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12話 ティパルー・ラス・ファヴュタという少女(イスカ視点)

 〈箱庭の魔女〉から撤退した俺とジャンヌは、風見鶏のコンスライニ監獄砦(ギャリソン)(の俺の部屋)に戻ってきた。


 ほっと息を吐いた時、ガシッと両肩を掴まれと思うと――俺は前後に激しくシェイクされる。


「な、なんで〈箱庭の魔女〉が居たの!? ねえ、死ぬかと思ったよ?!」

「知るか。〈雨期の魔女〉の痕跡を探しに来たのか、あの場に現れる“殺した人物”を待っていたか。ほら、よく言うだろ、犯人は一度現場に戻るって……。まぁとりあえず、この通り生きてるだろ。揺らすな、吐く」

「それはダメ」


 途端にピタッと止まった。よし、それでいい。


 俺はジャンヌが肩から手を離したことを確認し、看守帽をテーブルに置いて、服の襟元を少し緩めながらソファーに体を預ける。

 ジャンヌも俺の前に座り、気遣うような視線を向けてきた。


「イスカ先輩のチート(おかげ)でね。……そう言えば、咳は大丈夫?」

「ん? あぁ、あの場から離れたからな。マシになった」


 後でマスク洗っとくか。だいぶ楽になった呼吸に、そんな事を思う。


 俺は足を組んで息を吐く。


「……見つけられたのは、お前のおかげで見つけた古い魔法陣だけだったな」

「もっと褒めてもいいよ?」

「はいはい……あ、いや。〈箱庭の魔女〉が〈雨期の魔女〉を殺した人物を探してるのも収穫か。向こうは、今のところ女神がその犯人だと知らないようだったし」

「僕たちのことすぐ犯人扱いしてきたもんね。人の話聞け、ってね思った」

「それだけ余裕がないんだろ。俺だって、女神が賢者と一夜を共にしたと考えただけで殺したいほどだからな」

「いや、一夜を共にしたって言い方……。イスカ先輩のソレと女神の復讐を一緒にしたら、魔女に失礼じゃないかな?」

「あ?」


 俺が視線を上げると、ジャンヌは何でもないよ、と両手を上げて話題を変える。


「でもさ、あの古い魔法陣は調べたほうがよさそうだよね」

「“妖精眼”を持つお前から見て、あの魔法陣はいつぐらいの年代物だと思う?」

「んー……ざっとだけど、千年前からそれよりもっと前ぐらいかな。あの欠けた感じと色での判断だけどね」


 俺は足を組み直し、少し考える。

 それだけ古いと、頼りになるのは魔法院なのだが……。


「いや、王立図書館か。魔法院は()()止めておく。魔法陣一つで怪しまれはしないだろうが、目敏い奴がいるからな。変な疑いをかけられて動けなくなるのはゴメンだ」

「そうだね。……ねぇ、イスカ先輩。その魔法陣調べるの、僕に任せてくれないかな?」


 透き通った紅眼が俺を映している。


「先輩は他に調べたいこと、あるよね。女神ちゃんに勘付かれるわけにはいかないなら、手分けしたほうがいいかなって。もちろん、先輩がそんなヘマするとは思ってもないけどさ」

「……まぁ、俺よりもお前のほうが詳しいしな」

「先輩、最新式の魔法陣ばかり好きだしねー」

「うるさい。格好いいからいいんだよ。……なら、任せる」

「うん、任せてよ! 僕が実は優秀な後輩だってこと、先輩に教える!」


 それからジャンヌも自室に戻り、それを見届けた俺は立ち上がり、机に置いてあった戸籍謄本書のある頁を開く。


 そこには、ティパルー・ラス・ファヴュタの名が載せられていた。


(……女神のことについて何か知れるかと思ったんだがな)


 ティパルー・ラス・ファヴュタという少女。三百年前の戸籍謄本書。故郷のエニベアスカ村。その村が祀り守ってきた遺跡“北風の梯(ミストラル・スカラエ)”――女神が倒れていた場所。

