出発するために。(後編)
カルマによる、能力実験が開始された。
悪魔の笑いを浮かべながら、哀れな実験台のほうへ向かっていく。
「…クク、次はこれだ」
通路の端まで吹き飛んだ相手を、余裕の表情で追い込んでいるのはカルマだ。
Aランク魔獣であるキマイラ相手に、赤子の手を捻るかのようだ。
実際に勝負になっていない。
元々の実力でいえば、互角のはずなのにである。
ナイトメアは、Aランク昇格対象のレアモンスターで、Bランク最高位に位置するステータスだった。
しかし、物理攻撃が効きにくい点からランク以上の強さと、魔法威力のえげつなさが他とは一線を画してた。
だがナイトメアは悪魔なので、わざと実力を隠していて、HPを半分切ると力解放モードとなり、その圧倒的実力で相手を抹殺し嘲笑うという、悪趣味な設定であった。
ちなみに、テイマーがテイムした場合はAランクに格上げする。
そんなわけで、最低でもAランクから始まり、一部のプレイヤーに奇人とまで言われた育成愛に富んだ主人を持ったおかげで、地味にSランク近くになっていた。
そして…、この世界のカルマの肉体を手に入れ、悪魔としての格も上げてしまったのだった。
前までは、『上位悪魔』だったのが、『悪魔公』になっていた。
地味に魔王の側近と同格である。
当然、ユートは気がついていないわけだが…
「耐えてみせよ、イビルインフェルノ」
まるで、意志があるかのように、悪魔の形をした黒い炎がキマイラの覆い被さった。
その瞬間、キマイラは絶叫をあげた。
グギャアアアアアアアアッ!!!
触れた場所から燃やし尽くしていく。
あとに残ったのは、頭が消し炭になったキマイラの死骸だった。
「この程度の相手では、こんなものか。ふむ、素材は回収せねばな。主のために」
クククと笑いをこぼし、キマイラの巨体を咥えて運ぶのだった。
───カルマが去ってから、クロは、男を守るため影に潜んでいた。
一応、主人はユートのままということになっているが、眷属としてカルマに支配されているので、カルマの命令が絶対だ。
クロは、元々シャドウウルフという、歴とした魔獣だ。
だから本来は眷属になることは出来ないが、闇属性と親和性が高いこと、この世界のクロと存在が重なったせいで、悪魔として生まれ変わってしまった。
それに加えて、カルマに挑んで負け、魂の存在になった際に、自分の体を捧げ契約してしまったのだった。
そんなわけで、今のクロはいつの間にか種族が代わり、デーモンウルフとなっていた。
見た目は全く変わらない。
だが、特性が変わり物理ダメージが効きにくいという、ナイトメアと同じ特性を持ったようだ。
そのうえ、スキル〈影潜り〉を習得し、いつでもどこでも影という異空間内に潜むこととが出来る。
それを利用して、さっきから近付く魔獣をハントしていた。
今も、2匹のダイアウルフの斥候が近付いて来ている。
あと3m、2m、1m…
グアッと、影から飛び出し、ダイアウルフの一匹の喉元を喰いちぎった。
驚いているもう一匹にすかさず、前足の黒いオーラを纏った爪で一薙ぎし、体を二分させた。
「コレガ、イマノワレノチカラ…」
誰に言うでもなく、呟き自らの力を確認する。
そして自分の本当の主人、カルマに認めてもらえる事を夢想しながら嗤う。
…ユートの知らないところで、ヤヴァイ奴がひとり増えていたのだった。
後ろの戦闘など気にしない、というよりも聞こえていなかったガントは、順調に採掘を進めていた。
掘って鉱石を見つけては、ゲンブのカーゴに放りまた採掘を再開する。
数時間掘ったころには、カーゴの中にある採掘BOXは一杯になってた。
フォージ(炉)で溶かさないと、これ以上は採掘しても持っていけない。
「そろそろ、ユート達戻ってくるよな。少し休憩するか」
そう言いながらガントは、水筒で水を飲みながら近くで腰を下ろした。
しばらくすると、予想通りユートが帰ってきた。
大漁のお土産と一緒に。
「えっと、なんかすげー増えてないか?」
見るとフレイムキャットが11匹に増えており、その口には仕留められたダイアウルフがそれぞれ2、3匹ぶら下がっている。
さらに、入り口で合流したらしいカルマも何やら大物を咥えていた。
「いやー、素材を入れるにも多すぎてさ、そのまま持ってきたんだよ」
さすがの光景に、ガントは唖然としてた。
「つか、なんでフレイムキャット増えてるんだ?」
「あぁ、これはフィアのスキルなんだよ。一時的に増やせるんだ」
顔を引き攣らせたまま、そ、そうかと呟いていた。
