後編:46 minutes bloodbath(2)
2後編:46 minutes bloodbath(2)
個人での加入は日本では許可されていないが、武装民兵協会加入者の総数を加入者のいる施設数で割ると、五人にも満たない。
専任の武装スタッフを常駐させる余裕のない所がほとんどであり、その役割も、自衛および避難者の保護が精いっぱいであった。
警察も過去の戦闘で多数の死者を出し世界中で慢性的な人手不足に陥っており、避難者の誘導・保護に任務が限定される国がほとんどであった。
民間即応部隊として不死兵の出現する地域に出動する武装民兵はイメージほど多くはなく、その中でも攻撃的な任務を行うものは、わずかであった。
二階が制圧された事を察したのか、駅ビル東側を攻略していた不死兵たちは攻撃の手を緩め、しきりに下を気にするようになった。
MGを上の階に運び出す作業も中断しているようだ……しかしそれでも、駅ビル東側を守る警備員や武装職員は不死兵に押され後退を余儀なくされている。
「三階南側エスカレーター、階段まではトラップなし。こちらを避難経路にしましょう……敵は北側階段周辺に固まっているようですね」
タカヒロからの無線を聞きながら、ハルタカは階段に張られたワイヤーの先に目を凝らした……手榴弾。かかっても切っても、爆発するようだ。
近距離で手榴弾が爆発しても、不死兵は回復する……とはいえ、近すぎて吹き飛ばされた箇所が多くなると、さすがに回復しないらしい。
駅ビル正面の階段を見下ろす通路にいた不死兵がそうだった。
手榴弾を投げる直前に六郷が攻撃したことで、手榴弾が足元に落ち木っ端みじんに吹き飛んだ。
二体のうち一体はまだ動いていたが、タカヒロの話だと、再生する前に栄養が尽きて活動が止まるだろうということだった。
だからこれより先にトラップを仕掛けることはないだろう、と。
どのみち不死兵に見つかる距離だ。四階と五階の間の踊り場に、MGを運ぶ途中の不死兵が固まっている。
四階の南北に別れて武装職員と不死兵が撃ち合っている。武装職員の方が数は多いが、四階と五階に分散されている。
三階には不死兵の死体一つとEMPグレネードの破片があった。下から攻め込もうとして返り討ちにあったらしい。
四階にいるのはライフルが二人とStgが一人。踊り場はMGの他に護衛・弾薬手が計二人。
アンプリファイのパークで、足音と銃声から判断できる。どのあたりにいて、どう動いているかも。
説明しろと言われると困るが、直感的にわかる。どうすればいいか、作戦は決まった。
プラムL4、攻撃する。EMPを使用する。録音しておいたメッセージを送信。
EMPグレネードの安全ピンを抜く。レバーが外れ信管を叩く音が妙に大きく聞こえる。
蜘蛛の巣のように足元に張られたワイヤーを避けると、下を狙っている不死兵の射線に入る。そこへ一歩踏み込み、上をにらみつける。
MPを構えた不死兵と目が合う。不死兵のくせに「ビビってんじゃねえぞコラぁ!」
不死兵の反応が遅れる。ハルタカが階段を駆け上がった後を、MPの銃弾が襲っている。
四階の不死兵に、武装職員が銃撃している。踊り場は、まだ下を撃っているMP、MG射手は拳銃を抜いている。Stgがハルタカに反応し、銃を構えようとしている。
そこにEMPグレネードを投げ込み、物陰に隠れる。手榴弾に比べれば、EMPグレネードの爆発は花火のようなものだ。
階段を駆け上がりながら、ショットガンを構える。Stgも目がくらみ、怯んでいる。
その胸元の辺りに一発。バックショット弾の拳大の弾痕が、不死兵の胸に叩き込まれる。
狙いを定めるまでもない。もう一歩踏み出しながら、ショットガンの銃口を不死兵の頭に突きつける。
銃声とともに、不死兵のヘルメットとその中身が飛び散る。銃がちゃんと作動しているのをひと目確認しつつ、MG射手に狙いを定める。
こちらに反応しているが、うろたえた目をしている。それを殺気と鉛玉で、消し飛ばす。
最後に弾薬手らしい、MPを持った不死兵。振り返ってヘルメットの中がよく見えるまで、一瞬待ってから無慈悲に引き金を引いた。
仮にEMPが効いてなくても、一分は起き上がれない……背中に背負った矢筒のようなホルダーから競技用のスピードローダーを取り出し、電解弾を一気に装填する。
無線機を再起動。ショットガンを背負い、拳銃を抜く。「プラムL4、出る!」
