後編:46 minutes bloodbath(8)
後編:46 minutes bloodbath(8)
「……了解。アドン、サムソン、指示を変更するよ。大通りを渡る、識別信号のない動体反応。射撃前に、画像を本部に送信し許可を待て」
スタンディングモードに変形し、イダテンは機銃を巨大複合キメラ兵の機関銃手に撃ち込んだ。
電解弾ではないが威力はあり、重機関銃より取り回しがよくMGや機関砲の牽制には十分だ。
「それで……あの子のスケッチはいつ終わるの?今中断してるみたいだけど」
オオモリの氷とアナモリの炎がぶつかり、一瞬で発生した水蒸気が爆発するように広がる。その勢いに乗って、オオモリは巨大複合キメラ兵のすぐそばまで滑り込んだ。
吹雪を巻き起こし、脇腹を凍らせる。凍った部分がひび割れるが、思ったより浅い部分しか凍っていない。
巨大複合キメラ兵は、体を地面に打ちつけてオオモリとの距離を離した。オオモリも深追いはしない。
「やぐっちゃんのところにもう一体が逃げてきた。ハスヌマちゃんに祝福弾を用意させている。お師匠さんもそっちに向かった……大事な用事だってさ」
「やっぱりあの子……池上さんと一緒にいた子、ギフトの力を」
「かもね」アナモリはピストルに火薬と弾丸を装填した。時間はかかるが、力の効率はいい。
「だけどなんか複雑な気分だよ。長原さんのギフトを他の人が使うのは」
「そもそもギフトを他人が使えるってのがさ」オオモリが凍らせた部分に炎の矢を撃ち込む。凍った部分が水蒸気爆発を起こし少しだけ威力が増した。
「何かの縁なわけじゃん。あの子と長原さんと、池上さん。不思議な縁と強い縁……何かすごい事が起こるんじゃないかって、ちょっとワクワクしてるよ……勘だけどね」
「……先輩」ミユはナオに、アツミのギフトを渡した。「これは先輩が、持っているべきだと」
使えるんならミユが持ってるべきだよ。ナオが言うがミユは首を横に振った。
「あの人が力を貸してくれただけです。先輩を助けて、先輩にこれを渡すまでの間だけ」
ギフトを受け取ると、ナオはよろよろと歩きだした。……複合キメラ兵の死体に。
再生も止まってもろい粘土の山のようになった複合キメラ兵に、ナオはギフトを持った手を突き入れた。
次の瞬間、周囲が緑色の光に包まれた。ナオの周囲を風が舞う。
「これは……」ハギナカが思わずつぶやく。ギフテッドなら見慣れた光景。だが。
「先輩……」
ナオは服を着ていなかった。少なくとも、銃やチェストリグが見当たらない……服や装備と一緒に、光になって消えてしまうのではと一瞬ミユは思った。
光をまとったナオの顔は、見たことがないほど穏やかで、そして涙を流していた。
……私の体はなくなっちゃった。体がないと、魂も形を保てない。
だけど、残っていた。ギフトの中に。私を食べたあいつの中に。風に乗ってさまよって。
……そしてナオ。ナオの中に、私はいた。私をずっと、ナオの中にいさせてくれた。
それをミユちゃんが、つないでくれた。
ごめんねナオ。魂が壊れていて、思いをちゃんと伝えられなかった。これじゃ悪夢を見せる亡霊だって、ミユちゃんに怒られたよ。
……魂は生きてるんだね?だけど体が……だったらアツミ、私の体を。アツミが帰ってくるなら、わたしの全部を。
……だめだよ。そうしたら私が、ナオに会えない。だから……一緒に。
ナオが私の全部。私がナオの全部と言ってくれるなら……ナオは私。私はナオ。
……アツミはわたし、わたしはアツミ。
いっしょに、
いきていこう。
白地に緑のドレス。それはアツミのドレスによく似ていたが、スカートの丈は短く、動きやすくなっていた。
