前編:72 hours immortal combat(6)
民間即応部隊の拘束時間は、首都圏では夜七時までと取り決められている。
都心の道路や首都高のラッシュアワーが終わり、それから朝までは、自衛隊のパトロール部隊が都内を巡回する。
不死兵は人間よりは夜目が利くと言われている。しかし暗視装置を装備した現代の正規軍には圧倒的に不利で、そのため夜間の襲撃はほとんど見られない。
先の襲撃でも、夜になると自衛隊のポータルへの攻撃が始まり、終始優勢のままポータルを制圧したという。
そちらに戦力を裂かれていたから、ミユのネストへの奇襲も成功したのだ、とはよく言われた。
リイサが武器庫の鍵をかけ職員室に持っていく。それを確認してから、ケンジロウの指示で全員装備を外し銃とともにロッカーにしまう。
ミユの歓迎会を開こうとコノミが言いだしたが、引っ越しの荷ほどきもまだ済んでいないとのことで後日ということになった。
「晩ごはんはどうするの?」チームのメンバーがそれぞれ帰宅したあと、残ったナオが聞いた。
「途中にコンビニエンスストアがあったので」
ミユが答えると、ナオはスマートフォンで地図を確認する。
「……ちょっと遠回りになるけどさ、スーパー寄っていかない?このままじゃ、毎食コンビニ弁当とか言い出しそうでちょっと不安だよ」
「ずっとそうでした」ミユが言う。
「父も私も、家事は苦手で、あまりやりたくなくて……掃除やゴミ出しはやってましたが、洗濯は、制服はクリーニング屋さんで、他はコインランドリーでしたし、料理は、全然」
「お風呂は?」
「自宅にもありますが、銭湯通いでした。この辺りは銭湯が多いと聞いていたので……風呂なしのアパートで調べると、学校の近くでも安い物件が見つかりました」
ミユの住所は、副隊長のナオも知らされている。たしかに、学校から徒歩二分ほどの所だ。
「お父さんは一緒に越してきたの?」ミユのアパートとは反対方向を向きながらナオが聞く。
「地元に残っています。今の仕事が合っているようですし、条件のいいカウンセラーがこの辺りで見つからなくて」
それに東京は、怖い所だと聞いていましたし。誰に聞いたとナオが聞くと、教師や複数の生徒だという。
「まあ……この辺、女性が独り暮らししたくない地域ナンバー1とか言われてるけどね。こんな所で怖くない?不良ばっかりだよ?」
ミユは少し考えてから、歩き出したナオとの距離を一足飛びに詰めて後についた。
「相手が暴力を振るうのであれば、自衛のための交戦は許可されています」
まあそれはそうなんだけど。
「私がここへ来たのは協会の推薦があったからです。ここで不死兵と戦うために、呼ばれたのだと」
それでよかったの?
「奨学金や手当も出るので、私は問題ないし父の今後の暮らしも楽になるかと」
……お母さんは?