武装職員の銃撃が止むのと不死兵のStgが射撃を開始するのはほぼ同時だった。早い……しかしそれより速く、四階フロアに飛び出す。
エスカレーターを回り込み、ライフルを持った不死兵に拳銃を向けて発射する。当たっていないが、不死兵も外した。
拳銃を連射しながら不死兵に駈け寄り、そのままの勢いで飛び蹴りを食らわせる。
倒れながら拳銃をStgの不死兵に向けてめちゃくちゃに連射する。
Stgの不死兵は銃弾が当たっても怯まない。そういう不死兵が、Stgを任されている、らしい、
銃で撃たれても死なないと思っている。EMPを食らわなければと。その驕りが、コンマ数秒の遅れを生む。
それが数発分重なれば。姐さんの教えだ。
体勢を立て直しながら、ショットガンを構える。まっすぐ持っていれば、外さない。
電解弾の連射が、不死兵の腹、胸、首、そして額をとらえた。首を突き抜けた電解弾の閃光が、不死兵の背後に飛び散った血しぶきをキラキラと光らせる。
補充した電解弾は全部撃った。銃に残り四発、バックショット弾。
もう一人のライフル不死兵がこっちを向いて銃を構えようとしている。その胴体に二発。心臓の辺りに当たって、大きくよろめいた。
飛び蹴りを食らわせた不死兵に、最後の二発……胸元のシェルキャディから電解弾をつかみ取り、二発を装填してボルトハンドルを引く。
少しだけ慎重に頭を狙って、一人、二人。とどめを刺す。
「こちらプラムL7。敵の掃討が終了しました。三階四階間の階段にトラップ。エレベーターのトラップの有無を確認お願いします」
周囲の警戒を駅ビル武装職員に任せて、タカヒロは重傷者の集められている店舗に入った。
軽傷者は五階への避難が終わっているという。胴体や大きな血管を撃たれた者が十人以上。
一番の重傷者は胸をMGで撃たれた武装職員だ。出血がひどくショック状態で、手当てをしている職員もガーゼによる止血しかできず手をこまねいている。
肺を撃たれているが、幸い骨や心臓は大丈夫そうだ……オールナイン万能止血軟膏を取り出し、衝撃で大きく裂けている背中の射出口にたっぷり注ぎ込む。
手早く塗り込まないと、肺に軟膏が届く前に傷口が塞がってしまう……どんどん傷口が塞がって、傷の深い部分に手や指が入らなくなる手応え。
止血軟膏には、不死兵の再生能力の秘密であるイッテンバッハ体が微量に含まれている。
何度やっても驚きを感じる再生能力。それが不死兵の体内では、負傷するたび起こっているのだ。
三十秒もしないうちに射出口が閉じて、ガーゼで拭けば何もなかったのようにきれいな背中になっている。
後で病院で治療を受ける時のために、タカヒロは射出口の位置と大まかなサイズをペンで書き込み、止血軟膏のパッケージを貼り付けた。
「人口呼吸と心臓マッサージを。病院で輸血してもらえば助かる見込みは充分あります」
症状や行った手当てなどを書き込んだタグを職員に渡しゴム手袋を交換すると、タカヒロは次の負傷者に向き直った。
腰を撃たれた男性。MPで撃たれたのか、弾は貫通していない。幸い意識もはっきりしていて、出血も多くない。
止血軟膏を傷口に流し込んで軽く揉み込んでやると、あっという間に傷が塞がりウンウンうなっていた負傷者も、痛みが引いて驚いた顔をしている。
歩けますかとタカヒロが聞くまでもなく、負傷者は起き上がった。……万能止血軟膏を使うと、ひどい出血などがなければ、患者は急に元気になる。
喉元過ぎればなんとやら。他の負傷者にも聞こえるよう、タカヒロは少し大きめの声で注意した。
「いいですか?まだ体の中に弾が残っています。消毒もされていません……このまま放置すると、鉛と雑菌で大変な事になります。必ず病院に行って、手術を受けてください」
傷のあった箇所にマーク。止血軟膏のパッケージとタグを貼り付ける。
「このシールとタグは、お医者さんに渡すまで絶対に捨てないでください。不死兵に襲われて負った傷だという大事な証明になります」
万能止血軟膏は不死兵同様、主にポータルから照射されるシュリンゲンズィーフ線がないと効果を発揮しない。
万能止血軟膏が使われる場所は、不死兵のいる場所なのだ。
「これはこの場で死なないようにするための応急処置に過ぎません。後で必ず、病院で治療を受けてください……不死兵に襲われた証明があれば、治療費はほとんどが免除されます」
区役所武装職員が階下の安全を確保して、避難誘導を開始した。彼らも万能止血軟膏を使用し、充分な訓練を受けている。
