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後編:46 minutes bloodbath(5)

後編:46 minutes bloodbath(5)



 数分前。

「ほら、いつまでもナオさんの声を聞こうとしない。これから敵地のど真ん中に突入するんだろ?」

 普通のバイクならアクセルを空ぶかしして景気づけたりできそうなところだけと、電動だとしまらないねぇ。そうユウコは思った。

 馬潟駅西口南側の防衛ラインは、駅前商店街および東急線の線路に設定されており、不死兵が線路を渡ろうとすれば、電解弾を装備したスナイパーが待ち構えている。

 だが不死兵も大通りを防衛ラインと定めているようで、その周囲にMGをびっしりと配備していた。確認できただけで、十挺近く。

「守りが薄いのは、奴らが被害を拡大させている北西側。そこから第二ポータルのネスト……つまりうちらの目標地点まで捕虜を運んでいる。敵は多いけど、MGの十字砲火よりはなんぼかマシかもね」

 ハルタカはユウコの後ろに座り、片腕を胴に回してしがみつく。ユウコが背負っている散弾銃はハルタカと同じものだが、銃身が短く銃床も伸縮式だ。

 ユウコがバイクを発進させる。商店街アーケードの中を音もなく、滑らかに。

 しかしアーケードの出口が近づくと、ユウコの筋肉が引き締まり、体が飛び出そうと身構えるのがハルタカにもわかった。

 それはユウコだけではない……剛性感のないフニャフニャしたバイク。それが生き物のように、猛獣のように身を縮ませ、備えている。

 筋肉があるわけでもないのに、人間の力をはるかに超える力の高まりを足からも感じる。

「援護はできたらでいいよ。それより落っこちないでよ……あんたとドローンを運ぶのがわたしの役目。あんたの仕事は、それからだよ」

 アーケードの出口数メートル手前で、ユウコはアクセルを全開にした。身構えていても振り落とされそうな強烈な加速。まるで車に跳ね飛ばされたようだ。

 後ろの方からMGの発砲音が聞こえる。アーケード出口の向かいでMGが待ち構えていたのだ……ユウコがここから何度も出入りするのは、不死兵にも見られている。

 それでも目で見て追い切れないほどの加速で、音もなく飛び出してくるバイクをとらえられないのだ。

 ハルタカがMGの位置を確かめる間もなく、ユウコとバイクの筋肉が縮んで力をためるのがわかった。銃を肩にかけ、両腕でしがみつく。

 角を曲がる途中で急停止するように地面を踏みしめ、その反動で飛び跳ねる。オートバイの動きじゃない……車輪のついた獣だ。

 トライチェイサー2015改にプラムL10、飯田ユウコが乗ったもの……ではない。だからこれのコールサインはイダテンなのだ。

 前輪の脇に取り付けられた機銃が火を噴き、50ベオウルフ弾が不死兵をとらえる。

 電解弾ではないが、相手を一瞬怯ませる打撃力があれば、イダテンはそこに飛び込み、まかり通る。

 不死兵の間をすり抜け、なければ機銃でこじ開けて、イダテンは少し開けた通りを抜けて裏路地に入った。

「この先のビルの地下駐車場が第二ポータルのネストだよ。中を覗いてドローンを飛ばしたら、帰りはなんとか歩いて合流して」

 不死兵は追って来ていない。ハルタカはドローンの袋を持ってイダテンから降りた。

「わたしはちょっと用事……さっき不死兵が捕虜を運んでいるのを見た。陽動がてらひと暴れしてくるよ。専門学校が近いし、あっちの民間即応部隊と連携すれば助け出せる」

 偵察に走り回っている間に、今日だけでも同じ光景を何度も見た。今回は特に、尋常じゃない量と頻度だ。

 見殺しにするしかなかった。一度くらいなんかしないと、夢見が悪い。

「持ってけよ」ハルタカがユウコにEMPグレネードをいくつか渡した。

「デッドサイレンス」「ストーカー」「アンプリファイ」ビルの谷間にすっと消えるようにハルタカは去っていく。

 サドルに装着した単発のグレネードランチャーを確認。機銃の残弾は、あまり多くない。

「よし、プランは決まった……行くよ」



 馬潟駅東口は周囲一キロの避難も完了し、区役所職員と警官がまばらに展開していた。

 あまりに殉職者が多いため不死兵に対して警察は避難誘導以外の活動を禁止されているのだが、聞くと武装民兵として参加しているのだという。

「それでは怪我人を運ぶので原付の二人乗りをする訳ですが……見逃してもらえますか?」

 タカヒロが冗談めかして言うと警官は苦笑いしつつうなずいた。

