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9話 第三教団も女神をご所望だが、瞬殺

 それは、朝ご飯のミニハンバーガー(六種類)を食べていた時だった。


「? どうしたんでしょうか」


 何やら牢屋の外が騒がしくて、私は朝ご飯を食べていた手を止めた。


 怒鳴り声や、バタバタと慌ただしい音が結構近くまで聞こえる。

 螺旋階段になっているのと、壁に反響してより近くに聞こえるだけだろうか。


「女神の清らかな朝と、優雅に味わう女神の朝ご飯を邪魔するだけでなく、その御手を止めさせるとは……万死に値する!! 俺が止めて――」

「イ、イスカ先輩!!」


 駆け込んで来たのは、酷く慌てた様子のジャンヌだった。

 ジャンヌの様子を見たイスカはただ事ではないと感じたのか、編み物(鋭意制作中ブランケット)の手を止めて立ち上がる。


「何があった? お前、髪めちゃくちゃだぞ」


 看守帽はなく、手入れされた金髪はボサボサに乱れていたが、肩で息をするジャンヌはそれどころではないようで。

 ジャンヌの髪を直してあげるイスカの、先輩らしいところを初めて見た。


「だっ、第さ……っ、第三っ……!」

「いいから落ち着け。ほら深呼吸」


 ポンポンと肩を優しく叩くイスカに合わせて、ジャンヌは深呼吸して呼吸を落ち着かせる。


「……ふぅ。も、もう大丈夫だよ。ありがとね、イスカ先輩」

「で? 何があった。お前のその様子、それに第三って」

「それが、今さっき第三教団の奴らが押し込んで来て……報告書は要らないから、代わりに錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦを渡せって暴れてんの」

「女神を?」

「わ、わわわ私ですか!?」


 まさか私の名前が出てくるとは思ってもいなかったので、ガタッと椅子を倒してしまった。


「落ち着け女神。この牢屋は俺以外開けることはできないからな、誰も手出し出来ない。無粋な看守が触れば火傷じゃ済まない魔法も鉄格子にかけてある。女神はただそこに居ればいい」

「……鉄格子に物騒な魔法かけてるね、先輩」

「触ってみるか?」

「え、遠慮しとく」

「女神が住む楽園、いわば聖域だからな。穢す者は容赦しない」


 どうやら、部屋の中(こっち側)は安全地帯だったようで、安心した。


 けれど、その第三教団? って人たちはどうして私を?


「あいつら実力行使の過激派だから、看守総勢でも手が付けられなくて。今監獄長留守だし。だから、イスカ先輩に助けを求めに来たわけ」

「さっきから騒がしいのはそれでか。お前、錠前の前ではドSのくせに、こういう時はヘタレか? あのゲスさ見せてやれよ」

「言い方ってものが……。じゃなくって! この前は第二教団、今日は第三教団。どうなってるの?」

「何の利益も情報もない報告書に痺れを切らして、次の行動に出たんだろ。こっちがその気なら自分たちが女神を暴く。だから揃いも揃って動き出し――来たか」


 イスカはジャンヌの向こうに現れた人物を見た。

 一気に空気が変わる。


 白のマントローブに紫の手袋をした人物が五人。

 まるで神官のような、信者のような姿――それよりも、あの衣装に見覚えがあった。


(あの服……! 夢に出てきた、“占星術師様”と同じ!)


 紫の手袋が印象的だったから、はっきりと覚えている。


「やはり、監獄で働く人間は野蛮で困ったものですね。人の話を聞こうともしない」


 パサッ、と白いフードを取った人物は、とても小柄な女性だった。

 燃えるリコリスの花みたいな赤い髪も、真っ赤な口紅(ルージュ)も、同性の私でも見惚れてしまうほど綺麗。


「っ!」


 ジーッと見ていたら、パチッと赤髪の人と目が合ってしまい、微笑まれてしまった。


「初めまして。僕は――」

「帰れ」


 イスカが私を隠すように、赤髪の人との間に立ち塞がった。


「錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦを異分子と判断し、コンスライニ監獄砦(ギャリソン)に渡してきたくせに今更渡せと抜かしたり、監獄長の留守を狙って押し込んで来るお前たちのほうがよっぽど野蛮で、人の話を聞かないと思うが?」

