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振り向かない彼女を飼う方法  作者: 一会
第1章
7/81

7 姉 2



 お兄ちゃんが帰ってくる!

 しかも、また一緒に住んでくれる!


 誕生日の一ヶ月前の朝食の時間に、お母さんが私たちにお兄ちゃんの帰国を教えてくれた。私はうれしくて、朝ご飯がとても美味しく感じられた。


 「まだ食べるの?」


 いつもよりたくさん食べる私に、ダイニングテーブルの隣の席に座る弟が水を差す。


 軽くお茶碗一杯分の白米を、みそ汁、卵焼きと焼いたさけで食べ、白米をお茶碗に半分お代わりして高菜の漬物で食べた。確かに食べ過ぎだ。

 食べ過ぎが続いて太ったら、お兄ちゃんと再会したときに今朝の行動を後悔するだろう。

 

 弟があきれた様子で私を見ている。素直にお礼を言うのがちょっと嫌で、私は弟の頭を撫でてやる。


 「ありがとう。」


 恥ずかしいから、弟と目を合わせたりしない。


 視線を感じてそちらに顔を向けると、食べ終わってお茶を飲んでるお父さんとお母さんが私たちを見ていた。

 朝の忙しい時間に悠長な親を見て、私は不思議に思う。


 「どうしたの?」


 私が尋ねると、お母さんが答えてくれた。


 「仲のいい姉弟(してい)に育ったわ、と思って見ていたの。」


 何をいまさら言いだすのか。

 私と弟は、小さな頃はともかく、ここ何年かずっと仲がいい。


 私は食器をキッチンに運んで、家族の分と一緒に水で軽く汚れをおとし、食洗機に入れてスイッチを押した。

 私も早く出かける準備をしないと遅刻してしまう。




 私が幼い頃、お父さんとお母さんだけでなく、お兄ちゃんまで私から奪おうとする弟を、私は好きではなかった。


 弟が生まれると、両親は赤ちゃんにかかりきりになって、私のことなんて見てくれなくなった。

 私だけの親が、私だけの親ではなくなった。大きくなったらわかることも、幼児の私にはとても辛いことだった。



 両親の代わりに、弟が生まれてすぐの頃はお兄ちゃんがずっと私のそばにいてくれた。 

 でも、お母さんが仕事に復帰すると、お兄ちゃんは弟の世話のため、私に構ってくれることが少なくなった。


 お兄ちゃんだけは、私のそばにいてくれると思っていた。

 裏切られたような気持ちになって、私が部屋の隅で一人で本を広げて読んでいると、弟が私のそばに来て私をじっと見始めた。



 弟は幼い頃から利発で物静かで、周囲をよく観察していた。

 この頃、弟はまだよたよたとしか歩けないのに、私が場所を変えてもまた近寄って来て、私を見にくる。

 何度場所を変えても近寄って私を見にくる弟に、私は苛立った。


 「なんでついてくるの?!」


 まだまともに会話ができない弟に、私は文句を言った。完全に八つ当たりだ。

 しまった、と思った。弟が泣き出してしまう。

 でも、私は自分の感情を押さえられなくて胸がいっぱいになって、どうしていいのかわからない。



 私が息をひそめて弟を見ていると、弟は私の声に泣き出すどころか、私の頬を小さな手で撫で始めた。

 弟の目はとても澄んでいて、(よこしま)なものが何もない。


 私が弟を向かい合って膝に乗せると、弟は手をのばして私の頭に触れようとした。

 弟のしたいようにさせていると、弟は私の頭を撫でだした。


 弟は、私をなぐさめていた。

 私は急に泣きたくなって、でも、お姉ちゃんだから声を出すのは恥ずかしくて、涙だけを流して泣いた。


 弟はずっと小さな手で私の頭を撫でて、私を(いや)してくれた。



 この時から、弟は私の大切な弟になった。

 寂しいときや、嫌なことがあったとき、私は弟に頭を撫でてもらった。

 私は弟が好きになり、お返しにぎゅっと抱きしめた。



 弟は、可愛かった。私の言うことを何でも素直にきいてくれた。

 弟は、私にとって宝物だ。きらきらと輝く宝石のような宝物ではなく、空気とか水とかのように、ないと生きていけなくなるような、代替の効かない大切な存在だ。


 それが弟というものなのだろう。




 弟は、よくモテた。

 小さな頃は大人しくて愛らしい弟を、近所のお姉さんがべたべた触ってきた。

 私はお姉ちゃんだから、何やら邪悪な気配のする人から弟を遠ざけようと頑張った。


 「お姉ちゃんのそばを離れたらだめよ。お姉ちゃんが守ってあげるからね。」


 弟は素直に頷く。

 本当はどこまで理解できていたのかわからない。お姉ちゃんの言うことだから、頷いただけなのかもしれない。



 小学生でも高学年になると、女の子が積極的だ。

 小学校でおきたことを、お母さんが時々私にもらしてくれた。


 バレンタインデーに手作りチョコレートを大量に渡されたこと、告白されて困っていること、家までついて来ようとする子がいること、弟をめぐって女の子同士がいがみ合っていること、などなど。

 弟は私に何も言ってくれない。私、頼りない?



 私は弟に頼ってもらえるお姉ちゃんになるよう、何でも頑張った。


 中高一貫の女子校でもうすぐ高校に上がる時期だったので、将来弟が入りそうな大学を目指して勉強した。

 部活やボランティア、学校行事のリーダー、何でも頑張った。

 そのせいか、学校では頼られる存在になった。


 でも、弟は相変わらず相談をしてくれない。


 

 私が大学生になると、弟は私の部屋に入るようになった。

 鍵をかけない私がいけないのだけれど、着替え中のときに入って来られたら気まずい。

 この気まずさを感じているのは私だけで、弟は平気な顔で私を見るし、着替えの手伝いまでしてくれる。

 お返しに、朝、私は弟の部屋に入り、弟を起こす。


 姉弟なので、こんなものだろう。



 近頃気になるのは、弟がお兄ちゃんと連絡を取り合っていることだ。

 前々から二人で連絡をとっていたようだけど、最近は回数が多い。



 今度こそ、私はお兄ちゃんを弟から取り返し、お兄ちゃんを独占するんだ!

 ということで、私は今も告白練習に取り組んでいる。

 



 「好き。」


 私は、弟に向かって、告白した。

 

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