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後編:46 minutes bloodbath(6)

後編:46 minutes bloodbath(6)



 ドアの向こうで言い争う声は永遠のように長く感じられ、そこから目を閉じて耳を塞いでいる間に、いつの間にか空は明るくなっていた。

 部屋に入ってきたのはお父さん。お母さんじゃない。少しほっとする。アツミ……今日は学校を休んで、どこか遊びに行ってこようか。

 パパとデート。カウンセラーが、たまには外に出た方がいいって。遊園地に行ったのはお母さんと。妹がいない。これはいったい。

 遊園地。銃声。悲鳴。不死兵。屋上。黒い影。複合キメラ兵。電解弾が効かない。噛み付かれる。つむじ風で追い払う。ひどい出血。万能止血軟膏。拳銃を。デザートイーグル。グロックだ。

 血が足りない。視界がぼやける。銃剣の冷たい切っ先。はらわたを噛みちぎられる感触。心臓を引きずり出され、頭を割られる。

 たすけて。ナオ先輩。

 ナオちゃん。ナオ。ナオ先輩。お父さん。お母さん、妹。


 私は、あのひとのかわりなのでしょうか。

 別にいいんです。そうでない私はいったいなんなのか、わからないし、考えた事もないです。

「だけどアツミちゃんさ、なんかいつも泣いてるみたいでさ……わたしも手伝うから、強くなろうよ。泣かなくていいように。不死兵なんか、やっつけちゃうくらいにさ」

 私はたしか、テレビを見て。不死兵と戦う自衛隊を見て。学校に行けば、農家の人が武装民兵として学校を守っていて。

 あんな風に強くなれたら、どこへでも行けるのに。学校と家以外、どこにも行けなくて。

 暗いところ、狭いところにいた方が落ち着くのだけど、きっとずっとそこにいるのに、耐えられなくなったから。

 私とお父さん、二人きりでいつまでも閉じこもってはいられないんだって。ふたりとも、だめになるって。そう思うようになって。


 風が吹き込んできて、うっすらかいた汗から熱を奪っていく。それがとても、心地よく感じた。

 真上から覗き込む顔。ナオ先輩、ではない。もっと柔らかい……さっちゃん先輩。

 サチ先輩の膝枕が、とても柔らかく、暖かい。自分の体が熱を帯びてむしろ熱いくらいなのだが、それとは違う暖かさを感じた。

「目が覚めた?はいこれ。元気がない時のとっておきだよ」

 ゼリー飲料のパウチ。ローヤルゼリー配合。ちょっと高い奴だ。薄めの栄養ドリンクのような薬っぽさとすっぱさ。甘さが体に染み渡る。

「……お父さんとお話してたの?」

「違う人です」

 頭をなでていた手が一瞬止まる。「……ミユちゃん、ちょっと、怖いよ?」

 タカヒロが前に来て、ライトで目を照らして瞳孔を見た。首筋に触り、脈拍を見る。

 指を押しつけられると、そこから意識していなかった鼓動を感じる。とっ、とっ、とくん、とくん。

「大丈夫なようですね……立てますか?」

 立てる。銃を持てる。戦える。……

「……!今何時ですか!あれから何分たちましたか!?」



……半自律航行システム“ネモなび”アップデート完了。火器管制システム、アドン……よし。サムソン……よし。指示あるまで待機モード。

「ついでにこれもよろしく。新田くんか久が原さんに……まああの二人、たいてい一緒だけどね」

 そう言ってリイサが渡したのは、グレネードランチャーの弾倉。「榴弾使用の許可が下りたわ。サムソンにも積んである」

