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前編:72 hours immortal combat(5)


「おつかれー。空薬莢は持ってきた?リロードして電解弾にするってさ……明日には五十発くらい用意ができるって。メーカーの電解弾も手配してあるから明日中には、計百発」

 ナオがミユとケンジロウの銃を受け取って武器庫に向かう。扉を開けた時の音からすると、コノミとハルタカは射撃場らしい。

「おつかれさま。ちょうど一年生の勉強会が始まるところなんだけど、ミユちゃんも付き合ってもらえないかしら」

 詰所の長机には、一年生が三人。男子が二人、女子が一人。期待に満ちた目、はつらつとした表情。

 前の学校でもそうだった。高校から武装民兵を始める人は、だいたいそういう顔をしているようにミユは思った。

 家族を殺された顔じゃない。だが、家族が殺されていないなら、それでいい。

「君が六郷ミユさんか。不死兵より不良に厳しいと評判は聞いているよ……僕はプラムL7、防御チームの救護担当。名前は山王タカヒロ。よろしく」

 そう挨拶した男子生徒はブレザーを脱いだ上から白衣を着ていた。背はナオより少し低いくらい。体格は細め。眼鏡をかけている。

「まずは不死兵についての、おさらいから始めましょう。不死兵を不死身の存在たらしめているもの、それがイッテンバッハ体です」

 言いながらタカヒロが机の上に置いたのは、薬品のパッケージ。オールナイン万能止血軟膏。

「これのほとんどは、毒にも薬にもならないクリームです。しかしこれには、微量のイッテンバッハ体が含まれており、それが主成分です」

 一年生たちの間に動揺したようなざわめきが走る。

「気味悪がって使わないチームも少なくないですが、使用した時とそうでない時の二十四時間以内の死者数には、明らかな違いが出ています」

 そこまで言ったところで、タカヒロはミユをちらりと見た。前の学校では使っていない事を知っているようであった。

「前にいた学校では、使っていませんした。ですが先の襲撃の時、自衛隊の方に分けていただき、捕虜の救出の際に、使用しました」

 射撃場からコノミとハルタカを連れてナオが戻ってきた。コノミとハルタカは周囲のベンチに座ったが、ナオは長机の、ミユの隣に腰かけた。

「不死兵がネストに餌として連れて行くものは、逃げられないよう手足の腱を銃剣で切っています。それが傷口に軟膏を塗ってくっつけるだけで、すぐに歩けるようになるのは驚きました」

 その時の事をミユは思い出した。粘土細工でもいじるように、軟膏をすり込んで軽くもんでやれば、手品のように元通りになる。

「イッテンバッハ体は人体に入ると、周囲の細胞の情報をメモリー、コピーしてなりすまし、免疫機能から逃れようとします。その際、枝を伸ばして周囲に傷があればそれも修復します」

 軟膏のパッケージを机に置きつつタカヒロは続けた。

「驚くべき事に、その範囲は神経や脳、それどころか短期長期含めた記憶にまで及びます。すべてではないらしいのですが、脳を破壊されても一分足らずで再生し、銃の撃ち方や作戦内容まで覚えているそうです」