入院した。奨学金とお手当を足せば、とりあえず何年かは、お金は払えると思う。
あのひとは、私がいない方がいいんだ。私がいると、疲れて、心が乱れて、だから、休んだ方がいいんだって。
「お父さんとはうまくいってる?……急に変なこと聞いて悪いけど」
「わかりません。家事が苦手というだけで、育児放棄のようなことはなかったと思いますし、暴力を振るわれたこともありません」
少し大きな道……といっても、片道一車線だが……に出ると、この時間でもトラックやタクシーが行き交っている。
学校とミユのアパートを往復するだけなら、通らない道。
「カウンセラーの勧めで、月に一、二度は、ショッピングモールで買い物をしたり、食事をしたり。そういうことは」
そっか。
そのまま何も話さないまま、スーパーに到着してしまった。
「料理はしないんだっけ……わたしもあんまり得意じゃないんだけどさ、さっちゃんが見た目通り料理がうまいから。コノミも時々、かわいいお弁当作ってるよ」
野菜、魚、肉。どう組み立てればコンビニや料理店にあるものができるのか、ミユには見当もつかなかった。
ミユは惣菜のコーナーを注意深く見ていた。冷凍食品はとナオが聞くと、まだ冷蔵庫を買っていないとミユは答えた。
別に好き嫌いがあるわけではなく、バランスよく食事を選んでいるように見えた。少し安心して、ナオは周囲を見回す。
この時間は家族連れが多く、子供がはしゃぎながら店内を走っているのをよく見かける。
それはミユがなくしてしまったもののようにもナオには思えた。今、あるいはショッピングモールに行った時、何を思っているのか。
惣菜を選ぶミユの顔は真剣で、それがただ真面目だからか周囲から耳を塞いでいるのかは、わからなかった。
お菓子のコーナーで、子供がヒーローものの食玩を欲しがって駄々をこねている。もう買ったでしょと親が言い、違うんだと子供がぐずる。
親はダメだの一点張り。子供は泣き出し、金切り声を上げる。
もうしらない。おいてくからね。ばいばーい。
その場を離れる親。子供は半狂乱になって泣きながらその場でジタバタ暴れる。
置き去りにした訳じゃない。数歩先を曲がったところで調味料を見ている。子供は泣きながら親の名を呼び、駆け寄っていく。
「どうかしましたか?」ミユに言われてはっと我に返る。
「あっ、いや、……ああいうのって、あるよね。ちょっとした気まぐれとか、行き違いで、突き放してみちゃうのってさ」
「六郷さんのお父さんとお母さんも、たまたまそんなだったのかな、……って」
そうナオが言ったのは買い物を終えてスーパーから出てからであった。
「……わたしさ、親友がいたんだ。その子はお父さんを不死兵にやられて、……その子がお父さんを連れてったから、不死兵に殺されたんだって、お母さんに言われてたらしいんだ。そう聞いた」
大型のダンプが通り過ぎる。次の瞬間、不思議と周りが静かになったように感じた。
「その子もさ……不死兵を倒すために、自立するために、中学から講習を受けて、協会に入って、奨学金をもらって、自衛隊に入るって」
ナオの足取りが短く、ゆっくりとしたものになる。合わせてミユも歩みを緩める。
「すごく頑張り屋でさ……高校に進学するまでには、クラス1のパークを全部揃えて奨学金をもらって……」
……その子に一人で任せた区画に、敵の増援が殺到して。
ナオの足が止まる。車が通ってこの沈黙を破ってほしかったが、それがひどく長い間に思えた。
わたしバカだからさ。
「……何がだめだったか、わかんないんだ。どうすればいいのかも、わかんなくてさ。いつものようにしか、できなくて」
車が通る。一台、二台。何と言えばいいのか、わからない。
「君に大丈夫なのかって聞かなきゃいけないんだけどさ、なんか……ごめんね。わたし、大丈夫なのかなって。こんなヘラヘラしてて。笑ってるんだ。友達が死んだのに」
見殺しにしたのに。
見捨てたのに。
裏切ったのに。
「……池上先輩」ミユが口を開いた。
「言っています。思ってる事を」
「……なんで言っちゃうかなー。バカだねー、わたし。まあそういうアレだけどさ、頼りないかもしれないけど、戦闘はまあそこそこ、できる方だと思うからさ……よろしくね」
気がついたらもう、学校の近くまで戻っていた。ナオは振り返らず、大きな歩幅で歩いていく。
買い物をするはずだったコンビニエンスストア。アパートはそこを曲がってすぐ。
「先輩……大丈夫です。たぶん」
一礼をしてミユは角を曲がった。自分がなのか、ナオがなのか、それもわからないまま。
ふと思って言えなかった言葉を、そっと口から吐き出してみる。ナオに届かない。言葉になっていないかもしれない。
無理しているのは、先輩もじゃないですか。