 イダテンの車体側面にマウントされた重機関銃のボルトハンドルを引く。弾の口径はイダテンの機銃と同じ五十口径だが、薬莢の大きさが全然違う。

 電解弾もEMPグレネードもなかった頃は、不死兵を倒すにはこれで不死兵の体をバラバラに破壊する必要があったという。

「アサルトパック装備完了。アドン、サムソン、準備よし。これで存分に暴れてきなさい。……だけど、過信はしないで」

 わかっているつもりではある。駐車場で初めてあれを見た時、即座に逃げ出したのは、間違っていなかった。

 イダテンが完全武装であっても、あれと対峙するのは自殺行為に思えて仕方がない。

「不死係数一万を超える大型チャーリーチャーリーは、前例がないし想定もされていない……あれはぱっと見でも、十万いくことは間違いないわ」

 要するに不死兵千人をまとめて吹っ飛ばすほどの火力がいる。戦車でも足りないかもしれない。

「ナオさんはそんなのと、一人で戦っているのか。何食ったらそんな度胸がつくのかな」

「……親友を死なせたという自責の念、かしらね」

 リイサの顔は真剣だった。ユウコの顔からも、飄々とした笑みがすっと消えた。

「これ以上はない絶好の死に場所をあの子は見つけてしまった。そう簡単に命を捨てる気はないとは思うのだけど、時が来たら……。その時を来させないで」

 あの子を助けてあげて。ヘルメットをかぶっていて表情は見えなかったが、ユウコははっきりとうなずいた。

「了解。やれるだけの事はやってみます……アドン、サムソン、コネクト。アイハブコントロール!ついておいで!」



 数分前。

……機関砲の発射速度は遅いが、銃声や壁を破壊する衝撃は、かすかに一階まで伝わってくる。MGやStgの咆哮が聞こえる限り、ナオは生きている。

 ミユがカービンに寄りかかり、立ち上がる。しかしケンジロウが肩を叩くように軽く突き飛ばすと、そのまま階段に座り込んでしまう。

「ナオ先輩が……誰か助けに行かないと。私が……私を置いていってください。ここは私一人で」

「冗談でもそんなことは言うな。おまえはチャーリーチャーリーに狙われている。おまえを死なせたくないから、みんな頑張っているんだ」

「そんな……」またカービンにすがって立とうとする。ケンジロウが軽く頭を押さえるだけで、もう動けない。

「これじゃ、足手まといじゃないですか……嫌です。足手まといは、いやです。何もできないのは……いやなんです。何もできないくらいなら……」

「冗談でも言うなと言ったはずだ」

 駅前ロータリーを旋回する複合キメラ兵は、徐々に高度を下げていた。時々さらに高度を下げて、コノミの機関銃を気にもしないでミユたちの様子を見ている。

 手榴弾の爆発音。機関砲。銃声。ハルタカからの連絡もない。十キロ近いグレネードランチャーを構えて待機しているサチの手が震えていた。

「……方法はあります」

 駅入口から階段下まで風が吹き込んできた。その風に吹かれて、タカヒロがふっと口を開いた。

「ミユさんが死にかけた状態からここまで回復した事の応用です……骨を傷つけて、そこに万能止血軟膏を塗り込んで造血幹細胞をコピーさせます」

「骨に使っちゃだめなんじゃないの?」コノミが機関銃の給弾カバーを開け、数発しか残っていない弾帯を取り除く。

「だめです。骨に定着したら、任務に出るたびイッテンバッハ体が増殖する恐れがあります。不死兵化するとまでは言いませんが、精神に悪影響を及ぼしたと見られる症例はあります」