 何か繋がるかと思って訪ねてみたが、持っていた情報以外の手掛かりはゼロだ。


 〈雨期の魔女〉との関わりも、なぜ魔女をあの場所で殺したのかも、もしくは別の場所で殺しなぜあの場所まで運んだのかも、何もかも分からずじまいだ。


 とは言え、遺体を隠すことが前提であれば、朽ちた遺跡の、それも地下に運ぶというのは些か不自然だ。

 あの女神の細さで、いくら女性が相手でも一人では無理だろう。その線でいくなら、別に共犯者がいるということになる。


 ティパルー・ラス・ファヴュタ。お前は一体――何者なんだ。




 あれから数日後、謎を抱えたままいつもの日常を送っている。


「はあぁぁ~…………今日も女神が尊い美しい」

「……おはようございます。イスカ看守官」

「女神の寝起きを拝める毎日、俺は前世でどんな徳を積んだのだろうな」


 前世が悪の組織のリーダーだった俺が徳を積んだとは到底思えないが、そう思わずにはいられないほど、良い朝を迎えられる日に感謝だ。


 まだ眠たいのか目を擦る女神に羽が見え、天使か? と俺は心のカメラのシャッターを連写する。


『お前が変に狂信しているあの娘――人間ではないよ』


 コリエの言葉が脳裏に浮かんだ。


 そしてコリエ曰く、女神は魔法が使えないという事らしい。

 人間ではないのに、魔法が使えない……もう女神確定だろ。きっとこの世界をその存在で照らしに降臨したんだよ。


 と、まあそれは置いといてだ。


 なら、どうやって〈雨期の魔女〉を殺したかという疑問に戻ってくる。

 俺ですら〈箱庭の魔女〉との戦闘は、本気を出していなかったとは言え、濃い魔素を吸っていたから五分五分に持っていけた。チート出せば勝てるんだがな。

 だから、魔法の使えない女神が魔女を殺せる(はず)がない。


『むしろ、彼女は被害者だね』


(コリエ殿を嘘をついているとは思えないし。あの言葉がほんとうなら、女神は――冤罪だ)


 そうだとして、でも何かしら関わりがあったから〈雨期の魔女〉の傍に倒れていたんだろう?

 ……分からない。接点が見つからない。


「イスカ看守官?」


 女神に呼ばれ、俺はハッと我に返った。


 女神が俺をジッと見つめて――見つめている!!? 見てくれ、あの穢れなき純粋無垢な瞳を!

 マゼンタピンク、宝石のような輝きに俺の目が潰されるくらいに眩しい!!


「あ、あぁ。すまない。女神の背中に羽が見えたから、つい見惚れていた」

「一度お医者様に診てもらったほうがいいのでは? 特に頭と目」

「女神が俺を心配してくれている……っ! 大丈夫だ、女神。俺はいつでも正常健康だからな」

「正常健康なら、人のこと女神なんて連呼しませんよ」


 女神がベッドを降りて、背伸びをした。

 質の良い生地で仕立ててもらったネグリジェ姿に、俺の見立ては間違っていなかったと頷く。

 女神に捧げるお召し物は美しく繊細で可憐に限る。いや、何を来ても女神はそれさえも美しく見せるのだろうな。


 ほら。トテトテと朝ご飯の匂いに吸い寄せられるように、テーブルに駆け寄る女神の、なんと尊いことか!


 ……ダメだ。今日はいつにも増して、女神の尊さに塵になって消えそうだ俺が。


「わ、今日の朝ご飯も美味しそうですね! この、三つ編みみたいなパンなんて初めて見ました」

「今日は編み込みシュガーデニッシュパンと、目玉焼きにサラダ、香草ウインナー、絞りたてリンゴジュースだ。あと、パンにかける蜂蜜も用意してある。好きなだけかけてくれ」


 パアァッと顔を耀かせた女神を直視した俺は、尊死した。








 女神が何者か――真実を知った時、俺はどうするんだろか。


 でも、きっと何も変わらず“女神”と呼ぶんだろう。そんな気がする。

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