前編:72 hours immortal combat(4)
ロッカーの使い方はミユもわかっている。腰くらいの位置にある小さな引出しに生徒手帳を入れるとロックが解除される。
学校指定のプレートキャリアを着込む。アナログとデジタル、二系統の無線機。線量計。救急医療キットに、オールナイン万能止血軟膏。
「今後訓練をしていく中で装備のセッティングは考えていこう。とりあえずは、これということだそうだ」
弾帯。古い映画でゲリラや山賊がつけていそうな、むき出しの弾を並べて突っ込んであるものをケンジロウから受け取り、肩からタスキがけにする。
「それが160グレインの通常弾。電解弾はまだ準備中なので、訓練用に同じ重さの230グレイン弾を用意してある。弾道特性がまるで違うから、すぐに覚えるように」
訓練用の重量弾は箱に入っている。通常弾が先細りになって先端が尖っているのに対し、重量弾はかなり先の方までまっすぐで、先端が丸い。
「どちらかに統一できないのですか?」
「俺個人の意見としては、30口径電解弾は使いたくない。しかし不死兵を倒せる貴重な戦力だからな……使うからには、使い分けが必要だ」
言いながらケンジロウは、自分の弾帯から二発の弾を取り出した。熊でも撃つのかという大きな弾。片方には、弾頭に青いラインが入っている。
「こっちが電解弾だ……銃弾サイズのEMPグレネードと言っていたが、もう少し正確には、銃弾型の電池、コンデンサーだ。高圧電流をチャージして、弾が当たると開放され、小さな爆発とともにEMPが発生する」
理屈はともかく、小さな爆弾であることに変わりはない。触るのが少し怖いとミユは思った。
「まだ高価で、数も少ない。充電には時間がかかるうえに、こまめに再充電しないとすぐに使えない。五回の充電で劣化が始まる。要するに金と手間が非常にかかる」
でも、不死兵を倒せる。ミユは電解弾をじっと見つめていた。
「なら、使い分けだ。使ってみて、使い方を考えるんだ。銃も装備も。そうすればより長く生きられるし、きっと多くの不死兵を倒せるはずだ」
言い終えるとケンジロウはミユに紙袋を渡した。中身はグローブとニーパッド、エルボーパッド。
「余り物を見繕っておいた。なるべく早く、自分に合ったものに買い換えるように。これとブーツは、放課後になったら身につけておくといい。面倒なら腕章は、常時身につけていて構わない」
ロッカーに置かれた、小さいケース。作りは、ミユの知っているものよりもいい……中には、六角形のバッジ。
暗い緑色で、忍者装束を着たドクロの彫刻があしらってある。もうちょっとなんとかならなかったのか。
プレートキャリアに取り付けられているバッジベースにはめ込むと、人工音声が聞こえてきた。確認。クラス3パーク、ニンジャ。
「バッジのクラス数が多いほど偉いって建前になってる。階級章の代わりだからな……もっと偉そうにしてもいいんだぞ」
腕章とパークバッジが、軍服と階級章の代わり。不死兵相手には意味がないが、軍や警察と行動する際には重要になってくる。
国際的な準軍事組織……不死兵対策武装民兵協会のメンバーであり、テロリストや反政府組織のメンバーでないことの証となっている。
「それじゃ銃を持ったら、京浜島で試射だ」言いながらケンジロウは、ガンケースを肩にかけた。安物の釣り竿ケースのように見えるが、実際そうだという。
「任務以外で銃を持ち出すのはこんな時くらいだからな…。任務でなければ、銃をむき出しで持ち歩けない」
ミユも釣り竿ケースを受け取る。ずっしりと重い。
昼休みに来た時には武器庫の方に行ったので、ロッカーの先に行くのは初めてだった……そこはガレージになっていて、スクーターと自転車が数台づつ、それに大型のオートバイが一台停められていた。
「免許は?」ケンジロウが聞くとミユは首を横に振った。
「現場までの行き帰りは、担任の教師が車で送ってくれました。……そういえば教官とかはいないんですか」
「一年の基礎講習以外は、日々の練習で足りないと思ったら外部で講習を受ける感じだ。パークや技能を取っていけば、教わる必要のある事はだいぶ減る」
それはそうかもしれないけど。ミユは思った。前の学校では、元自衛官の教官が親身に教えていた。
「“軍事教練”を嫌う人は都市部に多い。……まあ、余計な軋轢を避けるのも大事なことだ。せめて人間同士は、平和にやっていきたい」
ケンジロウは壁からチェーンロックとヘルメットを二個取って、一つをミユに渡した。
「免許は早めに取っておくといい。自転車は一応電動アシストで、60キロ出せるようになっているが、バイクの方が楽だ」
「それともバイクは不良の乗り物だってか?」急に声が聞こえた。大型バイクの向こうからだ……声の主が立ち上がる。