「つまりハルタカに飲ませれば、もっと頭がよくなるんだ」コノミが言う。

「よくは、なりません。イッテンバッハ体がやるのはあくまでも現状の維持、修復です」

 ハルタカとコノミが軽く小突きあう。二人の鉄板ネタらしい。

「またイッテンバッハ体は、細胞をコピーしてなりすます際に、一部のメモリーを自分の都合のいいように書き換える事がわかっています」

 それがどのようなものかは、テレビでもおどろおどろしく伝えられているところだが。

「生きた細胞、特に活動している脳細胞を好んで食べるようになり、性格も極めて凶暴になります……それが、ブットゲライト准将以外誰も不死兵を実用化しない理由です」

 タカヒロが軟膏のパッケージをまた持ち上げ、皆に見せるようにしながら言った。

「止血軟膏を使用しない団体にも理由があるわけです。副作用は現在報告されていませんが、可能性はゼロとは言えない」

 パッケージの注意書きに目を通しながらタカヒロが続ける。

「頭部や神経、骨髄の治療……骨折も含まれます……にはごく少量を使用する事、脳への使用は原則として禁止。これは守ってください」

 浅い外傷や目の損傷以外、頭の怪我には手をつけず、動かさないようにして自衛隊や救急隊を待つ。意識がない場合、もう助からないと判断しても罪には問われない。

 タカヒロがそう続けると、周りの空気は一気に冷たくなった。

「現場周辺のチームが運よく封じ込めに成功した場合以外、不死兵による死者は必ず出ています。助からない怪我人も、少なくありません。これに慣れる事も、任務を行ううえで重要なことです」

 閑話休題。話を続けるのに、タカヒロはひと呼吸待った。

「さて、万能止血軟膏が広く用いられていない理由はまだあります。……イッテンバッハ体は単体では非常に弱く、人体に入っても一日持たずに死滅してしまいます」

 タカヒロはパッケージを開けようとしたが、やめて話を続けた。

「イッテンバッハ体が前述の驚異的な能力を発揮するのに必要なもの、それがシュリンゲンズィーフ線、通称エス線なのです」

 エス線。自衛官がそう呼んでいたのをミユは思い出した。

「エネルギー源なのか信号なのかも不明ですが、エス線を浴びることで、イッテンバッハ体は活性化して飛躍的に活動速度が向上し、治癒能力と狂暴性が高まります」

 残念ながら、エス線の詳細は公表されていません。心底残念そうな顔をしてタカヒロはため息をついた。

「ともかく不死兵とは、脳や脊髄にイッテンバッハ体を定着させたものであり、エス線の届く範囲にいる限り、一応限度はありますが、肉体や記憶を破壊されても再生し蘇ります」

 さっきの疑問に戻りますが。言いながらタカヒロは軟膏のパッケージを持ち上げる。

「つまりこの止血軟膏も、エス線の影響下、つまり不死兵が活動している所でしか効果がない訳です」

 タカヒロは机の上にあった書類を取り上げ、軽く目を通してからミユに質問した。

「六郷さん……資料によると、六郷さんはエス線源を持って捕虜を移送していた不死兵の集団を襲撃し、捕虜を奪還したとあります。詳しく話してもらえますか?」

 ミユが立ち上がると、ナオも立ってミユの背中を押してタカヒロのいる机まで連れて行った。

「エス線源を持って移動している不死兵がいるらしいとは、自衛隊の方から聞いていました。自衛隊と別れた後、山の中を線量計を持って移動して、ポータルのエス線の死角を探してそこで待ち伏せしました」


