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11話 箱庭の魔女との出会いは突然に(イスカ視点)

 鬱蒼と生い茂る樹海は、獣の気配はするが人の気配は全く感じられない。


「もう泣き止んだ? イスカ先輩」

「……お前今すぐ帰れ」


 俺は隣に立つジャンヌを一瞥した。


 本当なら俺一人で来るはずだったのだが、運悪くコリエとの会話を盗み聞きしていたこいつが、「僕も行くよ」と駄々を捏ねて煩かったから、仕方なく連れて来たわけだが。帰したい。


「ここまで来て? ()()()()聞いたら知りたいって思うよね」

「遊びじゃない。面白半分やただの興味本位なら……」

「解ってるよ! 解ってる。先輩の邪魔はしない。ここで何を知っても、見ても誰にも言わないって、それは本当に約束するよ!」

「万が一喋ったらお前を殺す。守秘義務を破った罪で」

「そういう容赦ないとこ、ほんと嫌いじゃないんだよね。でも、実はそんなこと思ってないって僕知ってるから。ね、先輩!」

「いや、本気だが?」


 真顔で言ってやれば、口元を引き攣らせるジャンヌが可笑しくて少し笑ってやった。


「冗談だ」

「も、もー……ほんと、驚かせないでよ」

「とでも言うと思ったのか?」

「イスカ先輩が苛める!」


 俺はまだ何やら言っているジャンヌを無視して、目の前に聳え立つ朽ちた遺跡を見上げた。


 円環の賢者コリエの力を借りて訪れた場所。


「で、先輩。ここは? なんかすごい年代を感じるけど」

「〈雨期の魔女〉が殺された場所だ」


 そう、ここは〈雨期の魔女〉が殺された遺跡――“北風の梯(ミストラル・スカラエ)”。


 この樹海を統べ、今は滅びたエニベアスカ村が祀り守ってきた、忘れられし古代遺跡。

 かつては、険しい雪山に沿って梯子のように聳え立っていたと歴史書に記録されていたが、崩れ朽ち果てたその姿は今や見る影もない。


「ここで殺されたの?」

「正確にはこの中、地下だと監獄長は言っていたが、別の所で殺されてここに運ばれた可能性もあるな」

「あぁ、それは確かにね。……あれ? でももしそれが事実だとしたら、女神ちゃんが一人でここまで運んできたってこと? 無理だよね、体格的に」

「だから、()()調べに来たんだろうが。あと、女神ちゃんって言うな」


 俺とジャンヌは遺跡の中へと足を踏み入れる。


 中は思ってた以上に酷く荒れ、朽ち、臭いも充満していた。

 石壁も苔が生え蔦で覆われ、所々床も崩れ落ちているから、足元要注意だな。


「うわぁ……もう廃墟だよ、これ」

「足元気を付けろよ。落ちるぞ」

「それ先に言って!?」


 キョロキョロと辺りを見渡していたジャンヌに言えば、あろうことか俺の服を掴んできた。


「何で俺の服を掴む。放せ」

「ま、迷子防止?」

「ふざけんな」


 俺はペシッとジャンヌの手を払って、魔女が殺された場所である地下へと続く道を探す。


(さすが、時代を経た――三百年前の遺跡だな。()()がいた時はもっと綺麗だったんだろう)


