第16話 剣の特訓
—内海 昴—
丸井さんに実戦を見せた次の日。
「エエヤ エーエヤ エーエ エーエヤ♪」
朝日が差し昇る中、俺の歌声が最高の舟歌を歌い上げている。
今日の俺は絶好調だ。強くなる目処が立った。丸井さんが本気で手伝ってくれるとわかった。改良型“りんグ„だってすぐに出来上がるかもしれない。
アレにだって、負けられない!
それにしても完璧だ。今の俺の舟歌には魂がこもっていた……。
リズムや音程、声の響きなんて通過点に過ぎなかったんだ。
足りなかったなにかってのは、魂だったんだ。
俺は、自身の努力の成果に身を震わせながら中吉の顔を見る。
「中吉……いま、俺……歌……」
「スバル……。免許皆伝だ。俺が教えることはもう何も無い……」
中吉は俺を見て、感慨深そうにうんうんと頷いている。
俺は……この時、舟歌をマスターした。ここに水原への想いを乗せれば完璧だ。
えーと、水原の笑顔が好き。話し声が好き。性格が好き。と。
俺はこの想いを歌に乗せて剣を振る。
「いいぞぅスバル!のど自慢なら大賞だぁ!でも……想いを乗せるなら、ヨイトマケも、いいんだぜ……」
「エエヤ エーエヤ ♪何言ってんだよ中吉。舟歌は、最高だぜ!」
中吉は懲りずにヨイトマケを推してきた。
俺が執拗に舟歌を歌っていたからだろうか、今日の中吉はやけに回避の訓練を、俺の体勢を崩して攻撃を、仕掛けてきた。
しかし、今日の俺は絶好調なんだ。片足を払われても後方へ大きく飛び、転ばされても腕で地面を叩き体勢を変え、膝カックンを食らった後も後転で見事に中吉の追撃をかわした。
まぁ、この訓練は“りんグ„を起動していない俺がギリギリかわせるであろう力加減で中吉が攻撃してくれているのだが……。
全部かわせたのは初めてだ。
その絶好調さは掃除にも現れた。
窓が、床が、棚が、机の上が、トイレが、家中がいつもより輝いている。
……これが、俺の掃除で綺麗になった中吉の家なのか。
中吉……俺、ちょっとだけお前の趣味の楽しさがわかったぞ。
その後は恋愛を起動キーにしてしばらく剣を振る練習をしていた。
すると、あっという間に昼飯時になっていた。
俺と中吉は休憩がてらに料理の勇者の食堂へ行くことにした。
食堂へ着くと長蛇の列が出来ているが、入るのはもちろん裏口から、食う場所は事務所だ。
特訓の後に優遇を受けて最高の飯を食う。これ以上ない自分へのご褒美だ。
特訓の後は腹が減るしな。
俺と中吉は大量の注文をして、テーブルにぎっしりと並んだそれらに目が奪われる。
……本来飯を食うべき食堂の方が何やら騒がしいが、美味い飯を食っている間は、時が経つのを忘れてしまう。
俺と中吉はテーブルに並んだ料理の全てをゆっくりと平らげ、料金を払い、裏口から商店街へと足を向けた。
商店街のメイン通りへとたどり着くと、相変わらず人がごった返している。
しかし、いつにも増して辺りの騒がしさは顕著だった。
そんな騒がしさの中から、一際大きな声が響き渡る。
「通してくれ」「全員やられた」「生きてる負傷者がいるんだ」「早く道を開けろ」
その声達のお陰か商店街を歩く人々が通りの中央を開け、大きな道が出来上がる。辺りは更にざわつく。
一体何があったんだろう。
俺が不思議に思っていると、俺たちの目の前で話し合っている明らかに勇者であろう二人組の会話から、その原因がわかった。
明らかに勇者であろうと言うのは、一人は全身を甲冑で身を包んでおり、もう一人はピッチピチの全身タイツに覆面、それからブーツ、手袋、マントとフル装備をしていたからだ。これで異世界転移できなかった無能力者なら……この時代の闇を感じてしまう。
「マジで勇者50人でも勝てなかったのかよ。1時間前に現れたんだろ?これだけの時間で勇者達が全員……」
「ああ、さっき俺も見てきたが、ありゃ力の弱くなってる俺たちじゃまず太刀打ちできそうにない」
「ありえねぇだろ……そんなドラゴン」
ドラゴン……あいつが、またこの町にきたのか。1時間前ってどう言うことだよ。勇者が50人が戦いに行って全滅って……。
なんでこんな騒ぎになってたのに気が付かなかったんだ……。
飯をゆっくりと味わって食ってたからだ。
改良型“りんグ„が出来たって報告は来てない。俺は恋愛を起動キーにする練習を今日から始めたんだぞ。まだ勝てる訳が無いじゃないか……。
商店街の中央を負傷した勇者達が運ばれていく。運ばれてくる勇者の中に、ゴブリンズの姿があった。
2対1なら中吉も追い込む強さを持った勇者だ。
俺の戦いの師匠は中吉だ。それを越えた自覚なんて俺にはない……しかも、運ばれてくる勇者の数は20にも満たなかった。
50人で行ったんだろうが……。他の奴らはどうしたんだよ。
運ばれて来なかった勇者達がどうなったかなんて想像がつく。だが、その想像は当たって欲しくない。認めたくない。
俺が現実逃避に明け暮れていると、最悪の知らせが商店街に届いた。
「みんな、逃げろーっ!結界の一部が壊された!ドラゴンはこっちに向かってる!!」
結界が。中吉の危惧してた通りだ。
それにしてもタイミングが悪すぎるだろ。強くなる目処が立ったのに、もう少しで更に強くなれるはずだったのに、なんで今なんだよ。
ドラゴンの咆哮が聞こえる。アイツのスピードは知っている。逃げられる訳が無い。
それでもそれを知らない商店街の人々は、咆哮の聞こえる方向とは逆へと走り出す。人がごった返している商店街で、人が慌てて行動を始めるのだ。転ぶ人も出てくる。混乱している空気にやられたのか、泣き叫ぶ子供の声も聞こえる。
一瞬で商店街の空気が変わった。
ここは、地獄だ。
そんな地獄のような光景を彩るかのように、ドラゴンの咆哮は近づいて来る。
「どうしたスバル!俺たちも逃げるぞ!スバル、おい、スバル!」
中吉が俺に声をかけているのだが、足が全く動かない。
俺は勇者じゃない。大した死線だって潜ってない。魔王なんてのも見た事ないし、あのドラゴンが死の象徴にしか思えなかったんだ。
俺はその場から動けなくなっている間に商店街には人がほとんどいなくなる。
流石は殆どの人間が勇者の世界だ。みんな行動が早い。それでも、あのドラゴンから逃げる事なんて……それにしても、いつでも人で溢れていた商店街から人が消えるとよくわかるな。こんなにこの場所は広かったのか。
今考える必要もないことが頭に浮かんでくる。
今商店街の真ん中には、俺達の目の前には、真っ赤な身体をしたドラゴンがゆっくりと滑降してきている。
そうか、咆哮が聞こえてきた時に逃げていれば、この商店街で死ぬ事は無かったのかもしれない。
俺のせいで、中吉も逃げ遅れてしまった。
ごめんな、中吉。
内海昴はまともな特訓などしていなかった
改良型“りんグ„はまだ出来てはいない
内海昴はドラゴンとまともに戦えるのか
そして中吉が……
次回『たとえどんな世界でも』
第2章 17話
修羅院博士の研究を継ぐ者
“愛„の力が知りたければ次話も読め




