第18章~やり場のない怒り~
土浦警察署内では、逮捕された岩崎守に対する取り調べが続いていた。取調室内では茂木刑事とその部下、容疑者である岩崎の3人が座っていた。
茂木は、ほぼ同時に失踪した黄前葉月との関係、宮城県における別の事件で逮捕された男との関係などを問いただすも、のらりくらりとかわされた。すると岩崎は、
「・・・同志に協力したのに!」
と語気を強めて言った。
「・・・同志?」
茂木とその部下はその言葉の真の意味をすぐに理解できなかった。岩崎は続いて、
「我々には世界平和を守るという崇高な理想がある。そしてその理想を共有する同志はたくさんいる!・・・日本だけでなく世界中にな。全員を捕まえようとして追っても無駄だ」
と吐き捨てるように言った。
7月11日、午後6時。
しばらくして取り調べの時間は終わり、岩崎は再び手錠をかけられた。茂木刑事、その部下と共に署内の通路に出た時だった。
「・・・岩崎ぃぃぃっ!!」
土浦警察署の刑事課(知能犯・暴力犯)の窓口付近で怒号が飛んだ。茂木が窓口に目を向けると、サンガンピュールの姿があった。
「・・・あんたは、あたしの大切な人を奪った!人殺し!殺してやるっ!!」
岩崎の姿を見て半ば発狂するサンガンピュールの姿を視認した。署内の警察官や職員がすぐに彼女を止めにかかった。茂木は彼女のフットワークの軽さに感心すると同時に、情緒面での不安定さを危惧した。先月から何も変わっていない。岩崎を留置場に収監するのを部下たちに任せた後、茂木がサンガンピュールの傍に寄ってきた。
「待て。・・・ここで騒ぐとみんなの迷惑になるよ」
小声だが威圧感を与えるような声だ。サンガンピュールは途端に静まった。やっと落ち着いたようだ。2人はしばらくして場所を移動した。茂木は自動販売機でジュースを彼女のために買った。自分にはコーヒーを買った。茂木にとっては今日の仕事が一区切りついた頃だ。2人は自販機の傍にあるソファに腰掛け、会話を始めた。
「さっき、ニュースを見て驚いた。まさか、あたしの顔見知りの人が逮捕されるなんて」
「そうか。そうだよね。とても驚いたよね」
「あんな奴が、小鳥遊さんを殺したなんて・・・悔しくて悔しくて仕方がない。タイムマシンがあったら、インタビューのあった日に戻ってあいつを殺してやりたい」
「・・・気持ちは分かるけども・・・」
茂木にとってこういう犠牲者の遺族や友人の声は幾度となく聞いてきた。彼らのやり場のない怒りを受け止めるのも自分の仕事だ。
「ただ、・・・もう小鳥遊彩華と小尻勇太は帰ってこない」
「それだから・・・それだから悔しいの!」
彼女は一気に感情を爆発させた。そんな当たり前のことを突き付けられると、どうしようもなくなる。
「・・・確かに悔しいという気持ちは分かる。でも、だから容疑者に対して暴力をふるっていいとでも?」
「いいんじゃない!?あたしの恨みがこれで晴らせるんなら!」
サンガンピュールの赤い瞳からは悔し涙がこぼれ落ちそうだ。
「・・・被害者の恨みをどう果たすか?そのために、俺たちがいるんだよ」
茂木は続けて言う。
「日本は法治国家、つまり法律によって支配されている国だ。たとえ相手が人殺しだったとしても、人を殺した人間を遺族が殴ったら、世の中が壊れてしまう。それこそ戦争の危機だ。世界平和にとっての危機だ」
「・・・もういい」
茂木の難しい法律の話は聞きたくない。サンガンピュールは鬱憤を晴らすのにエネルギーを使うのがバカバカしくなった。
その後の調べで、やはり同時期に行方不明になっていた後輩アナウンサー・黄前葉月も被疑者として浮上。だが黄前は「もはやこれまで」と思ったのか、逃走先の京都府宇治市で警察に出頭した。宇治市は黄前の地元だった。
「私は、茨城で発生したアナウンサー殺人事件での、犯人の協力者です。どうか私の話を聞いて下さい。・・・もう私は・・・自分の心にウソをつけません」
宇治警察署が任意で事情を聴いたところ、容疑を認めた。黄前葉月は共犯者として逮捕され、茨城県に護送された。