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7話 円環の賢者と深夜の珈琲を(イスカ視点)

 カーテンの隙間から見える月はすでに高く、夜も深いな、と俺は手元の書物に視線を戻した。


 ランプの淡い証明が照らす数字と字の羅列は、一頁読むのに数分はかかる。


 王都にある王立図書館に保管されている、膨大な数の戸籍謄本書を借りれるだけ借りて来て、この時間に読んでるのだが……。

 何せ分厚いのと、一頁にかかる時間で、“ある人物”の名前を探すのに苦労している。


「今頃、女神は夢の中か。きっと布団に包まれて幸せな寝顔を浮かべてるだろうな」


 凝った肩を手で揉みほぐしながら想うのは、女神のことだ。一度たりとも忘れたりはしない!


「随分とあの錠前()にお熱じゃないか」

「っ!!」


 気配もなく背後からかけられた声に、俺はバッと勢いよく振り返った。


「やぁ! こんばんはボンソワールグーテンアーベン」

「……また貴方は。俺を驚かせるのが好きですね――円環の賢者、コリエ殿」

「普通の登場じゃ、つまらないじゃないか! 実につまらないよ」


 突然俺の部屋に現れたのは、世界樹の聖なる()を守護する三賢者の一人、円環の賢者、コリエ=ツィクルスシアンだった。


 桃紫色の長髪に、翠と蒼の、俺と同じオッドアイをした長身の男だ。

 魔法具の腕輪を両手首に着け、焦げ茶色のロングコートとシルクハットには歯車のブローチが飾られていた。


「何か用があってこんな時間に来たのでしょう? 用件をどうぞ」

「いやいや、お前が『買って来い』って顎で私を使ったんだろう! まったく、円環の賢者を宅配業扱いさせるの、お前ぐらいだね」

「とか何とか言って、実際はかなり楽しんでるの知ってますから。後、俺は顎で使った覚えはありませんよ。あぁ、ソファーに座ってください」


 俺は椅子から腰を上げ、コリエに座るよう促した。

 コリエはソファーに豪快に座ると、シルクハットをテーブルに置き、疲れた~と体を沈める。


「私の()はこういうことに使うものじゃないのだけれど、お前の言う通り、めっちゃ楽しいよ――お前が生きていた世界“現代”に行くの。見たことない物知らない物がたくさんある!」

「それはそれは。俺が貴方の力に目をつけて正解でしたね」


 コリエの話を聞きながら、俺は来客用のカップに珈琲を炒れ、彼の前に置く。

 書物を読んでいた時に、眠気覚ましで珈琲を飲んでてよかったな。


「いただくよ。……っ!!? にっっがあっ!!!」

「ブラックですから」

「いつもはシュガーたっぷり淹れてくれるのに……。まぁ我慢しようか。今日はハートノドールで期間限定のココアが飲めて私はご機嫌だからさ!」

「それで、“頼んでいた物”は買えましたか?」

「ふっふっふ、この私を誰だと思ってるんだい? 朝飯前さ!」


 優雅に足を組んで(何でコリエといい、ジャンヌといい足が長いんだ)飲んでいた珈琲を一度テーブルに置き、手を弾くように、シャランと腕輪を鳴らした。

 すると、テーブルの上にドサッと紙袋が五袋現れる。


「報酬は、いつもので?」


 俺はさっそく紙袋の中身を確認しながら、コリエに問う。


「もちろんさ! あ、そうだ。この前の、生姜焼きのタレを頼まれた時に教えてもらったパンダのドーナツとパフェ、可愛かったよ。今度はどんな情報をくれるんだい?」

「そうですね、まだまだ色々あるのですが……臨海台東下野にある水族館の、クリオネ焼きですかね。すごく可愛いですよ。俺、配下の女子たちの手土産によく買ってました」

「クリオネ焼き!? 何だい、それ!!」

「クリオネの形をした、たい焼きみたいな食べ物ですよ。味が四種類あって、カスタードクリームとチョコクリーム、抹茶にあんこです。今は増えているかも知れませんが、気に入るかと」