 言いながらタカヒロは万能止血軟膏のパッケージを数本開けていた。

「ですがこの方法で失血死を防げた例も少なくありません。治療法の研究も進み、造血キットの開発も進んでいます」

 ミユの靴下を少し下げて、水とアルコールで足を洗う。

「任務が終わったら、すぐに自衛隊中央病院で検査と治療を受けてください。武装民兵協会を通じて、連絡はします」

 タカヒロは拳銃を抜いた。なるべく太くて、脳から遠いところ……脛に銃口を当てる。

「動かないよう押さえていてください……リスクの高い賭けです。なんで僕は、こんな提案をしてしまったんでしょうかね」

 ケンジロウがミユの体を押さえつける。サチがハンカチを丸めて、ミユに噛ませた。

「これが状況を打開する選択だと信じたいです……みんなで生きて帰りましょう。期待していますよ、ルーキーさん」

 麻痺していると思っていた体の感覚に。強烈な衝撃が走った。骨を砕かれたような痛みと衝撃が爪先で弾ける。目を開けていようと思っているのに、目の前が真っ暗になる。

 骨や傷口に触られる感触。痛みで脳が痺れているせいか、触られる感触だけが伝わってくる。麻酔をされて手術を受けるのは、こんな感じだろうかとミユは思った。

 嘘のように痛みが引いていく。痺れるような痛みと緊張感が途切れると、支えを失うようにミユの意識が遠のいた。



 余裕を持ってかわしたつもりでも、機関砲弾が空を切る風圧と衝撃がナオの太腿を切り裂いた。思ったより傷は深いが、筋肉や太い血管には達していない。

 巨大複合キメラ兵の足に山刀で切りつける。手応えはあったが、まるで豆腐でも切ったかのように切り口はぴったりと閉じ、塞がっていく。

 柵を飛び越えつつ、MG射手にEMPグレネードを投げつける。紙一重でかわしたMGの銃弾が、巨大複合キメラ兵の足に撃ち込まれる。

 ナオが斬りかかってくるのを警戒して、MGの周囲に不死兵が集まる。それを横目に、ナオは少し離れたStgに飛びかかった。

 すれ違いざまに肩に切りつけ、返す刀で足を斬る。バランスを崩した不死兵の首に山刀を突き立て、背負ったカービンを取り出してEMPグレネードの効果範囲内にいる不死兵に銃弾を浴びせていく。

“胸がごっそり失われるイメージ“巨大複合キメラ兵が、そばの不死兵ごとナオを機関砲で撃とうとしている……

 山刀を引き抜き走り出すナオの背後で、不死兵の上半身が霧のように爆ぜた。

 不死兵の死体を飛び越えて改札の外に戻ると、ナオはふたたび巨大複合キメラ兵の足に切りつけた。

 Stgが巨大複合キメラ兵の足ごとナオを撃つ。ナオはそこから飛び出し、西口階段に身を隠す。

 階段の一段二段なら、機関砲の前では石ころ同然だ……向きを変えた巨大複合キメラ兵の足元で、EMPグレネードの閃光が光る。

 見ると足に切りつけられた傷口に、手榴弾をねじ込んである。

 足の肉がちぎれ飛び、骨が砕ける。その破片さえ防げば充分とナオが階段から飛び出し、足元に手榴弾を転がしながら巨大複合キメラ兵に飛びかかった。

 腕に飛び乗り、肩口に山刀を突き刺す。手榴弾を傷口にねじ込もうとしたが、体に埋め込まれたMG射手が狙いを定めているのに気付くとナオは引き下がった。

 改札の向こうで様子を見ていたMPの不死兵の足を叩き切り、後ろに回り込んで爆風と破片の盾にする。

「こちらプラムL2。巨大チャーリーチャーリーの武装は、二十ミリ機関砲二門、MG四挺。本体と別のチャーリーチャーリーが埋め込まれて操作をしている模様」

 手榴弾の安全ピンを抜いて、タイミングを測って巨大複合キメラ兵の頭上に投げつける。MGや機関砲の銃身が体内に引っ込むのが見えた。

 改札周辺に上がってきた不死兵はあと一人、Stgだ。不死兵から奪ったMPを二挺両手に持ち、撃ちながら不死兵に駆け寄る。

“不死兵に斬りつけている間に、縫い付けるようにMGが撃ち込まれるイメージ”

 MPを投げ捨て、近くにある駅のホームへの階段。“MPとStgの十字砲火のイメージ”