さらに奥に目をやり。
「で、カルマが咥えてるのは?」
「例の縄張り作ってたやつだよ。カルマを襲ってきたらしい。種族名は…確か、Aランク魔獣のキマイラだ。皮素材はこれでいいな」
全員ほぼ無傷で、このフロアに巣食ってた魔獣を一掃したというユートに、噂以上に規格外だと思い知らされた。
ガントは混乱して忘れていたが、来る途中にユートという奇人のテイマーの話を思い出していた。
なんでも、テイマーとしては異質のSランクテイマーがいて、そのペットはどれもおかしいくらい鍛えられていると。
その実力を成果だけで充分に理解できた。
「あんた、やっぱ噂通りやべーな」
「あれ、俺のこと知ってた?まぁ、凄いのはペット達だけどね。ははは」
そいつらを使役してる事が、すげーんだよ!と心の中で言っておいて、カーゴのBOXがいっぱいなので、そろそろ溶かさないとこれ以上は採掘出来ないことを説明した。
「そっか、この短時間でもう一杯か。ガントも何気に優秀だなぁ。よし、獲物を解体してカーゴに収納したら、フィアで携帯フォージに火をくべよう」
「ああ、助かるよ。解体も俺にやらせてくれ。その方がスキルある分良い素材をとれるはずだ」
「分かった。このフロアは殲滅したし、暫くは安全だ。時間は気にしないでやってくれ」
「りょーかい。任せてくれ」
ユートは、カーゴに獲物入れを作ってそこに一旦全ての獲物を入れた。
その後、ガントも入ってもらい、素材の採取をしてもらう事にした。
「主、我とクロで見張りをしますので、少しお休みください」
「お、気が利くなカルマ。じゃ、気兼ねなく休ませてもらおう。お前がガードしてるなら、ドラゴンの大群でも来ないと出番すら無さそうだしな」
何となしに、さっき合流したときにカルマのステータスを確認したら、自分がタイマンしたときよりも格段に上がっていてちょっと吹いた。
あの時、きっと本気じゃなかったんだな。
なんという怖い奴だ。
自分のペットで良かったと思いつつ、少し休憩した。
1時間後、全ての解体と仕分けを済ませて、ガントが中から出てきた。
「かあー、疲れた。数がマジで多かったぜ。だが、これで革とかの素材はバッチリだ。ついでにバックパックや、俺の装備も新調出来そうだよ」
いい笑顔と、疲労を滲ませて、嬉しそうに言う。
「だけど、鉱石はまだまだあった方がいいな。取り敢えずフォージの火はどうだ?」
「おつかれガント。フィア達が熱を調整してくれてるから、いつでも溶かせるぞ。やるか?」
「ああ、やっちまおう。結構いい鉱石出てたから、ウズウズしてるんだ」
人の事、奇人とか言うが、ガントもなかなかなホリックだ。
実は根っからの職人のようだな。
「無理はすんなよ?」
「わーってるよ、ささっと終わらせようぜ」
カーゴから次々に鉱石を取り出し、溶かしていく。
自分じゃ良く分からない道具を使いこなし、見る見る金属が産まれていった。
この世界は魔法みたいなスキルがあるので、見た感じは一定温度になったら光って金属に変わっていくように見える。
ここに来る前に、この世界のステータスの見方やスキルの使い方について分かる限りはレクチャーしておいた。
スキル上げも生産作業も効率が重要だしね。
いま見た感じ、もう使い慣れたようだな。
この世界でも今まで通りに生産スキルを使いこなせると思う。
そして、俺の装備もグレードアップを期待出来るってことだ!ふふふふっ。
「おし、金属生成もOKだ。この後は、携帯フォージを近くに置いて採掘するから、出来上がった金属隗をカーゴに突っ込んでくれ」
「オッケイ、ガント。職人モードのお前は頼りがいのある男だな」
ブフッと、ガントが噴出して慌てた感じで抗議する。
「おちょくるのはよしてくれ!本業が真剣なのはどこの誰でも一緒だろ!」
「はっはっは、すまんすまん。じゃあ、ゲンブと一緒に後ろにいるからな」
「ああ、うまくいけば今夜中に十分な量が取れるだろうから、もう一息がんばるよ」
中々に逞しい腕でガッツポーズしてやる気を見せたガントは、すぐさま作業を開始した。
地球でこの量を採掘するなら、大型の採掘機械と鉱炉が必要なことを考えると、鍛冶師スキルもちも中々にチートと言えるな。
重さで、5トンくらいの鉱石を掘り出し、インゴットに精製した金属が、鉄500個、銅100個、魔鉄200個、銀50個、金10個、ミスリル30個、オリハルコン10個とまずまずな成果だった。(ちなみに普通の村人ならこれで一生暮らせる。)
