10.5話 アップルパイつつき合う女神と賢者②
「お、お見苦しいものを、お見せしてしまって……っ! ごめんなさいい!!」
ゴンッ
私はガバッと頭を下げた。
その勢いでテーブルにおでこをぶつけたが、そんな事はどうでもいい。
落ち着いてきたら、円環の賢者様に対して失礼極まりない事をしでかした! と、そりゃあもう顔を真っ青にしたよね。
八つ当たりみたいな事して、泣いたことが恥ずかしくて、穴があったらすぐにでも入りたい埋まりたい! 羞恥過ぎる! 誰か、今すぐ私を埋めて!!
「頭を上げてくれ、私も言い方が悪かったのだから。おでこ痛くないかい?」
「……大丈夫です。それよりも、本当に申し訳なく!」
「そこまでだよ、ティパルー。記憶がないお前の不安を煽った私がいけなかったのだから。大人気ないことをしてしまったよ、謝るのは私のほうさ」
「そ、そんな事! 私が円環の賢者様に――」
絶対に頭は上げない、とおでこをテーブルに押し付けたまま謝罪の意を示していると、勝手に頭が上に向いた。
「???」
あ、あれ? 今何か勝手に頭が上がった?
何が起こったのか、キョトンとしていればコリエと目が合う。
「これ以上の謝罪は聞かない。ほら、すっかり紅茶が冷めてしまったね。温めなおそうか」
そう言ってコリエがティーポットと、紅茶の入ったカップに向けて腕輪をシャランと鳴らせば、さっきまで冷めていたカップから温かい湯気が淡く立ちのぼる。
淹れたてみたいな紅茶の香りが立ち、私は鼻を近づけて心を落ち着かせることにした。
「これも魔法ですか? イスカ看守官とは違いますね」
「そうだね。私は名の通り“円環”、腕輪が魔法の媒介具だけれど、イスカは手のひら、指の第一関節、腕に魔法陣を直接刻み込んだタイプだからね。看守服着て手袋もしてるから分からないだろう?」
コリエは、右手首に着けた金色の腕輪を見せるように近くまで差し出してくれた。
シンプルな細身の腕輪が四本。よく見れば、文字が細かく刻まれていて、小さな魔法陣に魔素石が埋め込まれている。
初めて見る魔法具と、その精巧さに魅入ってしまう。
「色々あるんですね……ぁ、」
「ん?」
男の人の手をまじまじ見ていて、ふと思い出した――紫の手袋をした占星術師様。
「あの、話が変わってしまうのですけど。第三教団さんの事を少しお尋ねしてもいいですか?」
「構わないよ。相談会だし、何でも聞きたいことを聞くといい。私の答えられる範囲にはなるけれどね」
時間はたっぷりあるのだから、と続けながら、コリエは残っていたアップルパイを切り分け私のお皿に乗せてくれた。
「あ、ありがとうございます。本当なら私がしなければいけないのに、申し訳ないです」
「私がやりたくてやっていることだから、気にする必要はないよ。何事もレディーファーストを心がけてるのさ! それで、第三教団のことだったね?」
「は、はい。第三教団さんって、魔女を崇拝する教団ですよね?」
「そう。第三教団、ソムニゥム・サブリエは設立当時から魔女を崇拝する、異端の教団さ。魔女や魔法師がほぼだけれど、魔女絶対崇拝の人間も居る。現教主は〈陸星の魔女〉パドラ」
「その中に、占星術師様は居ますか?」
「占星術師?」
「はい。……その、私の記憶の夢に、白いマントローブを着て紫の手袋をした――多分、男の方です。私がその人のことを“占星術師様”と呼んでいて……。第三教団さんの服装と全く同じだったものだから、気になっていて」
「…………」
私の話を聞いていたコリエが、トントンと指先をテーブルに当てながら黙り込んだ。
……ちょっと待って。何か聞いたらいけないことを聞いてしまったのでは?
コリエは眉を潜めたままで、私は思わず固唾を飲む。
すると、コリエが口を開く。
「昔、魔女を探すために占星術師を雇っていた記憶がある。魔女はドラゴンの火をくべた箒に乗って現れるのは知ってるかい?」
「あ、イス――えっと、書物で読みました」
「その姿が流星のようだと言われていてね。その所以から、天や星を見て道標を指し示し与える占星術師の力に目をつけ、魔女を探し出そうとその力を利用し始めた。当時は重宝されていたと思うよ」
「!! では、今も占星術師は第三教団に?」
「居るよ。そんなに多くはないけれど……ティパルーの言う、その占星術師の名前は分かるかい? 特徴とかでもいい」
私は首を横に振って否定した。
「それが、顔はフードで隠れていて……こう、靄がかかったみたいに何も見えなくて」
「……そうか。恐らく、魔女を探しに来ていたのだろうね。もしくは近くで魔女誕生の予兆を見て訪れた」
「魔女を探しに……」
そう言えば、「何でお姉ちゃんは魔法が使えるの?」って聞いてたっけ?
え? じゃあ、お姉ちゃんは――魔女?
だから占星術師様があの場に居た?
考え事をしていた私は、コリエがジッと私を見ていたことに気付かなくて。
「ティパルー。気になる事は吐き出したほうが楽になる。誰にも言わないから言ってみな?」
コリエの大人の余裕? に私はちょろく落とされてしまった。
今日からコリエ様と呼ばせてもらおう!
「まだそうと決まったわけではないのですが、私には姉らしい人が居て、魔法が使えるみたいです。ちょうどそこに、先程の占星術師様が居たので、もしかしたら姉が……魔女なのかな、と」
「魔法が使えるからといって必ずしも魔女ではないけれど、その場に占星術師……可能性は高いか。お前のその感じは、姉らしい人物の名前も覚えてないみたいかな」
「髪は私と同じ白銀色でした。……もどかしいです、すごく。すっごく!!」
私は自棄みたいにアップルパイを一切れ丸ごと頬張った。
「ひぇめへ、ひぇめへふぁふぉうの」
「ふふふ。ちゃんと食べてから喋ろうか」
「……せめて家族の名前だけは思い出したいです」
「急いては事を仕損ずる、と言う言葉がある。大丈夫だ、お前はいずれ全部知ることになるって言っただろう?」
「その根拠は何です?」
「私が円環の賢者だからさ!」
意味不明な根拠を笑顔で言ったコリエは、五切れ目のアップルパイに手をつけた。
「やっぱり、甘さが足りないな」
え? 私まだ二切れ目……じゃなくて! え、え? 今、アップルパイの上に角砂糖トッピングしなかった?!
ボリッ、ガリッ
アップルパイを食べてる音じゃない、決して聞こえるはずのない音が牢屋に響いた。
「…………」
円環の賢者よりも、甘党の賢者のほうがしっくりくる姿に、私のお腹は急にいっぱいになったのだった。
「あ、そう言えば。今日の晩ご飯はどうなるんでしょう」
「イスカから“作り置き”というものを預かっているから、メモ通りに温めて食べるとしようじゃないか」
「用意周到でしたか。遠出する時、すごく――大泣きしてましたから……」
「女神に会えない苦行! なんてね。……はぁ、自分から頼んできたくせに。あいつの新しい一面を見たよ」
こうして、私と円環の賢者様のアップルパイつつき合い相談会(?)は幕を閉じた。
全部知ることになる――。
その時、私はちゃんと真実を受け入れることができるのだろうか。
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