もう放課後だからか、制服を着ておらず革のズボンを履いて革のジャケットをラフに羽織っている。背はナオより少し高そう。男子かとミユは思ったが、そうではなかった。
「はじめましてルーキーさん。わたしは飯田ユウコ。プラムL10。一応攻撃チームだけど、本部の命令で動く事が多いから、そんなに会わないかもね」
言いながらユウコは大型バイクを軽く叩いた。よく見ると前輪か二つあり、しかし車やバギーと言うには、その間隔は狭かった。
「こいつがわたしのマッチド、トライチェイサー2015改。あだ名はわたし共々、イダテン。リミッターがあるからスピードはそんなに出ないけど、低速の安定性と加速性能はレース用バイクにも負けないよ」
ヨロシクネ。バイクが言っている風に言いながらユウコがハンドルを軽く揺すると、まるで何かの生き物のように、バイクはその身をしなやかによじらせた。そのように見えた。
「この子のセッティングいじったところなんで、ドライブ行くならご一緒してもいいかな?緊急時にはリーダーを直で現場に連れて行くから」
「わかった……ちょっと待ってくれ。それならこれも、一応持っていく」
そう言うとケンジロウは別のロッカーをパークバッジと暗証番号で開けると、巨大なバックパックを取り出した。
「プラムL1、新田ケンジロウ。ポジションは、防御班の弾薬手……兼、チームおよび防御班のリーダーだ」
いよっ、男前。すかさずユウコが合いの手を入れる。照れくさそうな顔をしながら、ケンジロウはヘルメットをかぶった。
「チェーンロックは首からかけておけばいい。ここと京浜島を往復するだけならいらないんだが、どこかに停める時に必要になる……バイクやスクーターも、始動用のキーすらないからな」
ガレージオープン。プラムL、1、6、10、発進する。ケンジロウがガレージ内のマイクに呼びかけると、ガレージの扉がすばやく開き、その向こうで校門が開くのが見えた。
ケンジロウのスクーターが、大荷物をものともせず音もなく滑らかに発進した、電動……と、ようやくミユは理解した。
続いてユウコのバイクが、そろそろと進み出たかと思ったら一瞬で視界から消え、校門を出ようとしていたケンジロウのスクーターに追いついていた。
それは車輪のついた乗り物と言うより、大きな猫が獲物に飛びかかるようにも見えた。ユウコが左右を確認すると、道路にパッと飛び出してあっという間に見えなくなった。
ケンジロウは道路に出ない。こちらを向いて、待っている……ミユは慌てて自転車にまたがる。いわゆるママチャリと違って座席からハンドルまでフレームが伸びていて乗りにくい。
ベダルを踏み込むと、後ろから蹴られたかのように自転車は飛び出した。ブレーキをかけていったん止まり、そろそろとケンジロウに追いついた。
「すいません……ママチャリしか、乗った事がなくて」
「だろうな」なぜかミユと目を合わせずにケンジロウが言う。
「いったんアシストを切って、慣れてからアシストを入れるようにしようか……その前にスカートを直せ」
京浜工業地帯、とは社会の勉強で一応習ったつもりだったが、自分が今そのど真ん中にいるのだということを、射撃場に到着するまでにミユは思い知った……車の通行量が多い。特にトラック。
「首都圏、特に都内は不死兵に対する対処は迅速、効率的になったからな。大規模な襲撃もなかったから、ここ二年ほどは、不死兵による死者数は交通事故のそれを下回っている」
お父さん、不死兵がいなくても、東京は恐ろしいところです。
京浜島の工場の一部を取り壊して作られた射撃場は、都内では唯一、一キロ以上の射撃が行える。そのため平日午後でも、銃の調整に訪れる者が多い。
「とはいえデータによると、実際の交戦距離は三百メートルもない。都市部に限れば、五十メートルあるかないかだ。三百メートル以上は、ます考えなくていい」
射撃場内は大きなガンケースを持った人が多い。モニターを見ると、ほとんどがスナイパーライフルた。
「スナイパー志望者は多いが、実際役に立つスナイパーは、そんなに多くない。電解弾を使えるものが多いのはメリットだけどな」
「遠くに敵がいるなら、近付けばいいだけの話だからね。言ってくれればどこへでも運んであげるよ」
自動販売機で買った缶コーヒーを開けながらユウコが言った。ここでしか売っていないブランドらしい。
ミユはケースからカービンを取り出した。リアサイトが取り外され代わりにスコープが取り付けられている。学校の射撃場で、五十メートルで照準は合わせてあるとのことだ。
百メートル、とあるボタンを押すと百メートル先にターゲット用紙を取り付けた枠が上がってきた。射座に用意されているモニターにターゲットが映る……
弾帯から弾を抜き出し、机の脇に並べる。委託用の台が用意されているので、高さを合わせる。カットオフレバー、オン。安全装置、オフ。