 駅ビル職員はすでに避難した。区役所職員が線路沿いを警戒し、万一の時は警官が駆けつける。

 ミユを病院まで運ぶ人手が足りないので、タカヒロがスクーターでミユを運ぶ事になった。

「さあミユさん乗って。ここにいても邪魔になるだけですよ」

 タカヒロが言うまでもなく、ミユはベンチに寝そべって苦しそうにしていた。回復したとはいえ、座ってもいられない。

 ナオがミユを起こして、スクーターに乗ったタカヒロの後ろに乗せようとする……その時ミユが、タカヒロを突き飛ばした。

「ミユ!どうしたの?わがまま言ってないで……」

 ミユが拳銃を抜く。倒れた拍子にタカヒロも上を向いて、気付いた。ナオも反射的に、山刀に手をかける。

 ミユは真上に拳銃を向けた。音もなく舞い降りる黒い影……そのそばで、もう一体の黒い影が、区役所職員を覆い隠した。



「タイプCドローン、7から12号機、スタンバイ……コネクト。ユーハブコントロール」

 ユウコが戦闘を開始したおかげで、第二ポータルネストである地下駐車場の入口は人気がなかった。

 そっとドローンを離せば、あとは本部でドローンを操作して状況を見てくれる。

 何もなければそのまま撤収。チャーリーチャーリーがいれば、交戦せず報告して撤収。チャーリーチャーリーがいないが殺人光線がある時だけ、潜入してこれを破壊する。

 隣の雑居ビルにハルタカは隠れて、窓から周囲の様子を見る……路上には地下駐車場入口まで、何人もの捕虜を引きずった血の痕跡が、かすかだが幾重にも続いていた。

 街のあちこちから地下駐車場へ……だがそうでない痕跡がある事にハルタカは気付いた。手前の角を曲がって、もう一本奥の路地裏。

 どちらかと言えば、こっちの方が血の痕跡は濃い。ネストを移動した?わざわざ狭い路地裏に?場所を間違えた?地下駐車場がネストなのも確かだ。

「……こちらプラムL4。ネスト近くの路地裏に、気になる痕跡を発見した。捜索する」

 航続距離の短いタイプcドローンでは、ネストを見た後周辺を捜索できない。専門学校の民間即応部隊が大型中型のドローンを飛ばしているが、撃ち落とされている。

 雑居ビルの裏口は開いていた。誰かが脱出しようとしたようだが、足元の土は赤黒く湿っていた。

 ユウコの戦闘に合わせて、専門学校や駅前商店街、自衛隊が不死兵への攻撃を行っている。周囲のあちこちから銃声が聞こえるが、どれも遠くに聞こえる。

 裏路地を進むと、血の痕跡がよりはっきりしてきた。探すまでもなく、その行き先を示している。

 二件の雑居ビルの間が、車が一台通れそうなくらい開いている。地面は土ではなく、新しめのアスファルト。駐車場の看板が見えた。

 入口まで来たところで、ハルタカは顔をしかめた。この一帯に立ちこめている血の匂いが、ここははるかに濃厚に漂っている。

 作戦終了後にネストの跡地を見た事はあった。だがその比ではない。血の海の中を泳いでいるようだ。

 確実にやばいところだ。場所だけ本部に報告して逃げた方がいいと理性が言っている。本能が、これ以上先へ進むのを拒んでいる。

……で、誰がここを見に来るんだ。

 EMPグレネードの安全ピンを抜いて、いつでも投げられるようにしておく。一歩、もう一歩。少しずつ奥の駐車場が見えてくる。

 もう何歩か進むと、駐車場の奥に不思議な空間が見えた。作戦終了後のネストで見た。そして今も、ケンジロウたちがこれと対峙している。

 ポータルだ。

 ここは第三の、ポータルとネストなのだ。

 それさえわかればもう充分だ。後は自衛隊に任せるしかない。体が骨から剥がれて勝手に逃げ出しそうなくらい、逃げたがっている。

 ルーキーは単独でネストに潜入したというし、今得体の知れない化け物と戦っている。だが、いっぺんにではない。ここは。

 ぐぐぐぐぐ。何かが響く音。猛獣が喉を鳴らすような、うなり声。それはビルの壁をも、震わせるようであった。

 そして唐突に、駐車場奥のポータルを何かが横切った。いや、遮った。影が。巨大な影が。

 それは。



 数十秒前。

 ネストに捕虜を運ぶ隊列に、すれ違いざまにEMPグレネードを投げ込む。不死兵一人が捕虜一人を運び、それが十人。護衛は四人、StgとMPが二人ずつ。

 スピードは大事だが、正確さが必要だ。前輪にマウントされた機銃では、頭は狙えない。捕虜も巻き込んでしまう。……なら。

「イダテン、スタンディングモード!」

 普通のバイクならエンジンが収まっている部分に折り畳まれた脚が路面を踏み締めて、立ち上がる。

 フロントカウルが二つに割れ、タイヤを支え機銃がマウントされたアームがそのまま腕になった。