ドレスのあちこちに、予備弾倉や手榴弾を収めるポケットやポーチ。腰には山刀の納まった鞘。そしてその手に、M16カービン。
カービンを肩にかけ、自分の手を見つめる。手を触って、感触を確かめる。腕、体、顔……顔の形を確かめ、髪を触り、唇に触れて、そして涙を流した。
「ナオだ……」彼女は言った。「ナオ、ナオ……ナオの体。ナオの顔。ナオの髪……ナオに触ってる。ナオがいる!ナオ!」
彼女は自分を抱きしめてぴょんぴょん跳ね回っている。少ししてキタコウジヤとハスヌマに気付くと、駈け寄って話しかけた。
「ノリちゃんマコちゃん、久しぶりだよ!会いたかったよー!元気してた?変わったとこない?ていうかマコちゃん大きくなったねー!」
「あの……」ミユは近くにいたヤグチに話しかけた。ヤグチも呆然として、ナオではなさそうな人物を見ていたが、すぐにミユに向き直った。
「なんだァ?」
「あの……アツミさんって、ああいう人だったんですか?私が見せられたのは、ギフテッドになる前の記憶と、死ぬ直前のイメージしかなくて」
あれは、アツミ。言われてヤグチも納得したようであった。満面の笑みでキタコウジヤと話しているその顔は、確かに。
「……ああ、まあ、ギフテッドになった時は……そんな、……あんたみたいな子だったよ。サポートの池上としか話さないし。そういう子なのかと思ってたよ」
しゃがんでハスヌマと話しては、抱きついたり頭をなでたりしている。
「ちょうど新人だったキタコウジヤがよく話しかけてさ、あの子も人懐っこくておせっかい焼きだからな……ずいぶんと打ち解けて、よく笑うようになったんだ」
アツミらしき人物は、興奮して話しながらキタコウジヤたちの前でクルクル回ってみせた。新しいドレスを自慢しているかのよう。
「……だってほら、ナオの体なんだよ?いつでもナオがここにいるっていうか、私がナオなんだよ?ナオっておっきいよねー。ナオの筋肉、ナオの肌、ナオの足、ナオの太もも、ナオのお尻、ナオのおっぱ」
「ストップ」
自分の体をなで回していた手が止まった。キタコウジヤたちも唖然としていたが、少しほっとしたようであった。
「ノロケはよそでやってくんねえかな」ヤグチが言った。
「あっちゃんのえっち」とキタコウジヤ。
「見損なった」とハスヌマ。
「えーっ!?生き返ったばかりの人にかける言葉がそれ?」
「まあまあ、アツミも体を取り戻したばっかりでテンション上がってるんだよ」
なんとなくわかってきた。ナオとアツミで、ナオの体を共有しているのだ。
「わたしもよくわかんないんだけどさ、アツミと体を半分こすることにしたんだ」
アツミが言った事をナオは説明した。体を失い、バラバラになった魂。ミユに手伝ってもらって、断片が一つになって。
「……あれだよ、人間の脳は全体の三十パーセントしか使ってないってやつ。わたしバカだからさ、きっとアツミが入る余裕がいっぱいあるんだよ」
ナオは身を屈めて、キタコウジヤに向き直った。
「今ちょうどヤグチさんが言ってたね……ごめんねキタコウジヤさん。アツミを笑顔にしてくれたのに、わたしは、それが……怖くて、いやで、妬ましかった。あんな風に笑うアツミなんて、見たことなかった」
わたしにはできなかった。わからなかった。でも、ようやくわかって。
「ありがとうね……ごめんね。……そう言わなくちゃって。それが、わたしのすべき償いなんだって、やっとわかったよ。ずっと、わからなかった」
ナオは立ち上がり、拳を握りこんだ。その左手の薬指には、大きな指輪がつけられていた。黒い石……デスウイッシュ。
「これはわたしのわがまま、わたしの戒め。やっぱりわたしは……自分を許せない」
