第24話 左凪の想い
おっさん……それが違うんだ。
おっさんは間違ってる。おっさんを止めたい。でも、おっさんの攻撃はもう見えない。
おっさんの攻撃が俺へ直撃する。腹部への鈍い痛みとともに吹っ飛ばされ、施設内の機器類に背中を打ち付ける。
でも、致命傷には至らない。“愛„の力がこの改良型“りんグ„のお陰で、丸井さんのお陰で大きくなっているからだろう。その力を持ってしても攻撃の見えないおっさんが異常すぎるんだ。
手も足も出ない。それでもいい。中吉の教えてくれた技術が、丸井さんの考えてくれた研究が、俺を生かしている。みんなの努力を感じる。なら、俺も自分のやってきたことを精一杯出そう。
この世界で特訓してきたのは……一番時間を注いだのは、想いに魂を乗せ声に出す事だ。
「水原は可愛い子だ!純粋な子だ!水原は天使だ!」
ア・モーレで急所だけは守り、おっさんの激しい嵐の様な攻撃を受けながら、何度も吹き飛ばされながら叫んだ。
「でも、おっさんのしていることで水原は喜ばねぇ!水原は人の為になる事して、ありがとうって言われるのが素敵だって思える娘だ!水原は気持ちよく生きていくために、夢を叶えるために努力出来る娘なんだよ!」
想いは届かないかもしれない。おっさんの攻撃は止まない。
それでも叫ぶのはやめない。
「おっさんがやるべき事は人類の滅亡なんかじゃ無い。水原に胸を張って語れる様な人生を送る事だろうが!」
「そんな事はない!この世界は腐ってる!全ての人類を消す事は左凪の様な死を無くすために必要な事だ!これ以上そんな悲しい死を産み出さないこの選択を!私は左凪に胸を張って語ることが出来る!」
「これ以上悲しい死を産み出さないためにおっさんが人類滅ぼしちまったら人類全てに起こる死が悲しい死になっちまうだろうが!水原は毒舌だ!水原はお節介だ!水原は早とちりだ!」
「左凪を侮辱するな!お前は左凪の事を——」
「——愛してるに決まってんだろ!」
おっさんの攻撃が止まった。
「わかるかおっさん、水原は普通の女の娘だ、世界を滅ぼすがどうとか考える俺たちみたいなキチガイじゃない。ふつうの女の娘なんだよ!そんな娘に、世界滅亡の運命なんてクソくだらねえもん背負わせてんじゃねえぞ!」
「さっきも言っただろう!君は左凪に相応しくない!そんな君が何を言おうと私の心には響かない!」
「相応しくないのなら!これから相応しい男になってやるさ!若者の未来を舐めんな!あとな、俺の方が水原のことは好きだっつーんだよ!」
◇
—水原左凪—
内海くんは丸井さんと別れた後、私が体験したあの痛みに何の処置もしないまま、ドラゴンを生み出した人の元へと辿り着く。
彼がこのまま異世界生活を終えても、私は彼の告白を受け止める事は出来ないのに……早くこんな辛い事やめて欲しいのに……彼はその歩みを止めない。
私は何も出来ない。ただただスクリーンを見つめる。
ドラゴンを操っていた人の正体。内海くんは時間がかかった。私はすぐに気が付いた。
内海くんがこれから戦わなくちゃいけない相手は私のお父さんだ。
中吉くんと内海くんを観ていて知っている。たとえ異世界でも、違う生活を送ってきた人でも、間違い無くあの人は私のお父さんなんだ。
「左凪は、勇者に殺された!いや、左凪を殺したのは理不尽なこの世界だ!左凪は可愛い子だった!純粋な子だった!」
お父さんの悲痛な叫びが届く。
「左凪は私の天使だったんだ!左凪のためなら、私は命を捨てても構わなかった!」
違う、そんな資格私には無い。
「私が左凪への“愛„で負けるはずが無いだろうが!左凪が死んでからものうのうと生きて、左凪がいない事で世界を滅ぼそうともしない君ごときに、左凪を愛する資格なんて無い!」
違う。お父さんの言ってる事は違う、内海くんに愛する資格が無いなんてあり得ない。愛する資格が無いのは、彼に相応しくない私だ。
「左凪より大切な命なんてあるか!?その命を奪った人間が、人類が許されていいのか!?私のしていることは左凪だって喜ぶはずだ!」
私より大切な命なんていくらでもある。お父さんの目の前に立っているその人はその中でも特に私なんかより凄い価値のある人だ。
お父さんの攻撃に内海くんがじわじわと傷付いてしまう。
辞めて欲しかった。私のことを思うならそんな風になって欲しく無い。
「水原は可愛い子だ!純粋な子だ!水原は天使だ!」
内海くんもお父さんに続いて応戦した。私からしたらひどい舌戦だ。
「でも、おっさんのしていることで水原は喜ばねぇ!水原は人の為になる事して、ありがとうって言われるのが素敵だって思える娘だ!水原は気持ちよく生きていくために、夢を叶えるために努力出来る娘なんだよ!」
そんな高尚な女じゃ無い。
でも、そう言ってくれてありがとう。
