74 姉 26
「姉さん、昨夜も可愛かった。」
綺麗な顔の弟が、私の横で、裸で私の髪に触れながら話しかけてくる。
「気持ちよかった?」
私も裸で、弟の肩に頭を寄せて話しかける。
「とっても。」
弟が、私のおでこに口づけた。
私の弟は、可愛い嘘をつく。
私も弟に合わせて、言葉で遊ぶ。
弟と恋人になっても、私たちの生活は大きく変わらない。
変わったことといえば、結婚前のように裸で抱き合うことくらいで、いつでもするわけではない。
あの夜は、特別だった。特別だから、少しだけ、弟と交わった。
快楽と結び付かない、衝動的でも情熱的でもない、関係性を変えるためにした、恋人として決定的な接触。
淡く光る金色の、甘く熟れた林檎を二人で食べて、自分たちの幸せを手に入れた。
私たちの意識を変えるためにしたことなので、意識が変わった今は、してもしなくても、どちらでもいい。
ただ、私にはお互いを思いあう夫がいて、夫にそういった行為をさせていないのに弟にばかりさせるのは、釣り合いがとれないように感じる。
妊娠前、私は弟と一緒に寝ていても、私も弟も結婚した以上、弟と交わることはないと思っていた。
結婚相手に対する最低限の節度だと思ったし、しなければならない事情もない。
弟と、ほのぼのとした夜を過ごせたら満足だった。
ところが悪阻による体調不良の退院後、義妹が、私に弟と関係をさらに深めるよう勧めてきた。
義妹は、「ストーリー上、大事なことだから」とわけのわからないことを言っていた。
私の夫は嫌々ながら、弟との仲を認めて口を出さないでいる。
私たちは私のベッドで一度交わり、翌日の夜から弟の家の、弟のベッドに二人で寝るようになった。
夫は、私を想って私を弟に預けた。
家を出るときに見た、夫の顔が忘れられない。
弟とは触れ合うけれど、そういう行為に結び付くようなことはしていない。
弟も、妊娠中の身体に負担がかかると理解しているので、無理にしようとしない。
それなのに裸で抱き合っているのは、純粋に、触れ合っていたいからだ。
性的に何かしたいのではなくて、密着していたい。
密着して、弟の肌の温かさや匂いをたくさん感じて、安心していたい。
弟はもしかしたら私とそういうことをしたいのかもしれないけれど、今の私にそういった意欲はない。
私は弟の恋人だけど、やっぱり姉なので、弟には強制的に私の抱き枕になってもらう。
私は夫にも弟にも誠実でありたい。
二人と関係しているのに、誠実という言葉を使う矛盾。
先日、聡い先輩に、「2人でもいいのならば3人でもいいよね」と迫られて、言い返せず逃げ出した。
私はどこまで「普通」からはみ出てしまうのだろう。
こういうときは、「普通」ではない関係を、呼吸するように自然に続けている母に質問すべきだ。
誠実を絵に描いたような父に話したら、軽蔑されそうで怖い。
実家、といっても、お兄ちゃんの家の方を指定されて母に会いに来た。
母に遠回しに言っても意味がない。
お茶を出されて早々、切り込んだ。
「お母さんなら、3人目の人と、どう付き合う?」
「付き合うこと前提なのね。」
相変わらず、母は私をからかうのが好きなようだ。
私は言い返したいのを我慢した。
「弟は納得してるの?」
「弟は大丈夫。何があっても弟だから。」
私は姉だ。
弟が恋人になったからといって、主導権を渡すつもりはない。
「ふうん。いいわね。変わらない血の繋がりって。」
母は心底うらやましそうだ。
私と弟は、血の繋がりでとても苦労したけれどね。
「お母さんよりも、お兄ちゃんに相談すると、的確なアドバイスをもらえると思うわ。」
お兄ちゃんに?! ハードル高いな!
お兄ちゃんが、タイミングよく、家の中にある上の階に続くドアを開けて入ってきた。
お兄ちゃんは2階で、父と用事があったのかな?
「いらっしゃい。」
お兄ちゃんが私に気づいて、きらきら輝くような笑顔を向ける。
私は一気に歳を遡り、十代の子供の頃のような気持ちでお兄ちゃんを見ていた。
「お帰りなさい。」
母が席を立って、お兄ちゃんを出迎える。
母はお兄ちゃんの首に腕を巻いて、お兄ちゃんの頬に軽くキスをした。
ーーこれくらいなら先輩としても大丈夫かな?
好きだったお兄ちゃんが母にキスされても私は嫌ではないので、夫や弟も大丈夫だろうと判断した。
「お兄ちゃん、お母さんがそういうことをお父さんやお兄ちゃんの前で他の人としたら、どう思う?」
お兄ちゃんが目を伏せて、動かない。
母を見ると、お兄ちゃんを観察するような目で見ている。
急に張り詰めた雰囲気になり、緊張してきた。
「もしも、お母さんが私の目の前で、そんなことを他人にしたら?」
お兄ちゃんのなかで、父の前で、という視点が消えたらしい。
お兄ちゃんは伏せていた目を私に向けた。
口だけを微笑みの形にして、話し出す。
笑っていない目に狂気を宿らせたような執着がみえた。
私は怖くて逃げたいのに、足がすくんで動けない。
お兄ちゃんは私から視線を外して、母を見た。
「あなたを、全部、もらうわ。」
母はお兄ちゃんの恐ろしい微笑みを怖がりもせずに見ている。
母は目を合わせたままお兄ちゃんの頬を両手で持ち、自分の方に引き寄せながら目を閉じて、合わせるだけのキスをゆっくりとした。
時が止まったような錯覚がおこる。
母は手を離して、満足そうにお兄ちゃんを見ている。
お兄ちゃんは母をうっとりと見ていて、私なんて視野に入っていない。
ーー私は何を見せられた?
狂気を含んでいた恐ろしいお兄ちゃんの雰囲気が一気に甘くなる。
二人は、レンゲのハチミツを大量にかけたような、苦みのない濃厚な甘味を思い出させる、幸せな雰囲気をかもしだしている。
母が、お兄ちゃんに魔法をかけた。
お兄ちゃんの狂気を一瞬で、軽いキス一つで鎮めた。
春の日差しの中にいるようなほんわかとした表情で、二人は見つめあっている。
母の目に、いつもは感じられない、お兄ちゃんに対する確かな愛情が見て取れた。
お兄ちゃんは母だけのものだと、否応なしに分かってしまう。
お兄ちゃんも、母だけのものであるという事実がうれしいのだ。
そして、できることなら母を独占したいと願っている。
私は質問する相手を間違えた。
これこそ、父にすべき質問だったのだ。
なぜなら。
「私、お父さんよりも、お兄ちゃんに似てる...?」
お兄ちゃんの母に対する執着は、私の弟に対する執着のように、どろりと濃くて相手にまとわりついて、棄てても棄ててもいくらでも湧き出てくるモノのようだ。
夫はもちろん義妹が一番なので論外として、弟の私に対する執着は、もっとさらりとして清いモノだ。
「そうだよ。私が育てたのだから。"お父さん"って、呼んでもいいよ。」
お兄ちゃんが、いつものようなきらきらした笑顔で私に言う。
お兄ちゃんは母と指を絡めて手を繋いで、独占欲を隠そうとしない。
そして、母も平然として、その手を離さない。
「冗談よ。お父さんが嫌がるから、止めてね。」
母が穏やかに言う。