ナオは振り返って、ヤグチに向き直った。「だから誓うよ……この石に誓う。アツミが体をなくした責任を、一生かけて償うって」
捨てばちになって何もかも投げだしてしまうのでなく。自分の体と命を粗末にして戦いに身を投じるのでなく。
ヤグチはナオに背を向けていた。だがその背中は、そうだよそれが聞きたかったんだと、語っていた。
「時々は、わたしの体を好きに使っていいからさ……やっぱだめ。今はやるべき事があるから、力を貸して、アツミ」
言いながらカービンの弾倉を交換し、山刀の血糊を拭う。ナオの中のアツミが、小さくしかしはっきりと、うなずいた。
「行こう、ミユ。みんなが待ってる……プラムLチームに合流しようか、それともあいつと戦おうか」
「しばし待たれよ」
言ったのはハギナカであった。ポータルの周りに魔法陣を描き、杖を手に何かを念じていた。
「このポータルを破壊して……それから、六郷ミユくん……君に用がある」
西口ロータリーではアナモリとオオモリにヤグチが合流して巨大複合キメラ兵と戦っていた。
イダテンは一時退却して、荷台に積んであった予備の弾帯を重機関銃に装填していた。……駅前商店街で合流したケンジロウが。
「……とにかく、複合キメラ兵を倒すには火力で倒しきるだけではだめなんだ。準備がいる。それまで奴を刺激したくない」
聞きながらハルタカはスピードローダーに電解弾を装填していく。回収できたローダーはそんなに多くない。
「池上の推測通り、背中の装置はシュリンゲンズィーフ線発生装置だと本部が確認した。本部が恐れているのは、奴が逃亡する事だ」
サチが弾倉にEMPグレネードを補充して、空の弾倉を榴弾でいっぱいにする。
「行く先々の人を襲って不死係数を回復し、装置を切って潜伏されたら捜索は困難だ。海に逃げられたら打つ手がない……ポータルから帰ってもらった方がまだマシだ」
不死兵も残りのほとんどは一カ所に集まっている。武装民兵と自衛隊で逃げ遅れた不死兵の掃討を行っており、不死兵の封じ込めは、もう完了したと言っていい状態であった。
デス・レイ型複合キメラ兵も二体とも倒された。ミユはギフテッドに覚醒したのだろうか。ナオは仇を討てたのだろうか。本部からの連絡はない。
「しっかしこんだけ強力な武器があって、量産とかしないのかね」
自分の機関銃の弾帯を交換しながらコノミが言った。イダテンの重機関銃と比べると、大人と子供だ。
「当時は複合キメラ兵対策と言えなかったからな。不死兵相手なら重機関銃も怪力線もオーバースペックだ。納入価格は一億円以上……俺らの電動スクーターが、一台九万円だ」
ちなみに自転車が、一台十二万円。そうケンジロウが言うと自転車より安いのかよとコノミが突っ込んだ。
「それと問題は、怪力線だ。サムソンのバッテリーだけでは、一発も撃てない。アドン直結で撃てなくはないが……アドンのパワーパックは、小型の原子炉だ」
「……大丈夫なの?」
「IAEAの注意を受けたらしい」
「……バカじゃないの?」
「だからオーバースペックと言われたんだ。コンセプトモデルとして展示されていたものに、たまたま飯田がマッチド認定されなければ、そのままお蔵入りするはずだった」
アドンの機関銃が、コノミの機関銃と同じ弾を使っている。ケンジロウは弾帯の一部を取り外して、コノミに渡した。
「話は戻るが、そういった問題点の改良は進んでいる。イダテンの実戦データもあるし、複合キメラ兵の存在が明らかになった以上、改良モデルの生産は始まるだろう」
今回の襲撃は、色々な事に変化があった。出現のタイミング、"向こう"で生産の始まったMG、昼に現れた複合キメラ兵、そして巨大複合キメラ兵。
