69 弟 24
姉が義兄に対して身体を許せなかったのは、義兄が姉を大して愛していないからだ。
義兄の一番大切な人は、姉ではなく、義兄の妹だ。
姉は、僕や、姉に好意を寄せる女性から向けられる、濃い愛情を知っているから、義兄の薄い愛情では満足できないかったのだろう。
姉は不安に思ったはずだ。
"この程度の愛情しか持ってくれない人に、抱かれてしまっていいのか?"
姉なら、深層でそう思っただろう。
それでも、姉が義兄を好きなら仕方がないと僕は思っていた。
しかし、姉は、僕が「結婚相手を抱いた」、「姉も結婚相手に抱かれるように」と言った日を境に様子がおかしくなったのだ。
義兄に抱かれた日ではなく。
姉は僕の言動を起点にしている?
僕が、姉の起点?
僕は、ほの暗いところからゆらりと立ち上ってくる独占欲を認めた。
姉の言動の源は、僕だ。
姉の生き方も、僕が源になっている。
僕が姉の人生を支配している。
あの女性は言った。
「あなたを誰かに盗られたくないという彼女の本音」があると。
姉は、僕が欲しいのだ。
僕を独占したがっている。
そのくせ、姉という鎧を着込んで、僕を拒む。
いいかげん、姉であるを辞めてしまえばいいんだ。
僕が弟であることを辞めてしまったように。
そうだ。僕はとうの昔に弟であることを辞めていた。
姉と身体を繋げる夢を現実にしようとする弟なんて、弟とはいえない。
ただの男だ。
僕は、弟を演じていたにすぎない。
姉が姉であろうとしているのは、もちろん僕のためだろう。
世間から奇異の目にさらされないよう、姉と弟でいようとした。
僕も弟でいることで、姉を護ろうとしていた。
しかし、もう、いい。
やれることはやった。対策もとった。準備は全て整った。
僕たちは世間の目を欺く偽装を何年もかけて施した。
僕は、やっと姉を恋人として迎えられる。
僕が姉を独占したいように、姉も僕を独占したいのだ。
僕たちの気持ちは一致している。
僕は昔、姉と読んだ、楽園を追放されたアダムとイヴの話を思い出した。
イヴがアダムに手渡した禁断の果実は、林檎だとされている。
僕は禁断の果実を一人で食べようとしても、硬くて食べられなかった。
時を経て、林檎はとてもよく熟れて、甘い香を漂わせている。
ふたりなら、どれだけ美味しく食べられるだろう。
僕はふたりの恋を成就すべく、僕から姉を食べるだけでなく、姉に僕を食べさせることにした。
姉が退院して2ヶ月が過ぎた。
僕はいつものように姉のベッドに入り、姉に触れていく前に、姉のスマホに連絡を入れた。
姉は音に気づいて、スマホを手にもって文字を読む。
『今日はどこを触ろうか? 起きている姉さんを堂々と触れられてうれしい。』
「お姉ちゃんで遊んで、楽しい?」
遊ぶ? 姉で?
最近からかっているから、誤解されても仕方がないけれど。
姉で、遊ぶのではなく、姉と、遊びたい。
『姉さんなら、僕で遊んでもいいよ。』
「私はそんなこと、しないわ。」
姉の頑なな拒否に、僕は呆れた。
『いい加減、認めてよ。
僕が欲しいって。誰にもあげたくないって。
認めたら、僕をあげるよ。』
「私ではない人を、抱いたのに、、!」
姉が苛立ちを込めて苦しそうに言った。
僕は、姉の、心の声を聞いた気がした。
姉の嫉妬が心地好い。
姉の僕に対する執着がうれしい。
僕は何年も前から、過剰に姉に執着している。
おそらく、姉よりも。
深く、濃く、姉にまとわり付くように拘泥して、姉の人生を僕のものにしようとしている。
自分の執着を棚にあげて姉の濃すぎる愛情に恐怖を抱き、逃げ出しては姉から目を離せずに近づいていく。
僕の矛盾した行動に、姉は振り回され、傷つき、僕の腕の中に堕ちてくる。
ーー姉しか要らない。
『僕は、姉さんとしか、しない。』
姉が苦いものを食べたような顔で、スマホの画面を見ている。
姉は納得していない。
ただ、僕の真意を汲もうとしてくれている。
『僕を食べてくれないの?』
ふたりで、禁断の果実を味わいたい。
「私に、食べられてもいいの?」
姉の震えた声から、戸惑いが伝わってくる。
愛らしい姉の声に、僕こそ期待で震えてくる。
『僕たちの林檎が熟したんだ。
僕は、姉さんと繋がりたい。姉さんは、僕としたくない?』
姉が、何かを探すように手を伸ばす。
僕は伸ばされた姉の手を握って、目を閉じて姉の唇にキスをした。
姉が僕の頭を抱え込んで、僕を貪り始める。
姉のたがが外れた。
僕は姉の体調が心配で、今夜は無理させたくないと思っているのに、姉は僕を刺激してくる。
