前編:72 hours immortal combat(2)
ミユのいる二年A組の教室は、二年としては例外的に一階にある……出動時に階段を降りなくてすむように、とのことだった。
道案内……とナオは言うが、L字状の校舎の角を一つ曲がるだけ。
一番奧の突き当たりに増設されたプレハブ小屋、それが、プラムLチームの詰所であった。
ミユが懐を探って生徒手帳を探す。ICカードをタッチさせる場所を探していると、ナオが入口手前の廊下の周りを指差す。
黄色く塗装されたタイルがその部分だけぐるりと一周している。ナオがそこを通るとチャイム音が聞こえた。
おっかなびっくりミユが生徒手帳をその区間に通す。チャイム音。
「手のひらの静脈で本人認証するから。一瞬で読み取るのに強い光を当てるから、直接見ないようにね」
ナオがドアの近くの四角い枠を指差す。ナオがそこに手を当てると、手の骨が透けて見えそうなほど強い光がナオの手を照らした。
ドアロックが解除されるかすかな音。ナオが軽く押すだけでドアは開いた。そしてナオが通るとミユが追い付く前にドアは閉まった。
四角い枠に手を当てて本人認証。見ないように……枠のあたりに手を触れると、何かの機械が作動する音が聞こえ、手のひらにかすかな振動と、熱いと言っていいほどの熱を感じた。
かちり。ロックが解除された。ミユがドアを軽く押すと、弾かれたように素早く、しかし静かにドアは開いた。
入り口はハイテクだが、玄関の様子はミユの前の学校とよく似ていた。長机に椅子、周囲にベンチ。
訓練の簡単なブリーフィングをしたり、銃や装備の手入れ、任務から帰還した時の休憩場所。
長机のそばにナオは立っていた。長机には生徒が三人……男性が一人、女性が二人。女性の一人が二年生で、他は三年生。
「六郷ミユさんか……ようこそ。俺がこのチームの、一応隊長をやっている、新田ケンジロウだ。よろしく」
そう言って立ち上がった男子生徒はナオよりも背が高く、大柄だった。大柄だが意外に体の線は細く、眼鏡をかけているせいか落ち着いた印象がある。
「六郷さんよろしく。わたしは防御班副隊長の久が原サチ。擲弾手をやっているわ」
次に立ち上がった三年生女子はそれほど背は高くない。ミユより少し高いくらいだ。
細身のナオやケンジロウに比べると、……本人には言い辛いが……体格ががっちりしていて、肉付きがいい。
「よろしくー、あたしは二年C組の昭和島コノミ。プラムL5、防御班で機関銃手をやってる」
ケンジロウに言われて渋々立った二年生女子は、リボンを見なければ一年生と間違えたかもしれない。背が低く、小柄だ。
しかしそれよりもミユが驚いたのは、
……お父さん、東京は不良じゃなくても髪を茶色く染める人がいるって、本当でした。
微妙な沈黙。
ナオがプッと吹き出し、つられてサチがくすくす笑い出す。まさか。
「おめー、どこの田舎から来たんだよ。声に出して言うほど珍しいか茶髪が!?」
しどろもどろになりながらミユが答える。ナオの方を見るが、ごめんそれはフォローできないわという顔をして、腹を抱えて笑っていた。
不良っぽい口調でミユを問い詰めていたコノミも、途中から怖そうな表情が崩れて笑みがこぼれる。
「さっきナオ先輩が真面目な子って言ってたけど……クソ真面目だな!リーダーいい仲間ができてよかったじゃん」
言い終わるとコノミはミユのそばに駆け寄り、ぶつかるように飛びつくとねじ伏せるように肩を抱いてミユの頭を撫でた。
「あんたいい子だね。あたしも不良ってほどじゃないけど、いい子ではないからね……攻撃班にはマジもんの不良がいるから気をつけなよ」
「はあ」少しの間ミユをいじり倒していたコノミが離れると、ミユがケンジロウに聞いた。
「あの……攻撃班防御班って」
「まだ言ってなかったな。すまない」ケンジロウが言うと同時に、ナオが長机を離れてミユの隣についた。
「我々民間即応部隊の主な任務は、自衛隊即応部隊が到着するまでの約三十分、避難所や避難経路を不死兵の攻撃から守りつつ、逃げ遅れた人やけが人を救助する事だ」
言うまでもない事ではある。ミユの前の学校でも、任務の内容は変わらない。
「そこで、避難所などを守る班と、けが人等の救助や不死兵の牽制、攻撃を行う班の二つのグループにチームを分けている……俺、久が原、昭和島と、今いないあと一人が防御班」
「わたしと六郷さん、それと今いないあと二人が攻撃班。番号が奇数だと防御、偶数が攻撃となっているから、わかるね?」
前の学校では、特にポジションは決まっていなかった。武器や装備、隊員の練度によって大まかな配置はだいたい決まっていたが。
玄関の脇には、外に通じる広めの通路がある。両脇が隊員たちの武器や装備を納めるロッカーになっているのは、前の学校と同じ。ロッカーの規格も同じだ。
左側のロッカーが、1、3、5、7……防御チーム。右側の2がナオのロッカー。4は使用中になっている。
耳をすませると、どこかにある射撃場から銃声が聞こえてくる。防音設備のため小さく抑えられてはいるが、発射音の大きい銃のようだ。
次の6……ミユのロッカーには、学校指定のプレートキャリアーと私物のブーツだけ。「銃は返納しちゃったんだっけ?持ってきてもよかったのに」
思い入れはありましたが、学校の銃です。ミユが言うと、真面目だねぇ、とナオ。