「おっさんがやるべき事は人類の滅亡なんかじゃ無い。水原に胸を張って語れる様な人生を送る事だろうが!」
お父さんにそんな人生を送って欲しかった。
観る事しかできない私はスクリーンの前でお父さんに殴られる内海くんを観て、それでもお父さんに道を示してくれる内海くんを観て、感謝した。
「そんな事はない!この世界は腐ってる!全ての人類を消す事は左凪の様な死を無くすために必要な事だ!これ以上そんな悲しい死を産み出さないこの選択を!私は左凪に胸を張って語ることが出来る!」
攻撃をしてから内海くんとは話していなかったお父さんが喋り出す。
お父さんの自信満々の表情が、痛かった。
「これ以上悲しい死を産み出さないためにおっさんが人類滅ぼしちまったら人類全てに起こる死が悲しい死になっちまうだろうが!水原は毒舌だ!水原はお節介だ!水原は早とちりだ!」
急に内海くんに罵られた。
当然だと思う。内海くんの“愛„は、歪んでいるかも知れないお父さんの“愛„に太刀打ち出来ていない。
内海くんは愛想を尽かしている。
そうに決まっている。
「左凪を侮辱するな!お前は左凪の事を——」
「——愛してるに決まってんだろ!」
お父さんの言葉を遮る様に放たれた内海くんの言葉で、息が出来なくなる。
この人を誰にも渡したくは無い。
私は彼の隣に立つ資格はないのかも知れない。でもこの、彼を好きな気持ちは本物だ。
「わかるかおっさん、水原は普通の女の娘だ、世界を滅ぼすがどうとか考える俺たちみたいなキチガイじゃない。ふつうの女の娘なんだよ!そんな娘に、世界滅亡の運命なんてクソくだらねえもん背負わせてんじゃねえぞ!」
「さっきも言っただろう!君は左凪に相応しくない!そんな君が何を言おうと私の心には響かない!」
「相応しくないのなら!これから相応しい男になってやるさ!若者の未来を舐めんな!あとな、俺の方が水原のことは好きだっつーんだよ!」
内海くんの言葉で気付いた。私は逃げてた。確かに私は自分に自信が無い。自分が嫌いだ。
でもまだ、なんの努力もしていない。
今の自分じゃダメかも知れない。未来の自分なら——。
私も戦おう。そう胸に誓った。
内海くんはかっこよく叫んだけど、お父さんとの実力差は覆りはしなかった。
「死に際で夢を語るとはロマンチックじゃないか!君に未来は無いよ!」
お父さんは内海くんの言葉を一蹴して攻撃を再開した。
内海くんの身体がぽんぽん施設内を飛び回る。不思議パワーがどれだけ凄いものかはまだわかってない。でも、普通の人ならもう死んでる。普通じゃない今の内海くんだって死ぬかも知れない。
もう戦いは一方的で観ていられないけど、観続ける。そして、内海くんが諦めていない事がわかった。
どれだけ攻撃を受けようとも、内海くんの手は剣を手放さず、ギュッと握り続けていた。
内海くんは馬鹿だ。行動は変だし、私に告白したくせに何度も丸井さんを好きだと言った。
でも、内海くんは真っ直ぐだ。カッコいい。そんな彼の力になりたかった。
手のひらで内海くんが剣を握りしめる様に、私も手をギュッと握り神様に声をかけた。
「神様、内海くんを止めてなんてもう言いません!だけど、観てるだけなんて我慢できません。私も戦いたいんです!」
「水原左凪、君は内海昴が好き——」
「——大好きだよ!」
心の底からそう思っている。今の言葉に嘘なんて微塵もない。
神様は以前私が内海くんに干渉したい。彼を止めたいと言った時と違い、穏やかな顔で私に語りかける。
「君が直接あの場所に行くことは許可できない。でも、僕は恋愛の神様だよ。2人が両思いなら、それなりのルールがあるのさ。いいよ、手伝ってあげる」
そういうと神様はスクリーンに向かって何かを呟き、そして、内海くんの身体はきらきらと光る夕焼けの様に暖かい光に包まれた。
「水原左凪、君が今感じている愛は吊り橋効果みたいなものかも知れない。でも、間違い無く本心だった。自分に酔わずに、平穏な日常の中でも内海昴をちゃんと想うんだよ」
私は興奮しているかも知れない。確かにこれは状況が特殊すぎる。でも、わかったんだ。
私はここに来る前から内海くんが好きだった。
「大丈夫です。神様」
「そっか。それから、あの場所に君の言葉が届く様にしてあげる。伝えたい言葉があるなら、伝えてあげると良い」
「わかりました」
神様にお辞儀をして、大きく息を吸い込んだ。
◇
—内海昴—
「死に際で夢を語るとはロマンチックじゃないか!君に未来は無いよ!」
どれだけ想いを込めて叫んでも、おっさんの攻撃は止まず。むしろ激しくなる。
もうおっさんの姿は目には映らない。全身が痛い。身体がバラバラになりそうだ。
絶対に勝てない。おっさんの“愛„は歪んでる。だからこそ辿り着ける境地があるのだと感じるほどだ。