自衛隊が来るまでの三十分の戦争。それは"向こう"の戦争とつながっている……ナチスの残党なんて減る一方だと言われてから二十年以上。戦いに終わりは見えず、むしろエスカレートしていく。
平和はいつ来るのだろう……いや、悪い予感は、口にしない。
中空に浮かんだ不思議な色の渦が、揺らいで形が崩れていく。機械が壊れて変な動きをするように、ポータルも壊れつつあるのだ。
渦の輪郭が見ていて不安になるほど歪んで震え、火花を散らし、そして古いテレビの電源を切るように、ポータルはしぼんで、消えていった。
「……書けたかな?ハスヌマちゃん」
「できた」ハスヌマは抱えていた本のページを一枚破ると、それをミユに手渡した。
カービンを持ったミユの絵に、見たこともない文字が書き込まれている。絵は、美術の授業のデッサン画のように緻密に描かれているところもあれば、子供の落書きのようなところもある。
「君にギフトの適性があることは間違いなかった。それがどのギフトなのか、それがわからなかった」
ページの裏には、カービンのスケッチ。それを見ると、ミユの中にイメージが見えてくる、
それはアツミの記憶やイメージと違い、断片的で、ぼやけていて、つかみ所のないものであったが、それは強い意志のようなものを感じさせた。
「その銃」ハスヌマが言った。「それはマッチドじゃない。それは、ギフト」
ギフト?アツミの杖みたいな?これを振り回せば空を飛べるのだろうか。
「念じてみよ、六郷ミユ。戦いに臨んで、あるべき自分の姿を」
わからない。結局自分は、アツミや銃に、選ばれただけなのだ。何かを選んだわけじゃない。
「ミユ……今まで何もしてこなかったわけじゃないでしょ。思い出して……見たこと、感じたこと、思ったこと。それでミユはできているんだよ。わたしの見た、ミユが」
ナオの見た、暗闇の中のひとつぶの光。
目を閉じてみる……風の乗り方、風の起こし方。ギフトの使い方、カービンの操作。射撃の練習。ナオの笑顔。アツミの声。
母の死に顔、連れ去らせる妹の目。生気をなくした父の姿。
しかしミユの脳裏に次々に浮かぶのは、不死兵たちの顔。血まみれで、凶暴性を露わにした顔が銃弾で消え失せる瞬間。
シュリンゲンズィーフ線源を破壊して、再生能力を失った、もはや死んでいないだけの、消えゆくともしび。
「私は光にはなれない。だけど」
くらやみのなかにいるひとをてらす、
ひかりがほしい。
一陣の風が、ベールを剥ぐようにミユの服を脱がせたように感じた。不思議と、裸になった恥ずかしさや不安を感じなかった。
一番近い感覚は、銭湯の湯船に浸かっている時のもの。ふわふわして、暖かくて。
ミユの体にドレスが纏わり付く。イメージが織られ、形になっていく。
それは濃い紺色に、金のラインが入ったドレス。通常弾を入れた弾帯はそのままだが、電解弾はベルトのポーチに納まっている。
「……なんですかこれは」服の感触を確かめながらミユが言った。
「認められたギフテッドの証と考えていい。武装民兵のパークバッジのようなものだ……何か気になるところがあるのかね」
「いえ……着替える手間や時間がないのは、いいなと」まだミユは不思議そうにドレスを眺めている。
「……そうだ着ていた服はどうなるんですか。制服は破れてますが、スカートは洗えばまだ着られると思って」
「おまえ貧乏くさいな」ハスヌマが言う。「変身が解けたら元に戻る。破れた服は元通りにならない」
そうですか。ミユは目に見えて落胆していた。
「……さて」ハギナカは駐車場の外へ歩き出した。
