第7話 昭和ヤンキー《護武輪頭》
丸井さんと目があった……。
これ、助けなきゃダメかな?
うっわぁ。今俺、指鳴らしながら近付いていってたよね。ヤル気満々だったよね。
その姿を丸井さんは見てるって事で……。
うん、そうだね。行かなきゃだよね。
よし。……覚悟を決めよう。
ヤル気満々な姿から一転、指を鳴らしていた手は卑屈な揉み手になり、低姿勢でヤンキーに近づき話しかける。
「あのー。嫌がっているみたいなのでやめませんか?その子クラスメイトなんです……」
こちらが話しかけた途端、リーゼントとツンツンヘアーはこちらを向き、大きい声で威圧してくる。
「あぁ゛、なんだてめぇ。クラスメイトだかなんだか知らねえが引っ込んでろ!」
「そうだぜワレェ!もうちょっとで落とせたのがしらけちまったじゃねえか!」
覚悟を決めて話しかけては見たが、これは……心が折れそうだ。
そりゃこっちに絡んでくるよね……逃げたい。
そんな中、空気を読まずヤンキーに意見をする人がいた。クラスのマスコット的存在の天然キャラ、丸井さんだ。
「えぇ!?全っ然、落とされそうじゃなかったよ!?オレは家に帰りたがってたんだぁ」
……そういや丸井さんって、場の空気を読まずに変な事言っちゃうことあるんだよなぁ。クラスの中でなら問題ないんだけど、ここでそれは結構やばいんじゃないか。
「「……」」
リーゼントとツンツンヘアーは、顔を引きつらせ硬直している。
丸井さんのあまりにストレートな物言いに、先程落とせそうだったと発言したツンツンヘアーは不機嫌度上がったみたいだ。先程威圧してきた時の様な作った怖い顔じゃない、薄く笑みを浮かべたその顔は鬼の形相と言っても過言じゃない。
ツンツンは舌打ちをした後、なぜかその鬼の形相を丸井さんではなく俺に向け、声を荒らげる。
「ワレェ!よくも恥かかせてくれたなぁ。俺らがここら辺シメてる暴走族の《護武輪頭》だって知ってて邪魔したのかよ。なぁ?なぁ!」
ゴブリンズってなんだよ。聞いた事ないよ。それから、ここら辺って暴走族まだいたの!?
も、もしかしてこいつら!
昭和ヤンキーだしな、ありえるぞ……。チーム名のゴブリンズは、漢字バリバリに使ってるタイプなんじゃないか。
時代遅れが過ぎる二人組みの名乗りに驚き、恐怖よりも興味がまさった。
妄想を発展させていき、その場にあるまじき反応を示してしまう。
鬼の形相で威圧してきたヤンキーの前で、想像の中で考えた滑稽なヤンキー像に、笑みを浮かべ吹き出してしまったのだ。
「やっぱ舐めてんなてめぇ!!」
ツンツンは恐い顔は更に怒気を含み、殴りかかってきた。
びびりにびびった俺は転びそうなほど身体を後ろに仰け反らせた。
結果、ツンツンの拳が上手く避けられ、目の前を通り過ぎて行く。
こ、こぇー、なんだよこれ。ヤンキーってこんなに躊躇なく殴ってくるの、逃げたい!
……ん?ツンツンがなんか驚いてる……今なら逃げられそうだぞ!……いや、今後水原が昭和ヤンキーに絡まれてた時にも逃げんのか……。
そうじゃないよな。もともと助けに行こうとして近づいたトラブルだ。自分で動いた失敗だ。動かなかったよりマシな結果を掴んだはずなんだ。
せっかくなら丸井さんを助けてみせる!
最後まで首を突っ込みきると覚悟を決めた。俺の意思が固まってツンツンの顔を再度よくみると、ツンツンは驚いた顔をしている。
「俺の拳をスウェーで紙一重だと……ワレェ、ボクサーかいなぁ!!」
ツンツンはなんか変な勘違いをしていた。
ボクサーってなんだよ、私は喧嘩なんてしたことがございませんよ!
「上等じゃねぇか、俺もやるぞ!2対1なら負けねえよ!」
はい。ツンツンが手強そうだと勘違いしたせいで、リーゼント参戦しました。
こんな弱そうな一般人に2対1ってどうなんですか!
そんな丁寧な思いが届くわけもなく、ツンツンとリーゼントは威圧感たっぷりでゆっくりと迫ってくる。
二人が少し手を伸ばせば触れられる程の距離まで近づいてくるが、恐怖は身体を固くさせ、動くことなど出来ない。
リーゼントは右側から潜り込むように腹へ左フック、ツンツンは左側から顔面目掛けてストレートを打ってくる。
拳が来るのはなんとなく見える。だけど、わかっててもさっき避けられたのはまぐれだ。怖い。
足は硬直しまだ動かない。とっさに無様な格好だったが顔を腕で守ったが、拳は吸い込まれるようにクリーンヒットする。
リーゼントに殴られた腹とツンツンに殴られた肘に激痛が走る。
めちゃくちゃ痛い。
「おっしゃ、やれんぞぉ」
リーゼントが吠える。
いや、もとからやれる相手なんですって!
