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振り向かない彼女を飼う方法  作者: 一会
第1章
15/81

15 弟 6

 


 ある夜、ぼくはリビングで座っている母さんを見た。


 母さんはテーブルの上のマグカップに両手を添えたまま、ずっと動かない。

 何か考え事をしていると思った。そしてそれは、父さんか兄さん、どちらかのことなのだろう。



 ぼくにとって、母さんと兄さんは反面教師だ。


 苦しいのに一緒にいたがるなんておかしい。

 他人なのだから一生会わなければ、いい思い出になって、幸せに生きていけるはずだ。 

 それなのに母さんと兄さんは連絡をとりあい、家族として会って行動し、家族としているにもかかわらず恋人のように見つめ合う。 



 ぼくは決してそうはならない。

 ぼくは姉ちゃんに苦しみを与えない。

 姉ちゃんにぼくの気持ちを悟らせない。


 姉ちゃんは母さんよりも鈍感だから、きっとぼくの想いに気付かない。

 それでいい。



 姉ちゃんとぼくは、母さんと兄さんのような他人ではないから、一生別れて会わないというわけにはいかない。

 ぼくは弟という枠組みからはみ出さないよう、生きていかないといけない。


 そうしないと、ぼくたちは幸せになれないから。





 姉ちゃんが夜の9時を過ぎても帰って来ない。

 ぼくは姉ちゃんのスマホに連絡を入れた。少し待つと、姉ちゃんから返信がきた。



 例の手作り夕食の男の家で酒を飲んでいる、という内容に、ぼくは焦った。

 姉ちゃんは、酒を飲むのは初めてのはずだ。


 ぼくは不安になって、すぐにでも迎えに行きたくなった。

 タクシーで迎えに行くから住所を教えるよう姉ちゃんに伝え、ぼくは兄さんに協力をお願いした。



 ぼくは残念だけど、まだ中学生だ。

 中学生一人での夜の外出は世間的よくないし、相手の男がどんなやつかわからない。


 あと半年たてば高校生になるのでできることが増えるけれど、それでも姉ちゃんを護(まも)るには足りない。


 ぼくは姉ちゃんよりも年下で、頼りない存在なのが嫌だった。

 



 迎えに行った先は、一人暮らしの男の住まいだ。

 姉ちゃんは愛想よく男に挨拶し、兄さんとぼくもそれぞれお礼を言って、姉ちゃんをタクシーに乗せた。


 兄さんが助手席に座り、姉ちゃんとぼくは後部席に座った。

 タクシーの中で姉ちゃんは眠そうだった。

 ぼくは姉ちゃんの頭をぼくの肩に寄り掛からせて、少し寝かせた。




 家に着くと、母さんが玄関で迎えてくれた。

 姉ちゃんは母さんに心配をかけたことを謝って、そのままシャワーを浴びて自分の部屋に入った。


 ぼくもすぐにシャワーを浴びた。

 姉ちゃんの部屋に行こうとして、帰宅して姉ちゃんと別れたあとで、兄さんに言われたことを思い出した。


 目を閉じて、「魔法の言葉」を唱える。

 ぼくは姉ちゃんの部屋に、勝手に入った。




 姉ちゃんはバスタオルを身体に巻いて、髪を梳いていた。


 「今日はありがとう。」


 姉ちゃんがまだ赤い顔でぼくにお礼を言った。


 ぼくは姉ちゃんの後ろに立って、ドライヤーで髪を乾かす準備をする。

 姉ちゃんの髪を乾かしている間、ぼくはききたいことをきいた。



 「あの人と、付き合っているの?」

 「そうよ。」


 ぼくは悔しくなった。


 「姉ちゃんは、あの人がいいの?」

 「あの人で、いいの。」


 ぼくは何も言えない。



 姉ちゃんの髪を根本から乾かし、最後に冷風をあてた。

 ブラシで梳かし、姉ちゃんの天使の輪を作る。


 ドライヤーを片付けて部屋を出ようとすると、姉ちゃんに腕を引っ張られた。

 急なことで慌てて脚に力を入れて、倒れないようにする。 


 びっくりして姉ちゃんの方を見たとき、姉ちゃんが僕の唇に自分の唇を触れさせた。

 ぼくは声を出せず、姉ちゃんを見た。


 「口直し。」


 姉ちゃんの言っている意味を考える。


 ぼくは姉ちゃんを見続けた。

 気づいてはいけないことに、ぼくは気付こうとしている。


 期待してはいけない。

 気持ちを育ててはいけない。

 母さんと兄さんのようになってはいけないのだ。



 「ファーストキスじゃないわよ。」


 姉ちゃんが言ったことに、ぼくは反応する。



 「あの人としたのがファーストキス?」


 姉ちゃんは微笑んだ。



 「違うわ。最初のキスは、あなたとしたのよ。」

 「覚えてないよ。」


 ぼくが否定すると、姉ちゃんが嬉しそうに言う。


 「私が小学生のとき、あなたが私にもたれてきて、口にくっついたの。」


 「それって、キスではないよね?」


 ぼくが客観的に言うと、姉ちゃんはついでのように言う。


 「あなたが小学6年生のとき、私たちはキスをしたわ。」


 ぼくは驚いた。


 「どこで?!」



 姉ちゃんは強気な目でぼくを見る。


 「あなたのベッドの中で、明け方に。

  私があなたにキスをすると、『もう一回』って言うから、またキスをしたわ。すると、次はあなたからキスをしてきた。」


 ぼくは目を開いて姉ちゃんを見続けた。

 キスの夢は、現実のことだった。

 理由をきいてはいけない。

 ぼくたちは、正しい方法で幸せになるのだから。



 「他には? 何かした?」


 姉ちゃんはぼくの質問に、目を輝かせた。しまった。



 「あなたは私の弟よね?」


 ぼくは頷いた。



 「お姉ちゃんは、口直しをしたいの。」


 姉ちゃんの要求に、ぼくは「魔法の言葉」で心の均衡を保とうとする。



 「何をしてほしいか、わからない?」


 姉ちゃんがぼくを挑発する。

 ぼくは弟の領分でできることをする。


 ぼくは姉ちゃんの頬に、唇をあてた。

 ぼくの精一杯の誠意だ。



 姉ちゃんは嬉しそうに、ぼくにまた要求する。


 「目を閉じて。」


 ぼくが言われた通りにすると、少ししてから唇に柔らかいものが触れた。

 離れていくと寂しさを覚えたので、ぼくは夢の中で言ったことを繰り返した。


 もう一度、唇に温かさが戻った。

 離れていこうとする熱を追って、ぼくの方から唇で触れた。

 ぼくたちは長いこと、そのままでいた。


 この行為を、弟の領分だと、どうか認めて欲しい。

 そうでないと、これがぼくたちの不幸の始まりになってしまうから。



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