「っ!? 申し訳ありません。マクシミリアン監獄長の留守は知らなかったもので」

「どうだか。まぁ、人の話を聞くのであれば話は早い。お引き取り願おうか」

「異分子と判断した件については、こちらも大きな過ちだったと猛省し、後悔しています。ですからその過ちを認め、あの者は僕たち第三教団ソムニゥム・サブリエ、いいえ、この僕ハイドラが責任を持って預からせてもらいます」


 ハイドラがニコッと微笑み、イスカに手を差し伸べた。

 だが、イスカは差し出された手を一瞥しただけで、特に動こうとはしていない。


「あの者は〈雨期の魔女〉レアメ様を殺めた、罪深き異端の魔女です。異端でも魔女は魔女、崇拝しなくては」

「錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦが、魔女? お前ら魔女崇拝教団なのに、魔女の区別すら、見る目すら失くしたか」

「……何ですって?」

「どう見ても、錠前番号Ⅸ〇ⅡⅦⅦの目は濃桃紫(マゼンタピンク)だ。魔女は本来、お前のように素質として覚醒した時から“シアンの瞳”に変わる。もし彼女が〈雨期の魔女〉殺しの魔女だとしたら、すでに瞳の色が変わっていないと可笑しいだろう。第三教団の定義に、“魔女の瞳の色は一度覚醒すると、元には戻らない”となかったか?」

「~っ!」


 図星を衝かれたのか、ハイドラは血相を変える。髪以上に真っ赤だ。


「だ、黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! 御託を並べるな! その娘は魔女なんだから、さっさと渡せよ!!」


 ハイドラの口調が急変した。

 ……さっきまでのお淑やかさはどこへ?


 だがあまりの迫力に、鉄格子で守られているとはいえ、怖くて足が竦む。


「うっわ、情緒変わりすぎ。第二教団と同じヒステリックー」

「同感だな」

「むきーっ! 僕が新しい魔女だって知っててその態度、どうやら痛い目に遭いたいらしい! まぁ? お前たち人間じゃ僕に敵わないから、死んじゃうかもね!!」


 あの人は女の子なのか、男の子なのか……なんて、今はどうでもいい事を考えて現実逃避したくなった私を許してほしい。


 だって、気になるよね?!


「新しい魔女だろうが、子供は子供だ。遅れは取らない」

「おい! 僕はちゃんとした成人だ!!」


「え?」

「……は?」

「まさかの年上。受ける」


 ジャンヌが口元に指を添えて笑った。眉を八の字に下げた笑みは、えっと、そう! ゲスい!


「最後のお前! 金髪の、さっさ僕の部下に敵わなかったお前だよ! 笑うなー!!」

「は? 何か腹立つんだけど。別にあれ僕の本気じゃないから」

「ぼろぼろだったお前が何言ってんだ」


 こればかりは、イスカもジャンヌをフォローできなかった。


「……僕を、魔女を愚弄(バカ)にした奴には罰を与えなさいって教主()様が言ってた。魔女の鉄槌を味わらせろと!!」


 ドンッ!!!


