8 姉 3
「あなたが、好きです。」
「気持ちが伝わってこない。」
練習中、友達は、私の告白を冷たく批評した。
だってね、好き、好きって言ってると、「好き」の価値が低くなってしまう。
友達が相手だと、どうしても照れが先にくる。
照れない相手をイメージすればいいのよね。
私はふと、弟を思い出した。目を閉じて、目の前に弟がいると想像する。
弟は中学生になり私の身長を越えたけれど、私が抱き着いても弟の肩はまだ私の口が当たる位置にある。まだ未成熟な、成長途中にある、私の可愛い、大切な弟。
目を開けて、弟の幻想をみる。
「あなたのことが、好きです。」
言うと、穏やかな気持ちになった。
友達の批評がない。
「だめだった?」
私が不安になってきくと、少したってから、友達が言った。
「とってもよかった。」
弟を思い出すことは、有用らしい。
私はそれからも、できるだけ具体的に弟を思い出し、告白の練習を続けた。
私の後ろをついて歩いた弟を思い出す。
「好き。」
私の頭を撫でてくれる弟を思い出す。
「好きです。」
私の部屋で私に服を着せるのを手伝う弟を思い出す。
「私、あなたが、好き。」
バレンタインデーで、私からチョコレートを弟に渡したときの、弟を思い出す。
「あなたのことが好きです。」
私に構うくせに、相談してくれない弟を思い出す。
「私は、あなたが、好きです。」
朝、起きない弟を起こしにいって、私の顔を見たときの弟を思い出す。
「好き。大好き。」
友達の反応がいい。
告白練習に弟を!
あとはお兄ちゃんにきちんと言えるといいのだけれど、本番は緊張するだろう。
私は本番で緊張しても言えるよう、あと半年、さらに研鑽を積むことにした。
「先輩に、また、注意されました。一人暮らしの男の子の家に女の子が一人で上がってはいけないって。」
友達は、私の作った夕飯の肉じゃがを食べながら、私を見ている。
「付き合ってることにしとく?」
友達が何気ない調子で提案した。
「あなたが困らないなら、お願いします。」
私は笑顔で答えた。
「こちらこそ、お願いします。」
友達はノリがいい。
私たちは、いい関係になりそうだ。
私の誕生日の一ヶ月前になると、友達の様子が変わった。
私は弟を思い浮かべながら、「好き。」と友達に言う。
友達は、うれしいような、苦しいような、複雑な顔をする。
私は淡々と私を批評する友達を欲しているので、これまで通りに接する。
夕飯を作り、一緒に食べて食器を片付け、告白し、駅まで一緒に歩く。
友達の枠からかけ離れた言動をとらない。
友達が、私に気を向けている。
私は気付かないことにして、友達の家で二人で過ごす。
誕生日直前の練習のとき、友達は料理中の私の背後に立った。私の料理の手伝いをするわけでもなく、私の背後にいる。
私は料理を続け、友達にできたものを運んでもらう。
友達は、食事中の私をずっと見ていた。
私はここまでの関係かな、と思い、あきらめて、最後にお礼を言う。
「今までありがとう。あなたのおかげで、自信がついたわ。」
「僕の方がお礼を言わないといけないよ。夕飯を作ってくれて、ありがとう。いつも美味しかった。」
「あなたのことが、好きです。」
私は、告白した。
友達は、私を見たまま動かない。
私は微笑んだ。
友達は時間をおいてから、話しだした。
「僕は、きちんと付き合ったことがない。僕でよければ、いつでも連絡して。」
私はまた、微笑んだ。
私は帰り支度をし、笑顔で友達の家を出た。
駅まで送ってもらう途中、これまでと違って、友達が私の手を握ろうとする。私は素直に手を握らせ、友達の横顔を見た。
友達の顔が、緊張で強張っている。
友達はいい人だ。この一年、訳のわからないことに辛抱強く付き合ってくれた。
簡略化した意思の疎通もとれている。
恋愛感情はなくても、一緒にいて嫌ではない。
私たちは、いい関係でいられそうだ。
駅まで送ってもらい、私たちは離れ、そのまま私は友達に連絡を入れなかった。
友達からも連絡がこないので、私は放置した。
私の誕生日、私は家族とお兄ちゃんに祝ってもらい、夜遅くに弟の部屋に入った。
弟はベッドで私と反対の方を向いて寝ている。
私は弟の髪を手で梳いた。私と同じ黒髪の、さらさらとした、でも、私と違って少し堅めの髪の感触を楽しんだ。
「好き。」
私は、弟に、告白した。
弟の頭を撫でて、私は部屋を出た。