「私は第二ポータルを破壊する。キタコウジヤは私の護衛を……ハスヌマは奴のスケッチを再開しておくれ」
第二ポータルのある地下駐車場の入口は、自衛隊が確保していた。ハギナカがキタコウジヤを伴ってそこに入っていく。
「六郷ミユ……"魔弾の射手"、新しい力を試すがいい。池上ナオ……"ウインドウォーリア"彼女を頼んだぞ」
ミユはキョトンとしていた。ナオかっこいいとアツミが言うと、ナオは少し照れていた。
「無線を使う時はその名で呼ぶ。普段は念話を使うかサポートに連絡してもらう。ナオはサポートにいたからわかってるだろうけど、間違えないようにしろ」
基本的にギフテッドは無線を使わない。ナオはミユに説明した。無線が傍受され、それが敵の協力者に漏れる恐れがあるからだと。
「ギフテッドじゃないけど、イダテンはほぼ特定されている。マニア、こわい」ハスヌマが言った。
「あっちに不死兵の残りが集まっている」大通りの向こうを指さしてハスヌマが言う。
「とっとと片付けて合流しろ。作戦を始める準備はできてる」
それだけ言うとハスヌマは、巨大複合キメラ兵との戦闘の場に、一人で歩いていった。
途中で足を止めて振り返る。「六郷ミユ……おまえはいい子。わかってる」
ハスヌマは続いてナオに向き直った。「悪いこと言ったと思ったらちゃんと謝る。それが償い」
ミユに謝っているつもりなのだ。「うん。そうだね」ナオがうなずくと、ハスヌマはすたすたと西口ロータリーへ歩いていった。
不死兵の残党は線路と大通りの間の狭い区域に立てこもっていた。MGを三脚から外してかき集め、守りを固めている。
「……こちらプラムL2。これよりウインドウォーリア、魔弾の射手が、不死兵の残党を排除する。その後、合流し作戦に参加する」
行くよ。ナオが言う。
「……はい!」
「ここだ」巨大複合キメラ兵の背中に、コブのように膨らんでいる部分がある。背びれの少し下、MGや機関砲がマウントされ翼のようになっている部分の付け根。
「この半円形の部分が、二十五年前に発見された装置と酷似している。無傷で確保できればベストなんだが、そうは言ってられない。これを破壊する」
ケンジロウが見せているのは、イダテンのガンカメラが撮影した画像を本部が分析したものであった。
「無反動砲は反動を相殺するため発射ガスの一部を後ろに吹き出す。危険範囲は六十メートル。大通りを背にして撃つしかない」
言いながらケンジロウは後ろを指さした。アーケードに巨大複合キメラ兵が侵入した時、自衛隊がとっさにカールグスタフを撃った跡だ。
その後機関砲を撃ち込まれた事もあるが、店舗のシャッターが吹き飛ばされ、手榴弾を投げ込まれたような惨状になっている。
「俺たちは大通りのそばで待機。奴が背中を見せて動きを止めたら、EMPグレネード射出後プラムL4、7が同時に攻撃する。何かで防がれても気にするな。装置を狙って、絶対にタイミングを逃すな」
大通りはほぼ安全が確保されていた。大通りの監視は自衛隊が、危険範囲を避けて行っている。横の通りも、武装民兵が警戒にあたっている。
「こちらフロストシューター」オオモリの連絡だ。
「状況が変わった。ロータリーに不死兵が進出している。攻撃をナチュラルスケッチャーに集中させている。至急援護を乞う」
ハスヌマが襲われている。スケッチが遅くなったのが災いした。
「って……」ハルタカがカールグスタフ、タカヒロが不死兵から奪ったロケット砲・パンツァーシユレック。サチのEMPグレネードがなければ攻撃が始められない。ケンジロウは弾薬手兼指揮官だ。
「動けるのはあたしだけじゃん!?」
