意味はない。白は古より治癒を意味する色としてあるが、鍵を意味する真鍮色はここ最近作られたものだ。他にも火属性なら赤、水属性は青、風属性は緑と至って判りやすい」

「へぇ……そうなんですね」


 治癒が白、火属性は赤、水属性は青……。


 イスカの言葉を聞いて、ほんの少しだけ思い出す。

 私が知っている魔法も、魔法陣は違うけど同じ色を魔法の媒介としていたことを。


 例えば火を熾したい時は、方式を描いた紙の上に赤色の魔素石を置いていた。

 その後に少し魔法技術が進歩して、赤色の魔素石を加工したチャームで魔法を発動させてたっけ。


(あれ? でも、私が知っている魔法、少し古い感じがするのは気のせい?)


 考え事をしていると、いつの間にか治癒が終わっていて、イスカがじっと私を見ていた。


「どうかしましたか?」

「女神を直視したことを詫びようと思ったのだが……魔法が気になるのか?」

「え? ま、まぁ初めて見ましたし、私が見たことのない魔法陣だったので」

「…………そうか」

「?」


 イスカはそれだけを言って立ち上がると、牢の真ん中へと移動し、緑と青の二色の歯車魔法陣を頭上と前後左右、足元、計六つを発動させる。

 何か仰々しくて、私は目をひん剥いた。


「こ、今度は何をするんですか!?」

「女神の聖域を殺菌し、加えて害虫除けを施す」

「さささ殺菌!? それだけじゃなく虫除けまで。何もそこまでしなくても……」


 明らかに看守のする仕事じゃない。

 普通なら『はっ、何事かと思えば。たかが虫一匹ごときで喚く時間があるなら、さっさと貴様の罪を認めたらどうだ。俺たちは貴様たちと違って忙しいのだ』とか言ってその場を去るイメージがあるんだけど。


 ここでは違うのかとか色々頭の中を過るが、今はそれどころじゃない。

 ワナワナと震えるイスカが果てしなく怖い! ねぇ、目の焦点合ってないよ!!?

 一見、狂信者というより病み看守だ。


「女神の暮らす聖域に害虫を許してしまったのは俺の落ち度だ。毎朝掃き掃除に窓拭き、空気清浄の魔法までかけて徹底的に綺麗にしていたつもりが、それでもまだ足りなかったのか? 掃除が終わったら隅々まで確認するべきだったな。いや、換気のために開けていた窓を開けっ放しにしたから害虫が侵入してきたのか。……すまない女神。失態を犯した俺ができることは、これくらいしかっ」

「そこまで自分を追い詰めます!? あの、そもそもここは牢屋ですし、虫の一匹ぐらい出ても当たり前――」

「っ!! 女神は、害虫さえ許すと言うのか……っ! そしてこんな俺までも慰めてくれるなんて、……なんて慈悲深い!!」


 ああぁぁ、やってしまった! イスカの狂信者スイッチが入っちゃったよ!!


 水銀色と琥珀色の瞳を輝かせて、眩しげに私を見てくる。


 やめて。私の後ろに後光が差してるみたいに見ないで。


「痛い目に遭ったと言うのに、これが女神の心の深さか。俺も見習わねば。あぁ、たかが害虫一匹に抱いていた憎悪がそのオーラで浄化されていく……」


 ごめんなさい。別に虫にやられたわけではなくて、不純な考えをしてしまった心を殴るために自分で自分の頬を叩いただけなんです。それだけなんです。嘘ついてごめんなさい。あと、私に浄化の力はありません。


 イスカは緑と青の魔法陣に囲まれながら手を合わせている。


「このままずっと拝んでいたい」

「早く職務に戻ってください」

「あぁ、そうだった。ここに来る前、ティパルー教の聖典を纏めていたところだったからな。戻って続きをしなければ、懺悔の時間に間に合わない」

「…………ん?」


 今、物凄く変な単語が聞こえたのは気のせいだと思いたい。可笑しいな。何か、ティパルー教とか……あぁそっか、私の耳が可笑しくなったのか。


「……全うな()()の職務をしてくれると助かります」


 私は目を合わせず、遠回しに帰ってほしいと優しく言ってあげた。


「名残惜しいが、そうさせてもらおう」


 浮かび上がっていた魔法陣が、天井や壁、絨毯へ吸い込まれるようにイスカから離れ、落ちた滴が水面に広がるみたいに浸透した。


 そのまま外に出たイスカは、入って来た時と同じように真鍮色の歯車魔法陣を発動させ、カチッと鍵を閉めた。

 見たのはまだ二回目だけど、どんな魔法式(仕組み)になっているのかはさっぱりだ。


「ではまた、懺悔の時間になったら迎えに来る」

「あ、はい。あ、あの待って!」


 私はイスカを呼び止めた。


「? どうした?」

「治癒してくれて、ありがとうございました」

「!!」


 自分で自分の頬を叩いただけだけど、治癒してくれたことは嬉しかったから。


 女神が、俺に礼を……なんて言っているイスカを放っておき、私はベッドにダイブした。


 これからは余計なことはしない、言わないと心の中で誓った。


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