弾を一発取り上げ、ボルトハンドルを引く。イジェクションポートに投げ込むように弾を入れつつボルトを閉じる。
ひゅう。口笛とも息が漏れた音ともつかない音が、ユウコの口から漏れ出したのが聞こえた。
ターゲットの中心に十字線を合わせる。息を絞り、止める。引き金は少し重い。
ばんっ。M16よりも強い反動。跳ね上がるスコープから、ターゲットの中心が外れる。しかし左目で、ターゲットに着弾した事は確認した。
ボルトハンドルを起こす時、動きが硬く、重くなっている。張り付いた薬莢を、薬室から引きはがす感触。自動小銃は、こういうことをやっていたんだ。
ボルトハンドルを引くのは、スプリングの抵抗もなく、ただ鉄の棒を前後に滑らせるだけ。ちいん、と、思ったよりも勢いよく空薬莢が排出される。
軽くふた呼吸ほどおいて、弾を拾い、装填する。着弾は少し左下にずれていたが、狙いは変わらす同じように。ばんっ。
着弾。装填。発射。弾は大体同じ所にまとまった。……少し考えて、ミユはスコープのダイアルをひと目盛りだけ調整した。
次の三発は、左右はひと目盛りより小さい分、上下はひと目盛りより少し大きい分、ちょっとだけ狙いをずらす。
ちょうどど真ん中にまとまった。満足のいく結果になったので、今度は重量弾を取り出し、三発。
下にニ、三センチほどずれた。眉間を狙って鼻に当たる感じだろうか。
「そういえば、三十口径の電解弾はお勧めしないと言われていましたが」ターゲット用紙を回収するボタンを押してミユが言った。
「まあ一つはこれだ。特にフルサイズのライフル弾でない場合……現代のアサルトライフルでもだ……弾の性能ギリギリの重量弾を撃つ事になる。遠距離の撃ち合いはほぼないと言ったが、この差は無視できない」
もう一つは。二百メートル。ミユがボタンを押した。「大丈夫です。続けてください」
「もう一つは、それでも、電解弾のサイズとして限界なんだ。有効半径十二センチ……頭を撃てば脳に定着したイッテンバッハ体を不活性化する事はできる。だがその脳を破壊できるかというと、そうでもない」
通常弾を三発。着弾のずれは、ひと目盛り未満。
「人間の頭蓋骨は硬い。不死兵が銃をハンマー代わりに、銃剣で犠牲者の頭をかち割って脳を食べることはよく知られているな」
一瞬、指が止まる。知っているも何も、母は。
「硬いだけじゃない。自分の顔を触ってみればわかるが、形状も複雑だ。それらを貫通して脳に達するのは、実はあまり多くない」
眉間を狙って顎か喉に当たる感じ。ミユが二百メートルでの弾着を確認すると、ケンジロウは同じ距離のスチールプレートを用意しスタッフに電解弾を使う事を伝えた。
「弾芯にはタングステンや劣化ウランを使っているが、三十口径電解弾の弾殻はペラペラだ。粗悪品の弾が銃身内で炸裂した事故が複数報告されている。そのくらい、もろいんだ」
ミユに席を代わってもらい、ケンジロウが自分の銃を出す……ミユの銃よりも古めかしいスタイルに見えたが、照準はダットサイトと、倍率を上げるブースターを並べて配置していた。
「俺の銃は45-70弾だから、弾かれることはまずない。だが、これを見てほしい」
ケンジロウは銃の下にある大きなレバーを操作すると、銃の後部に開いた穴に弾を装填した。レバーを戻すと、せり上がったブロックがそれを塞ぐ。
銃を構えてから引き金を引くまでがおそろしく早い。ずばぁんと、ひときわ大きな銃声。
スチールターゲットが、吊り下げている鎖を引きちぎらんばかりに跳ねる。
そして花火のような、というよりも、溶接の火花のような、青白い閃光。
「火花が見えたか?……あれが見える時は、頭の表面で"弾けた"ってことだ。倒せていない。撃てるなら、通常弾でもいいから撃ち込んでとどめを刺せ。イッテンバッハ体が眠っても脳は生きているから注意しろ」
ケンジロウが銃を降ろしレバーを操作する。吐き出されるように空薬莢が排出された。
「先生は30-40クラッグがギリ使えると言っていたが、この230グレイン電解弾を308NATOで無理やり使っている武装民兵は結構いて、よく売れている。しかし過信すると命に関わる」
個人的に使える範囲は、ロシアの九ミリ……ケンジロウの口がそこで止まった。
「……アメリカでは40口径電解弾への更新が進んでいるが、まだ当分民間には回ってこない。俺のような狩猟用の大口径弾か、洗足のようなショットガンのスラッグ弾になる」
三百メートル。ミユがターゲットをセットする。
「当分は池上と組むはずだから、フォローしてもらえる。だが一人で行動する事もあるだろう……うまくいった経験がある事はわかっている。だが、自分を過信するな」
通常弾は調整する必要はない。重量弾は、眉間を狙っても首に当たる。左右のずれが、気になってくる。