"ビルの窓からギフテッドの頭を撃ち抜くイメージ”殺気を感じた窓にナオがつむじ風をぶつけると、ライフルを構えた不死兵が吸い出された。
そのまま不死兵を小さな竜巻に巻き込む。不死兵の肺から空気が残らず吸い出され、肺が裂けたのか口から血を吐き出した。
地面に叩きつけられた不死兵は、死んではいないが起き上がらなかった。意識を失ったままそこに転がっているだけだ。
「風を使ってあんな攻撃ができるんだ」アツミが言った。「っていうかもうギフトを使いこなしてるよ!すごいよナオ!」
竜巻を起こして周囲の破片やゴミを巻き上げる。竜巻を曲がり角のそばまで持っていき、加速した破片やゴミを隠れている不死兵に叩き込む。
「ずっと考えてた」角にいた不死兵は二人。全身に破片が刺さり、貫通はしていないので異物が体内に残り動きが鈍くなっている。
「あの時どうすればアツミは助かったのか、助かる方法はなかったのかって……ずっと。どう戦えばいいのか、ずっと」
風を起こす事はもうできないが、風に乗って空を駆けるやり方は覚えていた。風はナオが起こしてくれる。
風を蹴って雑居ビルの屋上まで飛び上がる。MGが西口ロータリーに向かおうとしているのが見えた……電解弾を装填し、頭の中心を狙う。
……まただ。弾が当たる前に、不死兵の頭が光ってひび割れる。複合キメラ兵に慈悲を与えた時のよう。
カットオフレバーをオフにして、次弾を装填。弾薬手に狙いを定める。……光って、割れて、砕け散る。
電解弾で一時的に無効にするのではない。イッテンバッハ体を殺す……不死兵に死を与える。それが、ミユのギフトの力なのだ。
「さよう」頭の中にハギナカの声が聞こえてきた。「死せぬ鬼に、人の死を与える……さすればそれは、慈殺弾!」
電解弾は必要ないという事か……ボルトを操作した後、ミユは給弾ドアを開けた。通常弾を取り出す。
その一発一発が、不死兵に死をもたらす。その重みを感じながら、ミユは銃に弾を、そして弾に力を、こめていった。
建物から出てきた不死兵が、死体の持っていたMGを拾い上げる。周囲を警戒しながら。巨大複合キメラ兵と合流するため。
助かる道はそれしかない。そう信じているかのようであった。
だが彼らは、ポータルを行き来するたびに不死係数を……命を消費するのだ。他人の命を。
それでも生きていたいと願うのだろう。だが。
慈悲を与える。そう小さくつぶやいてミユは引き金を引いた。
「烈火傘拳!」ヤグチの打ち出した突きから放たれた炎が広がり、MGの銃弾を打ち消していく。
「絵はまだ書けねえのか!」ハスヌマはヤグチの後ろに隠れると本を開いた。「もう少し」
イダテンが重機関銃を撃ち込んでも止まらない。オオモリは冷気を銃弾に集中させ、巨大複合キメラ兵の放った機関砲弾に撃ち込んだ。
機関砲弾を撃ち落とすにはパワーが足りないが、弾道をそらしてハスヌマとヤグチへの直撃は防いだ。
召集に応じられたギフテッド六人だけでは、巨大複合キメラ兵は倒しきれない。ハスヌマのスケッチから祝福弾を錬成して慈悲を与えるしか、倒す方法はないとオオモリは判断していた。
アナモリは銃に弾を込め直すために後退した。銃は弾を入れればいいが、アナモリの気力がいつまでもつかわからない。
ハスヌマに回避や防御をさせていれば、いつまでたってもスケッチは終わらない。時間がかかりすぎれば、巨大複合キメラ兵は逃亡する。
ハギナカ師匠がポータルを破壊すれば戦闘に参加できる。キタコウジヤの雷撃は温存している。……やるべき事は、ハスヌマを守りきる事。
オオモリは氷の盾を作ったが、MGの集中砲火を受けてすぐに砕かれてしまう。
不死兵たちがかなり多くのMGを装備しているとは聞いていたが、ほぼ壊滅状態なのにその火力は恐ろしく密度が高い。
