第10話 内海昴は観られていた その1
話は少し前、夏休みにまで遡る
–水原 左凪–
内海くんって、変なやつだ。
高校3年生になってから、私と隣の席になった内海昴くん。彼は見た目はカッコいいのに、いつも楽しくなさそうな無愛想な顔をしていて、クラスでも女子受けはあまり良くない。
私は、人生って楽しいものだと思ってる。出来なかった事が出来る様になる。年々自分の成長が実感できる。だから、未来の事を考えると自分がどうなっているのかがわからなくて、ワクワクする。
だから、みんなどこかで楽しそうにしているし、顔には生気が宿ってるんだと私は思ってる。
内海くんは友達もいるし、笑ってる顔も見た事がある。だけど、なんでだろう。彼はいつも楽しくなさそうなんだ。
別に私は内海くんを嫌っているわけじゃなかった。でも、彼がいつも楽しくなさそうに学校で過ごしているのは、なんか、私も楽しくなかった。
だから積極的に話しかけて楽しくなってもらおう。なんて事は無かったんだけど……。
この夏、そんな内海くんと関わりを持つ機会があった。
最初は、ハラコウ野球部が学校初の甲子園出場を果たして、全校生徒で球場に行った時だ。
頑張ってる人の努力が報われて、大人にお金を出してもらえるほど認めて貰っている。うちの野球部は凄いなと思った。
野球のルールはよくわからないし、球場は熱気で包まれて凄く暑かったけど、その熱気は心地いいものだった。
私はその時思ったのだ。ここまで大きなイベントなら、彼も、いつもと違って楽しめているかもしれない。野球ってなんだか、男の人みんな好きだし。
私は内海くんがどうしているのかが気になり、その姿を探す。
見つけた。彼はここでも楽しくなさそうにしている……いやいや、あの顔はいつも以上だ。
思わず私は彼のそばへ行き声をかけた。
「内海くん大丈夫?いっつも死んだ目してるけど今日はさらに酷いよ?」
……やってしまった。内海くんに声をかけたのはこれが初めてなのに、いきなり彼をけなす様な発言をしてしまった。
球場内は熱気に包まれ、応援の声と音楽は大きく聞こえてきている。
でも、今の私と内海くんの間にある空気はとても冷たく、しばしの沈黙が静か過ぎて、緊張した。
私が声をかけてから少しして、内海くんはゆっくりと口を開いた。
「あつい……」
私はその言葉を聞きハッとする。近くでよく見ると、内海くんはフラフラしていて、その顔は楽しくないとかを越えていた。
「ほんとに大丈夫!?声も死んでるよ!水飲んでる?あとこれ、食べな!」
私は咄嗟に、熱中症対策に用意してきた水と梅干しを内海くんの口の中に放り込む。
「——ありがと。えと、ミズハラ?さん」
彼は、先程とは違いしっかりと返事をしてくれた。少し元気になった様だけど……私が私に見えてないのだろうか。
きっと、私の姿がボヤけて見えてるんだ……
私は急いで内海くんを日陰に連れて行った。
そっか、内海くんは甲子園なんて大イベントでも楽しくなかったのかぁ……。
◇
次に内海くんと会ったのは図書館だ。
私は滅多に図書館で勉強しないんだけど、その日は朝から家のクーラーが壊れて、家で勉強する気になれなかった。
業者の人が来るのは昼過ぎになるという事だったので、私は昼過ぎまで図書館に勉強に来ていた。
そろそろ業者の人も来て、クーラーも直ってるだろうと考えてた時、私は声をかけられた。
「水原さん、わかるかな俺」
内海くんだった。
私はあなたがわからない訳が無いと、普段のあなたもちゃんと知っていると、そういうことを伝えたかったのだが……私の口から出た言葉は辛辣になってしまった。
「内海くん、相変わらず覇気のない顔してるね」
「おう、事実だな。顔をしっかりと覚えてくれてるみたいで良かった」
私は辛辣な言葉を投げかけたのだが、彼は気にしないという様に笑って返事をした。
……楽しそうに笑ってる?
「いやいや、席隣じゃん。覚えるよそりゃ」
内海くんが何か今日は楽しそうだ。
どうしたんだろう、珍しい。
なんの用事で話しかけてきたのかと思ったら、彼はあの日のお礼に来てくれたんだ。
「この間、球場ではありがとうな。日陰で休憩して初めて気付いたよ。あの時、俺バテてたんだな。——あと、あの梅干し!なんかすごい美味かったんだけど!」
今日の内海くんは本当に楽しそうだ。
……梅干し、そっか!あの時私、内海くんに梅干し食べさせたんだっけ!
「ほんと!?あれ私が作ってんの。いやー、わかる人にはわかってもらえるんだねえ、お婆ちゃんに習ってさ、小さい頃から漬けてんだけどね、ちょっとこだわりのやつなのよ」
自分で作った食べ物を褒められるのは嬉しい。それが予期せぬところからなら、喜びはひとしおだ。
あっそうだ!昼ご飯まだ食べてない!