 遺跡に入って三十分は過ぎただろう。


「……ここか」

「わ、凄いね……」


 やっと辿り着いた地下は、地下深くとは思えないほど眩しく、開けた場所だった。

 天井が朽ちて崩れたのか、吹き抜けになっていて、見上げれば風に揺れる木々と青い空が見えた。

 キラキラと太陽の光に反射する塵も、幻想的な雰囲気を醸し出していて、そこはまさに神秘的な場所だ。


「でもさ、何で〈雨期の魔女〉はこんな所にいたわけ? 呼び出されたとか? それとも他の理由?」

「それなら、何で女神はここに魔女を運んだかの理由も分からないだろ」

「あ、そっか。んー、誰にも見つからないようにとか?」

「なら別にここじゃなくても、周りは樹海なんだ。その辺に置いていても誰も気づかない。こんな所までわざわざ運ぶほうがおかしいんだよ」

「謎」

「……一言で心情を表してくれてどうも」


 俺は一通り、ぐるりと歩いて回る。


 特段何かあるわけではない、か。まぁそれは想定内だ。

 女神が投獄された当日に、〈雨期の魔女〉の死体はなぜか灰となって骨すら残さず消えたというからな。


「ねぇ! イスカ先輩、これ見てよ」

「?」


 ジャンヌが足元を指差していた。

 俺はジャンヌの元まで歩き、指差す先に視線を移すが何も見えない。ただの雑草や苔が生えた床だ。


「何もないが?」

「え、ここに魔法陣あるよね?! あれ、僕しか見えないの? ねえ、ほら!! よく見てよ」

「よく見てって言われてもな……俺には見えん」

「あ、分かった。じゃあこれで、どう?」


 そう言ってジャンヌは、俺の眉間にトンと人差し指を当てた。


「見えた?」

「……あ、あぁ。見えた」

「魔法陣だよね、これ。周りは澄んでるのに、ここだけ淀んでて変だったんだ」


 そう言えば、こいつ魔法遺物を見る“妖精眼”持ってたんだった。


 俺はその場にしゃがみ、欠けた魔法陣を指でなぞる。

 魔法陣の基本の円が複雑に重なり描かれ、古代文字、数字、これは……星の位置か?


「確かに。にしても、見たことない魔法陣だな。お前は見覚えあるか? 知ってるとか」

「ぜんっぜん! でも結構古いよ。僕の眼が反応したくらいだしね」


 〈雨期の魔女〉殺害と関係あるかは分からないが、これは収穫かもしれない。

 他にも何かないか、この眼が効いているうちに探そうと立ち上がろうした時、ドクンと心臓が大きく跳ねた。


「……っ、こほっ」

「イスカ先輩!? 大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ。ちょっと、魔素が濃くて、こほっ。噎せた」