 自衛隊の偵察機やドローンは警戒しているのだろうが、縛られてくぐもった泣き声をかすかにあげる捕虜を運ぶ不死兵の集団は意外に簡単に発見できた。

 ポータルからのエス線が届いている所ではその地区を担当している不死兵が同行していたが、警戒というよりは荷物運びの手伝いのようであった。

 目的地であろうネストへほぼ一直線に向かっているのだろう、先回りをするのは容易だった。

 縛り上げた捕虜を担いだり農家で調達したらしい台車で運んでいるのを見るとなんとなくわかってくる……不死兵の腕力や足の速さは常人と変わらない。

 しかし重い荷物を持って急な斜面を上り下りしているにもかかわらず、そのペースはまったく落ちない。疲れ知らずだ。

 今回不死兵が出現してまる二日を過ぎている。自衛隊と合流した時に仮眠を取ったし待っている間に居眠りもした。

 なのに体は重く、足も言うことを聞いてくれない。行動を開始するのはこれからだというのに。

 だったらやめればいい。この場の不死兵をやり過ごして、調査結果を自衛隊なり学校なりに報告すればいい。

 だが、あのとき、

 がさっ、ざくっ。

 不死兵が藪をかき分け下生えの草を踏みしめる音はもう間近に迫っていた。

 敵は、十人。うち七人が、捕虜を運んでいる。StgやMPを装備しているものもいるのに、周囲を警戒する三人は、ライフルだ。

 それだけ偵察機やドローンを警戒しているのだろう。手足の肌も露わな、セーラー服を着た少女が足元でうずくまっていても気付かない。

 体力や持久力が自衛官や不死兵に劣っているとしても、かくれんぼだけは得意だな。

 このまま見つからずにやり過ごせば。

 がさっ、ざくっ。

 だが、あのとき。

 運ばれている捕虜の姿が目に入る。縛られて、噂や情報通り、手足の腱を切られている。弱って、おびえて、泣いている。

 あのとき。母が殺された時、妹が連れ去られた時、一瞬目が合ったように見えたのだ。

 その目は、助けを求めているように見えた。

 そのとき、なにをおもった。

 こえをかけられたら、みつかると。

 たすけてくれと、いっているのに。

 がさっ、ざくっ。

……そんなのは、もういやだ。

 だから。

 がさっ。

 最小限に身を起こせば、スコープに不死兵の頭がいっぱいに入る。近すぎて、よく見えないほどに。

 三点射。ハンマーで殴られたように不死兵の頭が傾き、そのまま糸の切れた人形のように倒れ込む。

 Stgを持って台車を押している不死兵が、台車から手を離した。強力な銃を持っていて、反応も速い。

 だが吊り紐に手をかけるその前に、スコープはそいつの頭でいっぱいになった。

 三点射。そこからほんの少し銃を動かすだけで、もう一人の不死兵を照準にとらえる事ができる。少し距離が離れているのか、顔がはっきり見える。


 三十発。三点射を十人。薬室に装填された一発が残っている。

 立ち上がりながら空の弾倉をつかんで、引き抜く。自衛隊の備品から拝借してきた偽装網を払いのけ、空の弾倉を捨てる。

 予備弾倉を銃に叩き込みつつ、不死兵の集団に駆け寄る。自分の銃を足元に置いて、最も手近な所に倒れている不死兵の、MPを奪い取る。

 もう最初に撃った不死兵が、地面に手をついて起き上がろうとしている。

 安全装置はない。ボルトハンドルは下がっていて、安全用のノッチにかかってもいない。

 不死兵のヘルメットに、三点射の貫通した痕が残っている。この距離で貫通できるか……それよりも、照門が不死兵の耳のあたりをとらえる。

 もう一歩踏み込めば、手を伸ばして、銃口を不死兵に押し付けるように。この方が速くて楽だ。


「……全員を撃ち倒したあとは、敵の銃や弾を回収して、順繰りに頭を撃ってから、捕虜の救出にかかりました」

 万能止血軟膏の効果に驚いている余裕はなかった。大丈夫ですか、歩けますか、声をかけるがまだショックから立ち直れていない。

 銃を拾う。またもう一巡、不死兵の頭を撃ち抜く。

 よろよろと立ち上がった捕虜を、あやうく不死兵と間違えて撃ちそうになる。まだショック状態だが、こちらの声に反応してくれる。

「ショックから立ち直った人に止血軟膏を渡して、他の人を手当てするよう頼みました。それでも、全員の手当てが終わる頃には、敵から奪った弾薬はほとんど使い切っていました」

