2話 女神に捧げる朝食作り(イスカ視点)
俺の名前はイスカ・アッドリオ・グレイゼルダローバー。絶対の逃げ場などない浮遊の監獄砦、風見鶏のコンスライニ監獄砦の看守(まぁ幹部の一人)だ。
俺は、いわゆる転生者というテンプレでここにいる。
前世は現代で地球征服を目論み、手中に収めるべく暗躍していた悪の組織のリーダーだった。
だが、敵は人類だけではなかった。現代のストレスという精神攻撃に疲れていたところを、あろうことか某戦隊の赤い奴を含めた五人組と魔法少女のタッグによって、俺は呆気なく死んでしまった。
そして気付けばこの世界に、代々騎士を輩出する家に赤子からスタートしていた。
もちろん家を継ぐため騎士を目指したが、両親からその顔(曰く、魔王も怯む鋭い三白眼)を活かせる職に就きなさいと言われ、看守の職を紹介されて今に至る。
俺の朝は、女神の寝顔を拝み、寝顔を絵姿として描き、摘んできた花を花瓶に挿し、起こさないよう掃除をして、そして朝食を作るところから始まる。
「今日もいい艶だな、リンゴ。これをウサギさんにすれば女神は喜ぶだろうか。いや、食べ物で遊ぶなとお叱りになるだろうか」
どちらにせよ、女神のために俺が培った現代の知識を役立てていこうと思う。主に食事面でな。
「現代で使っていた調味料が欲しいところだが、どうにかして入手できないだろうか……」
俺の好物だった、生姜焼きを食べてもらいたい!
歯がゆい気持ちをぶつけるため、木のボウルに入れた卵と牛乳、高価な砂糖を容赦なく混ぜる。
「あれ? エプロンなんか着けて、なーにやってるの、イスカ先輩、って……ええぇ」
「女神に捧げる朝食を作っている。邪魔をするな」
よく混ざった卵液にパンを浸し数分。温めておいたフライパンにパンを入れたところで、俺の手元を覗きこんできたのは、同じ看守で後輩のジャンヌだった。
その長い金髪を一つに纏めろ、こっちは料理中だぞ。
「いやいやいや、錠前たちの食事は支給のパンとミルクだけでしょ」
「お前、女神にそんな質素な食事を捧げるのか? 女神が口にする供物だぞ」
「捧げるとか供物とかそういう問題じゃないって。他の錠前たちに示しがつかないし、バレでもしたら暴動起きるよ。処罰だって免れないんだよ?」
「俺がバレるようなへまをすると思うか?」
「尊敬する先輩を心配してあげてるのー」
そんな口調でか? 俺はハンッと鼻で笑ってやる。
「もしバレた時は、いつものように、ただ淡々と、粛々と、容赦なく黙らせばいいだけだ。特にお前はそういうの好きだろ?」
「先輩も人のこと言えないくせに」
「お前ほど楽しんではいない。あぁ、言っておくが、監獄長からの許可は貰っている」
「……ほんと、イスカ先輩どうしたの。そんなキャラじゃなかったというか、あの錠前に会ってから随分――面白くなったね」
ジャンヌの言葉で、俺はあの日を思い出す。
〈雨期の魔女〉を殺したとされる、一人の少女。
アルヴィヴル大陸最凶の敵、邪神の隣人〈雨期の魔女〉が何者かに殺された。
俺がそれを知ったのは、急遽集められた看守の幹部会議だった。
「〈雨期の魔女〉が殺された? そんなバカな!」
「信じられません。あの魔女ですよ?」
「シャロン監獄長、何かの間違いでは? 魔女を殺す者など、この大陸には存在しないはず」
看守幹部たちが、ありえないと口々に言っている。
「落ち着きなさい。まぁ、信じられないのは無理ないわ。貴方たちは直接見ていないんですもの。けれど、あたしはちゃぁんとこの目で確認したわ。燃えるような青い髪に、魔女の証である舌紋と特有の星の瞳、飾り帽子。あれは確かに〈雨期の魔女〉だった」
監獄長の言葉を信じるとして、頭に浮かびあがるのは、誰も敵わなかった魔女を殺した人物だ。
どんな人物が殺した?