「長居は良くないって。もし先輩が倒れそうになったら殴ってでも帰るから!」


 ジャンヌが俺の傍にぴったりくっ付き始めた。


「そんなくっ付くな、暑い。大丈夫だって、けほ、けほっ……、言ってるだろうが」

「え。そんな咳き込んでてよく言えるね」


 こいつ、そんな「説得力ないけど?」みたいな目で見んな……。

 いや、それよりも魔素が濃すぎる。今時こんな、純度の高い魔素が存在する場所があるなんて、完全に油断してた。


 俺はあまり息を吸い込まないよう、呼吸を整えようとして――殺気を感じた。


「っ!?避けろ、ジャンヌ!!」

「!?」


 俺はジャンヌを、まぁ乱暴ではあったが思いっきり突き飛ばし、横に避ける。


 あと少し反応が遅れていたら、確実に死んでいた。


 俺たちが居た場所に走る大きな爪痕を見て、人の気配がする入り口に視線を向ける。


 人の気配……? まさか付けられていたか? だが、今までそんな気配なかったはず……。


「へぇー、あたしの攻撃避けられる人間がいるんだー!」


 明るく弾んだ少女の声だ。


「……誰だ」


 コツ、コツと靴音をリズミカルに刻みながら現れた人物に、俺もジャンヌも目を瞠った。


「!? お前は――」

「え――」


 鮮やかなマンダリンオレンジ色のツインテールに、シアンの瞳をした――


「……〈箱庭の魔女〉アルカフネ」


 ニィッとギザギザの歯を見せて笑う、箱庭の魔女だった。


 なぜ、〈箱庭の魔女〉がここにいる!? いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。


「見ぃっけた。レアちゃんをお前たちが殺した人間。じゃなきゃ、こんな所来ないもんねぇ!!」

「っ!」

「イスカ先輩!」


 俺は瞬時に盾の魔法陣を発動させ攻撃を防ぐが、その隙を狙っていた魔女のほうが少し速かった。


「ちっ……! けほっ」


 間一髪のところで振りかざされた棘の杖を避け、後方に距離を取って武器召喚の魔法陣から武器を手に持つ。


 この魔素量なら倒せることは倒せるが、動き回ったせいで土埃と舞ってさらに充満した魔素で息苦しい。


「あれ、やるじゃーん! でも、長槍(ソレ)じゃあたしには勝てないよ。――ねえ。それで後ろを取ったつもり?」

「な!?」


 魔女がヒラリと、背後を取っていたジャンヌの攻撃を簡単に避けた。

 宙に舞ったかと思えば、ストンと優雅に着地する。


 一方の攻撃を仕掛け交わされたジャンヌも、まぁ怪我なく俺の横に足を着けた。


「不味いよ、先輩。ここは撤退しよう。僕たち二人でも魔女(あれ)は倒せない」


 ジャンヌの手には大鎌が握られており、横顔を一瞥すれば焦りが見えた。


「いや、倒せないことはないんだが――」

「あたしの友達を、レアちゃんを殺した人間は死んじゃえ! 《根角の乱舞(ラデイコルヌ・ダンス)》!!」


 魔女が棘の杖を一振りすると、緑色の魔法陣が彼女の背後に幾重も出現し、そこから鹿の角のような根が伸びて襲いかかってきた。


 俺とジャンヌは二手に分かれて避けるが、根は蔓のような動きで追撃してくる。


「イ、イスカ先輩! これ、ちょ……ねえ、全然斬れないんだけど!!?」

「お前、大鎌だろ。頑張れ」

「頑張れって?!」

「きゃははっ! ざんねーん。あたしの魔法は誰にも斬れないよ!」


 魔女が手も出せない俺たちを見て笑う。


 俺も何とか槍で薙ぎ防いでいるが、いつまで持つか分からない……特にジャンヌが。

 それに、気になることがある。


(……もう一人、〈幽幻燈(ゆうげんきょう)の魔女〉はどこだ)


 一緒に行動していないのか? もしくはどこかに隠れている?


「……どちらにせよ、長居はできないな」


 俺は崩れた瓦礫の上に降り立ち、目の前に迫り来る根を――真っ二つに薙ぎ落とした。


 濃い魔素を吸い続けてるからか、正直肺が痛いが、そのおかげで俺の攻撃が魔女の魔法に通用したと思えば、まぁいいか。このぐらいの痛みは。


 転生した時、この副作用と引き換えに、魔女すら殺せるチート並の魔法()を持つなんて、誰も知らないからな。


「はぁっ!? あたしの魔法を、斬った?」

「先輩チートすぎ」

「言っておくが、俺たちは〈雨期の魔女〉を殺した人間じゃない。見ての通り、お前の攻撃を防ぐのに精一杯だからな」

「嘘だ。お前、今あたしの魔法斬ったじゃない! そうよ、そうやってレアちゃんも斬って殺したんだ!!」


 魔女は先程と同じ根の魔法を繰り出すと同時に、真っ直ぐ俺に向かって来た。


 走り交う、速さが増した根を縫うように避けつつ、杖を剣のように振るう魔女の攻撃を長槍でやり過ごす。……今のは決してギャグではない。


「っ、ちょこまかと動く人間ね!」

「殺されたくないんでな」


 これは〈幽幻燈の魔女〉が出てくる前に撤退するか。


 俺はジャンヌに向かって声をあげる。


「ジャンヌ!」

「……っ、な、何!?」

「十秒数えろ!」

「へ?! い、きなり何……おっと!」

「早くしろ!!」

「はいっ! ええっと……十、九――」

「何をするつもり? 足掻いても無駄だよ」


 俺は魔女の言葉ではなく、ジャンヌに意識を向ける。

 それなりに頑張れって根を避けていたジャンヌが、石畳に着く(タイミング)――。


「三、二、一――ゼロ!」

「《風見鶏の回路(ジルエット・ルヴニル)》」


 シャラン……


 俺は根の隙間からジャンヌの傍に着地したと同時に、長槍の柄の先を地面に突き刺し、コリエの腕輪を鳴らした。


「!? な、っ……待ちなさいよ!」


 ブワッと風が巻き起こり、俺とジャンヌはその場から撤退した。



「あーもう! もう、もうもうもう!! このあたしが人間を殺し損ねるなんて!」


 魔女は悔しそうに唇を噛んで、イスカたちが消えた場所を睨んでいた。

 杖を握りしめ、憎悪で顔を歪める。


「アイツら絶対に許さない……。今度会ったら、殺してやるんだから」


 その瞳はまるで、燃え盛る青い炎のような、激昂の色に満ちていた。

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