第10章~ストレス発散の日~
6月24日、火曜日。森先生が、塩崎ゆうこ(サンガンピュール)の欠席をクラス全員に伝えた時のこと。クラスメイトの反応は様々だった。
「ほんと、変わったヤツだよなぁ」
「戻って来なくていいよ、あいつは!」
「そうそう、授業をブチ壊したこともあったしさぁ・・・」
正に欠席裁判だ。ここぞとばかりに彼女への非難の声を挙げる。しかし、
「ちょっと、いくら何でもそれは無いんじゃない!?」
あずみがみんなの非友好的な姿勢を正そうとしたが、
「岩本、先生の前だからって調子に乗ってんじゃねえよ!」
「そうだよ、『幸せの王子』は引っ込んでな!」
他のクラスメイトによってからかわれる。その様子を、初台春、長谷川美嘉が心配そうに見つめる。
この日の1年1組は、塩崎ゆうこを快く思わない生徒にとっては、絶好のオアシスだった。
一方、取手のMの自宅では、サンガンピュールが朝からのんびりしていた。一方で今日一日、彼女の面倒を見ると決意した詩織は洗濯、掃除、領収書の整理、と普段の家事をこなしていた。
30分後、一通りの作業を終えたところで、詩織は居間で音がするのを聞いた。どうやら聞いた感じ、映画のようだ。そして何やらサンガンピュールが何らかの歌を元気に口ずさんでいる。
「サンガンピュールちゃん、何か元気に歌ってるけど、それ何の曲?」
詩織は気になって聞いてしまった。これに対し、
「ん?この映画に出てくる歌・・・だけど?」
とサンガンピュールは日本語で答えた。
「・・・どんな映画なの?」
と詩織はテレビへ顔を向けた。だが、テレビの前の光景を見た時、詩織は軽く引いてしまった。どうやらサンガンピュールはレイクタウンTVを通して戦争モノの映画を見たようだ。それがフランス語で制作された映画であったものも災いしてか、その劇中のBGMに魅了され、無意識に口ずさんでしまっていた。
「ねぇ、その歌ってどんな意味?すごく楽しそうに歌ってたけど?」
詩織は大学生時代にフランス語を第二外国語として履修したことがあり、フランス語の知識はうっすらとだが残っている。だが、フランス語のネイティブスピーカーと話したことはほぼ皆無だった。そのため、恐る恐る歌詞の意味を聞いてみた。
「最初の部分だけだと・・・、『撃て!一斉射撃!撃て!進め!注意しろ!隠れろ!伏せろ!止まれ!』・・・といったところかな」
詩織は
「そうなの」
とだけつぶやいた。表情は変えなかったものの、その一方で「果たしてこれでいいの?」という疑問が頭の中で湧いてきた。
ちなみに彼女が口ずさんでいたフランス語の歌の歌詞が以下の通りだ。
Feu! Tir de neutralisation! Feu! Allez!
Attention! Couvrez-vous! A terre! Halte!
Feu! Tir de neutralisation! Feu! Allez!
Attention! Couvrez-vous! A terre! Halte!
Sur le champ de bataille! Au front! Et jusqu'à notre mort!
Rejetez la vie, montrez la volonté qui habite en vous!
Feu! Tir de neutralisation! Feu! Allez!
Attention! Couvrez-vous! A terre! Halte!
Feu! Tir de neutralisation! Feu! Allez!
Attention! Couvrez-vous! A terre! Halte!
Il suffit d'écouter les tirs qui les chassent
Entendez-vous les cris? Entendez-vous cen asticots?
Ecrasez les tous! Ecrasez les tous!
Les gars! Quel est notre mission? L'extermination absolue!
Pas un seul ennemi ne vivra!
Nous allons préparer l'enfer pour ces asticots de la terre!
et courir la tête la première vers la grêle de balle?
La réponse est claire: C'est pour ce pays!
En route pour le champ de bataille! Au front! Et à ta mort!
Rejetez la vie, montrez la volonté au plus profond de vous!
Montrez moi la loyauté! Montrez l'obéissance! Servez maintenant corps et âme!
Chaque fibre en vous devrait crier fort triomphalement!
Maintenant, avancez!
Sur les montagnes, nous empilons les cadavres au-dessous de nous jusqu'au firmament!
Feu! Tir de neutralisation! Feu! Allez!
Attention! Couvrez-vous! A terre! Halte!
Feu! Tir de neutralisation! Feu! Allez!
Attention! Couvrez-vous! A terre! Halte!
(終わり)
~日本語訳~
撃て!一斉射撃!撃て!進め!
注意しろ!隠れろ!伏せろ!止まれ!
撃て!一斉射撃!撃て!進め!
注意しろ!隠れろ!伏せろ!止まれ!
戦場へ、前線へ、そして死の淵まで!
命捨てたその覚悟を示せ!
撃て!一斉射撃!撃て!進め!
注意しろ!隠れろ!伏せろ!止まれ!
撃て!一斉射撃!撃て!進め!
注意しろ!隠れろ!伏せろ!止まれ!
お前を追い詰めるあの銃声を聞け
あの叫びが聞こえるか?
蛆虫たちの絶叫が
踏み潰せ!踏み潰せ!
諸君、我々の任務は何だ?
殲滅だ!一機残らずの殲滅だ!
我々が為すべきことはただ一つ。地獄を作るのだ!
弾丸の雨に打たれに行くのか?
笑止千万!国の為だ!
戦場へ!前線へ!そして死の淵まで!
命捨てた覚悟を示せよ!
忠誠を!従順を!そしてその魂を
全て捧げ、勝鬨を上げよ!
さあここに築いてみせろ、天に届く死体の山を!
撃て!一斉射撃!撃て!進め!
注意しろ!隠れろ!伏せろ!止まれ!
撃て!一斉射撃!撃て!進め!
注意しろ!隠れろ!伏せろ!止まれ!
(日本語訳・終わり)
この映画のBGMは、彼女にとってはストレスを発散する絶好の道具となったようだ。
彼女のインタビュアーを務め、気に掛けてくれた小鳥遊と小尻の両名を殺害した者はまだ不明だ。しかし、サンガンピュールが加害者に抱く憎しみは当然、一日や二日で消えるものではない。むしろ増幅していった。
この光景を見た詩織は「今日は彼女のストレスを発散させる日」と解釈した。そしてこのことを保護者であるKに報告すべきか、一瞬考えこんでしまった。