私は家に帰るつもりだったことを思い出した。彼は私にお礼を言うために話しかけてくれたのだろう。彼から続く会話もない様だし、私は帰ることを伝える。
「話は終わりかな。なら、私は帰るとこだったから、またね」
「お、おれも帰るとこだったんだよ!一緒に出るわ!クーラー効いたここから出るのいやで踏ん切りがつかなかったんだよなぁ!」
私もクーラーが効かないところは嫌だ。家でタイムリーにその辛さは理解しているつもりだ。
私は内海くんの力になってあげようと考えた。
「……わかる!クーラー効いてるとこから離れる誘惑は一人では勝ちづらいよねー。じゃ、一緒に出るか」
内海くんはもう帰る準備はしてたみたい。ということは、帰るのが嫌で館内をウロウロしてたんだな。
わかる、そういう時、私にもあるぞ。
図書館から無事出ることのできた彼は、どうやら途中まで私と帰り道が同じらしい。
今日の彼はいつもと雰囲気が少し違う、何があったのか……気になる。
私がそんなことを考えていると、内海くんはなにかを決心したかの様に私に話しかけてきた。
「なぁ、水原さん……す、少し、話し相手になってくれよ!」
私の予想では内海くんには何か良いことがあったんだと思ったんだけど、違うのかな?
彼の顔は凄い緊張している。
「どした?なんかあったの?」
私がそう聞くと、彼は静かになる。
かと思ったら急にうんうんと頭を抱えている。
……今日の内海くん……面白いな!
今日の彼は、何かを必死にやろうとしている風に見えた。その姿はイキイキしてて、彼の印象がガラッと私の中で変わった。
どうやら、彼の話したかったことは進路についてだったらしい。
「水原さんは将来の夢ってあるか。そろそろ受験だけどさ、俺は対して夢もなくてよ。親に尻叩かれてようやく勉強してるのよ……」
ほほー。何があったかは知らないけど、内海くん、将来について悩んでる訳だ。よし、ここは隣の席のよしみでバッチリお母さんの名言を教えてあげよう。
日々目標もなく過ごしてたらダメだぞ内海くん。そんな気持ちを込めて私は話し出す。
「あんた、夢も希望もなさそうにしてるもんねー。夢は持った方がいいよ。お母さんが良く言うのよ。高校卒業したら立派とは言えないまでも大人よ。希望の将来に迎えるような学校に進みな。専門職につきたいなら大学は更に大切になる。やりたいことやって好きなように生きる為にも、今は意外と大切よってね」
「……そっか、やりたいことね。水原さんのやりたいことってなんだよ」
これは内海くん、やりたい事が無くて迷ってるのかな?私の夢を聞いたら、何か閃く事があるのかな?
彼が私を頼ってきてくれてる様で少し嬉しい。私の夢くらいで良ければいくらでも聞かせてあげよう。
「看護師。仕事なんて、出来て当然、怒られることはあっても褒められることなんてそうない、結構大変なんだから。あっ、これはお父さんが良く家で愚痴ってるのさ。そんなの効いてたらちょっといやになるじゃん。でもさ、人の為になる事してさ、ありがとうって言われるのって素敵じゃない。それが全部叶うから、だから看護師!人のためってより私のためだね。私は気持ちよく生きていきたいからさ!」
彼はその後も熱心に進路や、やりたい事について聞いてくる。私はそれにちゃんと答えてあげなきゃと思い、思っている事を伝えた。
彼と話しているとあっという間に、私と彼の帰り道が分かれる場所、学校についてしまった。
私が八、彼が二くらいの割合で話をしてきたんだけど、彼との会話はめちゃくちゃ話しやすかった。
私の話す私の考えを、彼はどれもこれもを真剣に聞いてくれてたからだと思う。
彼との話は楽しかった。私は別れるのが少しだけ惜しくなり、もう一言だけ彼に話しかける。
「あー、いっぱい話したわ。もしかして内海くんって聞き上手?すっごい話しやすかったんだけど」
「は、初めて言われたな」
なんかカッコ付けて失敗した人みたいになってる。
褒められ慣れてないのかな?顔はカッコいいのに、どもって決まらない内海くん……やっぱり今日の内海くんは面白い!
私はその姿を見て、なにか満足した気になり、彼に挨拶をして別れた。
うーん、最後の方は目も顔もイキイキしていましたな。何か吹っ切れるキッカケになれたのかな?
それにしても、突然生気の宿った内海くん……これはクラスの女子にモテ出す予感がするよ。
意外とチョロインだったぱっと見サバサバ系女子水原左凪
水原左凪のチョロインレベルは加速的に上がっていく
次回『たとえどんな世界でも』
第2章 11話
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“愛„の力が知りたければ次話も読め




