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彼女の告白の練習が始まって半年が経過した。
7月で彼女は二十歳になる。
彼女の告白まで、最短で半年ある。
僕は彼女がフラれること前提で、彼女をサポートする方法を考えた。
フラれた女の子をなぐさめたことなんてない。
僕自身、告白したこともない。
今までの女の子は、何となく付き合ってる感じになって、何となく離れていった。
好きとか嫌いとか、言いあったこともない。
告白したこともきちんとフラれたこともないのだけれど、想像はできた。
僕がフラれたら、真剣に話をきいてくれる人に僕の話をきいてほしいと思うだろう。
恋した相手のことをずっときいてもらいたい。
そして、寂しくなったら、いつでも遊んで欲しい。
できることなら、告白相手と、そのままの関係からやっぱり付き合えるようになりたい。
男の僕はそう思うが、女の子も、フラれたら同じ気持ちになるのだろうか?
彼女は今日も、料理を作ってくれている。
最近は電子レンジ調理のレシピが増えた。
煮込み料理は電子レンジの方がコンロよりも得意だそうで、今晩のメニューはシチューだ。
食べて食器を片付けて告白の練習をして、彼女がそろそろ帰ろうというときになって大雨が降り出した。
「雨が止むまで、ここにいるといいよ。帰りは送っていくから。」
僕は自然に彼女に声をかけた。
僕は彼女に惹かれている。
僕ではない誰かを想っている彼女を、好きになりかけている。
くだらない。ダサい。恋なんて、益もない。
でも、落ちてしまったら、自分でどうすることもできない。
だから恋に落ちないよう、僕は彼女をただの女友達だと思って行動する。
「ありがとう。雨が小降りになったら帰るね。」
彼女は僕の気持ちの変化を知らない。
僕の気持ちを知らない彼女は、僕の高ぶりも知らず、僕と二人きりの空間にいる。
カーテンをめくって窓の外を見る彼女の後ろ姿を、僕はじっと見ていた。
ストレートの長めの黒髪が、彼女の動きに少し遅れて揺れる。
彼女が振り返ると、黒髪がふわっと広がって、彼女の肩から胸におさまった。
彼女は手で髪を後ろに払い、僕に言う。
「遅くまでいて、ごめんね。用事があったら私に構わず済ませて。
私も、課題に取り組むから。」
彼女は言うだけ言うと、自分のノートパソコンを手提げから出して作業を始めた。
外の雨が激しくなるのと反対に、家の中は彼女と僕の作業の音と、電化製品の音しかない、静かな世界だった。
僕たちは課題をこなすべく黙々と作業をし、気づいたときには夜の9時を過ぎていた。
彼女のスマホから、電子音が鳴る。
彼女は作業を中断して、スマホを操作し始めた。
外の雨は止んでいた。
彼女はそれまでの真面目な表情から愛らしい表情に変わり、ノートパソコンを片付けながら話し出した。
「今日もありがとう。弟が心配しているから、帰るね。」
「弟がいるの?」
「うん。今、中3。とっても可愛いの。」
彼女の方こそ、可愛い笑顔になっている。
「あぶないから、駅まで送って行くよ。」
僕も急いで作業中のノートパソコンを一旦片付け、コートを着た。
雨上がりの真冬の夜は、空気が冷たく澄んでいる。
駅までの道すがら、彼女は弟についてたくさん話してくれた。
「弟はね、とっても優秀なの。
父に似て、ちょっと固い考えのところもあるけれど、優しくて、気が利いて、お姉ちゃん思いのいい子なのよ。」
弟と仲がいいようだ。
「来年度の学祭に連れて来たら?」
9月の学祭で毎年サークルの屋台をだす。
彼女の家族と顔見知りになるのに、ちょうどいい機会だ。
僕はどうして彼女の家族と顔見知りになりたいのか、自分の思考を疑問に思い、苦笑した。
「ありがとう。誘ってみるわ。」
彼女はうれしそうだ。本当に、弟と仲がいい。
弟の話はその後も続き、直ぐに駅に着いてしまった。
「送ってくれて、ありがとう。また来週。」
彼女は笑顔で僕に別れを告げる。
「また来週。」
名残惜しくない様子の彼女に、僕もさらっと言葉を返す。
僕と彼女は平行線だ。
どちらかが少し角度を変えればどこかで交わる線も、少しも角度が変わらないから、ずっと友達のまま変わらない。
彼女は何も変わらないまま、僕の気持ちだけがゆっくり膨らんで、それでも友達のまま、さらに半年が過ぎた。
彼女の二十歳の誕生日、僕はただの友達なので、その日には会わなかった。
彼女は大好きなお兄ちゃんが日本に帰って来るということで、1ヶ月前からとてもはしゃいでいた。
僕は複雑な気持ちだった。
彼女はフラれてしまう。フラれて、傷ついてしまう。
彼女がフラれてしまった方が僕はうれしい。でも、彼女が傷つくのは辛い。
僕は誰にも恋したくないけれど、彼女と一緒に居たいと思っている。
友達のような気安い、苦しくない付き合いをしたい。
彼女となら、ずっと友達でいられる気がする。
彼女をなぐさめるための心構えはできている。
彼女からの連絡がいつきてもいいよう、僕は用事をあまり入れず、そわそわ家で待っていた。
しかし、誕生日から一日、二日たっても彼女から連絡がない。
この時期大学のサークルでの集まりは、合宿と称した息抜きがあった。
彼女は僕に直接会うまで、連絡をとらないつもりなのかもしれない。
最後の告白の練習の日に、告白したら連絡をくれるよう言っておけばよかった。
彼女は僕を最後まで頼るつもりだと、勝手に思いこんでいた。
僕は彼女にとってただの友達で、僕が彼女と約束しない限り、彼女が僕に報告する義務なんてなかった。
僕は彼女に対する自分の気持ちを持て余したまま、夏休みに入った。