小話② イスカ看守官のペストマスク
それは、よく晴れたある日の昼下がり。
ステンドグラスで作られた窓を少し開け、心地よいそよ風に当たっていれば眠気がやって来る。
「あぁぁぁ、女神が、女神が微睡んでいる……っ! ステンドグラスの光の中で微睡む女神の、なんて美しく神々しい姿! まさに生きた宗教画!! もはや国宝級の尊さ……! 女神の母よ。尊き女神を産んでくれて感謝する!!!」
イスカが鉄格子の向こうで、私を起こさないように小声で叫んでいた。
涙を流し、ペストマスクの口元に指を添えた乙女のポーズで。
「ティパルー教聖典の表紙に相応しいな。いや、でもステンドグラス画にして懺悔の部屋の象徴にするのも……」
「…………」
私は枕に半分顔を埋めたうつ伏せの格好で、イスカがいつも着けているペストマスクを見つめた。
この際、怖いことをブツブツ呟いているイスカは無視だ。あのマスクを見よう。そう、あのマスクがイスカの本体、そう思おう。
「あのお姿をいっそ彫刻の像として製作したら、あぁ絶対に素晴らしい信仰像に……ど、どうした? 女神」
イスカは私の視線に気付いたのか、崇拝の格好のまま首を傾げた。
「いえ、その。いつも着けていて苦しくないのかなぁ、と思いまして。そのマスク」
「あぁコレか。そうだな、通気性が良い物を使っているし、もう慣れたからな。……今はむしろ、ペストマスクがないと落ち着かない」
顔の半分が隠された、黒のペストマスク。
イスカが着けてると死神みたいに見えてくる。
「あの、理由を聞いても?」
「そんな大した理由じゃない。両親が、コレを着けたら錠前たちも怯え怖がるだろうと渡してきたんだ。俺はこんな目つきだが、マスクを外したら恐怖の童顔らしい。目元を出したペストマスクを着けたほうが、もっと迫力が出るとか、そんな理由だ」
「そ、そうだったんですね」
ちょっと素顔を見てみたいと好奇心が疼いたが、「女神に素顔を?! 女神の穢れない純粋の目を穢してしまう!!」とか言い出しそうだから止めておこう。
「あとは、魔素を大量に吸い込むと耐えきれない俺の体を心配してくれたんだろう」
「ご病気なのですか!? イスカ看守官」
イスカの言葉に眠気が吹っ飛んだ私は、ガバッと起き上がった。
そんな私を見て、イスカは数回目を瞬かせた後、少し眉を下げ、手を左右に振る。
「違う違う。勘違いするな、女神。別に病気じゃない」
「で、でも体が耐えきれないと……」
「空気中の魔素を吸い込み続け、体内に蓄積された状態で魔法を使うと、膨大な魔素量による魔法の反動に体がついていかないだけだ。だから、一応溜め込まないように抑制……という意味で本当は渡してきたんだと思う」
イスカのご両親の愛に、泣きそうになった。
私は、愛されていたのだろうか……。監獄に投獄された親不孝ものの娘で申し訳ありません、お父様、お母様。
「女神。女神が俺を心配してくれたその気持ちだけで、今ならどれだけ魔素を吸い込んでも耐えれる気がするぞ!」
「ご両親の愛と、お体を大切にしてください!!?」
私は意気揚々とマスクを外そうとするイスカを止めた。
「まぁ、最初こそ他の看守や幹部たちに良い顔はされたのだが」
「あ、良い顔されたんですね。逆じゃないんですね」
「カッコいいだの、クールだの、憧れがエスカレートして着け始めたのだが、数時間もしないうちに苦しくなってくるらしい。あまり流行らなかったな」
流行ってたら、今頃ここの看守官全員ペストマスク集団に……。
鞭を持って足を組んで座るイスカ、目元で分かるゲスい笑みを浮かべたジャンヌ。
ゾワッ……!
想像したら予想以上に怖すぎる謎の組織すぎて、私は慌てて消すように頭を横に振った。
「……それよりも女神、女神に跪くペストマスクの狂信者の宗教画。有り寄りの有りだと思わないか?」
「怪しい絵にしか見えませんよ、無し寄りの無しです!」
ポフッと枕に頭を預けるように倒れこみ、私は今度こそ眠りに就くことにした。
現実逃避、させてください。
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