ハルタカも合流した。エレベーターの安全を確認して、担架を持ってきていた。
「こっちはもういいだろう。重傷者を運び出したら、リーダーのところに戻ろう。姐さんと新入りも、行動を開始している」
JRと東急線の間の通路は分厚いシャッターで封鎖されていた。迅速な判断で、東急馬潟駅への不死兵の侵入はわずかで、それも武装駅員によって排除されていた。
シャッターについた弾痕。死体はないが、大量の血だまり。そこからJR改札の方に何かを引きずった跡がいくつもあった。
東急線改札近くは、マシンガンとグレネードランチャーで武装した駅員が警戒する中、駅員、駅ビル職員、そして駅前商店街の武装民兵が整然と避難者を誘導していた。
JR側もこうできるはずだった。通常ポータル出現と同時にシュリンゲンズィーフ線……エス線が照射され探知機に発見されるはずが、今回は違った。
本部の分析によると、ポータルの出現からしばらくの間エス線は照射されなかった。
不死兵はポータル通過のダメージを負ったまま、人混みに紛れて集合し、武装駅員の詰め所に手榴弾を投げ込んだのだ。
もう一方のポータルも、充分な数の不死兵とMGを用意してからエス線を照射し、襲撃を開始した。
駅近くの専門学校にも民間即応部隊がいて迅速に行動したが、不死兵の猛攻撃に遭い足止めを食らうばかりか死者も出ている。
駅ビル西側と東急駅ビルとは二階から五階まで連絡通路がある。現在四階までの通路は鉄製のドアで塞がれている。
二階には不死兵が十人以上。四階と五階で、武装職員が不死兵と交戦している。すでにMGが五階に運び込まれ、避難者共々苦境に陥っている。
「ホームのネストに列車を突っ込ませればいいってハルタカが言ってたけど、ダメだって言われてたね」
「ロケット砲を持った不死兵がネストにいるとドローンで確認されたと」
「そう。今回の不死兵は重武装っぽい。モタモタしてたら、ロケット砲でドアごと撃ち抜かれるかもしれない。スナイパーが必ずいる。ここから先は、ぶっつけ本番の一発勝負」
ナオが一歩下がる。スナイパーがいるなら、ドアノブが回るのを見るはずだ……そう思うと、ドアノブに触るのも怖く感じる。
「わたしが足でかき回す。不死兵がいれば、なんとか引きつける。その間に、まずはスナイパーを倒して。頼むよマークスマン」
にっこりとナオが笑う。それが自信に満ちあふれているかというと、そうは見えない。いつもと変わらない。
「いきます。3、2……」ミユがドアノブに手をかけると、ナオはハンドガードに取り付けられたレーザーモジュールとライトに手をかけた。
……1、0。
ミユが思い切りドアを開けると、ナオがライトを点灯させながら飛び込んでいった。少し遅れて、ライフル弾がドアに叩きつけられ、MPとStgの連射がそれに続く。
ナオの銃声が聞こえない。しかし不死兵の銃撃音はまだ聞こえていて、その着弾音も遠ざかっていく。
銃にトラブル?……ともかく、任された事は。
まだ開いているドアから侵入する。スナイパーがいる……といっても、距離は五十メートルもない。前の学校ならアイアンサイトで充分だと怒られそうだ。
ライフルのボルトハンドルを操作している不死兵。ライフルには、スコープがついている。
役に立つスナイパーは少ないと、昨日ケンジロウが言ったのをふと思い出す。自分は、どうだろうか。
不死兵の顔をスコープにとらえる。人の頭蓋骨は硬く、形も複雑だ……これもケンジロウの教えだ。
実際使ってみてわかったが、電解弾は思った以上に威力が弱い。
EMP発生時の火花は見た目ほど威力はなく、弾芯も貫通力は高いが、脳幹や延髄を外すと仕留め損ねる。
ヘルメットを撃ち抜いて倒せる時もあれば、顔を撃っても倒せない時もある。電解弾として、最低限の能力。
それはわかった。それで、やっていくんだ。
それが、私の役割、私の銃。
通常弾よりも強い反動。スコープの視界から消える顔。代わりに、目で追う。
不死兵の目尻から少し離れたところにぽつっと穴が開く。目の奥や、鼻の穴から漏れる閃光。
不死兵の脳が、機能を停止した表情。……不死兵が死ぬ前に、不死兵でなくなる瞬間。自分の銃で、にんげんの命が、奪われる瞬間。
……集中しすぎている。もっと周りを見て。
周囲を見回して真っ先に目に入るのは、白いブラウスに明るい茶色のチェストリグ、青いリボン。翻るスカートとポニーテール。