 巨大複合キメラ兵に向かって走る。“足払いでなぎ払うイメージ”攻撃して足を止める余裕はない。足元をすり抜け“尻尾を叩きつけるイメージ”

 地面に伏せ、転がって尻尾をかわす。立ち上がる前に尻尾が直撃したが、勢いはだいぶ殺されている。

……まだこの程度の傷なら、万能止血軟膏を使う必要はない。アツミは、手持ちの止血軟膏を全部使い切って死んだ。

 もっと戦うんだ。アツミよりも出し切って、アツミよりも傷ついて、

 アツミよりもひどい死に方をしなくてはいけない。

“機関砲弾がかすめるだけで腕がちぎれ飛ぶイメージ”。いいねえ、悪くない。

 横っ飛びにかわしたふくらはぎの皮膚が裂ける。ホームに通じる通路の奥と巨大複合キメラ兵のMGの銃火が交差するのを転がってかわす。

 名前のないパーク。“黒い石”。通称デス・ウイッシュ。敵の殺意を感じ取り、敵がどう自分を殺そうとしているか、殺される自分が見える。感じる。

 ネストの不死兵はもう上がってこない。しかし階段や通路の奥で、身を隠そうとするナオを待ち構えている。

 MPで足を止められ、機関砲弾を撃ち込まれた自分の死体があちこちに転がっている。

 機関砲弾でぱっと砕け散るのは楽でいいな。苦しむ間もなく、一瞬だ。

 だがそんなつまらない死に方では、アツミにあわせる顔がない。アツミに、会えない。

 逃げ回って死を待つだけの臆病者に、アツミに会う資格はない。

 だからもっと、たたかうんだ。



 駅から少し離れた橋の上からでも駅のホームの一部は見える。しかしもう、MGを構えて不死兵が待ち構えてはいない。

「遅いよ……って機械に言ってもしょうがないか」

 ユウコがイダテンを止めた数秒後に、二台の無人バイクが追いついた。

 車体自体はいわゆるビッグスクーターくらいのサイズに、巨大なスーツケースのような大型パワーパックが乗っている。

 その上に、アドンには三十口径の機関銃。サムソンには自動装填式のグレネードランチャー。

「ターゲットは今のところ二体……上空の、全長一メートル以上の飛行物体。捕捉したね?行くよ!」

 イダテンがサイレンを鳴らすと、複合キメラ兵はすぐに気付いた。

 アドンの機関銃が複合キメラ兵をとらえるが、効果はほとんどない。サムソンのグレネードランチャーは弾速が遅いため、飛行する複合キメラ兵をとらえきれない。

「アドン、射撃開始距離を五十メートル未満に設定。あっちがロータリーの上を回っているなら、こっちは下を回るよ」

 複合キメラ兵がイダテンの正面から迫ってくる。正面の少し上、機銃や重機関銃が向かない位置。

 ハンドルを軽く引き、急加速。イダテンの加速性能ならウイリー走行は容易だが、重機関銃で後ろが重くなりさらにやりやすい。

 重機関銃の短い連射が複合キメラ兵に強烈な打撃を与える。体の大きさのわりに薄い複合キメラ兵の体に、風穴がいくつも開く。

 バランスを失った複合キメラ兵を、イダテンが跳ね飛ばす。追い討ちをかけるようにサムソンのEMPグレネードが直撃した。

 距離が近すぎる。思う間もなくヘルメットのディスプレイ表示が消える。再起動するまで、イダテンは動力も制御も失っている。

 それを狙っていたかのように、もう一体の複合キメラ兵が迫ってくる。速度の急激に落ちたイダテンの側面から。

 転倒しないようにイダテンのバランスを取りながら、ユウコは背中の散弾銃を取り出した。刀を握っている手らしきものに数発撃ち込み、倒れるように車体に隠れる。

 複合キメラ兵の刀がイダテンのシートを切り裂く。三百キロ以上の車体を支えながら、ユウコはイダテンのスタータースイッチを入れた。

 アドンとサムソンは先に行ってしまったが、イダテンとの接続が切れて火器管制システムが待機モードに戻ってしまった。ユウコの指示がないと攻撃できない。

 とりあえずタイヤは回る。フレームのチェックが終わるまではユウコが車体を制御して、火器管制システム、アドンとサムソンへのリンク。

「スタンディングモード!」

 ロータリーから歩道に入ったところで、イダテンは立ち上がった。さっき側面から襲ってきた片目の複合キメラ兵は距離を置いたが、もう一体は迫ってくる。