 捕虜の何人かに地図の写しを渡し、エス線の範囲を避けるルートを教える。

 銃声は聞こえたはずだ。自衛隊のドローンが来れば捕虜を見つけて、救出部隊を送ってくれる。

 不死兵が、エス線源を持った増援をよこさなければ。可能性は低いと思うが。

 その前に。


「不死兵から奪った装備の中に、怪しい箱があるのは確認しました。線量計を持っていたので調べると、そこからエス線が出ているようでした」

「それはどうしました?持っていって自衛隊に引き渡したのですか?」タカヒロが聞いた。

 ミユが口を開く前に、ケンジロウが言葉を続けた。

「一応言っておくと、エス線源を見つけたら、自衛隊や警察、学校などに必ず引き渡すこと。隠し持っていれば死刑もありうる」

 ミユに言っている訳ではなく、不死兵の物を持ち帰らないようにという、一年生への軽い脅しだ。

「持っていてもメリットはないし、これを狙って追っ手を出されても困るので、束ねた手榴弾にくくりつけて、爆破しました」


 威力を逃さないよう重ねておいた不死兵の体が吹っ飛んで、勢いよく宙を舞う。

 ボロ雑巾のように宙を舞う不死兵の体は、まるで壊れた人形のようにも見えた。

 一番大きな塊がどさっと地面に落ちるまで、ミユはそれをずっと見つめていた。

 線量計をチェック。エス線の反応は、検出できないほと小さい。軽く振り回して周囲を見ても、線量計の針はぴくりともしない。

 こちらに這い寄ってくる不死兵が一人。ライフルで撃つと、もう動かなくなった。

 他の不死兵は……動いていないものもいる。何人かは、壊れたおもちゃのように痙攣している。もう何人かは、陸に打ち上げられた魚のように身をよじらせている。

 シュリンゲンズィーフ線を絶たれたイッテンバッハ体は、活動速度が急激に低下する。

 どれだけ余力があっても、不死係数はこの時点でゼロだ。もう体や記憶を修復しようとしない。

 魚をさばくように母を殺した不死兵が、魚のようにもがいている。ただ死んでいないだけのもの。

 もう起き上がらない。追ってこない。撃つのは弾の無駄だ。増援が来なければそのまま死ぬのだろう。

 山の稜線に不死兵の姿が見えた。幸いこちらには気付いていないようだったが、爆発のあと倒れている不死兵が動かなくなったのを見ると、忌々しげな様子で指示を出し、陣地かネストに退却していった。

 もうしばらく待つ。捕虜たちの足音は聞こえなくなった。稜線に不死兵の姿は見えない。

 線量計の反応は変わらない。増援は来ないようだ。

 自分のライフルを背中にかけ、不死兵のライフルを持つ。偽装網を片付ける。空はもう、だいぶ暗い。

「……ひとつ、知っていれば教えていただきたいのですが」

 不死兵はほとんどが、完全に動かなくなった。あと一人か二人が、意味もなくのたうち回って地面を叩いている。

「エス線を浴びて狂暴化した不死兵が、エス線を浴びなくなったら、どうなるのでしょうか」

 とどめを刺すべきか。エス線源を持った増援か追っ手が通りかかれば、復活する恐れはある。

「イッテンバッハ体は雑菌にも免疫にも弱く、無傷でクリーンな環境に確保しても二十日ともたない、と資料にあります」

 そうじゃなくて。

「不死兵が退却した時、ポータルが閉じてしまい逃げ遅れた不死兵が捕虜になった例はある」

 ケンジロウは眼鏡を直すと、タブレット端末を少しの間いじって記事を探していた。

「どんな話をしたかは公開されていない……だが確保した現場の兵士の話だと、もう帰れないとわかると、銃を捨てておとなしく降伏したそうだ」

 ヘルメットは脱がせてある。何度頭を撃ったか数えていない。これが、最後だ。

「公開されている事は、尋問に応じて情報を提供したらしい、脱走を企てたり暴れたりすることはなかった。……あとは山王の言うとおりだ。四日目に脳に障害が出て、一週間で死んだ」

 体をコントロールできずただゴロゴロと地面の上を転がり、開いたままの口からは意味不明のうめき声が絶えず漏れている。

 側頭部にぱっくり開いた大きな穴。飛び散ったまま再生しなかった頭蓋骨から脳の中心付近まで及んでいる。

「別の捕虜にエス線を当てて延命し情報を聞き出そうという実験の報告もある。……修復が始まる前に狂暴化し、手に負えず射殺したそうだ。不死兵はもう人間に戻れない」

 その目は。

 自分でも驚くほど素早くライフルを構え、それまでの躊躇が嘘のようにためらいなく引き金を引いた。

 その目は。助けを求める人の目だった。

 母のような。妹のような。こいつらが連れていた捕虜のような。

 死にたくないと。生きていたいと。

 見たくなかった。



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