プロローグ
魔王に憧れを抱いたのはいつの事だっただろう。
魔族の中で最強の存在であり、数々の武勇を残す英雄たち。
歴代魔王の輝かしい歴史は、おとぎ話のように語り継がれている。
幼い頃は魔王を目指してチャンバラごっこしたり、
使えない魔法の詠唱を考えて口にするのは誰もが通る道だろう。
僕、ウィリアム・キュラスもその一人だった。
だから、魔都から魔王候補者として招集を受けた時。
僕は飛び上がって喜んだ。
当然でしょ? 自分があの魔王になれるかもしれないんだよ。
誰だって喜ぶし、自分に秘めた力があるのかと期待しちゃうのは仕方ないよ。
地上にはびこるレギオンをなぎ倒し、ダンジョンの最深部まで辿り着き、
共和国の勇者と対等に渡り合って、最後には世界を平和にしてしまう。
たくさんの仲間に囲まれて、素晴らしい国を作り上げる。
僕はそんな魔王に憧れた。
憧れたから、魔王候補者の招集には飛びついた。
ばあちゃんからもう反対されたけど、僕は家を飛び出した。
あえて言おう。
僕は馬鹿だった。
とてつもなく、どうしようもない馬鹿野郎だった。
「ーーウィリアム・キュラス。お前を追放する」
ダンジョンの帰りに呼び出され、唐突にそう言い渡された。
強面の担当官から告げられたその言葉に、僕はサッと顔から血の気が引く。
「ま、待ってくださいッ! 僕は──」
「黙れ! 役立たずの無駄飯喰らいがッ!」
「っ」
手元にあったペンを投げつけられて反射的に身を竦める。
恐る恐る目を開けると、そこには修羅の表情をした担当官ジョンソンがいた。
「お前にはもう愛想が尽きた。良い加減うんざりだ」
「ひッ」
『Lv.49』が発する怒気を受けて、僕は体を縮こませる。
『Lv.1』の僕からすれば、それは喉元にナイフを突きつけられているのと同じだ。
「今日中に出発しろ」
ジョンソンさんが形ばかりの指令書を渡してくる。
そこには『単騎戦力によるレギオン群の討伐任務』と書かれていた。
追放という言葉では聞こえが悪いから、形ばかり繕った処刑宣告。
「な、なんで……」
あまりにも急すぎる。
どうしてそんなことを言うのか。
僕の疑問に、ジョンソンさんは大きなため息を吐いた。
「私は何年も担当官をやっているが、貴様のようなクズは見たことがない。魔物一匹倒せず、貸し与えた武器を壊し、食糧を浪費し、スキルも発現しない能無しめ!!」
「……っ」
矢継ぎ早に告げられた言葉に、僕は何も言えなかった。
全部事実だったからだ。
魔王候補者として招集された僕は、ダンジョンで魔物と戦うことを強要された。
もちろん、そのための訓練もしているし、毎日走り込みだってやってる。
両手に血豆ができるほど木剣で素振りもしている。
でもーー本物の戦いって奴はどうしても怖かった。
とにかく怖かったのだ。
唾液が滴る牙を見ていると震えが走るし、いつ何が飛び出してくるか分からない薄暗い通路は、心細くて死にそうになる。魔王に憧れていた僕だけど、現実はそううまくは行かないらしい。
だから僕は魔王になることは殆ど諦めてしまった。
魔物を倒せない僕は、資源探索とか雑用とかを頑張っていたんだけど……。
とうとう僕『役立たず』の烙印を押され、口減らしの為に追放されるらしい。
「せめてもの情けだ。武器だけはくれてやる」
担当官が錆びた剣を投げ渡してくる。
慌てて受け取ろうした僕だけど、生来の不器用さのせいで取り落としてしまった。
「ぁ」
からん、と硬い音を鳴らして落ちる。
ジョンソンさんが額に青筋を浮かべるのを見て、僕は慌てた。
怒鳴られる前に早く剣を拾おうとして──。
『なんちゅー雑な扱い方じゃ! もっと丁重に扱わんか!』
「わぁッ!?」
いきなり響いた声に、後ろにたたらを踏む。
本棚ばかりの室内を見回して、ジョンソンさんを見る。誰も口を開いてない。
声は、明らかに剣から発せられていて──。
『全く。近頃の若いもんはこれだから……』
「け、け、けけけけけ、剣が喋ったぁ!?」
僕は驚愕のあまり、口をあんぐりと開けて剣をみた。
何百年も放置されていたような錆びた剣から『む?』と声がした。
『お主、妾の声が聞こえるのか!?