カービンを構えているが、まだ一発も撃っていない。素早く周囲を見回しながら、時折銃につけられたライトをチカチカ点灯させている。
たしかフロアに突入したときも。
ライトが照らした先……銃を構えた不死兵が、顔を照らされ鬱陶しげに目を背けている。
今見た不死兵。ナオのライトが照らす先。ボルトハンドルを引く。三人……四人。電解弾を取り出し、イジェクションポートに。
十字線を不死兵の目に合わせる。銃撃。反動。眼球が押し込まれ、その奥に閃光。
ナオが次に照らしていた不死兵……また一瞬、ナオがそいつを照らす。ボルトハンドル。電解弾。照準。
着弾を確認せずに、次の不死兵を探す。カービンを構えるナオの姿が目に入り、交差するように、今度は銃弾を放った。
さっきの不死兵を倒せていなかった。しかし、ナオがとどめを刺した。
ナオの銃は壊れていない。仕損じても、電解弾が頭に当たっていれば、ナオがとどめを刺してくれる。
ナオが照らした不死兵を、追う。電解弾を装填する。狙う。撃つ。ひたすら速く。
「……集中しすぎだって。でもよく見て、追えたね。君はこういう方が、合ってるのかなぁ」
弾倉を抜いて残弾を確認しながらナオが言う。ミユはプレートキャリアの余ったポーチからナオの予備弾倉を取り出した。
「……こういうのも先輩のサポートになると、隊長が」
ナオは笑顔とも苦笑いともつかない表情でうなづくと、予備弾倉を受け取り少し使った弾倉をミユに渡した。
「よし、次は下を押さえるから四階よろしく」EMPを使用する。言いながらナオは階段に駈け寄りEMPグレネードを投げ込んだ。
遅れてミユが階段に駈け寄ると、上の不死兵が手榴弾をしまいStgに持ち替えようとしていた。
EMPグレネードを使われたので、手榴弾を使うと下の仲間が巻き添えを食うと判断したようだ。
その後ろにMPを持った不死兵。近すぎるしカービンでは間に合わない……
拳銃を抜き、階段を駆け上がりながら胴体に撃ち込んでいく。踊り場に着く前に止まって、頭に撃ち込む。
踊り場から見上げると、さらに三人の不死兵がいる。しかし角や障害物に隠れている。
どれから牽制するか、カービンに持ち替えるべきか、踊り場の不死兵に追い打ちをかけるべきか。
「ミユ、上をお願い!」ナオの声を聞くとミユは壁にもたれて狙いを安定させ、角の不死兵に牽制の銃撃を撃ち込んだ。
銃剣のついたカービンを投げるように不死兵の脇腹に突き刺すと、ナオは背中の山刀を抜いた。
すれ違いざまに不死兵を足を切り払う。バランスを崩したところに、ナオが大きく山刀を振りかぶって喉元に一気に振り下ろす。
首を切り落とされた不死兵からカービンを回収すると、ナオはもう一人の不死兵の腹にカービンの銃剣を突き立てる。
拳銃を抜いて首の骨に三発。拳銃をしまいながら体を一回転させ、勢いをつけた山刀の一撃で不死兵の首を切り飛ばした。
「四階を制圧するよ!MGはまた降ろさせればいい!」カービンを回収してナオが階段を駆け上がる。
ミユも拳銃の弾倉を交換して後を追う。ナオが不死兵の一人に襲いかかっているのを背後に、他の二人に拳銃を撃ち込んでいく。
階段の上から、何か固いものが落ちてくる音が聞こえた。「手榴弾!」
ミユがフロアに飛び込む。ナオは不死兵の一人に拳銃を撃ち込み、もう一人の腕を山刀で切り落とすと襟をつかんで、背負い投げの要領で手榴弾の上に投げ飛ばした。
爆発。フロアの不死兵を探す余裕もなくミユがしゃがみ込んでいると、爆煙の中からナオが飛び出してきた。不死兵の体を盾にして。
不死兵を床に投げ倒し、首を山刀で切り落とす。「ミユ!敵の処理をお願い!」
戦いのスピードに、頭が全く追いつかない。何をすればいいのか、全くわからない。
ただ、ナオの声を聞くと鞭打たれたように体が動く。「ニンジャ」パークバッジが敵の足音から位置を割り出す。そして銃が、それをどうしたらいいのかを知っている。
フロア内を駆け抜けるナオを、不死兵が追い切れない。MPやStgの弾で追わせようとしている。そうはさせない。
「……こちらプラムL2、駅ビル西側四階を制圧、職員と合流した。プラムL6が五階の敵と交戦中」
MGの発射音が止み、続いてStgの、MPの発射音が止んだ。「確認お願いします」
レジにあった包装紙で山刀の血糊を拭って鞘にしまうと、ナオは階段に向かった。
階段はヒビが入っているが崩れる気配はない。一応報告を入れる。周囲の不死兵は、死んではいないが再生不可能な損傷を受けている。
……死んだの?
