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10話 アップルパイつつき合う女神と賢者①

「…………」


 だ、誰か。この状況を説明してください……!


 目の前の光景に、私は切り分けられたアップルパイには手をつけず、ひたすら味の分からなくなった紅茶を飲み続ける。


 午後三時。私の目の前に――自身を“円環の賢者”と名乗る桃紫色の髪をした男の人が、美味しいそうにアップルパイを頬張ってる……。


 え? あの、本当にこれ、どういう状況?


「そう身構えないでもらいたいな。私は決して怪しい者じゃないから」

「……怪しい人は皆そう言いますけども」

「まぁ、女の子の牢屋にいきなり気配なく男が現れたら、そういう反応するのが正解さ。悲しいけれどね。でも、普通の登場はつまらないだろう? 実に面白くない!」

「……面白くないとかではなくて。普通の登場がつまらないなんて、変わったご趣味してますね」

「ふふふっ、よく言われる」


 笑顔で言い切られても……。


 それにしても、牢屋に現れて早三分でここまで馴染んでいるこの人は、本当に円環の賢者? なのだろうか。

 まぁ、牢屋の中に突然魔法で現れたんだから、ただ者ではないと思うんだけど……。賢者って、皆こんな感じなの? ちょっとイメージが違う……。


「イスカが少し遠出しているから、その間君の監視(お守り)を任された円環の賢者、コリエだ。初めまして、錠前番号は可愛くない。ティパルー・ラス・ファヴュタちゃん」

「私の名前、イスカ看守官から聞いたんですか?」

「なぜか頑なに教えてもらえなかったけど、何とかね!」

「そ、そうですか。イスカ看守官が遠出するのは聞いていましたが、てっきりロッテンマニア看守官が来るものと思っていましたので」

「ロッテンマニア? あぁ、あの墓守一族の次男坊か。今回はイスカ遠出の付き添いで、私が頼まれたのさ」


 すまないね、と謝るコリエに私は慌てて首を横に振った。


「い、いえ! ご苦労様です!!」


 自分よりも年上の人とあまり話した事がないせいか、少し緊張してしまう。


 そう言えば、夢に出てきた占星術師様もこんな感じだった気が……。


「それにしても……。十六歳という若さで、あの邪神の隣人〈雨期の魔女〉を殺したなんて、大したものじゃないか」

「っ! わ、私は殺してなんかいません!」

「そう。()は殺していない。()()()()()()()()んだからね」

「……ど、いう、事ですか?」

「おや、いいのかい? 円環の賢者()の力を使えば全て解決するけれど、ティパルーはそれで満足するんだね?」

「…………」


 翠と蒼のオッドアイは、全部見透かしているかのように真っ直ぐ私を見つめる。


 私は言葉を返せなかった。返すことができなかった。


(もし本当にこの人が円環の賢者だったとして、何もかも聞いたところで私は納得するの? 仮に知っても、嘘だって拒否して信じたくなくなるくせに?)


 コリエを疑っているわけではない。

 ただ、自分の記憶が曖昧なのに他力本願で「貴女は無実でした。良かったですね」で、簡単に済まされるのは納得がいかない。

 真実を知らない私だけ置いてけぼりで解決するのは――気に入らない。そんなの、私は嫌だ。


「そう、好い目だ。失っている記憶は自分自身で見つけてこそさ。他人から告げられる言葉(真実)なんてものは、本人からすれば嘘かも知れないのだからね」


 満足そうに笑みを浮かべたコリエは、ご機嫌な様子でおかわりの紅茶を淹れ、瓶から角砂糖を一、二、三……じゅ、十五個!!?

 私はその数に開いた口が塞がらなかった。何なら、目玉も落としそうになった。


「私は甘いものと可愛いものが大好きでね!」

「だとしても、入れすぎでは……あ、いえ。円環の賢者様に失礼ですね」

「賢者様なんて、そんな仰々しい呼び方は止めておくれ。コリエお兄様と呼んでくれてもいいのだよ?」

「それはちょっと……」

「ふふふっ」


 私はイスカが焼いてくれたアップルパイを一口食べる。


「相変わらず美味しい」

「うん、程よく甘くて美味しいね。でも、私はシュガーをあともう一袋分くらい甘くてもいいと思うんだけれどなぁ」

「!!?」


 ひ、一袋分?!! ど、どんな味覚と胃してるの!?