「さっきから見てりゃ……ギフト持ちといっても、棒立ちになってるだけじゃいい的じゃない!」
そう言って女子高生がハスヌマに駈け寄っていった。腕章からすると武装民兵だが、銃を持っていない。
「あたしはプラムL5。あんたがナチュラルなんちゃらだよね?」コノミはハスヌマを問答無用で背負って走り出した。
それだけで、ハスヌマに集中していたMGの火力がばらける。……二脚や三脚で安定させることで、MGは火力と命中精度を両立させた恐るべき武器となる。
しかし不死兵といえども筋力は人並みで、MGは現代の機関銃と比べたら重い。
そこを突くのが、攻撃チームの得意技だ。コノミは何度も見てきた。
たった一人の援軍で何ができる。そうオオモリは思っていたが、氷の盾がすぐに砕かれなくなって少し余裕が出てきた。
オオモリ一人で銃撃を防げるようになり、闇雲に銃弾を防ぎ気力を激しく消耗する一方だったヤグチを温存できる。
イダテンが重機関銃で、前に出すぎたMGを粉々に粉砕する。MG装備の不死兵が後退し、足並みがさらに乱れる。
巨大複合キメラ兵の機関砲弾をオオモリが弾き飛ばす。しびれを切らした巨大複合キメラ兵がハスヌマに突進すると、ハスヌマは防壁と飛行で回避する。
「烈火百裂!煉獄の形!」巨大複合キメラ兵の動きが一瞬止まったところに、ヤグチが一気に間合いを詰めて炎をまとった連続攻撃を浴びせる。
遠距離攻撃をほとんど持たず至近距離の打撃に特化したヤグチの攻撃が、巨大複合キメラ兵の巨体を揺るがせる。
ヤグチの頭上で、EMPグレネードの閃光が弾ける。
武装民兵がハスヌマを連れて逃げた先は、大通りに面した場所。サポートリーダーの新田が、待ち構えている。
「後方ヨシ!パンツァーシユレック、カールグスタフ、撃て!」
ヤグチやハスヌマが飛び退くと同時に、巨大複合キメラ兵の背中を爆炎が貫く。シュリンゲンズィーフ線発生装置が、菫色の断末魔をあげた。
通りの奥に退却した不死兵が、竜巻に巻き込まれて吹き飛ばされる。地面に叩きつけられたところに、慈殺弾の死の光が頭をとらえた。
「本部から連絡!自衛隊がホームに到着した!ポータル破壊デバイスを持ってきている!これでもう、奴はどこにも行けない!」
言いながらケンジロウは、パンツァーシユレックとカールグスタフの砲弾を装填する。サチが弾倉を交換し、EMPグレネードから榴弾に切り替える。
「落ち着いて絵は書けそう?」コノミがハスヌマの頭をなでる。
「気安くひとの頭をなでるな……もうすぐ終わる」
「そう、悪かったね……あたしは銃を取りに行ってくるよ」
コノミが行こうとすると、ハスヌマが呼び止めた。「悪くは、……ない」
慈悲を与える。ミユの慈殺弾が、巨大複合キメラ兵の機関銃手をとらえた。風に乗って位置を変え、ミユはもう一人の機関銃手に死を与えた。
「おいちょっと見たか……あの新人、あれって並みの複合キメラ兵なら一撃で倒せるんじゃないか?」
「知ってる」見てはいないがハスヌマはうなずいた。「手間が省けた。もうすぐできる」
新たに現れたギフテッドの脅威に気付いた巨大複合キメラ兵が機関砲をミユに撃ち込む。
しかしオオモリが弾道をそらし、竜巻がミユを守る。機関砲の砲手が巨大複合キメラ兵の体内に身を隠すが、慈殺弾が二発撃ち込まれ、機関砲が沈黙した。
「やれやれ、もう少し休んでいれば終わっていたかな」
「遅い!」言いながらオオモリが氷の結晶を巨大複合キメラ兵に撃ち込む。そこへアナモリが、ピストルで炎の矢を撃ち込んだ。
「悪い悪い。だけど準備はできたよ……色々とね」アナモリが上を向くと、西口ロータリー周囲の電線が白く輝いていた。
