60 姉 20
義妹は、弟と繋がったときのことを、細かく教えてくれた。
弟は、私を想いながら、短時間、私ではない女性と、自宅ではない場所で、した。
私は涙を溢れさせながら、私の全てが消えていくのを静かに見ていた。
私が弟を自分の欲に巻き込んだ。
弟は私の被害者だ。
私は弟に、なんて惨めな体験をさせたのか。
子供を作るのならば、堂々と女性と交わればいい。
私を想う必要なんてない。
私に遠慮することなく、しっかりと時間をかけて、身体中使って、お互いを想って愛し合えばいいのだ。
でも、そういう結婚相手を選ばせたのは、私なのだ。
弟は、私の他の人間と、喜んで性的な関係になろうとしないだろう。
弟が心から幸せな体験ができるとしたら、相手は私しかいない。
実の姉である私が、弟の相手をする。
今まで、するかもしれない可能性があっても、決して姉弟の境界を越えなかったのに、今さらそんなこと、本当にできるのか?
やらないといけないだろう。
私が、弟の愛する女性なのだから。
弟に抱かれて、このまま姉でいられる自信がない。
私はきっと、もっと弟に執着する。
弟には、姉という女性と交わったいい思い出だけを作ってもらいたい。
弟に狂った姉なんて、弟の人生の邪魔でしかない。
私は私を捨てていく。
弟にまとわり付く汚く醜いモノは要らない。
弟にまとわり付くこの感情は、要らない。
弟を見て恋する視覚が要らない。
弟の気配を感知して喜ぶ知覚が要らない。
弟に愛を向ける汚い感情が要らない。
弟に醜い欲望を向ける私は、もっと要らない。
要らないものを全部捨てる。
私は綺麗な存在になって、弟を受け入れ、弟を満足させてあげたい。
弟に対する執着だけは、要らないのに、どうしても残ってしまう。
義妹はいい子だ。
私は義妹のおかげで、不必要な多くの感情を捨てることができた。
雲の中にいた裸の私は、透明な防弾ガラスの衣装に包まれて、視界良好な上空から世界を見ることができる。
溢れる涙をそのままに、弟の妻に弟の子を産んでくれることを感謝した。
弟の妻は自分の子であることを主張するけれど、このまま弟が誰とも交わらない可能性が高かったことを考えると、弟と交わり、子供を産んでくれるのはありがたいことなのだ。
義妹が私にいろいろ質問してくるので、義妹が求める答えを、義妹が求める反応と共に返していく。
今、感情を持ってなくても、かつてあった感情を思い出すことができるので、状況にあった言動をとることができた。
義妹の駆け引きが弟に関することに及ぶと、弟を惑わした愚かな姉として弟に責任をとるため、義妹の提案にのってあげた。
義妹は始めから私が気に入っていたけれど、もっと気に入ったようだ。
その気にさせてよかったのか判断に迷うけれど、恋人がいる身で私としたがるのは私の責任ではない。
私に向けてうっすらと特殊な好意を向ける義妹に、微笑みをあげた。
退院の日、私は体力のない身体を叱咤し、無表情にならないよう気をつけながら夫と共に自宅に帰った。
夫は私を気遣い、かいがいしく世話をしてくれる。
私はこの人に何もお返しできていないことに気づいて、妹が言っていたように積極的に動くことにした。
私は夫に抱き着いて、夫の口にキスをした。
少し照れたという感情を取りだして心にまとい、微笑んでみる。
夫は驚いた顔をして、キスを返してくれた。
夫とのキスも、何も感じない。
私は喜んでる表情を作り、夫を見た。
「愛してる。」
かつて弟に思った感情をのせて、夫に感謝を伝える。
夫が私を抱きしめてくれた。
とても怠いので、自室のベッドで休ませてもらう。
感情も性的な感覚もなくたって、何とかなるものだ。
私を世話してくれる夫に感謝し、私は毎日夫に抱き着いてキスし、「愛してる」と言って感謝を伝えた。
私の悪阻はあれほど酷かったのがうそのように物を食べられるようになり、これまでの栄養を摂取しようと、お腹いっぱい食べている。
自室に一人でいるとき、私は一番幸せだ。
感情を取りだして表情を作る必要がない。
無表情でいる時間は、とても居心地がよかった。
私には何もない。
何もないから、心を揺さぶられず、平穏で幸せでいられる。
こんなに健康的に過ごしているのに、私のお腹はお腹の子にとって環境が悪いらしい。
絶対安静と先生に告げられ、私は家のベッドに寝転んで、家事も何もしない生活を過ごした。
母は私の入院中から私の世話をしてくれ、今も母が身の回りことをしてくれている。
母は私が無表情でいても、何も聞かないでいてくれる。
子供の頃は母が私に愛情をかけなかったと思っていたけれど、今思い返すと、細かいところで私の心を救ってくれていた。
子供に対して嘘をつかず、大人の話を子供の目線でもわかるように話してくれた。
とてもいい母親だったのだと今更気づくとは、私はどれだけ幼かったのか。
とにかく、私は子供を産んで身体を元の状態に戻し、弟に私を抱かせないといけない。
弟に私を好きなように抱かせ、惨めな最初の体験を忘れさせないと、弟を幸せにできない。
子供を作らないのだから、予防に婦人科で薬を処方してもらおう。
その方が、弟も私の身体を自由に抱ける。
やることはいっぱいあるのに、安静にしているしかないのがもどかしい。
そういえば、最近、弟はどうしているのだろう?
姿を見かけない。忙しいのか?
私は枕元のスマホに手を伸ばし、弟に連絡を入れる。
スマホの着信音が鳴った。
手に持っているスマホには、着信が表示されていない。
確かに鳴ったのに、空耳か?
私はスマホを戻してまぶたを閉じた。
私は小さな子供の頃の夢を見た。
弟は私より5つも年下で、小さな頃の年の差は、大人になってからの差よりもとても大きく感じる。
弟は、私の頭をよく撫でてくれた。
小さな手を一生懸命伸ばして、私を癒そうとしてくれた。
私は弟の前でしゃがんで、弟に頭を撫でてもらいやすいようにする。
そうすると、私と弟は同じくらいの目の高さになって、お互いの顔が近くにあるのだ。
弟の顔が、成長して、大人の顔になっていく。
18歳の弟が、私に愛を告げた。
私に愛を告げた口で、私に他人と結婚して子供を産むよう促した。
毎晩のように私と添い寝しておきながら、いかにも愛し合ったというように、結婚相手を抱いたと報告した。
最後に聞いた弟の言葉は何だっけ?
しっかり記憶しておかないといけないことを、忘れてしまった。
私はもう一度、記憶の底にある一番古い記憶から順に、弟のことを思い出す。
うとうとして意識が朦朧とする中で、スマホの着信音が鳴る。
昔、私の帰りが遅いと、弟が心配して毎回連絡をくれた。
私も、帰りの遅い弟に、連絡を入れてみようかな?
枕元のスマホに手を伸ばし、私は着信があったことを知った。
弟からだ。すぐに返信する。
私の帰りが遅いから、弟が心配していた。
私が『もうずっと家にいる』と伝えると、『知ってる』と返信が届いた。
だったら、会いに来てくれてもいいのに、弟はずっと私と会ってくれない。
弟は、私の前から姿を消してしまっていた。




