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たとえどんな世界でも  作者: 進藤 真道
第1章 努力するとは決めたんだけど、一体何すりゃいいんだろ?
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第5話 君を好きになった理由

 結局ハラコウは、甲子園で負けた。

 ハラコウ生徒はOB会の融資により、ハラコウが負けるその日まで全校生徒で球場に通っていた。

 負けた試合……あれが何試合目で、後何回勝てば優勝だったのかもよくわかってはいない。

 あの時はようやく帰れると内心でガッツポーズをしたものだ。


 地元に帰ってきてからは、家でだらだらとゲームをして夏休みを消化していた。

 昼食が出来たと、母ちゃんが俺の部屋へ入ってきた時、母ちゃんはゲームをしている俺の姿を見て、呆れた。飯を食べろと部屋に入ってきた母ちゃんだったが、飯そっちのけで、勉強をしろと言ってきた。


「あんたに、将来の夢がないのはよく分かってる。でも、勉強だけはしておきな。勉強ってのはね、本当に何かを身に付けたいと思った時に、机に向かう習慣と根気を身体に覚えさせておく練習になるんだから」


 受験に必要だからとさとされたのではない。

 今後に活きてくると言われた。

 今の俺では否定出来ない、今後というその話には何も言えなかった。

 さっきの話を聞いて家でまだゲームをする胆力はなく、市立図書館に行って勉強してくると母ちゃんに伝えて家を出た。


 外は暑かった……。

 家を出てから図書館に行くまでは辛かった。昼の太陽は気温を上げに上げ、図書館に着いた時には涼しさでここは天国かと思った。

 クーラーの涼しさと静寂が場を支配している図書館はとても居心地がいい。

 どこで勉強をするかと空いている席を探すが、夏休みの図書館は受験生の宝庫だ。空いている席は少ない。


 あ、見つけた。


 図書館の中を開いている席を探しうろついていた俺は、それを見つけた。空いている席をではない。

 綺麗な黒髪、特徴的なキツネ目をした女の子を見つけた。


 水原だ。


 入った時にはクーラーの涼しさでここを天国かと思った。

 なら天国で見つけた可愛い女の子ってなんだ?

 天使だ。


 このあいだのお礼をもっとちゃんと言わなければと、水原に近づいた。

 図書館なので、周りは勉強をしていたり読書をしていたりと静かだ。

 俺は小声で水原へと話しかけた。


「水原さん、わかるかな俺」


 球場で恐る恐る水原の名前を言った。それなのに彼女は、淀みなく俺の名を呼びながら返事をした。

 だからわかっていたのだ。彼女が俺の名前を知っていることくらい。あの時は意識していなかったけど、もしかしたら、もう一度水原に名前を呼んでもらいたかっただけなのかもしれない。


「内海くん、相変わらず覇気のない顔してるね」


 天国の住人に見えている水原が小声で返事をしてくれ……結構な毒舌を貰ったな。思い返せば、球場でも死んだ目がどうとか言われた気がする。

 でもこの子、俺の顔も名前もやっぱり覚えてくれてるんだと思い直し、毒舌を貰ったのに少し嬉しくて、笑顔になりながら水原へと返事をした。


「おう、事実だな。顔をしっかりと覚えてくれてるみたいで良かった」

「いやいや、席隣じゃん。覚えるよそりゃ」


 水原に特別な感情がないことなんて想像通りだった。


 そうですよね、席が隣だから覚えてるだけですよね……。

 でも水原って小さいし可愛い顔してるのに、結構はきはきと喋るタイプなんだなぁ。

 おっと、お礼を言うために近づいたんだ、ここでしっかりとお礼をせねば。


 そんな事を思い、水原にお礼を言った。


「この間、球場ではありがとうな。日陰で休憩して初めて気付いたよ。あの時、俺バテてたんだな。——あと、あの梅干し!なんかすごい美味かったんだけど!」

「ほんと!?あれ私が作ってんの。いやー、わかる人にはわかってもらえるんだねえ、お婆ちゃんに習ってさ、小さい頃から漬けてんだけどね、ちょっとこだわりのやつなのよ」


 水原はそう言って満足そうに細い眼をさらに細め笑った。眼が線みたいになっていた。

 水原は本当に楽しそうに笑うんだ。

 あとこの時、裏表がなく本当に喋りやすいと思っていた。遠慮がない分はっきり思いがわかると言うか……良い性格の子だと思った。

 想像以上にスムーズに出来た会話のお陰か水原の事がさらに気に入っていたんだ。

 そして、見惚れる程の笑顔を見て、思った。さっきはクーラーの力で天使力が高かったけど……水原、そんなのなくたって天使かも……。って。


「話は終わりかな。なら、私は帰るとこだったから、またね」


 笑顔に見惚れていたら、水原は会話が終わったのかと思い、俺に帰ると告げた。

 もう少し話をしたいと思ったから、咄嗟に口からでまかせを言ってしまった。


「お、おれも帰るとこだったんだよ!一緒に出るわ!クーラー効いたここから出るのいやで踏ん切りがつかなかったんだよなぁ!」


 彼女の可愛さに気付き意識し始めた俺は、どもりながら返事をした。

 この図書館に来たばかりなのに、急に予定を変更して。いきなり一緒に行動したいなんて、気持ち悪くないか……と、そんな状況は知らない水原に必要以上の心配をしていると、水原はうんうんと頷きながら言ったんだ。


「……わかる!クーラー効いてるとこから離れる誘惑は一人では勝ちづらいよねー。じゃ、一緒に出るか」


 まさかのお誘い成功だった。

 水原は、勉強の片付けをして外へ出るまでの間、クーラーの効いてない外へ出る辛さを話していた。

 俺はまだ勉強道具を広げてもいないのに、そのままの図書館から出て行った。


 図書館から出ると水原は俺に帰る方向を聞いてきた。

 学校のすぐ近くだと答えると、水原は学校に行くまでは同じ道なんだねと言い、まさかの道中でも会話をすることが出来る状況が出来上がった。

 そんな状況に更にテンパってしまう。何かこちらから話題を振った方がいいんじゃないだろうか、話しかけることはないのか、なんて。

 話題なんて咄嗟とっさに思い付かなかったのに、いや、何も話題が思いつかなかったのに話題を提供しようとしたからだろう。

 変なことを言ってしまった。


「なぁ、水原さん……す、少し、話し相手になってくれよ!」

「どした?なんかあったの?」


 ——どうしよう!帰り道は一緒にお話しようねって伝えたかっただけなのに!