たぶん死んでない。くっつければ再生して起き上がってくるんじゃないかな。
うん。だけど、やめようよナオ。どこのインストラクターも言ってる。不死兵に接近戦を挑むのは自殺行為だって。なりふり構わず掴みかかってくるし、捕まったら終わりなんだよ?
わかってるよ……アツミもわたしが捕まらないように、ちゃんとフォローしてよ。
うん。……私が、ナオを、守る。一生懸命守る。だから、無茶はしないで……
二階にいた不死兵は一階から逃げ出しネストに戻ったと本部からの連絡があった。
トイレやレジなどに不死兵は隠れていない。五階フロアの不死兵は全員きれいに頭を撃ち抜かれている。
“きれいに”という表現が本当にぴったり合う。通常弾でとどめを刺したものがほとんどない……
目や鼻の付近に、ぽつりぽつりと小さな穴が開いているだけ。体は弱々しく痙攣しているが、銃剣で突いても反応はない。
「……まだ生きていますか」ナオが山刀を抜くのを見ながらミユが聞いた。
「不死兵としては、死んでるよ。もう自分の意思で体を動かせないし、意思そのものも、あるかどうか」
言いながらナオは、不死兵の首を叩き切った。
「三十口径電解弾がクリーンヒットするとこんなに損傷が少ないんだなって。……初めて見たよ。きれいすぎて気持ち悪いくらい」
首を切り離しても、表情に変化はない。間違いなく、脳は破壊されている。
「ひと目見てギョッとするよね。不安だから、こうしておく」
近くのゴミ箱に、ナオは不死兵の頭を投げ込んだ。魚を料理して、頭を捨てるように、無造作に。
「……どうした?」なんでもないです。そう言うだけなら簡単だが、ナオの視線はその奥にあるものを聞きたがっていた。
「……やっぱり、気になるんです。不死兵が死ぬって、不死兵じゃなくなるって……そしたら、人間じゃないですか」
君は優しいね。ナオが言う。だめでしょうか。ミユが言う。
「……わたしが前にいたチームでは、“慈悲を与える”って言っていたね。みんながみんな、人を食らう鬼に、好き好んでなったわけじゃないって。……不死兵は人間に戻れない。鬼を殺して、慈悲を与える」
本当のところはわからないよ。でもそうやって、みんな折り合いをつけていた。
そう言うとナオは別の不死兵の死体に近づいて、山刀を振り下ろした。
「……先輩は」思わず口に出る。刈り取った雑草を捨てるように不死兵の頭を投げ捨てると、ナオはミユに向き直った。
「先輩は、そうは思っていないのですか」親友を殺されて。
家族を殺されてそんな風に思うのは、おめでたいことなんでしょうか。口には出していないつもりだが、思わず言っていないか心配になる。
「余裕がないだけだよ。不死兵と戦って、無力化するのが、精一杯。わたしバカだからさ、一人やったら、次をやることで、もういっぱいなんだよ」
今もそうなのだろうか。フロア内の不死兵は誰も動かなくて、次の、その次の。
「マークスマンやスナイパーは不死兵の顔を見るからね。六郷さんは、スピードも充分ある。だから、それでいいんだよ」
避難誘導やけが人の手当ては駅ビルの職員がやっている。ナオが任務完了の報告を入れる。
「了解。こっちに戻って指示を待て。もうすぐ自衛隊が到着する……合流するまでは、ここの確保が最優先だ。下にはまだ、ネストがある。第二ポータルからの援軍が来るかもしれない」
ずばぁん。改札周辺は静まり返っていて、銃声がやけに大きく聞こえる。
ホームに通じる通路から顔を出した不死兵が床に突っ伏して動かなくなったのを見つつ、ケンジロウは空薬莢を排出し電解弾を装填した。