「私は甘いものが大好きだからね!」

「私何も言ってませんけど……」


 顔に出ていたよ、と茶目っ気たっぷりにウインクされてしまった。


 それからお互いが無言のまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 最初はその無言の時間が胃を痛めるほど居たたまれなかったが、こういうのも悪くないのではと思ったら胃痛も治まってきた。


「……無実は証明してあげられないけど、解決するためのヒントなら与えようか?」

「え……?」


 突然そんなことを言われて顔を上げれば、テーブルに肘をついて柔らかく微笑むコリエと目が合った。


 手にしてるフォークすら絵になる……。

 成る程、これがロマンス小説にあった“顔面の暴力”というものか。


「もちろん、信じる信じないはティパルー次第だけれど」

「……私は――」

「あぁ、無理はしないでおくれ。じゃあ、そうだなぁ……。なら、こうしよう! 私は()()ティパルーの相談相手だ」

「相談相手、ですか?」

「そう! 何を話してくれて構わない。愚痴でも、悩み事でも、イスカにも言えない事でも。こう見えて、守秘義務には自信があってね。さぁ、どーんと話してごらん!」


 胸を張って胸板を軽くコリエを見て、本当に兄がいたらこんななのかなと思ってしまった。


 開けられた窓からの風を吸い込んで、私は円環の賢者のアップルパイをつつき合う相談会に参加することにした。


「悩み事と言えば、イスカ看守官の行動と、私に対する崇拝ですかね」

「……ああ、アレはもう治らないから諦めることだ。はい次」

「早くないですか!? 相談終了するの!」

「だって、あいつのアレは私にはどうすることも出来ない。その件に関しては無視すると決めていてね」

「円環の賢者様でも止められないんですね……」

「うん、無理!」


 即答!!


「イスカ看守官が、私に至れり尽くせりで。毎日掃除してくれるし、ご飯は美味しいし、スイーツも付いてくるし、ベッドも布団も毎日フカフカだし。この牢屋がひっっじょーーうに快適すぎて、堕落しそうです私」

「堕落した女神もまた魅力とみた。……と言うか、あいつ看守の仕事してるのかな?」

「してませんが!? 無実なのに、ここから出たいのに……放してくれないんです! この監獄が!!」


 私はブスッとアップルパイにフォークを刺した。

 あ、アップルパイに罪はありません。ただ私がやり場のない気持ちをぶつけただけなので。


「ここの居心地が快適すぎると思ってしまう私は、甘えてしまっている私は、心の汚い罪人なのでしょうか……」

「んー、誰だってそんな環境に居たら快適と思ってしまうのも無理はないさ。長く留まっていればなおの事」


 コリエは牢屋の中をぐるりと見渡して、苦笑いを浮かべた。


「……ここを出たら、居場所がないような気がして。余計この牢屋(部屋)に愛着が湧い――ちゃ駄目なんですけど!!」

「ふふふ。ティパルー、お前は面白いね」

「今のどこに面白い要素がおありでした?」

「すまないすまない。そうだね、ティパルーお前の言うとおり――お前に帰る場所はないよ」


「…………え……?」


 それは、頭をハンマーで思いっきり殴られた感覚だった。

 一瞬、何を言われたのか理解できなくて、言葉が出てこない。


 カタカタと手が震えだす。


 あれ? 呼吸って、どうするんだったっけ?


「残酷なヒントだったかな。けれど、だからこそ監獄(ここ)をお前の帰る場所にしてほしい」

「……監獄が帰る場所って、私に罪を重ねろと?」

「そうじゃない。私は言わなかったかい? お前は殺してなんかいないって」

「……ど、どうしてそれが分かるんですか?! 私が、分からないこと、どうしてあな、貴方が……っ――!!」

「…………」

「っ……」

「ティパルー」


 優しく呼ばれた、私の名前。

 錠前番号でも、女神でもない。私の名前――。


 私はそこで漸く涙を流した


 投獄されてから初めて、泣いた。


「酷い言い方をしてしまって、すまなかった。泣かせたかったわけじゃなかった。それは本当だ」


 コリエが上半身を少しだけ乗り出して、私の頭を優しく撫でる。


「大丈夫。お前は大丈夫だよ。――その時が来れば、私がお前を()()()()()に連れて行こう。約束する」

「……ひっ、く……、運命の、場所……?」


 私は手で目を擦ろうとしたが、コリエに腕を掴まれ止められてしまった。

 今物凄く酷い顔をしているから、見ないでほしいのだけれど……。


 代わりに、コリエの指が私の涙を拭い掬う。


「この私、円環の賢者の腕の見せ所さ。そして、お前はそこで真実を()ることになる」

「!?」

「それがさっきの私みたいに残酷だったとしても、今みたいに泣いていい。思いっきり泣くといい。だが、絶対に――絶対に自分を責めてはくれるなよ」


 私は、誓うように強く頷いた。


「まぁ、()()()はまだ先なのだけれどね。だから、今は安全なここに居るといい。〈幽幻燈(ゆうげんきょう)の魔女〉と〈箱庭の魔女〉が、〈雨期の魔女〉を殺した人物を探しているからね」

「そ、それは……今のところ、私、ですか?」

「彼女たちが先に向かうとすれば、〈雨期の魔女〉が殺された現場だろう。そこですぐにお前の存在を掴むだろうし、三大魔女の二人のことだ。必ず、復讐(殺し)に来るよ。」

「…………」


 とんでもない人たちに目をつけられてしまったのでは!?


 私の涙が、別の意味で流れたのは言うまでもない。


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