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振り向かない彼女を飼う方法  作者: 一会
第4章
71/81

71 姉 25



 私は先輩から、詳細な事実を聞いた。

 

 なんとも馬鹿ばかしい。

 私が悩む必要なんて、全くなかった。

 

 弟は、私を裏切ってなどいなかった。

 弟と義妹(いもうと)が言ったことは、虚言(きょげん)だったのだ。


 

 「それで、義妹(ぎまい)は先輩が親しくしているところでお世話になっているのね。」


 先輩は、小さくなっていた。

 

 「先輩は、どうして途中で気持ちを変えたの?」


 先輩は、自分の身体を抱きしめて、(うつむ)いていた。



 「あなたが私に気がないとわかっていても、私はあなたが欲しかった。

  諦めていたときに、彼女が現れた。

  彼女はあなたの弟と結婚して、あなたの弟のDNAで子供を作ると言っていた。 


  あなたと同じ遺伝子を持つあなたの弟なら、私はあなたとの子供を作れると思ったの。

  あなたを抱くことができなくても、あなたと同じ遺伝子で、あなたの子を私が産むことができる。」



 彼女は顔を上げて、私を必死な目で見る。


 「私は彼女の希望を知って、要望に合う方法を教えて知り合いの医師を紹介したわ。

  ただし、彼女とあなたの弟に条件として、あなたの弟の遺伝子を使った私の妊娠を提示したの。」


 その「知り合い」とは、先輩の考え方に賛同する信奉者の一人だろう。

 先輩の望みのままに、物事が運んでいったに違いない。



 「でも、私は、治療を受け入れることができなかった。」


 先輩の目から、涙がこぼれている。

 私をせつなそうにじっと見て、しぼりだすように言葉を出した。



 「私があなたの弟の子を妊娠したら、私は本当に、あなたに嫌われてしまうから。」


 先輩の涙がライトに照らされて、きらきら輝いている。

 先輩に告白されてから、8年の歳月が流れていた。



 先輩は私のために義妹(いもうと)を誘惑して弟から関心を移させ、私のために自分の望みを諦めた。

 義妹(いもうと)に協力する形で、私の望みを叶えてくれた。



 この人は私のことが、ここまで好きなのだ。

 拒絶したのに、全然諦めてくれない。

 諦めないどころか、ますます好意が(つの)っている。

 私の気持ちを深く知ってくれている。


 先輩は最後に、弟の細胞を自身に取り入れることを、私の気持ちを(おもんぱか)って思いとどまってくれた。



 先輩は私を見舞ってくれたときに私の正気を失った様子を見て苦しんだらしいけれど、私はその時の記憶が曖昧(あいまい)なので、よく覚えていない。

 



 私は先輩が嫌いなわけではない。

 恋愛の対象ではないからといって、遠ざけたいわけではない。

 仲のいい、友達でいたいだけなのだ。


 断っても追いかけて来る人を突き放すべきだとわかっていても、私しか見ない人を見放すことができない。

 ましてや、夫や弟よりも私の気持ちを正しくわかってくれる人ならば、なおのこと突き放せない。




 私は席を立った。

 先輩が不安そうに、私を見ている。


 先輩の横に移動して、少し屈んで抱きしめてあげた。

 先輩は私の腕が離れないよう手で押さえて、ずっと泣いていた。



 人を好きになると、とても苦しい。

 楽しいことばかりの恋愛なんて、どこにもない。

 私と弟の恋は特殊だけれど、普通の恋でも、苦しいことが多いのだろう。



 私は先輩に何かしてあげられることはないかと考えたけれど、私の腕を掴む先輩にかける言葉は、どんなに優しくても、いや、優しければ優しいほど期待を持たせてしまって、ますます苦しめるだけだと思った。


 私はせめて先輩が泣き止むまで、そばにいてあげようとした。


 

 先輩は私の腕に顔を埋めていたけれど、しばらくして、服越しにゆっくりと私の腕を()んだ。

 私を感じたくて、取り入れたくて、仕方がないのだ。


 私は逃げようと思えば逃げられるのに、先輩の好きにさせた。

 私が欲しいという、先輩の狂おしいほどの愛情が伝わってくる。

 先輩はまだ泣いている。



 ーー本当に、どうにもしてあげられないの?