ガントは『ここの採掘場は、質がいいな。討伐出来なかった事にして占領したいくらいだぜ』と、真顔で冗談には聞こえない事を言っていた。
そのうち誰かが討伐しにきたらばれるからやめとけと言っといたが、とても残念そうだった。
どちらにしろ、俺のゲンブがいたから一気に運べるのだし、本来住んでる魔獣も多数いる。
だからキマイラほどじゃないにしても、鍛冶屋がソロで来るには危険すぎるので通うのも無理だろう。
専用カーゴもガントは持ってないし。
戦利品をゲンブのカーゴに全部いれ、ついでに体力使い果たしたガントもカーゴ内に放り投げて、一気に脱出することにした。
中が揺れて気持ち悪かろうが、俺じゃないし、気にしない。
俺は、カルマに跨り、フィアは分身を消してカルマと俺の間にちょこんと座り、ゲンブについたロープをカルマに咥えさせダッシュさせた。(クロは、例のごとくカルマの影の中らしい)
梯子を馬で駆け上がる体験は、大変スリリングで二度とやりたいとは思えなかったはご愛敬か。
風のごとくというか、影が移動しているかのようにスルスルと地上まで駆けていった結果、1時間ほどで入口まで戻ってこれた。
途中、出てきた動物とかそのまま吹き飛ばしてたのは、きっと気のせいだろう。
…多分。
人がいなくて良かったと本気で思ったくらい容赦なかった。
外に出るとニケが待っていた。
俺の顔を見るなり嬉しそうにクアァー!と鳴いていた。
可愛いやつである、なでなで。
外は、すっかり夜更けで今から村に戻っても宿屋が開いてそうになかった。
そのため、外に建てたテントで仮眠を取ることにした。
ちなみに、カーゴに放り込まれたガントは既に気絶してたので、そのまま寝かせておいた。
俺もカーゴ内に寝袋を敷いて寝た。
フィアは、俺の上で丸まって寝ていた。
可愛いけどちょっと重い…。
ニケとカルマはテントの外で番犬よろしく、見張りしつつ休んでいた。
次の日の朝、特に何事も起きなかったが、朝になってガントがとても文句言ってきたことと、ニケとカルマが軽く手合わせをしたらしく、テントの周りにクレーターが何個か出来ていたが、気にしないったら気にしない。
来た時と同じようにニケにガントを乗せ、ゲンブを吊るし、カルマには俺とフィアが乗って高速移動で村まで戻った。
帰りは道も慣れたのもあり、きっちり3時間だった。
村に戻ると武器商人のとこへ行き、銀貨3枚で工房を貸してもらうことになった。
そこに、カーゴから各インゴットが入った箱と魔獣の皮が入った箱を降ろした。
ガントの話では2~3日で出来上がるらしいので、じゃあ任せたぞ!と、それまではゆっくりすることにした。
ついでにと、キマイラの亡骸を村長に持っていった。
「おお、なんと!あなたはこの村の救世主じゃあっっ!!」
とか言い出したが、スルーして貰うもんだけ貰った。
報酬はなんと金貨30枚と、宿屋フリーパス券だ。(使う度に村長に請求がいく仕組みらしい。ちなみに食事代は別らしい。)
ほくほく顔で厩舎へ行き、カルマとニケ、フィアとゲンブを預けて、ついでに金貨10枚を弁償代として払った。
『こりゃあ、多いですよ旦那!』とか言ってたが、試しに、「じゃあ、今後はタダで預かってくれよ!」と言ったら、快諾された。
…今回は、本当に脅したりもしてないのでびっくりした。
この後で寄った酒場では、あの厩舎の兄弟が鉱夫をしているらしく、すげー感謝してたぜと言われて理由が分かった。
良いことはしておくもんだね、うんうん。
宿屋に戻り、久々のベッドにすぐさま潜り込んだ。
こっちに来てからの事に考えを巡らす。
まだ、なんでこの世界に来てしまったのか、LBOの世界とどこまで同じ世界になっているのか?
不明な点が多いけど、カルマやニケ達の力が十二分に通用することが分かった。
しかし、これから先は何があるかわからない。
まず、生き残るためにすべての能力を憚らずに使っていこうと決めた。
装備を整えたら町に行って情報を集め、他にもプレイヤーがいれば情報交換をしたい。
なんなら、パーティとか組んでさらに戦力強化するのもいいかもしれないな。
ほとんどソロだったので、ペット以外への指揮とかわからないけども。
それに町にはギルドの支部があると酒場で聞いているので、クエストとかそこで受けておきたい。
収入を確保しないと、地球でサラリーマンやってる人間としては心許ないし。
金庫にLBOで稼いだお金残ってないかなと淡い期待も持ちながら、なんとなく次の冒険に心躍らせている自分がいるのだった。
お読み戴きまして有難うございます!
次話も宜しくお願いします。