70 姉 24
ブックマークをご活用の皆様、またご利用になられない方々も、ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
残り10話ほどで最終話になります。
もうしばらく、お付き合いください。
私が退院して半月が過ぎた頃、義妹が同じマンションの別室で、同性の恋人と同居を始めた。
「私の荷物は運んだので、私の部屋、自由に使ってくださいね。」
義妹は私にそう言って、体調の戻らない私に部屋の鍵をくれた。
私は何の感慨もなく鍵を受けとった。
義妹の恋人は私の先輩だ。
私は先輩を友達として接しているけれど、今でも私を想ってくれていると知っている。
結婚した頃に、気持ちを返せないので、いい加減諦めた方が先輩のためだと言うと、先輩は義妹と付き合いだした。
弟の結婚相手の行動に、私は不審に思った。
義妹の恋が一時の遊びならばいいけれど、結婚早々、弟はそれで大丈夫なの?
弟に確かめる前に、平日の夜に先輩に呼ばれて、水族館に行った。
ムードいっぱいの薄暗い空間で、先輩と二人きりになる。
「私が離れていくと思って、寂しくなった?」
先輩が色っぽい仕草で言う。
先輩は私を魅了しようと頑張ってくれているけれど、私には夫と弟の方が魅力的に見えるので効果ない。
先輩が私に恋人のキスをするのを、無感動に受け止めた。
キスなんてものは、好きな人としない限り、犬や猫としているのと大差ない。
先輩のふざけた態度にイラッとしたので、私は先輩が私の口から離れていくときに、ぺろっと唇を舐めてあげた。
先輩は固まって、目を見開いたままでいる。
私は先輩に言ってあげる。
「私から離れられると、思っているの?」
完全に八つ当たりだ。
義妹が弟から離れていく。
弟が女の子に捨てられるなんて、許せない。
その原因が先輩だというのなら、先輩は私に一生恋していればいい。
ただし、義妹の気持ちもわからなくもない。
義妹が一番好きな兄は、私に盗られかけている。
義妹の結婚相手は、私と関係している。
義妹は愛情が欲しいのだろう。
義妹から先輩を取り上げても、第二の「先輩」が登場するだけだ。
だったら、現状を維持したままうまくやっていく方がいい。
私は月に1、2回、先輩と出かけて、友達として遊んであげる。
先輩には私の魂胆がわかっている。
わかっているから、私の愛の欠片が欲しくて、義妹に優しくする。
私は先輩の罠にかかっているのだろう。
先輩の思うように付き合ってしまっている。
1年ほど前、先輩が同じマンションに住みたいと言ってきたときに、一応希望をきいてあげた。
「彼女は引き受けてあげる。その代わり、あなたを抱かせて。」
先輩が熟れた目で私を見る。
付け上がった先輩に、私ができる返事などない。
「それは、できないわ。」
私は先輩の要求を退けた。
私を食べていいのは、夫と弟だけだ。
「私を怒らせてもいいの?」
先輩が意味不明なことを言う。
私は無言で先輩を見る。
私の拒絶が変わらないと知ると、先輩は綺麗に微笑んだ。
私はその後、先輩と二人で会うのを止めた。
義妹は先輩と一緒に私に会いたがり、3人で出かけることが増えた。
義妹は先輩の気持ちに気づいているのか、私たちを二人にしようとする。
義妹のすることは、やはりよくわからない。
その後、私は弟に関することで自虐的になり、虚無的な世界に入った。
私が誰かの意図があることに気づいたのは、すべてが終わった後だった。
弟と義妹が何故あんな子供の作り方をしたのか、どうして子供を作ることを急いだのか、落ち着いて考えたら疑問に思うことばかりだ。
私は先輩に、最も大切なものを傷つけられたのか?
もしそうならば、私の弟に惨めな思いをさせて、さぞ溜飲が下がっただろう。
義妹はいい子だけれど、先輩の言葉に惑わされて弟の心を守れないようでは、姉として今後が不安だ。
でも、本当に、あの先輩が仕組んだことなのか?
私は先輩に恋愛感情を向けることはできない。
先輩は、そこまで私のことが憎いのか?
私は先輩を信頼していた。
信頼できる人だから、余分な好意を向けられても一緒にいられた。
私は先輩に会って、真意を確かめる必要がある。
確かめて、それから、ーーー。
私は体調のいいときに連絡を入れて、先輩の部屋を訪ねた。
「いらっしゃい。」
玄関のドアを開けた先輩は、彩色に欠けていた。
「体調はどう?」
先輩はいつものように、おどけた口調で言うけれど、先輩の方こそ体調が悪そうだ。
私が軽く微笑むと、先輩はほっとした顔で、私を部屋に通して椅子に座らせてくれた。
「何を飲む? ノンカフェインの紅茶があるけれど、それでいい?」
妊婦である義妹と同居しているためか、先輩は妊婦の扱いに慣れていた。
私はその紅茶をお願いし、先輩の動きをじっと見ていた。
時々先輩がこちらを見て、私と目が合うと、ぱっと目を逸らす。
先輩が紅茶を入れたカップとソーサーを二人分持ってこちらに来て、私と向かい合った椅子に座った。
紅茶のお礼を言って、一口いただく。
先輩は、私の動きをずっと見ている。
先輩の視線が熱い。
「先輩は、義妹の妊娠に、何か関与しましたか?」
私は長居は無用とばかりに、用件を切り出した。
先輩の肩がびくりと揺れる。
私の期待は裏切られたのかーーー。
私は残念に思いながら、もう一口、紅茶を飲んだ。
先輩は目を伏せて身体に力を入れた後、私の方に身を乗り出す勢いで、言葉を紡いだ。
「私は、途中でやめたから! あなたの弟の子を妊娠しなかったわ!」
何を言っている? 弟の子を妊娠? 当たり前だ。
何故、弟が先輩を抱くというの?
弟に、何かしたとでもいうの?
私の目が一気に冷えたことに気づいたのか、先輩が身体を引いた。
「きちんと説明するから、私を嫌わないで。」
先輩がぽろりと涙をこぼして私に慈悲を乞う。
私は先輩にうっすらと微笑んで言った。
「最初から、全部聞かせて?」
内容次第では、一生、許せないかもしれない。
先輩が私に執着する以上に、私は弟に執着している。
私は弟の子を産みたくても産めない。
弟の子はどれだけ愛おしいだろうと想像しても、遺伝子上の問題が生じるとわかっていて子供を作ることはできない。
私ができるのは、弟に、想像上の私たちの子供について話すことだけだ。
産まれた子は弟に似て、愛らしく、綺麗で、優しい子に育つだろう。
私はベッドの中で弟の手を握って、幼い頃の弟についてエピソードを交えながら、想像上の私たちの子供のことを幸せな思いで話していた。
義妹は弟の結婚相手だから、妊娠しても仕方がない。
しかし、先輩が弟の子供を妊娠、だなんて、到底許せることではない。
弟の全ては、私のものなのだから。