その疑問を察したのか、監獄長が続ける。
「〈雨期の魔女〉を殺したと思われる人物は、ここで預かることになったわ。国も三教団も、そりゃあ欲しがったわよね。最凶の魔女を殺す力を、魔女をも上回る力をその人物は持ってるんだもの」
「少しよろしいでしょうか?」
「なぁに?」
「殺したと思われるとは、まだ犯人だと確定されたわけではないということでしょうか?」
「ええ、そうね。本人から何も聞けていないし、原質もとれていない。その場の状況証拠だけで、国も三教団もその人物を異分子と判断したらしいわ。自分たちからすれば得たいの知れない異端だもの。だから自分たちは様子見ということでしょ。こっちに渡しておきながら、逐一報告して来いって言ってるくらいだし?」
やんなっちゃうわぁ、と監獄長が肩を竦めた。
「多少きつい拷問をしてでも正体を暴かせた上で引き渡しを要求、そして手中に収めたい……って言うのが魂胆でしょうねぇ。ほんと、あたしがいちいち報告する意志があると思ったのかしら」
「報告なさらないのですか?」
俺がそう問えば、監獄長はそれはもう綺麗に笑った。
一つ言っておこう。監獄長は、れっきとした男である。
「んふっ、当たり前じゃない。相手が誰だろうが、一度ここに入った者に手を出す権限なんて微塵もないわ。貴方たちも、上が何と言って来ようとそれだけは貫いてちょうだい。ここにはここのルールってもんがあることを、ね」
「仰せのままに」
看守幹部たちも俺も頭を下げた。
「さっ、長くなっちゃったわね。話しは以上よ。解散してちょうだい」
ぞろぞろと席を立ち部屋を出る幹部たちに続こうと歩き出した時、俺とジャンヌの名が呼ばれた。
足を止め、体ごと振り返る。
「なんでしょう?」
「貴方たち二人に、例の人物の尋問をお願いしたいのよ」
例の人物なんて一人しかいない。会議で挙がった〈雨期の魔女〉を殺したと思われる人物だ。
「自分たちがですか?」
「ええ。尋問って言っても最初は圧力をかけてくれるだけでいいわ。……もう、そんな裏があるみたいな顔しないでちょうだい。しょうもない理由よ。ただ歳が近そうだから、それだけ」
お願いできるかしら、と頼まれれば断ることなんてできないだろう。
俺とジャンヌは顔を見合わせ、頷いた。
それから投獄されている最下層、深淵階へ移動した。そして、錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦと付けられた人物を見て、俺は驚愕する。
ジャンヌも一瞬ではあったが、目を瞠っていた。
誰が想像していた?
牢の中で鎖に繋がれて眠る人物が、こんなに若い少女だと。
湿った石畳に広がる白銀色の髪は、まるで雨に濡れた山荷葉のような透明にも似ていて、鎖に繋がれた手足は白く、少しでも力を加えたら折れそうなほど細い。
田舎者か。質素な服装をしており、紺色のマントは土埃で汚れていた。
「この少女が〈雨期の魔女〉を殺したのか?」
「人は見た目によらないって言うしね。ね、イスカ先輩」
「……なんで俺を見る」
ジャンヌが意味深な笑みを向けてきた。
「最初に見つけた者の証言と状況を纏めた報告によれば、その者は〈雨期の魔女〉の傍で意識がないまま倒れた状態で発見されたとある。ただ、殺害に使われた武器などは見つかっておらず、何らかの魔法で殺した可能性大。殺したと判断した理由はその場に居たことと、手に付いた血だけのようだな」
共に来ていた看守の一人が教えてくれた。
たかがそれだけの理由で大罪人にされ投獄されたと言うわけか。まぁ、状況を見れば誰だってこの少女が犯人だと決定付けるだろうな。
少女だろうが、殺しは大罪。容赦するつもりはない。
俺は看守の仕事をするだけだ。
あれから目を覚まし虚ろげに辺りを見渡す少女に、〈雨期の魔女〉を殺した大罪を犯したこと、監獄での異議申し分等の言い訳は一切通用しないことを伝えた。続けて、少女の手に付いた血についても問う。
すると、今まで前髪で見えなかった少女の、あまりにも綺麗なマゼンタピンクの瞳と目が合った。
手も唇も震わせて、怯えた表情をしているくせに、言い返したいと訴える瞳。
その瞳の意思は、俺に衝撃を与えた。
(魂が震えるとは、こういうことを言うのか……!)
少女は、一度は悪の道を歩いてしまった俺を浄化するために現れた女神だ。
俺が一生を捧げるに値する、儚き女神。
そうだ。彼女が居るには相応しくない牢屋は俺が変えてやろう。女神には楽園が必要だからな。
それが、女神に絶対の崇拝を誓った狂信者の成すべき職務だ。
「――い、イスカ先輩!」
「!? あ、あぁ。すまない。なんだ?」
「なんだ、って……。急に固まるからビックリしたよ。パン、ひっくり返さなくていいの?」
女神との邂逅を思い出していたら、どうやら手が止まっていたらしい。
ジャンヌの指差したフライパンを見て、慌てて焼いていたパンをひっくり返した。プスプスと音を立ててはいたが、どうやら黒焦げは回避できた。
「ま、僕は面白いイスカ先輩が見れて非常に満足なんで、目は瞑るよ」
「面白い? 俺は常に本気だが?」
「そういうとこだよ。看守の、しかも幹部が錠前を毎日崇拝してることがすでに面白いの」
キッチン台に両肘をついて笑うジャンヌを横目に、俺は朝食作りを再開させた。
こいつに構っている暇などない。今頃お腹を空かせた女神が朝食を待っているのだからな!
焼けたフレンチトーストを皿に移し、目玉焼きとソーセージを同じフライパンで焼いていく。その間にサラダを、盛り付けてコップにミルクを注いでおく。
「イスカ先輩、イスカ先輩! 僕も先輩の手作り食べたいなぁ」
「お前に与えるご飯など、パンの耳で充分だろ」
「辛辣」
さて、今日も女神に温かい朝食を捧げよう。
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