 悩みなんてないぞ。今から俺、悩み打ち明けるのか!?

 いや、そんなテンションだったよね俺の話し方!


 軽くパニックになりながら、家を出る前に母親に言われた事を思い出した。

 これならば、悩みを打ち明けるようにしつつ、水原の事をもっと知ることが出来るかもしれない。そう思って質問をした。


「水原さんは将来の夢ってあるか。そろそろ受験だけどさ、俺は対して夢もなくてよ。親に尻叩かれてようやく勉強してるのよ……」

「あんた、夢も希望もなさそうにしてるもんねー。夢は持った方がいいよ。お母さんが良く言うのよ。高校卒業したら立派とは言えないまでも大人よ。希望の将来に迎えるような学校に進みな。専門職につきたいなら大学は更に大切になる。やりたいことやって好きなように生きる為にも、今は意外と大切よってね」


 どこの親も子供には、将来のために勉強があるって話はしてるんだ。それよりも水原、スラスラとお母さんの言葉が出てくるな。この子は、親の言葉をちゃんと自分の中で考えて、自分のものにしてるんだ——。

 って違う!俺が聞きたかったのはそこじゃない。確かに良い話だったけども、さっきの質問で聞きたかったのは水原の将来の夢だ。


 今まで一人の人間と話す時に感じた事がないほどの感情の渦を感じながら、質問を繰り返した。


「……そっか、やりたいことね。水原さんのやりたいことってなんだよ」

「看護師。仕事なんて、出来て当然、怒られることはあっても褒められることなんてそうない、結構大変なんだから。あっ、これはお父さんが良く家で愚痴ってるのさ。そんなの効いてたらちょっといやになるじゃん。でもさ、人の為になる事してさ、ありがとうって言われるのって素敵じゃない。それが全部叶うから、だから看護師!人のためってより私のためだね。私は気持ちよく生きていきたいからさ!」


 水原は、梅干しを褒めた時と同じかそれ以上の笑顔で話した。

 カッコいいな……。なんて思った。水原が眩しかった。

 親からの言葉を自分の中に取り入れ、今後に活用しようとしている。目指す道も考えている。

 安易に聞いたその質問は、俺と水原の考えの差を感じさせ、その活力に溢れて見える姿に、俺は憧れたんだ。


 その後の俺は、完璧に水原を意識しながら帰り道を歩いた。

 やりたい事ってどう見つけるのか、とか何も考えずいける大学じゃダメなのかな?とか話題を出すたびに水原は自分なりの考えを聴かせてくれた。

 そんな話をしていると、あっという間に学校に着いてしまった。


「あー、いっぱい話したわ。もしかして内海くんって聞き上手?すっごい話しやすかったんだけど」


 可愛いと思った女の子に、カッコいいと憧れを感じた女の子に褒められるのは、嬉しい。だけど、ここで顔に出すのはカッコ良く無いと思い、俺は出来るだけクールを装って返事をした。


「は、初めて言われたな」


 思い返せばあの時の俺、全然クールじゃない……。振り返ってみれば水原といる時には反省点が多々ある。


「じゃあまたねー。やりたいこと見つけろよー」


 学校に着いたのだから水原は別の道に歩いて行くのは当然だった。でもその時の俺にはそれも予想できておらず、水原が行ってしまった……と、しばらく学校の前で放心していたのだった。

 一人学校の前に立ちながら、球場、図書館、そして先程までの道中と、水原との時間を思い出していった。


 良い子で、可愛くて、カッコよくて……もしかして俺、水原に惚れたのか。

 初めて人を好きになったかも……そうだな、あんな子と付き合ってみたいなぁ……。


 水原は去り際、やりたい事を見つけろよと言っていた。やりたい事をやって好きなように生きるために今があるって言っていた。

 俺もそう思った。

 そして、やりたい事を見つけた。


 なんか楽しい気持ちになってきて、家までの道を走って帰った。

 家に帰るまで走ったのに夏の暑さは気にならなかった。

 そう言えば水原と帰っている時間も暑さなんて気にならなかった。なんて思い返しながらだ。


 あの時から俺の目は死んでいなかったかもしれない。


 好きな人と付き合いたい、告白を成功させたいという目標を、()()()()()を見つけたから……。


 ————————

 ——————

 ——……。


「お帰り……なんでそんな満ち足りた顔してるの。さっき勉強しに家を出たばかりよね。帰ってくるの早すぎない!?」


 母ちゃん、息子のわずかな成長に気付いてびっくりしてたんだよなぁ……やっぱり親ってすげぇや!

内海昴の想いは深いだろう

なぜならこんなにも鮮明に会話の一つ一つ、その時の感情一つ一つを思い出せるのだから

ただその想いを彼がうまく活用できるかは別の話


次回『たとえどんな世界でも』

第6話 勢いに身を任せ


《原色高等学校幻の八不思議》

次回を読まない生徒は、幸せになれない

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