「それはいい情報だよ。ふふ、ふふふっ、また現代に行く時に是非寄ろう!」


 満足したようにお花を飛ばすコリエに、袋の中身を確認し終えた俺は小さく頷く。


「全部ありました。ありがとうございます」

「本当かい? 良かった。……現代のテクノロジーを持って来ることはこの先の時代を変えてしまうから、さすがに私もそれは許可しないし不可能だけど、食はいつの時代も人の糧だからね。調()()()を買って来いって言うお前の願いは、まぁギリギリ、ギリギリ叶えられる。表に出ることはないと聞いているしね」

「助かります。調味料は女神の料理にしか使いませんから。本当は女神のために、長い髪を傷めず乾かすドライヤーや、最新の自動掃除機とか、疲れを癒すマッサージチェアとか欲しいのですが、俺も貴方と同じ考えなのでそこは自重します」

「マッサージチェア! あれは気持ち良かったよ。全身が包まれるようで、優しく刺激してくれて……疲れが取れるね」


 もう体験済みか……。


 このソファーにもあれば、とコリエは賢者らしからぬ格好で横になりはじめた。


「現代は便利なものも美味しいものもあるけど、疲れるね」

「俺はそれで弱っていたところを殺されましたから」

「そうだった」


 おい、哀れみの目を俺に向けるな。今ちょっと笑っただろ。


「お前を殺した某戦隊たちも、魔法少女もパトロールしながら元気そうだったよ」

「……そうですか」


 何で今の空気でそれを言った?


 カチ、カチ、と歯車を使用した古時計の音だけが部屋に心地よく響く。


「…………」

「…………」


(この男、何時(いつ)になったら帰るんだ? 気まぐれなのは今に始まったことじゃないが……)


 俺は残っていた珈琲を飲みながら、目の前でウトウトするコリエにそんなことを思った。


「…………そう言えば、あの錠前()の名前は見つかったかい?」

「!?」


 コリエの言葉に、思わず珈琲を吹き出しそうになったがなんとか堪えた。

 視線を上げれば、さっきまで眠そうだったコリエがクッションに顔を埋めたまま俺を見ていた。


「その顔は、図星だ」

「……あれぐらいの歳だと、俺やジャンヌの年代かと思って同じ年代のと、最近の戸籍謄本書を探したのですけど、彼女の名前がどこにも載っていなくて……」

「…………」


 ふむ……、とコリエが考え込むように黙りこむ。


 すると、また、シャランと腕輪を鳴らした。寝転んだままなのでさっきほどの格好良さは微塵もないが。


 コリエの動きを見ていると、俺の机の周りに積まれていた書物がフワッと浮き上がり、そこから一冊の書が飛び出したかと思うと、俺の膝に落ちる。


「あの錠前()、ティパルー・ラス・ファヴュタの名前が記載された書物だ。それに載っている」

「な、まさか!? あり得ませんよ、だってこの書物の年代は――!」


 俺は、膝の上にある書物を見て驚きが隠せなかった。


「お前が変に狂信しているあの錠前()――人間ではないよ」

「……それは、どういう、意味ですか?」

「それを調べるのが看守(お前)の仕事だろうに。私は少しヒントをあげただけに過ぎないさ――って、そんな顔をするなよ」


 俺はコリエが困ったように微笑むほど、酷い顔をしているらしい。


「心配するな。あの錠前()は決して悪い娘じゃない。むしろ、被害者と言えるか」


 被害者……? 解らない、どういうことだ。


 だが、聞いたところで答えてはくれないだろう。


 コリエは、よっこらせと体を起こし立ち上がって、シルクハットを被る。


「じゃあ、イスカ。また会おう! グッバイオルボワール!!」


 高らかに挨拶をして、来た時と同じように気配なくその場から姿を消した。


 俺はコリエの姿をただ見てるだけしか出来なかった。





 手にある、コリエが引き出してくれた書物。その表紙は――三百年前の戸籍謄本書だった。



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