そう思ってるのに、ア・モーレを手放す事が出来なかった。絶対に勝てないのはわかった。それでも、やっぱり心では負けられない、そう思っている。
面白いように壁が見えたり天井が見えたり、視界がぐるぐると回る。地面には落ちずに人間がここまで殴られ続ける事があるのかと、朦朧とする意識の中で考え、目はどんどんと閉じていき、意識が落ちていきそうになる……。
そんな中で身体が暖かいものに包まれる感覚があった。
身体から千切れそうな痛みが引いていく。とても穏やかな気持ちが芽生えて来る。
そして、突然水原の声が聞こえて来た。
「内海くん、負けないで!」
俺は離れていく意識を手繰り寄せ、目を開く。
おっさんの姿がハッキリと見える。
おっさんの拳が、顔面めがけて振るわれているその動作が見える。
そして、おっさんの拳を避ける事なく、もう一度魂を込めて想いを叫んだ。
「お父さん!娘さんの思いを大切にして下さい!それが出来ないんだったら、俺が娘さんの思いを汲み取って、幸せにします!」
おっさんは俺と出会って初めて悲痛に顔を歪めた。
しかし、顔面を殴りつけるおっさんの拳は止まらなかった。
俺は拳を受け止める。今度は吹き飛ばされなかった。
おっさんは受け止められた拳を見つめ、動きを止める。
「私は……人を殺しすぎた。それにドラゴンの力が馴染み過ぎた。私はそろそろ人の形を保てなくなる……。もう、止まれないさ!」
「おっさん……」
「昴くん。さっき、左凪の声が聞こえた気がしたよ……昴くん……幻聴でもまさか愛娘がかける言葉が、君とはね。……父親の愛が、娘と同世代の男の子に負けた気がしたよ……でもそれで思い出したんだ……左凪は、自分のためだと言って、人の為に働く、看護師になりたいって言ってたんだ……」
おっさんの瞳から涙が零れおちる。
そして、おっさんの身体がボコボコと音を立てて膨張していく。
おっさんは短く苦しそうな呼吸を繰り返しながら、変異していく中で俺に話す。
「左凪に愛を注ぎ続けてくれ、幸せにしてやってくれ……修羅院の資料は、一年中咲き続けるタンポポの下に埋めてある……取りに行け……最後に、私を、殺してくれ」
おっさんの顔は真剣だ。
話している間にもおっさんの身体はどんどん大きくなっていく。
おっさんを止めるすべは持たない。
お父さんの覚悟は受け取りました。
「娘さんは、必ず幸せにしてみせます」
ア・モーレを振り抜き、水原のお父さんを切った。
お父さんの身体の膨張は収まり、真っ二つに切れたその顔は、満足げに形作られていた。
「おめでとう内海昴。この世界での君の目的は達成されたよ。君はこの世界から出られる。すぐ帰る?でも、何か託されたみたいだったし……ちょっとだけならいられるよ。どうしようか」
頭の中に懐かしい声が響いた。
恋愛の神様の声だ。結局この世界では、水原への想いを再確認する事しか出来なかった。きっと、どんな状況でも水原への想いを貫けるかをテストされたんだろう。それにしては、あまりに過酷な世界だった。
もう、この世界の出来事を他人事には出来ない。
「神様、もう少しだけ時間を下さい。まだこの世界でやるべき事があります」
誰もいないこの施設の天井に向かって語りかけた。神様からの返事は早く、ただオッケーとだけ聞こえて来た。
時間がない。
施設を出て、初めてこの世界に来た場所へと向かった。その場には見覚えのあるタンポポが一輪咲いている。
土を丁寧に掘り起こすと、厳重に密閉された容器が出て来た。
容器を持ち、そのまま丸井さんの家へと向かい。丸井さんの家のポストに、その容器の中に入っていた紙の資料と改良型“りんグ„を突っ込んだ。
丸井さんと先生なら、きっとこの資料を見て正しく活用してくれるはずだ。
再度神様の声が頭に響く。
「お疲れ様。内海昴」
そう聞こえたと思うと視界が暗転していく。思いは託せた。丸井さんの研究は凄い。“愛„の力はすごい。
これから俺は水原にもう一度逢えるんだろう。幸せになりたい。そして、水原を幸せにしたい。今度は、口が滑ったとかじゃ無くて、ちゃんと告白しなきゃな。
こうして、勇者だらけの異世界生活は、終わった。
視界が明るくなってくると、数ヶ月振りに真っ白な空間にいた。
目の前にはロリっ子神様がいる。
水原は、やっぱりいない。
神様が言うには、水原は俺の異世界生活を観ていたらしい。
そして、神様は俺に告げる。
「今度は君が水原左凪の良いところも悪いところも見ていく番だよ」
次回予告
お父さんとの戦いを終えた内海昴
内海昴が消えても、勇者だらけの異世界は消えはしない
残された丸井有子は彼を思う
そして、水原左凪は異世界へと旅立つのであった
次回『たとえどんな世界でも』
第2章 最終話
エピローグ この世界の勇者
“愛„の力が知りたければ次話も読め




