4 姉 1
ふふふ。 私は明日、二十歳の誕生日を迎える。
やっと、やっと、この時がきた!
私が風呂上がりに自分の部屋で喜んでいると、ドアが開いた。
「姉ちゃん、まだそんな格好してるの?早く服着たら?」
「きゃあ! ちょっと、勝手に開けないでよ!」
弟が突然入ってきたので、私は抗議する。
「鍵もかけない方が悪い。ほら、僕が着せてあげるよ。」
弟に照れるのもあほらしいので、風呂上がりに自室でボディケアした下着姿のまま、面倒見のいい、中学3年生の弟の言いなりになる。
「ほら、両手を上げて。」
私が弟の言う通り両手を上げると、弟は私にパジャマがわりにシャツを着せた。
ズボンをはかせようと弟が私の脚を触れるので、私はにまにましながら弟をからかう。
「お姉様の脚、すべすべでしょ。」
「そうだねー。」
「触りたくなるでしょ?」
ズボンをはかせ終えた弟は、私の顔を見てにっこり笑って言いやがる。
「兄さんの脚の方が、すべすべだったよ。」
な、なんてことを! 私のお兄ちゃんの脚、見たの?! 触ったの?!
「前に一緒に家族旅行に行って露天風呂に入ったとき、すね毛がないから質問した。
もともと体毛が薄いんだって。兄さんが剛毛だと似合わないから、納得した。」
うらやましい。
旅館でお兄ちゃんの浴衣姿にうっとりしている場合ではなかった。
張りきってプランをたてて内容盛り沢山の旅行にしたのは、正解だった。
お兄ちゃんは海外で生活しているので、一緒に泊まりの家族旅行に行くことは多くはない。
温泉旅館でほっこりして、家族と大好きなお兄ちゃんがいて、とても楽しかった。
「明日、姉ちゃんは二十歳になるんだね。どんな気分?」
中学生の弟は、好奇心旺盛だ。お姉様が大人になっていくのがうらやましいのだろうか?
「何でもできそうな気分よ!」
私は軽く胸を張る。
弟はあきれたような顔で、私に顔を近づけて言う。
「姉ちゃん、兄さんに告白するつもりだろ?」
「な、なんで?」
ーー知ってるの?!
「そんなの、見てたらわかるよ。兄さんのことが好きなのは明白だし、今日の姉ちゃんの張り切りようは普通じゃないし。」
弟にわかるほど、私は浮かれていたのか?
「なぐさめてあげるから、安心してフラれてきたら?」
ーーフラれること前提?! 弟のくせに生意気な!
「なぐさめてくれる人なら、きちんといるわよ!」
私の告白の練習台になってくれた友達を思いながら私は言いきった。
「それって、最近姉ちゃんが夕飯作ってる相手のこと?」
またまた弟が私の心をよんだ。
ーーなんでわかるの?!
「姉ちゃん、わかりやすいから。」
ーー以心伝心!
「いや、そこまでではない。」
ーーやだわ、この子、いつの間に私のことを好きになったのかしら?
「姉ちゃんが美人なのは認める。両親の顔が整っているから遺伝だね。
でも、それとこれは別だよね。」
弟の、子供らしさが残る可愛い顔に、軽蔑の色が見える。
本当に弟に私の考えをよまれています。
「一度、家に連れて来たら?」
弟が真面目な顔で私に提案した。
「え? なんで?」
「彼氏候補だろ?」
「は? 彼氏?」
ーーなんて突拍子もないことを言い出すのか!
「姉ちゃん、男に餌付けしておいて、放置するの?」
「餌付けって、人聞きの悪い。お礼に夕飯を作ってるだけよ。」
一人暮らしは栄養が偏るというし。
「休日に母さんに料理を習ってまでして?」
「他人に食べさせるものだもの。変なもの、作れないでしょ。」
弟がジト目になって私を見るので、私は何か間違ってる気分になってきた。
「我が家の女性たちは、天然たらしだね。母さんも姉ちゃんも、たちが悪い。」
「天然たらし?!」
「本人がわかっていないだけに、始末が悪い。」
弟がため息をついて、分かったような口をきく。
「なに言ってるのよ! お母さんはともかく、私は違うからね!
友達に世話になったお礼に、私ができることをしているだけなんだから!」
お母さんはお父さんによく頭を撫でられている。
お母さんがよく突拍子もないことを言うせいだ。
お父さんはお母さんが可愛くて仕方がないのだろう。
年の差が10歳以上あると、そういうものなのかもしれない。
実際私から見ても、お母さんは見た目とかではなく、お父さんの前での言動が可愛いのだ。
ただそれを、周囲にお兄ちゃんや私たち姉弟がいてもする。
両親が二人の雰囲気を作るので、私たちは空気になって、温かい目で仲のいい両親を見守っている。
夫婦仲がいいのは、子供にとって理想的だからね。
この歳になると、ちょっと甘ったる過ぎて、目のやり場に困るけれど。
「しかも、恋愛に疎い。」
弟の言葉に私は言い返す。
「中学生の弟に言われたくないわよ。」
弟の通う学校は中高一貫の男子校だ。
恋愛なんて、程遠いはず。
「ぼくは、好きな子がいるよ。」
「え? 嘘! 誰? 私が知ってる人?」
油断した!
弟に先を越されることがあってはならない。
「姉ちゃんに相談しても、役にたつアドバイスをもらえないだろうから言わない。」
弟は言いたいことだけ言って、私の部屋から出ようとする。
「待ちなさい!」
私は弟の手をとって、両手で握りしめた。
「何かあったら、私に言うのよ。お姉ちゃんは頼りないかもしれないけれど、力になるから。」
弟は握られている手を見て、またため息をついた。
「天然たらし。」
ーーなんでこの場面で悪態をつくのよ?!
「分かったから、手を離して。」
弟が可愛くないことを言うので、私は制裁を加えることにした。
私は、私より少し身長の高い弟を正面からがっしりホールドし、力いっぱい腕で弟の体を締めた。
「お姉ちゃんの愛を、思い知れ!」
弟は私のなすがままになって、じっとしている。
しばらくたっても弟がじっとしているので、私は心配になって腕を離した。
「苦しかった?」
私が弟の目を見てきくと、弟は私の頭に手をのせて軽く撫でた。
お父さんがお母さんにしていることと同じだ。
「お母さんと同じ扱い?」
私が不満に思ってきくと、弟はにっこり笑って言った。
「こういうことは、ぼくだけにしてね。」
ーーお姉ちゃんをとられたくないのね!
私の弟、すっごく可愛い!
「ぎゅっとするのは、弟だけにする。だから、お姉ちゃんに何でも言うのよ?」
弟は私の両肩を持って、私の鼻に自分の鼻をくっつけた。
「何でも?」
お互いの口がつきそうな至近距離で弟が言う。
大きくなっても甘えたがる弟に、私は付き合うことにした。
「私はお姉ちゃんだもん。弟の相談は何でものるわ。」
「そんなこと言ってると、いつか後悔するよ。」
「私が後悔するほど、たくさん私に相談してね。」
私が笑顔で言うと、弟は顔を離して笑った。