 言うや否や、爆発音がした。


「っ!?」


 私はその場にしゃがみ込む。


 ハイドラが前触れもなく魔法を使ったのだとすぐに解った。

 だが、それはイスカによって相殺されて、今の爆発が起きたのだろう。

 鉄格子の隙間から流れてきた煙は、数分もしないうちに消えた。


「僕が寄越せって言ったら寄越せよ!」


 な、なんて我が儘な……。

 なのに、小柄だから可愛く見えてしまう。ごめんね。


 その場で地団駄を踏むハイドラには目もくれず、イスカは横にいたジャンヌに顔だけ向けた。


「ジャンヌ」

「何?」

「少し離れてろ……一秒で済ませる」

「了ー解! あ、()()も一緒に避難しておくね」


 そう言ってからジャンヌは編みかけブランケットの入った籠を手に取り、イスカから距離を置いた。


 ……あの籠、爆発の中よく無事だったなぁと思った。


 ジャンヌがイスカから離れたからか、ハイドラが勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


「お前一人で僕たちに敵うとでも思ってんの? こっちは特級魔法使いが四人いるんだけど。五対一、無謀すぎ」

「だから何だ。特級だろうが数が多けりゃ勝てるとか、新しい魔女のくせして考えは古すぎる」

「だから、僕を愚弄するな! さっさと異端の魔女を寄越せば生きていただろうに。お前ら、力を見せてやれ」


 ハイドラの指示で、四人の魔法使いが束になって魔法陣を出現させ、イスカに向けて魔法を放つ。


「……はぁ。ジャンヌお前、過激派(こんな奴ら)に手間取ったのか?」


 それは、イスカが右手を差し出したと同時だった。


「ぐあぁ!!!」


 ドンッ!! パラ、パラ……


 一瞬にして魔法使いたちは、四方に吹き飛ばされていた。

 壁に体を強打した魔法使いたちは、石畳の上で蹲り痛みに呻き声をあげる。


「今度から“ヘタレドS”って呼んでやるよ」

「ちょ……! その呼び方嫌なんだけど?! だって僕、先輩とは()()が違うんだからさ」


 籠を大事に守るジャンヌが声を上げて抗議しているが、イスカは聞いていないようだ。相変わらずのソルトな対応。


「見くびんなよ。あのヘタレドSと俺は違う」

「そ、そうみたいだけど、でも僕には勝てない。僕は魔女、新しい魔女だ。異端の魔女を連れ帰れば、教主()様は僕を褒め讃えてくれる!」

「先に手を出してきたお前が、看守のテリトリーに土足で踏み込んできて無事に帰れると思っているなら、頭はお花畑だな」

「ああもう、お前ホントいちいち煩いんだよ。僕は新しい魔女だって言って――、……っ!!? かはっ!!」


 あまりにも速すぎて、何も見えなかった。


 え? 今、何が起きたの……? さっきといい、目が追いつかないんだけど?!


「……な、……え?」

「一秒で済ませると言ったからな」


 私が呆けていた意識からハッと戻ってきた時には、ハイドラは壁に張り付けられていた。


 鎖で体を縛られ、動けば動くほど、もがけばもがくほど食い込むのだろうか。白いマントローブが赤く染まっていく。


「な、なんだよこれ……! くそ、っ……こんな鎖!!!」

「お前、運が悪かったな。俺はかなり腹が立ってんだよ」

「ひ、っ……! お、お前たち何してんだよ!? 特級だろ、僕を助けろよ!!」


 だが、イスカからハイドラを助けようと誰も動かない。

 あんなものを見せられたら、誰だって、動けない。


「さすがイスカ先輩。狭い廊下じゃ()()、発揮できないのに瞬殺だ」


 この中で呑気なのはジャンヌだけだろう。


 イスカはハイドラに近付き、ドカッとハイドラの顔の横に――いわゆる、足ドンした。

 前にイスカが持ってきてくれたロマンス小説に、同じシーンがあったから覚えてる!


「女神の優雅な朝も、朝食も邪魔しただけじゃなく、異端の魔女呼ばわりとは………………死にたいのか? お前」

「し、死っ?!」

「今後女神に関わるような事をすれば、すぐにこの首を落とす」


 イスカは足を下ろし、右手を払うような動きを見せた。

 その仕草で、イスカの右手に現れた黒い歯車の魔法陣が弾けると同時に鎖が消えた。

 ドサッとハイドラの体が、糸の切れた人形のように石畳に倒れる。


「ゲホッ、ゲホ……ヒュー……ゲホ、ッ」

「ハ、ハイドラ様っ!!」


 ぼろぼろの魔法使いたちがハイドラに駆け寄る。

 彼らの手を借りながらハイドラはよろけながらも立ち上がるが、足元は覚束ず、それでもイスカを睨んでいた。

 だが、何も言わず部下に支えられてその場を去った。




 何かが動き出している――。


 私はこの日、胸騒ぎが収まらなかった。

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