やる気のありすぎる姉に手を焼いた頃、姉はやっと僕を見て、僕の声を聞いてくれた。
僕の姉が、僕の元に戻ってきた。
僕は泣きたいのを我慢して、美しい姉の目を見つめた。
「あなたが迎えに来てくれるのを、待っていたのよ。」
姉がとてもさっぱりとした顔で言う。
朗らかな笑顔を僕に向け、爽やかとは無縁な言葉を出す。
「あなたを、食べさせて?」
姉は僕を食べるために起きたのだ。
僕に拒否権などない。
一方的に食べていた林檎を、ふたりで食べ合う。
とても淫らでいやらしい行為のはずなのに、なぜか神聖な行為のように思えてくる。
姉の白い肌が浮き上がるように見え、濡れた目がわずかな光を反射してきらきら光る。
「姉さん、とても綺麗だよ。」
暗闇に淡く光っている綺麗な色の林檎にふたりで手を伸ばす。
姉さんに触れたところから、僕も淡く光っていくようだ。
甘く熟れた林檎はとても美味しくて、食べ尽くしたいのに、姉はそこまで許してくれない。
少しだけしか食べていないので、十分な満足感を得られない。
もう一度食べたがる僕を、姉は抱きしめてなだめる。
姉は、知恵の実を食べてもやっぱり姉だった。
「食べ尽くしたら、次に食べる分がなくなってしまうわ。」
僕たちには、「次」がある。
「未来」が開けたのだ。
僕は食べても食べてもなくならないような、ふたりの林檎を欲した。
僕は姉のお腹を撫でた。
ここに、確かに、姉の子がいる。
姉は僕のものなので、姉の子は、僕の子だ。
僕はまだ見ぬ我が子に声をかけ、お腹にキスをした。
姉が一筋涙を流した。
姉の顔にキスを降らせて、悲しいことも不安なことも、全部拭い去ろうとした。
姉が屈託なく微笑み、僕は安心した。
僕に背中を見せて横に寝る姉を後ろから抱きしめて、姉が僕を受け入れてくれた喜びで、幸せに浸った。
翌朝、僕は姉が寝ているうちに起きて、姉の部屋を出た。
義兄も起きてきて、僕を見て不機嫌そうな顔をする。
「姉が戻りました。」
僕が報告すると、義兄は目を鋭くして言った。
「今夜から、彼女を君の部屋に住まわせてくれ。うるさくて、眠れやしない。」
義兄の真意を確かめるために、質問する。
「離婚、ですか?」
「離婚? まさか。 生憎、僕も彼女も、他に結婚相手がいないんでね。」
「カモフラージュ結婚、継続ですか?」
義兄はこたえない。
僕と彼女の完全な偽装結婚と違って、姉と義兄は、薄くても愛情のある相手と結婚した。
義兄は認めたくないだろうけれど、妹が一番だと思いながらも姉を特別に大切にし、僕に嫉妬までしている。
義兄は姉と、婚姻という形で繋がっていたいのだ。
僕は結婚相手に触れたいと全く思わないけれど、義兄は姉に触れたいと思い、姉が嫌がると途中で止めるという。
相手のために、行為を途中で止める。
愛情がないと、できないことだ。
僕はカモフラージュ結婚でも本気の結婚でもどちらでも構わないので、追求を止めた。
姉は、誰がなんと言おうと僕のものだ。
それよりも、義兄に知らせないといけないことがある。
「義兄さんの妹と同居している女性は、姉を欲しがっています。」
義兄は、ぴたりと動きを止めて、僕を見た。
「姉が妥協を許して欲しいと言ってきても、決して折れないでください。」
僕を手に入れた姉が次に何を考えるか。
僕は姉の先をいかないと、姉を護れない。
義兄は僕を、今までになく飽きずに見ている。
「義兄さん? 聞こえていますか?」
僕は不可解な義兄に疑問を抱きつつ、もう一度念を押す。
「最初が肝心です。決して、交際に発展するようなことを許さないでください。」
伝えたいことは言ったので、僕は義兄を置いて、大学に行く準備をしに一旦家に戻った。
シャワーを浴びてすっきりすると、洗面所の鏡の前で、自分の姿を見た。
湯気で少し曇ったのでドアを開けると、鏡に映った僕の鎖骨に赤い痕が見えた。
よく見ると、首にもうっすら痕がある。
鎖骨のはっきりとした痕は、先ほど着ていたような少し襟ぐりがあいた服では、肩の位置がずれるとしっかり見えてしまう。
義兄はこれを見ていたのだろう。
姉がつけた所有の印だ。
僕は完全に姉のものになった。
自然と笑みがこぼれる。
僕は晴れ晴れとした気分で丸首のシャツを着た。
姉に付けられたキスマークを見せびらかしたい気持ちでいっぱいだ。
姿見の前で首にあるうすい痕をじっと見て、僕は別のシャツに着替えた。
姉の付けた痕を人に見せるなんて、やはりもったいない。
これは、僕がもらったものだ。
首のうっすらとした痕も服で隠れたのを鏡の前で確認し、僕は機嫌よく玄関を出た。