 重機関銃の連打が複合キメラ兵をとらえた。上半身が次々に破壊されていき、そこにEMPグレネードが叩き込まれる。

 さらにアドンの機関銃が追い討ちをかける……片目の複合キメラ兵は軌道を変え、重傷を負った複合キメラ兵を抱えると駅ビルの向こう側へ飛び去っていった。

「ナオさん、聞こえてる?識別反応が動いているって事は、生きてるよね?」

 重機関銃を近くに置くと、イダテンは荷台のコンテナを降ろして中身を組み立てた。……それは銃のような機械だった。

「怪力線を使うよ!奴から離れて!」

 イダテンが階段を上がると、アドンとサムソンもついてくる。イダテンがアドンとサムソンを太く短いケーブルでつなぐと、手に持った銃とサムソンをケーブルでつないだ。

「殺人光線はおたくらの専売特許じゃないよ!」銃身らしき部分が白く輝く。「テ式六型怪力線、シュート!」

 白い光の奔流が、駅ビルの階段を突き抜ける。それは確かに巨大複合キメラ兵の体をとらえ、突き抜けた。

 駅ビル全体を揺るがすような叫び声。巨大複合キメラ兵が苦しんでいるのだ。「……後退して!まだ死んでいない!」

 怪力線の直撃した箇所から煙が上がっている。その部分が煮え立つように泡立つと、弾けて湯気の立つ肉片をまき散らした。

 巨大複合キメラ兵に多大なダメージを与えた……と同時に、その恐るべき再生能力をナオは目の当たりにした。死んだ組織を排除して、再生を始めているのだ。

 巨大複合キメラ兵は西口の階段を転げ落ちるように降りていく。そこで背中のエンジンを起動させ、そこにつながった装置も起動させた。

「こちらプラムL2!奴は駅ビル西口に逃亡した!奴の背中の装置……ほぼ間違いない、あれはシュリンゲンズィーフ線発生装置だ!奴は単体でどこへでも行ける!」

 ナオが階段を駆け下りながら話している。続いて不死兵から奪ったらしいStgの銃声。

「奴は避難区域外の住宅地を襲って不死係数を回復するつもりだ!できるだけ足止めはするけど急いでイダテン!逃げに回られたら追いつけない!」

「了解。ちょっとだけ待ってて……ルーキーの顔を見てから行くよ」

 ケーブルを取り外し、怪力線を荷台に装着するとイダテンは階段を降りた。

「チャーリーチャーリーは追い払った……と言っても、“不死係数を回復”しに逃げただけなんだろうね。そっちの具合は?」

 ミユは眠っていた。タカヒロの話によると、出血を回復する処置を行った際に気を失ったのだという。

 脈拍、血圧ともに正常に戻り、目が覚めれば作戦行動に復帰できるだろうとの事であった。

……あんなふうにつよくなれたら、どこへでもいけるのに……

「お父さんとお話してるってやつ?」ユウコが聞くと、サチはあいまいな表情で首をかしげた。

「さっき“わたしはあの人の代わりでかまわない”みたいな事言ってたけど大丈夫なのかなこの子?変な事されてない?」

 ロータリーを警戒しながらコノミが言った。

「家事とかやらされて疲れたとかそういう話じゃないの?」

「ナオちゃんの話だとミユちゃんも家事が苦手で毎食コンビニ弁当だって」

……ふたりとも、だめになるって、そうおもうようになって……

「……児童相談所に報告した方がよくない?」

「おまえらなに変な話題で盛り上がってるんだ……本部から今後の作戦行動について指示が出た。六郷が起きたら説明する。できれば今すぐにでも起こしたいが」

 そうケンジロウが言っている間にミユは目を覚ました。サチがとっておきのゼリー飲料を飲ませている。とっておきをいくつ用意しているのか。


「……まだ五分もたっていない。チャーリーチャーリーは三体とも西口に逃げ出した。一体は深手を負っている。巨大な奴を引き続き、池上が対応している」

 空になったグレネードランチャーの弾倉に榴弾を装填しながらケンジロウは話を続けた。

「殺人光線が無事な以上自衛隊はヘリで来れないが、電車で駅まで人員と機材を運び込む事となった。……駅のホームに残っている不死兵は数は少ないが、MGやロケット砲を装備している。これの排除が、次の任務だ」