電線に沿って、稲妻が波打ち、渦を描く。その只中で、キタコウジヤが杖を手に力を集中させている。
あれが総攻撃の起点だ。気付いた巨大複合キメラ兵が飛びかかる……その鼻先に、ナオが竜巻をまとった山刀を叩きつけた。
巨大複合キメラ兵とナオの視線が交差する。いい目をしている。その目はそう語っていた。
おまえは、いきるのだな。
うん。
「……この竜巻は、あんたの味方をしないよ!」着地したナオが、巨大複合キメラ兵の周囲に突風を起こす。
それは渦を巻き、大きな竜巻となって巨大複合キメラ兵を巻き込んだ。その巨体を振り回し、かき回す。
「いっくよー!超特大、ライトニングシャワー!」キタコウジヤが杖を振ると、竜巻の中心に雷光がなだれ込んでいった。
それは巨大複合キメラ兵の全身をくまなく焼き、イッテンバッハ体の活動を停止させる。
「今だ!」
サチの四十ミリ榴弾が、
タカヒロのパンツァーシユレックが、
ハルタカのカールグスタフが、
オオモリの氷の結晶が、
アナモリの火炎ラッパ銃が、
「……間に合った!」
バッテリーをケンジロウに運んでもらい、コノミの殺人光線が、
イダテンの怪力線が、
一斉に巨大複合キメラ兵をとらえた。さらにその直後に、ヤグチが飛び込んで連続攻撃を浴びせる。
「できた」
ハスヌマがミユに歩み寄り、弾帯から何発か銃弾を抜き取った。
「奴の不死係数はゼロ。倒しきった。しかし奴の生命は未知数……この祝福慈殺弾なら、奴を倒せる。慈悲を与えろ、魔弾の射手」
カービンの弾を取り出し、給弾ドアから本のページに包まれた銃弾をこめていく。一発こめるたびに、巨大複合キメラ兵の人生が、思いが、伝わってくるようだ。
「……アレクサンダー・シュナース中佐」崩れゆく肉体でまだ立ち上がろうとする巨大複合キメラ兵に、ミユはスコープの十字線を会わせた。
慈悲を与える。
巨大複合キメラ兵の頭に亀裂が走り、光がこぼれる。装填、発射。それは死者を弔う弔銃のようであった。
全身の肉が弾け、砕けて、そこから漏れた光が空に消えていく。やがて生命を失った巨大な肉の塊は、崩れ落ちて二度と動く事はなかった。
その少し後、自衛隊が第一ポータルを破壊したと連絡が入った。シュリンゲンズィーフ線の反応、なし。
「……作戦は、終了しました」本部からの連絡。
全力を使い果たしたキタコウジヤとナオが、その場に倒れ込む。オオモリやヤグチも、荒い息をついてその場に座り込んだ。
ハルタカやタカヒロ、サチが重い武器を降ろして立ち尽くす。
「もういいだろう」ケンジロウが殺人光線のバッテリーを下ろす。「まったく、急に言い出して……こちとらサチより重いものは持ったことがないんだ」
「へえ、持ったんだ。さっちゃんを」コノミが肘で軽くケンジロウを小突く。
「長居はできぬ……ギフテッドは、帰投する」キタコウジヤを支えながら、ハギナカがロータリーの中心まで来た。
「ギフテッドは帰るってさ……ナオさんはどうするの?」イダテンの荷台にナオを乗せて、ユウコも来た。
「……たしか、わたしがサポートをやめた時、お師匠さんが言ってた。“戻れないと思ったら戻ってこい。戻れると思うのなら戻ってくるな”ってね」
ハギナカがうなずいた。
「だから……わたしは戻らない。……ミユ、帰ろう。プラムLチームへ」
「私はこれから病院です」
「」
ハスヌマがナオを見つめていた。「帰ってこないの……?アツミも、ナオも」
ナオはイダテンを降りて、しゃがんでハスヌマの肩を叩いた。「遊びに行くよ」
「うちらも歓迎するよ」アナモリが手を差し出す。ナオはその手をつかみ、握手した。