 ふと思ったことに気を取られて、気づいた時には先輩にキスされていた。

 顔を上向かせて触れるようにキスした先輩の閉じられた目から涙がこぼれている。

 私は目をあけたまま動かずにいて、自分の目に映るものを見ていた。


 できることは、ある。

 でも、これこそ、期待を持たせて苦しめる行為だ。



 私は迷って、迷って、ーーーー迷った末に諦めた。 



 私はメイクをしていない先輩の目のふちに唇をつけて、軽くすすって涙を飲んだ。

 これでまた一歩、「普通」からはみ出してしまった。



 先輩の目から唇を離すと、先輩が目を開いて私を見た。

 

 「期待しても、いいの?」


 先輩のたどたどしい言葉に、私は曖昧(あいまい)に微笑んだ。


 「先輩は、私にとって先輩です。」


 私は真実を述べる。

 先輩は目を開いて私を見、次第に挑戦するような目つきになって、鮮やかな微笑みを浮かべて言った。


 「そう言っていられるのは、今のうちだけよ。」



 先輩は、これで元気になる。

 おどおどした様子なんて、先輩に似合わない。

 (りん)とした中に、人を和ませるような楽しげな様子を持っている、いつもの先輩が好きだ。


 事実は一つだけれど、真実は主観的なものなので、複数存在する。



 私は微笑んだまま先輩の家を出て、同じマンション内の自宅に戻った。

 





 弟は、どうしてあんな嘘をついたのか。

 考えるまでもない。

 悲しいけれど、弟は、夫に私を抱かせたかったのだ。

 これには多分、義妹(いもうと)の要望も含まれている。



 弟は私に、夫に抱かれる決意をさせたかったのだ。

 同時に、弟も義妹としたと言うことで、私が弟に気を使うことがないように配慮したつもりだったのだろう。



 義妹(いもうと)は兄が好きだから、普段は彼女の兄が私と二人で夜を過ごすことを嫌がるけれど、兄が好きだからこそ、「妻の妊娠」という時にだけはきちんと行為をさせたかったのだ。

 もしくは、自分の兄を試したのかもしれない。

 本当に兄が私と行為できるのか、兄の心を知りたかったのか?



 弟は、私が夫を好きだと思っているから、普通に幸せな行為をして妊娠するよう促した。


 実際、私も弟たちの方法で妊娠すればよかったのかと聞かれたら、素直に(うなず)けない。


 私は、子供を作る約束で夫と結婚したのだ。もちろん、そこには行為も含まれる。

 夫は私が嫌がる性的な行為はしない。

 これからも、私が嫌がったらしないだろう。

 つまり、妊娠するときだけの、特別な行為だった。


 弟とのことを許した上でここまで妥協してくれる人に、弟たちと同じ方法で妊娠したいと言えないし、夫を拒否して傷つけるようなことは言うべきではない。




 妊娠の時期も、あのままだと私は夫と子供を作ることなく30代になり、そのまま40代に入っていただろう。 


 妊娠確率でいえば、若い方がいい。

 先輩にとっても、急がせたい理由の一つだったと思う。

 先輩が妊娠する確率を上げるためにもできるだけ早い方がよかったのだ。


 もしかすると、弟も早い段階での私の妊娠を望んだのかもしれない。

 私が夫とできるだけ少ない回数で妊娠するために。


 




 では、義妹(いもうと)の具体的な"行為の話"は何だったのだろう?


 これは、ちょっと謎だ。

 創作が具体的すぎるし、何の目的で話したのかよくわからない。

 私を慰めるためだとしたら、かえって辛い思いをしたし、義妹(いもうと)の話は()りすぎている。



 義妹は私にとって、理解の範囲から外れた存在だ。


 たまに見せてくれる同人誌は、私と弟のことが描かれているけれど、とてもじっくり読む気になれない。


 ()や内容が過激だからということではなく、本の中の私も弟も違う人物過ぎて、否定したくなるからだ。

 私も弟も、こんなに綺麗な心を持っていないし、こんなに恥ずかしい会話をしていない。


 でも、作者の前で作品を否定してはいけないので、ひたすら耐える。



 この作品で弟のファンが、私と弟のことを好意的に見てくれて、弟に対して直接情熱を向けないのならばいいことだから、口出ししないけれど。



 ーー作品? ・・・・・・・・・。



 私は義妹(いもうと)について、何回目かのため息をついた。

 

 

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