 それじゃナオ先輩は……ミユが言う前に、ケンジロウはサチのグレネードベストにも榴弾を押し込み、話を続けた。

「これには防御チームが当たる。プラムL6、10はプラムL2の援護に向かえ……我々もホームを掃討しプラムL4と合流した後、そちらに合流する」

 了解。そう言うとユウコはイダテンに飛び乗り発進させた。サチやコノミ、タカヒロも階段を登り始めた。

 ケンジロウがまだ立ち上がっていない。バックバックの底から何かを取り出している……

「六郷……頼みがある」

 ケンジロウが取り出したのは、小さな金庫であった。指紋認証と暗証番号で、金庫を開ける……緑の宝石がはめ込まれ飾り付けられた木の棒がそこにあった。

 見なくなってどれくらいたったか憶えていないが、たしか今でもやっている、女の子向けの変身アニメのおもちゃのよう。

「これを持っていってくれ。長原アツミ……池上の親友のギフトだ。俺にはギフトの事はわからないが、今池上には……あいつには、これが必要な気がするんだ」

 それを見た時、ミユは確信した。夢の中で聞こえた声は。……初めて聞いたのは、そうだ、あの時。

 地元の山奥。不死兵のネストを襲撃して捕虜を救出した後。残りわずかな弾薬での、最後の時間稼ぎ。

 沢の上から閃光手榴弾を投げる。不死兵の視線と殺意が自分に向けられた時、吹き抜けた風。


 みつけた。


「頼む……池上を、……あいつを救ってやってほしい」

……結局私は、選ばれて、選ばされて。自分で選び取ったものなんて、何もない気がする。

 武装民兵も、銃も、このギフトも。手にするかしないか、選択肢はそれしかない。

 それでも、

「わかりました」

 ギフトを、手にする。

「……私の体を、あなたに貸します。だから力を、貸してください」

 一歩踏み出した瞬間から、風が体にまとわりつく。バラバラなイメージが、声が、今ならはっきり聞こえる。

 乗って。

 乗るって、なにに。しかしわかるような気がする……次の瞬間には、体が浮くような感覚。複合キメラ兵に捕まった区役所職員を思い出して身がすくむ。

 何かに掴まれたわけではない。周りに何もない……空中に投げ出されている。昼下がりを少し過ぎた、かすかに赤みを帯びた空の中にミユはいた。

 すぐにでもナオ先輩のところへ行かなくては……だがその前に。

「こちらプラムL6。屋上遊園地に殺人光線なし。西館屋上を調べてから、合流します」

 屋上遊園地入口近く、砕けた床面とだいぶ乾いた血だまり。思い出すだけで、肩にズキリと痛みが走る。

 あれから二十分もたっていない。何が変わっただろうか……何も変わっていない。

 ギフトの力がある。だが、借り物だ。複合キメラ兵に電解弾は効かない。巨大複合キメラ兵なら、なおさらだ。

 何ができる……できる限りのすべてを。もらいものでも借り物でも、私の持っているすべてを。

 ビルの屋上は風に事欠かない。風に乗って、階段を駆け上がるようにミユは西館屋上に向かった。


「リーダー早く上がってきてよ。作戦を開始するんでしょ……ってルーキーは?……屋上!?」

 階段を降りてきたコノミもミユの無線連絡を聞いた。

 ケンジロウは駅前ロータリーにいた。上を見上げて、立ち尽くしている。

「信じていいのか……」上を見上げたまま、眼鏡の奥から雫がこぼれ落ちた。「こんなことが、あるのか」


 そんなことが、あるのか?