「そうそう。ここでの君の銃を見つけないと。そのために君を昼休みに呼んだんだよ」
通路の脇にまた別の、今度は細い通路があった。射撃場と武器庫に通じる通路とのこと……ドアは頑丈な鉄製で窓には太い格子かはめられていた。
「ここは生徒手帳かパークバッジを読ませつつ、手のひら認証。中にもう一枚ドアがあるから、同じようにして。ドアとドアの間のスペースには、一人しか入れないから注意して」
ドアの向こうにナオが消える。ミユはすぐに生徒手帳をパネルに当て、センサーに手を当てるが、ロックが解除されない。
「ランプが緑になったらもう一回」ドアの上にあるランプを指差しながら、後ろで見ていたケンジロウが言う。
「遠距離の射撃練習は、京浜島の射撃場に行ってする事になる。あっちにもこういうドアあるから、人の出入りとか注意した方がいい」
もう一回、生徒手帳、手のひら認証。がちゃっ。
ドアを閉めてランプを確認。生徒手帳。手のひら。がちゃっ。
細い通路はまっすぐ射撃場に続いており、その途中に、武器庫に通じる通路があるようだ。……だがその間に、誰か立っている。
男子生徒だ。背はコノミより少し高いが、たぶんミユより低い。ネクタイの色からすると、二年生。
装備をつけ銃を持っているが、見慣れたライフルやカービンではなかった。散弾銃だ。
装備も、あちこちに散弾を収めたシェルキャディを取り付け、矢筒のようなものを背中や腰につけている。
「よっ。新入りってあんたか……俺は洗足ハルタカ。プラムL4。攻撃班だ……姐さんは武器庫の方に行った」
「はっ、あ、ありがとうございます」
射撃場への通路は狭く、装備をつけた者同士だとすれ違えない。ハルタカは曲がり角の手前でミユが通り過ぎるのを待っていた。
ハルタカに礼をして武器庫への通路に入る。ナオはもう武器庫に入ったらしい。
ほっと一息。お父さん、東京は不良みたいな人が多くて怖いです。
「ハア?」
振り返ると、散弾銃。矢筒のような装備。逆立てた短い金髪。すごく悪い目付き。プラムL4。攻撃班。マジもんの。
え、あ、あの、いやその、
「なんだァ!?」
あああああああのあのあのあのあの
鬼のような顔をして迫ってくるハルタカに追い詰められミユが倒れそうになったところで、武器庫のドアがばんと開いた。
そこから、倒れ込むように腹を抱えて笑っているナオが転げ出てきた。
「ストップストップストップ、洗足やめてあげて」
「何すか姐さんこの子。初対面の人を捕まえて不良呼ばわりとか」憮然としているハルタカの前だけでなく後ろからも笑い声が聞こえてきた。
呆れ顔で後ろを見ながらケンジロウが曲がり角のところまで来た。その後にコノミが続く。
「不良呼ばわりもなにも、その格好が普通だとか思ってるのか。そういうところだぞ洗足」
続けてミユに声をかけようとするが、まだ身がすくんで動けない様子だった。初めて不死兵に遭遇した人のよう。
「池上……本当に大丈夫なのかこの子?俺は不安になってきたよ。不良うんぬんはともかく、こんなポロッと思った事が口から漏れたり、これが本当にクラス3持ちか?」
「しょうがないじゃん。洗足バッジつけてるからデッドサイレンスとアンプリフィアのパークが生きてるんだし」
頑張って取った甲斐があったじゃん。バッジなしとはいえクラス3持ちを落としたんだからさ。そう言われてハルタカの表情が少し緩んだ。
ひとしきり笑って落ち着いたところで、ナオはすっと立ち上がってミユのところに来た。緊張をほぐすように、ぞっと肩に手をやる。
まさか不良にこんな反応するとは思わなかったけどさ、言いながらケンジロウに向き直るナオの顔は真剣だった。
「不死兵の話してた時はさ……嫌というほど不死兵を見てきたって顔してたよ。不死兵が怖くて、それでも不死兵を倒すって、そういう顔。わたしはそれを信じるよ」
不死兵を撃つつもりでみんなを見てみて。そうナオに言われてミユはケンジロウたちに向き直った。スコープにとらえた、不死兵を十字線に合わせて、引き金に、指を。
ケンジロウ。コノミ、そしてハルタカ。ハルタカはミユに負けじと鬼のような顔をする。こちらを認識した不死兵の顔と比べれば。引き金に引く指にぐっと力が入る。
「どうしたの?喧嘩?ナオ、ケンジロウ、あなたたちがいて何やってるのよ」
引き金に引く指から、ふっと力を抜く。撃っちゃいけない顔、サチの顔を見てそう感じた。
あ、あの、そうじゃなくて。言おうとするミユの肩をナオがそっと叩く。
「いや……ね、またしくじりがあったのはそうだけどさ、だからちょっと本気の顔を見せてみろって、そう言ったのよ」
言われてサチは三人の顔を見比べる。いつもより強ばった表情のケンジロウ、目を見開き少し息の荒いコノミ。ぞっとするような笑みを浮かべながら、冷や汗を流しているハルタカ。
彼らは不死兵の一人や二人ごときでは、こんな顔はしない。それで充分だとサチは思った。
「……で、六郷さんの銃を見に行くんじゃなかったの?」サチの一言で、緊迫した空気が一気に和らいだ。
「そうだった」時計を見ながらケンジロウが言う。
「六郷さん……急がなくてもいいから、銃や装備に何か感じる事があったら、俺や池上に相談してほしい。特別に相性のいい、いわゆるマッチドがあるかもしれない。うちはわりとそういうのを重視するんだ」