78 弟 25
姉が「先輩」と呼ぶ女性と、関係を持とうとしている。
自分の身体を使ってまで、僕を懐柔しようとする。
その上、僕を恋人ではなく、この期に及んでまだ弟として扱おうとしている。
僕にはどうしようもないのか?
姉は、姉という枠の内側からしか、僕を見てくれないのか?
そんなにも、僕を「弟」にしておきたいのか?
僕は意識が沈んでいき、この「姉」をどうしてやろうかと、考え始めていた。
姉は知らない。
僕は長年、僕の中にある姉への憧憬と独占欲を、表に出さないよう隠してきた。
姉の夫については僕も結婚に加担したのだから仕方がないとして、同性とはいえ「先輩」という、姉を欲する人物が姉の愛情が向かう先に追加されるのは見過ごすことができない。
姉はわかっていない。
姉は気軽に「友達」というけれど、その「友達」は姉を欲しているのだから、一緒にいたら姉がほだされて、恋人関係になる可能性が高い。
そんなことになる前に、姉をどこかに隠そうか?
どこに隠す?
姉の出産後、どこか遠くで姉とふたりで暮らそうか?
思いきって、兄さんの母国に行くというのはどうだろう。
義兄も女性も、さすがについて来ないはずだ。
そこまで考えていると、姉が僕の頭を撫でながら、愛らしい声で話しだした。
「あなたが4歳で私が10歳の夏、お兄ちゃんが海外に行った。
私が寂しがっていると、弟が私の頭を撫でてくれた。
私が泣いていなくても、泣きそうなとき、弟は私にぎゅっと抱き着いて、慰めてくれた。
小学校の高学年になった弟は、あまり私に話しかけてこなくなった。
でも、私が悲しい時は、頭を撫でてくれた。」
愛らしい声に聞き入っていると、姉が話を続けた。
「あなたが女性に追いかけられたら私は女性を追い払った。
小学校で何かあったと知ると、ファンの子を使って、何があったか調べた。
あなたの周りにいる女の子を囲ってファンクラブを作って初代会長になり、あなたの身辺を綺麗に整えた。」
姉が、ファンクラブを作った?!
姉が僕を護るために、どれだけ苦労していたのか、僕は知らなかった。
兄さんが僕のために何かしてくれたのは何となく察していたけれど、姉までが、僕を護るために、そんなことまでしてくれていたのか。
「弟が誰かに何かされる前に、私のものにしようとした。
あなたはまだ小学生だったけれど、周囲には油断できない女の子が多かった。」
姉が、僕の頭を胸に押し付けるように抱きしめた。
柔らかくて、甘い匂いがする。
僕は堪らなくなって、口を開けて吸い付こうとした。
「まず、夜中にあなたにキスをした。
あなたが私に応えたので、次に進むことにした。
夜に、あなたのベッドに入って添い寝した。」
「ちょっと待って。キスの件は以前に教えてくれたけれど、姉さん、夜に僕を襲っていたの?」
僕は姉の腕から逃れて姉を見て、慌てて言った。
「もし、襲っていたとして、何か問題ある?