そんな本気でかかってこないで——。
——そこからリーゼントとツンツンは一緒に、何度も何度も殴った、蹴った。
リーゼントの攻撃は俺の全身をボロボロにし、ツンツンの攻撃は、俺の肘を集中攻撃してくる。
痛くて仕方ないし、ろくに動けなかった。
めっちゃ涙が出る。口の中は血の味がする。正直言って後悔してる。
だけど、自分からトラブルに突っ込んだんだ。俺にも男の意地がある。
自分に残った最後のプライドで、倒れる事と相手の目を睨む事だけは辞めなかった。
何も出来なかったが、しばらく殴られる事で、相手を疲れさせることくらいは出来たみたいだ。ツンツンとリーゼントの攻撃が止まった。
しかし、またすぐに次の攻撃が来るだろう。
次の攻撃に恐怖し、殴られる覚悟をし、しっかりと歯を噛み締め、ゴブリンズの二人を睨む。
するとリーゼントは拳を下ろし、ツンツンへと話しかけ始める。
「何だよこいつ、反撃もしてこねぇ癖に、全然倒れねぇぜ……なぁ、今日の俺の拳は壊れでもしてんのか?」
いや、お前の拳は硬いよ。壊れてなんかないよ。一発一発がどれだけ痛いと思ってるんだ。
でも、出来ればここで、倒れない俺にびびって帰ってくれ……!
そんな事を考えていると、ツンツンの方から思わぬ援護射撃が飛んできた。
「ちげぇぜ……こいつ、何度も俺の攻撃だけを狙って、肘でガードしてきやがった!そういや、プロボクサーってのは喧嘩で拳をつかわねぇって聴いたことあるぜ!やっぱ凄腕のボクサーだなこいつ……おれは、あいつの肘ガードだけで、拳がもう握れねぇ……」
……アホだツンツン。おまえ、わざと肘を集中攻撃してたんじゃなかったのか……アホだ。
「マジかよ。でもこいつ、めっちゃ泣いてて、そんな凄くは見えねぇぞ」
「いや、こいつはきっとあの女が好きにちげぇねえ……なのにプロボクサーとして手も出せねぇ……強えのに、鍛えてんのに闘えねえ事が悔しくて仕方ねぇんだ!だから泣いてんだよ!こいつが切れたら、とんでもねぇマッハパンチが飛んでくんぞ!なによりも、今も手を出さずに俺らを各個撃破するつもりみてえだしな……」
イイぞ、その調子だ!頑張れツンツン!!
俺はお前の味方だぞ!
「自分から動くことはねぇってことか……ここら辺で勘弁しておいてやらぁ、次俺らに関わったらただじゃ済まさねえからな!」
そう言うとリーゼントは舌打ちしながら去り、その後ろをツンツンが追いかけて行った……。
ツンツンが変な勘違いしてくれて助かったぁ。
ゴブリンズの背中が見えなくなったら安心してしまった。
意地で立っていた俺は、自分の体を支えきれなくなり、その場に倒れる。
目の前で人が倒れたため驚いたのだろう。丸井さんはその目に涙を浮かべながら側に来た。
「内海くん、大丈夫!?オレ、内海くんが助けにきてくれたのに、怖くて、動けなくて、オレ、オレ……」
丸井さんはまとまらない気持ちがどんどんと口から溢れるかのように話した。パニックになりながら自己嫌悪してるみたいだ。
そう言えば、丸井さんを助けるつもりでちょっかいだしたんだっけ。途中から痛いと終わってくれとしか考えてなかった。
丸井さんが負い目を感じる必要なんて全く無い。
勝手に首突っ込んで、ことを大きくして、やられて。
本当にどうしようもなくカッコ悪い。こんなのただの自業自得なのに……。
「……まるい、さん?あー……いたね、わすれてたぁ……。ははっ……変に事を……、大きくしちゃった……よね。……でも無事でよかっ……た」
呼吸が辛い中、一言一言喋るたびに呼吸をして、なんとか返事をすることが出来た。
「忘れてたのかよ!ヒドイ!……でも、オレなんかの為に、ごめんよ。ありがと……ありがと。あんな奴らに連れていかれてたら、きっと危なかったよぉ」
「はははっ。……俺、水原が絡まれてるっ!って……思って、勘違いで来たんだ……。丸井さんだって、最初にわかってたら助けなかったかも……、そんな……最低な首の突っ込みかただったんだ。……丸井さんは気にしないで」
ゆっくりと話していると徐々に呼吸が楽になってくる。
殴られてる時は怖くて仕方なくて、丸井さんのことなんてすっかり忘れていた。そんなやつに恩義を感じる必要なんて全く無い。そう伝えたつもりだったのだが、丸井さんは別の箇所に反応を示す。
「……水原さんって、クラスの水原さん!?内海くん好きなの!?やるねぇ、いいぞ、かっこよかったぞ内海くん!」
「ありがと。その水原だよ。その水原が……好きなんだ」
本人にはまだ伝えていないその想いは、自分の口に出して見ると、とても暖かく気持ちになれた。
「そーなんだ!へへっ、勘違いでも好きじゃないオレのために頑張ってくれたなんて更にかっこいいな!きっと、瀬戸くんの魅力に気付く前のオレなら、好きになってたくらいだ!」
丸井さんは、泣きながら笑って褒めてくれた。
あの場で逃げなくて本当に良かった。
丸井さんがこんなに褒めてくれたなら、殴られたのだって誇らしく思えて、なんだか少しだけむず痒い気持ちになった。
照れて仕方がない。恥ずかしくなって、照れ隠しで、俺は丸井さんと一緒になって笑った。
なんとかヤンキーを追い払った内海昴
仮想水原で助けられた丸井有子
二人の前に新たに男が一人姿を現わす
ゴブリンズの二人は覚えていろよと言ったが、彼らに次の出番はあるのか
次回『たとえどんな世界でも』
第8話 協力者 荒岩中吉
《原色高等学校幻の八不思議》
次回を読まない生徒は、幸せになれない