それは重畳! 妾の声を聞く者は数千年ぶりじゃ! はよ、はよ妾を手にとってたもう!』
「いえ、結構です!」
僕は両手でばつ印を作る。
こんな怪しげな剣、見るのも触れるのも嫌だ。
大体、めちゃくちゃ錆びてるし。武器として使えないなら問題外だ。
と。そんなことを考えた僕を、ジョンソンさんは頭のおかしい奴を見る目で見ていた。
「何を一人芝居してる。そんな誤魔化しで処分から逃れると思ったか?」
「ち、違います! 剣から声がして……聞こえたでしょう!?」
「生憎と、私には貴様が猿にも劣る芝居をしているようにしか見えなかった」
僕以外に聞こえていない……?
ますます怪しい。絶対に怪しい剣だ。
『剣の声を聞けるだけで勝てる!』とか柄の悪いお兄さんが売ってるアレに決まってる。
ばあちゃんもよく言ってたし。怪しい奴には近づいちゃいけないよって。
僕は、精一杯の勇気を振り絞って、ジョンソンさんに抗議する。
「こ、交換してください! こんな剣じゃ戦えません!」
「却下する。その剣ですら私の情けで与えてやったことを忘れるな」
『そうじゃぞお主! 妾を捨てようとするとは何事か!?』
「ひっ」
僕はジョンソンさんの圧力と怪しい剣が怖くて堪らなかった。
こんな剣、捨ててしまいたい。でも、それを誰かが拾ってこの人の耳に入ったら……。
悩んだ末、僕は『な、何を、やめ、』と抗議する剣をマントで包み込み、
「わぷッ!」
風で飛んできた紙が、僕の顔に覆いかぶさる。
くしくもそれは、ジョンソンさんから貰った僕のステータス表だった。
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・ウィリアム・キュラス
・16歳
・Lv.1
体力:75
筋力:42
魔力:13
敏捷:36
スキル:なし
魔法:なし
================
◆
「どうしよう……」
持てるだけの荷物を持ちながら、とぼとぼと街を歩く。
目指しているのは正門だけれど、途方もなく足が重くて、うまく動かない。
背筋から嫌な汗が流れて服がべったり張り付いてるし、心臓が嫌な音を立てている。
目に入る全てが僕を馬鹿にしているように見えて、視線がせわしなく動く。
明らかに挙動不審な僕に、周りは予想通り、口々に囁いていた。
『劣等生だ』『ほら、例の』『あー、一年かけてもLvが上がらなかった史上最低の雑魚』
『あんなのが魔王候補ってんだから、国も見境がないよねー』
『あの服、ついに追放されたか。かわいそうに』
僕は温度の低い視線から逃げるように下を向く。
──魔王候補者なんて、名ばかりだ。
『魔都』は資源の宝庫であるダンジョンを探索し、『Lv.100』に至る者を探し続けているらしく、そのために国中を探して魔王になりうる人材を集めているのだ。それが魔王候補者である。
と言っても、残念ながら僕に特別な力があるわけじゃなかった。
ただ先祖に、先々々々々々代くらいの魔王がいるらしくて、その血を引く者として選ばれただけだ。
しかも、その魔王、大変に好色家だったそうで、子孫は数百万人もいる。
『魔都』は魔王候補なんて名目で人を集めて、ダンジョンの資源を漁りたかっただけだ。
僕は誰でも代わりのいる代用品で、
その代用品にもなれなかった落ちこぼれだ。
ばあちゃんがいる田舎は魔物ひしめくダンジョンを通らないといけないから、もう帰れないし。
「どうして、僕なんかが魔王になれるかもなんて思ったんだろう……」
ため息が出てくる。
魔王。他種族の国家と渡り合う怪物であり、
ダンジョンを踏破し、魔族のみんなに認められたヒーロー。
可愛い女の子ときゃっきゃうふふな生活をして、たくさんの仲間に恵まれて、
ダンジョンの奥地を探索し、地上を支配するレギオンを駆逐し、幸せな国を作り上げる。
どんな強敵にだって恐れずに立ち向かい、仲間と協力し、打ち勝つ。
『Lv.100』の到達者であり誰もが頼る存在、それが魔王だ。
魔物も倒せず、一年かけても『Lv』があがらず、
何の取り柄もない役立たずが魔王に憧れたのがバカだったんだ。
本当に馬鹿だった……。
「ウィリアム・キュラスだな」
いつの間にか魔都の正門に着いていた。
門番は喋らずに頷く僕を不愉快そうに見る。
「『レギオン群討伐指令』について聞いている。これから門を開けるが、万が一任務を達成した場合、門の外側からこちらへ呼びかけろ。壁の上で見張っている者がお前を迎える」
ま。無理だろうがな。
門番のそんな無言の嘲笑を受けて、僕は奥歯を噛み締める。
こうして僕は──『魔都』から追放された。
これが、全ての始まりになるとは知らずに。
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