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プロローグ

 パチ……と目を覚ました最初の感触は、ひんやりと冷たい石畳だった。

 次に理解、と言うより直感したのは、自分の居る場所が決して好い場所ではないということ。それは多分、はっきりしてきた意識の中で目にしたのが鉄格子だったから。


(牢、獄……?)


 私は重たく感じる体をなんとか起こし、手首と足首、そして胸元に違和感を感じた。

 鎖に繋がれた拘束状態の手足と、


(これは何?)


 胸元には身に覚えも見た事もない、黒と真鍮で出来た錠前が付けられていた。

 大きさは拳二個分くらいの大きさだろうか。Ⅸ〇ⅡⅦⅦ(九〇二七七)と刻まれている。

 錠前から視線を外して、辺りをゆっくり見渡してみた。

 石積みにされた石壁に冷たい石畳、埃が舞うカビ臭いにおい、暗く澱んだ空気は冷たくひんやりしていて、灯りは鉄格子を挟んだ向こう側のみ。

 どうして此処に居るのか、いつから此処に居るのか――今私に置かれている状況が何一つ解らない。


 一体何がどうなってるの?


 湿気た石畳を見つめていた時だった。


「漸く目を覚ましたようだな。錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦ(九〇二七七)

(錠前、番号?)


 聞き慣れない言葉だったけど、それが私を指していることは解った。

 私は伏せ目がちだった視線を少し上げた。伸びきった前髪の隙間から見えた、鉄格子越しに立つ人物は、声からして若い青年。

 看守帽を深く被り、口元をペストマスクで隠した、一風変わった看守がジッと私を見下ろしていた。


「錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦ(九〇二七七)。お前は、邪神の隣人である〈雨期の魔女〉を殺した大罪により投獄されている。異議申し分等の言い訳は監獄(ここ)では一切通用しないと肝に銘じておけ」


 邪神の隣人? 雨期の魔女? 私が殺した?

 知らない言葉と身に覚えのない投獄理由に頭が混乱する。


「……知りません。私は、人を殺してなんか、いません」

「? 何をぼそぼそと言っている。はっきり物を言え」

「わ、私は、本当に何も知りませんし、殺してもいません!」

「では、その手の血はどう説明(言い訳)するつもりだ?」


 血?

 ずっと石畳に置いていた両手を持ち上げたら、手のひらも指先も血塗れだった。

 え? どうして?

 ……思い出せない。私、自分の名前は知っているのに、どうして、他のことは何一つ思い出せないの?


「どうした。無言は肯定とみなすぞ」


 看守の声にハッと我に返った。

 無実だと証明するものがない……押し寄せてくる恐怖からなのか、カタカタと血に塗れた手が小さく震え出した。

 でも、何も言い返せない女だと思われたくなくて、まったくこれっぽっちも記憶にないって言い返そうと勢いよく顔を上げたら、看守の冷たい水銀色と琥珀色のオッドアイと真正面から目が合った。


「!!?!?」


 瞬間、看守の瞳が大きく見開かれた。

 そして、わなわなと震えだしたかと思えば、ガシャンッと大きな音を立てて鉄格子を掴むと――


「女神!!!」


 なんて、頭のネジが飛んだ可笑しなことを私に向かって叫んできた。


「……え?」

「は?」


 さっきまでの恐怖は吹っ飛んだ。

 私だけじゃない。叫んだ看守の後ろにいた数人の看守たちも、私と同じような反応をした。急に何言ってんだコイツ……みたいな視線を向けている。


「……グレイゼルダローバー看守官。いきなり何を言い出す?」

「女神がいる」

「いないから。彼女は女神じゃなくて、錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦ(九〇二七七)。〈雨期の魔女〉を殺した大罪人」


 数分前までの看守としての威厳さはどこいったの、と、まるで笑いを抑えたかのように小さく肩を震わせるその看守も、どうやら若い青年っぽい。砕けて話すあたり、仲が良いのかな。

 それよりも、錠前番号とか大罪人はちょっと置いといて、女神じゃないと言う部分は私も激しく同意した!


「女神じゃ、ありません」

「ほら、錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦ(九〇二七七)もこう言って――」

「確かに大罪は犯した。だがこの者は、我らの大陸の脅威だった邪神の隣人〈雨期の魔女〉を屠ってくれた救世主。それはもう即ち、宗教画に描かれる女神なのだと、そう言っても過言ではない」

「…………」

「…………」


 すみません、看守の急な変わり様と状況に整理が追いつきません。


「……あ、あの、ちょっと理解ができないのですが。私は女神だなんて、そんな畏れ多い人間じゃ、ありませんので」

「否――って、お、おい!」

「ちょっとイスカ先輩はお口チャックして。……錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦ(九〇二七七)。容疑が晴れるまでは此処、風見鶏のコンスライニ監獄砦(ギャリソン)で大人しく囚われていることだ。……くれぐれも脱走なんて下らない事は考えるなよ」


 急に女神とか言い出した看守に向けて話す明るいトーンじゃない、まるで鋭利なナイフを喉元に突きつけられているような冷たい声に背筋が凍った。

 私を見るその()は、まさしく看守そのものだ。

 その視線で漸く現実に戻った時には、あの看守は首根っこを掴まれ、ズルズルと引きずられて目の前から居なくなっていた。

 

 私、ティパルー・ラス・ファヴュタ。どうやら、魔女殺しの殺人というまったくこれっぽっちも身に覚えがない大罪で投獄されました。

 ああ、明日からどんな拷問が待っているのか……気が気じゃないんですけど!



 ……なんて。拷問上等と見栄を張りながら、本当は怯えに怯え、日に日に縮む寿命に胃を痛めつつ、全力で身構えていた私に待ち構えていたのは、拷問ではなく、あの看守からの崇拝生活だった。

 私、監獄(ここ)から無事に出られますか?

ここまで読んで頂きありがとうございました。


まだまだ拙く、駆け出しの身ではありますが、本作を読んで少しでも

・面白かった

・続きが気になる

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