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振り向かない彼女を飼う方法  作者: 一会
第4章
69/81

69 弟 24


 

 姉が義兄(あに)に対して身体を許せなかったのは、義兄(あに)が姉を大して愛していないからだ。


 義兄(あに)の一番大切な人は、姉ではなく、義兄(あに)の妹だ。

 姉は、僕や、姉に好意を寄せる女性から向けられる、濃い愛情を知っているから、義兄(あに)の薄い愛情では満足できないかったのだろう。



 姉は不安に思ったはずだ。


  "この程度の愛情しか持ってくれない人に、抱かれてしまっていいのか?"


 姉なら、深層でそう思っただろう。



 それでも、姉が義兄(あに)を好きなら仕方がないと僕は思っていた。

 しかし、姉は、僕が「結婚相手を抱いた」、「姉も結婚相手に抱かれるように」と言った日を境に様子がおかしくなったのだ。

 義兄(あに)に抱かれた日ではなく。



 姉は僕の言動を起点にしている?

 僕が、姉の起点?

 

 僕は、ほの暗いところからゆらりと立ち上ってくる独占欲を認めた。

 

 姉の言動の源は、僕だ。

 姉の生き方も、僕が源になっている。

 僕が姉の人生を支配している。




 あの女性は言った。


 「あなたを誰かに盗られたくないという彼女の本音」があると。


 姉は、僕が欲しいのだ。

 僕を独占したがっている。

 そのくせ、姉という(よろい)を着込んで、僕を拒む。



 いいかげん、姉であるを辞めてしまえばいいんだ。

 僕が弟であることを辞めてしまったように。


 そうだ。僕はとうの昔に弟であることを辞めていた。 


 姉と身体を繋げる夢を現実にしようとする弟なんて、弟とはいえない。

 ただの男だ。


 僕は、弟を演じていたにすぎない。

 


 姉が姉であろうとしているのは、もちろん僕のためだろう。

 世間から奇異の目にさらされないよう、姉と弟でいようとした。

 僕も弟でいることで、姉を護ろうとしていた。



 しかし、もう、いい。

 やれることはやった。対策もとった。準備は全て整った。


 僕たちは世間の目を(あざむ)く偽装を何年もかけて(ほどこ)した。


 僕は、やっと姉を恋人として迎えられる。

 僕が姉を独占したいように、姉も僕を独占したいのだ。

 僕たちの気持ちは一致している。




 僕は昔、姉と読んだ、楽園を追放されたアダムとイヴの話を思い出した。

 イヴがアダムに手渡した禁断の果実は、林檎(りんご)だとされている。


 僕は禁断の果実を一人で食べようとしても、硬くて食べられなかった。


 時を経て、林檎(りんご)はとてもよく()れて、甘い香を(ただよ)わせている。

 ふたりなら、どれだけ美味しく食べられるだろう。



 僕はふたりの恋を成就(じょうじゅ)すべく、僕から姉を食べるだけでなく、姉に僕を食べさせることにした。






 姉が退院して2ヶ月が過ぎた。


 僕はいつものように姉のベッドに入り、姉に触れていく前に、姉のスマホに連絡を入れた。

 姉は音に気づいて、スマホを手にもって文字を読む。


 『今日はどこを触ろうか? 起きている姉さんを堂々と触れられてうれしい。』


 「お姉ちゃんで遊んで、楽しい?」

 

 遊ぶ? 姉で?

 最近からかっているから、誤解されても仕方がないけれど。


 姉で、遊ぶのではなく、姉と、遊びたい。

 


 『姉さんなら、僕で遊んでもいいよ。』

 

 「私はそんなこと、しないわ。」


 姉の(かたく)なな拒否に、僕は(あき)れた。

 


 『いい加減、認めてよ。

  僕が欲しいって。誰にもあげたくないって。

  認めたら、僕をあげるよ。』


 「私ではない人を、抱いたのに、、!」


 姉が苛立(いらだ)ちを込めて苦しそうに言った。


 僕は、姉の、心の声を聞いた気がした。



 姉の嫉妬(しっと)が心地好い。

 姉の僕に対する執着がうれしい。


 僕は何年も前から、過剰に姉に執着している。

 おそらく、姉よりも。


 深く、濃く、姉にまとわり付くように拘泥(こうでい)して、姉の人生を僕のものにしようとしている。


 自分の執着を棚にあげて姉の濃すぎる愛情に恐怖を抱き、逃げ出しては姉から目を離せずに近づいていく。

 

 僕の矛盾した行動に、姉は振り回され、傷つき、僕の腕の中に()ちてくる。


 

 ーー姉しか()らない。



 『僕は、姉さんとしか、しない。』


 姉が苦いものを食べたような顔で、スマホの画面を見ている。

 姉は納得していない。

 ただ、僕の真意を()もうとしてくれている。



 『僕を食べてくれないの?』

 

 ふたりで、禁断の果実を味わいたい。


 「私に、食べられてもいいの?」


 姉の震えた声から、戸惑いが伝わってくる。

 愛らしい姉の声に、僕こそ期待で震えてくる。

 

