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第8章~詩織の金言~

 午後6時。定時退勤の時刻を迎えたKは急いで書類を片付けた後、退勤した。明治神宮前駅から千代田線、JR常磐線を乗り継いで取手駅まで一旦向かった。千代田線の明治神宮前~北千住間はゴールデン出版に就職してからの17年間ほぼ毎日利用してきた。だがそれでも時間が長く感じる。だが土浦の家を手放すのは惜しく感じる。一歩を踏み出せそうで踏み出せないでいた。

 取手駅で兄のMが愛車のマーチで迎えてくれた。Kはマーチに同乗させてもらい、サンガンピュールのもとへ急いだ。Mが夜の国道294号線で車を走らせている時、助手席に座っていたKはサンガンピュールに対し、どう詰問しようかと考えていた。学校を「無断早退」するなんていい度胸だ。


 寺原駅付近のM宅に着いた時、時刻は午後9時を回っていた。Kは詩織への挨拶もそこそこに、サンガンピュールの居場所を探す。どうやら居間でゲームの音がする。あそこだな。


 「サンガンピュール!!」


 Kは兄の家の中で思いっきり怒鳴った。

 「うわっ!驚かさないでよ!いいところだったのに!!」

 彼女は、「いとこ」の稜とテレビゲームをしていた。プレステ2の「ワールドサッカーウイニングイレブン5」だ。フランス勢のチーム同士で対戦をしていた。その最中、Kが怒鳴り込んできた。

 「うわっ、びっくりしたぁ」

 彼の怒号に小学5年生の稜も驚き、Kの方を向いてしまった。

 「何したんだよ、今日、学校で!」

 「おじさんのその言い方が気に入らないの!」

 怒鳴れば怒鳴るほど、気持ちがすれ違っていく2人。これに対して、

 「ちょっと」

 と一声かけるM。

 「近所迷惑だよ。お隣さんもいるわけだし・・・。あと、稜を巻き込まないでくれる?」

 Mのドスの効いた声に対し、Kは恐れおののいた。

 それにもう一人、Kの言動に対して不満を持っている人がいた。詩織だった。

 「Kさん。少しお話があります。サンガンピュールちゃん、驚かせちゃってごめんね。今はいっぱい楽しんじゃいなさい」

 「ありがとう、詩織さん」

 「稜もキリの良いところでゲームを止めなさいよ」

 「はーい」

 詩織は楽しい雰囲気を壊すことなく、釘を刺した。


 KはMと詩織夫妻の寝室に招かれ、この日のサンガンピュールの様子を聞かされた。


 「あたしね・・・失敗しちゃった・・・」

 サンガンピュールが詩織のもとをアポなしで訪れた時、珍しく弱音を吐いた。そんな彼女に対し、

 「そうなんだ。・・・大変だったんだね」

 詩織は彼女の言葉にできないかもしれない思いを優しく受け止めた。

 「詩織さん・・・アナウンサーが殺されたっていうニュース、見た?」

 詩織は記憶をたどってみる。

 「ああ、今朝あったことね。あたしはお昼のNHKニュースで聞いたわ」

 サンガンピュールへのインタビュアーを務めた小鳥遊彩華がレイクタウンTVの生放送中に遺体で発見された第一の事件。そして、インタビューに同席した担当プロデューサーの小尻勇太が牛久沼の湖畔で遺体で発見された第二の事件。それはこの日に届いた夕刊でトップニュースとして扱われていた。

 「やっぱり」

 「生放送で、ああいう状態で発見されるなんて、まるで刑事ドラマみたい」

 詩織は笑わず、率直に感想を言った。

 「・・・殺されたアナウンサーは・・・、あたしにとって・・・恩人になるかもしれない人だったの」

 サンガンピュールは少しずつ言葉を口にした。

 「そうだったんだ。大切な人だったんだね」

 「あたしは・・・あたしは・・・、学校でそのニュースを聞いた時・・・どうしたらいいか、分からなかったの。給食も食べずに・・・現場に行ったの・・・。そしたら、追い返されて・・・」

 少しずつ、今日起こった出来事や自分の行動を告白していく。

 「そうだったの・・・。辛かったよね」

 詩織は、学校を「無断早退」した彼女を責めなかった。サンガンピュールもKに相対する時と比べると、なぜか心が安心する。同じ女性だからだろうか。それとも詩織の接し方によるものだろうか。

 いずれにせよ、詩織はこの日は学校に戻りたくないというサンガンピュールの気持ちを汲み取った。


 「そういうことがあったんですか・・・」

 詩織からサンガンピュールの行動に関する真相を聞かされた時、Kはそうつぶやいた。

 「『あったんですか』って・・・」

 詩織は呆れたような表情をした。Mは黙ったままだ。

 「Kさん。あなたはサンガンピュールちゃんと普段どういう風に接していますか?」

 「普通に接していますが」

 Kの返答に詩織は違和感を覚えた。

 「ちょっと、会話になってないんだけど。『普通に接している』って普段はどんな感じで接してるんですか?」

 「いや、休日は楽しく過ごしたり・・・だとか、晩ご飯を作ったり・・・だとか」

 Kの答えはしどろもどろになっていった。

 「そういうことを聞いてるんじゃないんです!」

 詩織の声が寝室に響いた。

 「Kさん、あなたはサンガンピュールが学校で何をやっているか。聞いてあげていますか?」

 「聞いています」

 「じゃああのが昨日何をしたのか、答えられますか?」

 昨日というと、6月22日の日曜日だ。

 「それは・・・」

 昨日のことのはずなのに、何も答えられない。サッカーでも鹿島アントラーズのいるJ1はリーグ戦中断期間(コンフェデレーションズカップに伴う日本代表チームの活動期間中)だ。だからサッカー観戦などをしていないのは確かだ。ただ、自分が守っているはずの彼女は昨日何をしただろうか。どんな会話をしただろうか・・・。彼女とは2年間生活を共にしているにもかかわらず、全く答えられなかった。

 保護者としての自分の至らなさを自覚させられることになった。また、実兄とはいえ、他人の家で思いっきり怒鳴ってしまった。もっと深く考えることはできなかったのか。

 「とにかく、『怒ること』『怒鳴ること』だけが、しつけではありませんよ」

 詩織から金言みたいな何かを教えられた。

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