「西口の応援になんとか行けないもんすかね」駅ビル二階への入口付近をウロウロしながらハルタカが言う。
「ネストの不死兵が一斉に攻めてきたら、ここを放棄せざるを得なくなる。駅ビルの避難は完了していない。ポータルを奪還されるのはさらにまずい」
通路から不死兵が顔を覗かせる。ケンジロウがライフルを構えると、すぐに逃げ出す。
「その割には、ポータルの奪還にあまり乗り気でないようにも見えますね」区役所職員との打ち合わせを終えたタカヒロが戻ってきた。
「攻撃チームが出払ってる間に、駅ビル一階二階の不死兵を集めて攻めてこられたら、それこそまずいことになってました」
第二ポータルから応援をよこしたっておかしくない。人も多く、周囲へのアクセスもいい。ここが本命じゃない可能性……?
「そうだな……プラムL6が戻ってきたら、プラムL4はイダテンと合流して第二ポータル付近の威力偵察を行ってくれ。プラムL2は敵との交戦を避けつつ、第二ポータルを目指せ。悪い予感がする」
わるいよかんがする。その言葉は、なぜかナオに直接ささやきかけるような感じにも聞こえた。
「ナオちゃん一人でネストに行かせるの?悪い予感がするのに?」MGから離れて大きく伸びをしながらサチが言った。
「もうすぐ自衛隊が到着する。そうすれば、このプランは必要ない。悪い予感が、杞憂であってほしい」
通路の奥にライフルを構える。顔を出した不死兵が逃げる。
「だがもし、俺の考える最悪の予感が当たっているならば……対応できる人間は、この場では池上しかいない」
「ナオ先輩が強いのはわかるけど……イダテンにハルタカ乗せて突っ込ませるなら、それでいいんじゃないの?」
そういう話じゃないんだ。コノミの質問に、ケンジロウはそれ以上答えなかった。
「リーダーの考えてる悪い予感って、まさか噂には聞いていますが」
タカヒロの言葉を制止しながら、ケンジロウが無線の連絡を集中して聞き始めた。通路の見える所から下がり、代わりにコノミに警戒するよう指示する。
「……指示を変更する。プラムL2、6はその場で待機。プラムL4は駅前商店街に移動して、そこでイダテンを待ってくれ」
何があったと聞く前に、本部と指揮官の直通回線でなくオープン回線で、本部からの連絡が入ってきた。
「本部より武装民兵各位へ。自衛隊のヘリコプターが墜落しました。不死兵の攻撃によるものと思われますが詳細は不明。後続の部隊が発進しましたが、到着は遅れる模様。車両部隊は予定通り到着します」
オープン回線はたちまち動揺する声で満ちあふれた。本部への質問が次々に飛び交う。
「正規軍が待ち伏せや先制攻撃を受けた例はいくつかある。対空攻撃も、対空機銃、二十ミリ機関砲、殺人光線。対空ミサイルが横流しされた例もある」
だが……どこから撃ってきたって?
「プラムL2、駅ビル屋上に向かってくれ。プラムL6は東急駅ビル屋上へ。何かあったらすぐ逃げろ。プラムL7、プラムL6のフォローに回ってくれ」
「屋上?どっちのビルも、屋上まで避難した人がいるんじゃないの?」
通路の不死兵を機関銃で追い払いながらコノミが聞く。
「ヘリに乗っていた自衛官からの、最後の通信によると……駅ビル屋上からの光を見たと」
それから少しの間ケンジロウは何か迷っていたが、意を決して無縁に呼びかけた。
「プラムL1より本部へ。……プラムL1は、チャーリーチャーリー出現の可能性を指摘する。繰り返す。プラムL1は、チャーリーチャーリー出現の可能性を指摘する」