あなたは、当時から、お姉ちゃんが好きだった。
それに、あなたは私を欲しがっていた。」
僕はまじまじと姉を見た。
姉は真っすぐ僕を見ている。
「私は、あなたが小さい頃から好き。
あなたの成長を全て見てきたわ。
私は、あなたが、ずっと好きなの。
あなたが私の恋人ではなくても、あなたとキスするわ。
こんな姉は、嫌かしら?」
姉がこんなにも僕に執着してくれている。
「姉さん、ブラコンだったんだね。」
僕が微笑むと、姉も微笑み返した。
「そうよ。重度のブラコンよ。弟と結婚したいと思うほどの。」
僕はまた驚いた。
「僕と結婚したかったの?!」
姉の顔に、呆れたと書いてある。
「夜中にあれだけのことをしておいて、ただの恋人で済むと思っているの?」
僕は姉が夜中に起きていたことに驚いた。
姉は起きていて、あえて僕の行為を受け入れていた。
姉が起きていたとしても、僕の接触を無視していたのは、「姉でありたい」という姉の強い意思だと思っていた。
しかし、姉は僕と結婚したいと思ってくれていた。
でも、できないと、わかっていた。
だから、僕を全面的に受け入れるようでいて受け入れてくれないという、中途半端な態度しかとってくれなかったのだ。
姉は長いこと、僕を見てくれていた。
姉は27歳で、僕は修士課程1年の22歳。
5歳の年齢差は、今でも大きい。
7月には姉が一つ歳をとり、予定日通りなら子供が生まれる。
収入面では、姉弟で兄さんの指導の元、投資を始めていたことに加えて、僕は兄さんの会社の経営に少しずつ携わるようにしていたので、生活には困らない。
しかし、こんなこと、世間にはわからないことだ。
日本では単純に、まだ若いことと年齢差、男の僕が学生であることを理由に、姉弟ではなくても好奇の目で見られるだろう。
僕たちは、当面、ここでしか生きられない。
このマンションの、特殊な護りの中しか、僕たちの生きる場所はない。
冷静に考えると、家を出るよりも姉を狙う女性を味方にした方が、理にかなうとわかる。
僕は意識を姉に戻し、静かな声で、姉が言いたいことをまとめた。
「僕は幼い頃からずっと、弟でありながら姉さんの恋人だった。
そして、結ばれたから、恋人だけど、"姉"と"弟"という夫婦になった。」
姉が目を輝かせて頷いた。
僕たちは業が深い。
二人とも、結ばれれば恋人の関係になれる代わりに、姉と弟の関係ではいられなくなるのだと思い込んでいた。
恋人になれば、いつか別れがくるかもしれない。
姉は僕から離れたくない。
だから姉は、僕の夜中の蛮行を受け入れつつ、気付かないふりをしていた。
結婚はできない、恋人になっても別れが怖い。
怖くても、姉は僕を受け入れてくれた。
姉は知恵の実を食べたことで、恋人ではなく、"姉"と"弟"でいることの安定性を再認識し、受け入れた。
僕は、あの夜、姉の弟でありながら、姉の"弟"になった。
僕は、姉のふんわりとした唇にそっと触れた。
「これは、僕を見守ってくれていたことに対するお礼のキス」
また触れた。
「これは、あなたの想いに気づいてあげられなかった、謝罪のキス」
触れる度に姉への想いを紡ぐ。
「これは、夜中に勝手に触れていたことに対する、懺悔のキス」
「これは、僕を恋人にしてくれた、感謝のキス」
「これは、僕を"弟"にしてくれた、お礼のキス」
僕の目に、美しい"姉"が映る。
「これは、夫婦の誓いのキス」
僕たち4人は、結婚式を挙げていない。
夫婦の誓いを立てるべき神を持たず、人前で誓える内容もないからだ。
僕は今、僕の愛する姉だけに誓いを立てている。
僕は美しい姉を見ながら、その唇にゆっくり触れた。
「そしてこれは、今から姉さんを抱くことの許可を求めるキス」
"姉"のとろけた顔がある。
"姉"が欲しいものを、僕は差し出す。
「僕を食べたい?」
「全部、食べたい。」
"姉"の潤んだ目に、欲に染まった僕の顔が映っている。
僕は姉と再び、甘い、禁断の果実を食べた。
熟れた林檎は前回よりも甘くて、身体中がとろけた。
姉は妊娠中だから、無理をさせられない。
とろけた姉が愛おしくて、姉の顔にキスを降らせた。
姉の身体を清めて、髪の毛を手櫛で整えると、姉の背後をぎゅっと抱きしめて、耳の後ろにキスした。
姉の耳元でささやく。
「あなたは、僕の姉さんだから、僕が生まれた時から僕のものだ。
逃げようとしても無駄だよ。僕は姉さんをどこまででも捕まえに行くからね。」
僕は強い呪縛の言葉で姉を拘束する。
姉の頬が少し微笑むように上がるのが見えた。
姉は僕に背中を預けて、眠り始めている。
姉と僕は互いを求めて心を縛りあい、お互いが逃げ出さないようにした。