 うん。これは絶対、ウインドランナーの力。

 じゃあ生きてるの?……アツミちゃん

 あるわけがないでしょうキタコウジヤさん。……あれを見たでしょ。あの後遺体は火葬にされた。肉体がないっていうことは、死んだっていうことだよ。

……しかしギフトの力は、目覚めた。どのような縁が働いたかは、この目で確かめる他ない。

 ギフトは縁、ね……今例の奴と一人で戦っているのは、池上さんだってさ。

……アツミは、やっぱりあいつを許すんだな。

 そう、やっぱり、さ。

 じゃあアツミちゃんが生きていれば、ナオちゃんも帰ってくるかな。

 どうかな。池上さんを裁くのは池上さん自身だよ…………複合キメラ兵じゃない。少なくとも。

 それを見届けるためにも、任務を果たさないとね。デス・レイ型二体に、不死係数推定十五万のバケモノだ。

 ……呼称が決定したって。メグ・ア・シャーク型。

 本部ノリノリだね……さて、元サポート一人に負ける働きしかできないとあっては、

……それこそギフテッドの名折れだ。ってね。



 山刀を振り下ろすかに見せかけて、左手に持ったカービンの銃剣で不死兵の腹を突き刺し、一気に振り抜く。傷口が再生する前に、内臓がこぼれ落ちる。

 驚愕の表情を浮かべる不死兵の腕を切り落とし、後ろに回って返す刀で首を切り落とす。

“手榴弾を回収するところをMGで蜂の巣にするイメージ”その場を飛び退くと、不死兵の体を銃弾が切り裂いていく。

“あらかじめ手榴弾の安全ピンを抜いておき、奪おうとすると爆発するイメージ”気配のする方向に手榴弾を投げ込む。爆発。不死兵の絶叫。もう一回、爆発。

 巨大複合キメラ兵の機関砲を狙って不死兵から奪ったStgを撃ち込むが、巨大複合キメラ兵は手で直接それを防いだ。

 手品のネタは割れたってか……不死兵から弾薬を回収するのが困難になってきた。

 巨大複合キメラ兵の足元をすり抜ける。手榴弾がなければ斬りつけても効果がない。そのまま走り抜けて、尻尾の一撃で地面に叩きつけるイメージを回避する。

 背中のシュリンゲンズィーフ線発生装置に斬りかかるが、それを察して巨大複合キメラ兵は距離を離した。

 カービンの銃弾を撃ち込むが、巨大複合キメラ兵の皮膚がそのまま弾を防ぎそこもすぐ再生する。

“尻尾を飛び越えたところで真上から斬りかかるイメージ”カービンを真上に撃ち込もうとするが、思った以上に速い……かろうじて銃剣で、複合キメラ兵の斬擊を防いだ。

 気配を消すのがうまく、殺意を行動に移すまでが早い。動きや風を読む、ミユのニンジャの方が早くこいつを探知できるのはそういう事か。

 大通りにMGがもう一挺追加された。不用意に通りに飛び出して撃ち殺される自分のイメージが、点から線に、そして面になっていく。

 巨大複合キメラ兵が距離を離した。周りを飛び回っている複合キメラ兵からは、機関砲の一発や二発なら耐えるという覚悟が見える。

 ヘタに切り結べは、諸共撃ち抜かれる。……足を止めた場所が、いよいよ死に場所だ。

 複合キメラ兵がナオの周りを旋回する半径が狭まってくる。ライトのストロボモードを警戒して、体の表側を見せない。

 こいつのせいでアツミは死んだ。ミユも殺されかけた。そして次は。直接殺していなくとも、なかなかのアシストぶりじゃないか。