 『僕たちの林檎(りんご)(じゅく)したんだ。

  僕は、姉さんと繋がりたい。姉さんは、僕としたくない?』




 姉が、何かを探すように手を伸ばす。


 僕は伸ばされた姉の手を握って、目を閉じて姉の唇にキスをした。

 姉が僕の頭を抱え込んで、僕を(むさぼ)り始める。



 姉のたがが外れた。

 僕は姉の体調が心配で、今夜は無理させたくないと思っているのに、姉は僕を刺激してくる。


 やる気のありすぎる姉に手を焼いた頃、姉はやっと僕を見て、僕の声を聞いてくれた。

 僕の姉が、僕の元に戻ってきた。


 僕は泣きたいのを我慢して、美しい姉の目を見つめた。



 「あなたが迎えに来てくれるのを、待っていたのよ。」 


 姉がとてもさっぱりとした顔で言う。

 朗らかな笑顔を僕に向け、爽やかとは無縁な言葉を出す。


 「あなたを、食べさせて?」


 姉は僕を食べるために起きたのだ。

 僕に拒否権などない。




 

 一方的に食べていた林檎(りんご)を、ふたりで食べ合う。


 とても(みだ)らでいやらしい行為のはずなのに、なぜか神聖な行為のように思えてくる。

 姉の白い肌が浮き上がるように見え、濡れた目がわずかな光を反射してきらきら光る。


 「姉さん、とても綺麗だよ。」



 暗闇に(あわ)く光っている綺麗な色の林檎(りんご)にふたりで手を伸ばす。

 姉さんに触れたところから、僕も淡く光っていくようだ。




 甘く()れた林檎(りんご)はとても美味しくて、食べ尽くしたいのに、姉はそこまで許してくれない。


 少しだけしか食べていないので、十分な満足感を得られない。

 もう一度食べたがる僕を、姉は抱きしめてなだめる。


 姉は、知恵の実を食べてもやっぱり姉だった。


 「食べ尽くしたら、次に食べる分がなくなってしまうわ。」


 僕たちには、「次」がある。

 「未来」が開けたのだ。


 僕は食べても食べてもなくならないような、ふたりの林檎(りんご)を欲した。





 僕は姉のお腹を撫でた。 

 ここに、確かに、姉の子がいる。

 姉は僕のものなので、姉の子は、僕の子だ。


 僕はまだ見ぬ我が子に声をかけ、お腹にキスをした。


 姉が一筋涙を流した。

 姉の顔にキスを降らせて、悲しいことも不安なことも、全部拭い去ろうとした。

 姉が屈託なく微笑み、僕は安心した。


 僕に背中を見せて横に寝る姉を後ろから抱きしめて、姉が僕を受け入れてくれた喜びで、幸せに浸った。





 翌朝、僕は姉が寝ているうちに起きて、姉の部屋を出た。

 義兄(あに)も起きてきて、僕を見て不機嫌そうな顔をする。


 「姉が戻りました。」 


 僕が報告すると、義兄(あに)は目を鋭くして言った。


 「今夜から、彼女を君の部屋に住まわせてくれ。うるさくて、眠れやしない。」


 

 義兄(あに)の真意を確かめるために、質問する。

 

 「離婚、ですか?」


 「離婚? まさか。 生憎(あいにく)、僕も彼女も、他に結婚相手がいないんでね。」

 

 「カモフラージュ結婚、継続ですか?」


 義兄(あに)はこたえない。



 僕と彼女の完全な偽装結婚と違って、姉と義兄(あに)は、薄くても愛情のある相手と結婚した。

 義兄は認めたくないだろうけれど、妹が一番だと思いながらも姉を特別に大切にし、僕に嫉妬までしている。


 義兄は姉と、婚姻という形で繋がっていたいのだ。



 僕は結婚相手に触れたいと全く思わないけれど、義兄(あに)は姉に触れたいと思い、姉が嫌がると途中で止めるという。


 相手のために、行為を途中で止める。

 愛情がないと、できないことだ。



 僕はカモフラージュ結婚でも本気の結婚でもどちらでも構わないので、追求を止めた。

 姉は、誰がなんと言おうと僕のものだ。





 それよりも、義兄(あに)に知らせないといけないことがある。


 「義兄(にい)さんの妹と同居している女性は、姉を欲しがっています。」



 義兄は、ぴたりと動きを止めて、僕を見た。


 「姉が妥協を許して欲しいと言ってきても、決して折れないでください。」


 僕を手に入れた姉が次に何を考えるか。

 僕は姉の先をいかないと、姉を(まも)れない。



 義兄(あに)は僕を、今までになく飽きずに見ている。


 「義兄(にい)さん? 聞こえていますか?」



 僕は不可解な義兄に疑問を抱きつつ、もう一度念を押す。


 「最初が肝心です。決して、交際に発展するようなことを許さないでください。」



 伝えたいことは言ったので、僕は義兄(あに)を置いて、大学に行く準備をしに一旦家に戻った。





 シャワーを浴びてすっきりすると、洗面所の鏡の前で、自分の姿を見た。

 湯気で少し曇ったのでドアを開けると、鏡に映った僕の鎖骨に赤い(あと)が見えた。

 よく見ると、首にもうっすら(あと)がある。

 

 鎖骨のはっきりとした(あと)は、先ほど着ていたような少し襟ぐりがあいた服では、肩の位置がずれるとしっかり見えてしまう。

 義兄(あに)はこれを見ていたのだろう。


 姉がつけた所有の(しるし)だ。

 僕は完全に姉のものになった。

 自然と笑みがこぼれる。



 僕は晴れ晴れとした気分で丸首のシャツを着た。

 姉に付けられたキスマークを見せびらかしたい気持ちでいっぱいだ。


 姿見の前で首にあるうすい(あと)をじっと見て、僕は別のシャツに着替えた。

 姉の付けた(あと)を人に見せるなんて、やはりもったいない。

 これは、僕がもらったものだ。


 首のうっすらとした(あと)も服で隠れたのを鏡の前で確認し、僕は機嫌よく玄関を出た。



 

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