 イダテンが来るのはそう遅くないはずだ。ギフテッドも出撃した。もう役目は終わりだ……あと何秒、もたせられる。

 仇は討てなかったよ。つまらない死に方だよ。これじゃ、アツミに会わせる顔がないよ。

 Stgを持って飛び出した不死兵にカービンを撃ち込む。また数秒、イメージに切れ目を入れる。

“そんな顔をしないでください”ごめんミユ、わたしにはそんな顔しかないんだ。

 MPやStgの銃火がナオを追い立てる。面は立体になり、ナオの行き先をどんどん覆っていく。ナオの視界が、自分の死のイメージで埋まっていく。

 ごめん。アツミ、ミユ。もうだめだ。

 ごめん、ごめん、ごめん。わたしは。

 あいたかったのに。

「不明のパークです」デスウイッシュはもう発動しているのに、何を今さら。

 デスウイッシュ。“死を退け死を恐れぬ戦士が死を願うとき、死すべき場所を示す黒い石”。

 この黒いパークバッジが送られてきた時、添えられていた説明文とも言い難い、詩のような文句。

“しかし戦士が命を惜しむとき、死を願ったより強く何かを願う事があるのならば”

……先輩、私は思うんです。あの人が最後に見たのは、最初に見たのは、きっと私が最初に見た、

“なれば戦士よ、目を閉じよ。生の輝きは、暗闇の中にある”

……光なんです。あなたがくれた、ひかりなんです。

 暗闇。立体。面、線。……そしてわずかな、点。消え入りそうなその点に、飛びついて、手を伸ばす。

 その手が触れたのは、

「……先輩!捕まっていてください!」風がナオの体を包み込む。小さいが思ったよりも力強い手。腕相撲でも、勝てなさそうな。

 MPの銃弾が腕をかすめる。刀の切っ先が、ふくらはぎを切り裂く。……それでもこの手は、離さない。

 離せば死ぬからではない。このてを、はなしてはいけないからだ。

 このては。

「……アツミ……」

「はい」ミユの声。「助けに来ました。あの人の代わりに……私の意思で」

“殺人光線で焼かれるイメージ”

「ミユ!つかまって!」風を蹴って、飛び移る。そのすぐ脇を、殺人光線の白い光がなぎ払っていく。

 機関砲弾がビルの壁を砕く。ミユたちが屋上遊園地に着地すると、銃声は一時収まった。

「ミユ、わたし……」足に力が入らない。足を斬られている……ミユが傷口に、万能止血軟膏を塗り込む。

「あの人が私を呼ばなければ、私は先輩に会うことはありませんでした。あの人が見た光の引き写しでも、私も見たのです。先輩の、光を」

 わたしはそんな。

「他の人は知りません。ですが私の、あの人の、見た……光は、とても輝いているんです。それがすべてなんです」

「わからないよ……わたしバカだからさ」ミユのプレートキャリアから予備弾倉を補充する。

「わからないけど……一つだけ誓うよ。もう自分を粗末にしない。ミユとアツミがいる限り」

「はい」ミユが意識を周囲に巡らす。それはすぐに、ナオにも聞こえてきた。

「殺人光線はすぐには次を撃てませんよね……ちょうどよかった」

 小型ジェット機のエンジン音。聞き覚えがある……複合キメラ兵が地方に出現した時、緊急事態の時。

 それはミユたちの頭上を通り過ぎるように飛び去っていった……舞い降りる六つの影を残して。

 そう、来たのだ。

 ギフテッドが。

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