 EMPグレネードの閃光。ヘルメットに内蔵されたモニターが一瞬大きく乱れる。しかしシールド機構が正常に機能して、各部の自動点検が開始される。

 アーム制御、火器コントロール、よし。射撃は得意ではないが、構えるのは機械がやってくれる。狙いを定めて、トリガーのスイッチを押す。

 この体勢なら単発で充分だ。両腕の機銃から放たれた50ベオウルフ弾が、護衛の不死兵の頭を粉砕していく。

 慌てて捕虜を降ろして迎え撃とうとしている不死兵もいる。そうでない不死兵の足を撃ちぬき、転ばせる。捕虜から離れた頭を、撃ち抜いていく。

 まだ応援の不死兵は来ていない。イダテンは大通りに面した通路の一つにEMPグレネードを投げ込むと、大通りの向こうの武装民兵と撃ち合っていたMGに背後から攻撃した。

 いったんイダテンを降りてユウコがMGを確認する。あまり弾はないので、近くにあった弾薬手の死体から弾帯を奪ってMGに装填する。

「ちょうどいい!……こちらイダテン、捕虜十名を救出した!手当てとそちらへの搬送を手伝ってほしい!」

 グレネードランチャーの弾をEMPグレネードから煙幕弾に入れ替え、大通りに撃ち込む。

 それから捕虜の元に戻ると、駈け寄ってきた不死兵にMGの連射を浴びせていく。

「自動歩哨モード!範囲、前方百八十度二百メートル内、対象、識別コードのない動体反応!」

 イダテンを降りると、ユウコは捕虜たちのところへ駈け寄り万能止血軟膏で手当てを始めた。

 一人目の手当てを終えたところで、大通りを渡って専門学校の民間即応部隊が駆けつけた。

 人によっては高校から武装民兵をやっている者もいて、手際よく作業を進めていった。

「陽動作戦のついでだから、長居はできない。帰りは大丈夫?」

 捕虜の手当てをしながらユウコが言う。その間にも、専門学校チームのメンバーは手当てを終えた捕虜を運び出していた。

「煙幕があれば大丈夫……うちには、サーマルビジョンを装備したマッチドのスナイパーがいる。煙に紛れて不死兵が動くなら、いい的だ」

 捕虜の手当ては終わった。歩けるようになった捕虜を、専門学校チームが誘導していく……その間に、イダテンに持たせたMGの弾が切れた。

 捕虜が煙幕に消えるのを見送ると、ユウコはイダテンに乗り込んだ。弾の切れたMGを捨て、バイクモードに戻す。

 本部によると、第二ポータルにはチャーリーチャーリー、殺人光線ともになし。ハルタカが路地裏に何かあると言ってきたという。


 第二ポータル付近で足を止めてみると、ハルタカの言っていた“気になるもの”がはっきりとわかる。むしろなんで自分は見落としていたのか。

 血まみれの路地裏に、イダテンは侵入した。不死兵の気配はない……しかし何か、もっと重苦しい雰囲気が、胸や喉を締め付ける。

 血の痕跡は入口の狭い駐車場に続いている。何かあった時、回れ右して逃げる余裕は……ギリギリだ。スタンディングモード。

 ぐぐぐぐぐ。うなり声のような大きな音。まるで映画に出てくる恐竜か何かのようだ。

 味方の識別反応。ハルタカがジリジリと前進しているのが見えた。背後にイダテンがいるのに気付いていない……そこまで集中するハルタカを見た事はない。

 無理もない。イダテンのカメラとセンサー越しでなければ、きっとユウコも眼前の光景に目を奪われていた。

 血まみれの駐車場。強力なシュリンゲンズィーフ線反応。ここはポータルで、ネストなのだ。……そして、巨大なひとつの動体反応。

 それは。



「こちら武装民兵協会東京第四区本部、現在展開中の武装民兵および警察、自衛隊に連絡します……敵の“大型兵器”が出現しました。全長推定十メートル以上の、武装した巨大生物です!」

 ナオが複合キメラ兵と戦っている脇を、ミユを引きずって後退しているタカヒロの無線にも連絡が来た。

 少し離れた所では、区役所職員を捕まえた複合キメラ兵がいったん飛び上がると、三階くらいの高さから区役所職員を落として地面に叩きつけていた。

 それから瀕死の区役所職員を捕まえて、ビルの屋上に飛び去っていく……あらかじめ頭蓋骨を割ってから、脳を食べるつもりだ。

 ミユの肩も砕いたり食いちぎったりはされていなかった。頭蓋骨を噛み砕くほどの顎の力はないのだろう……救助が遅れていたら、ミユがああなっていたかもしれない。

 いや、もし今ミユが気付いていなかったら、今そうなっていたのだ。

 なんとかナオが複合キメラ兵を追い払った。スクーターは複合キメラ兵に踏みつけられ壊れていた……タカヒロはミユの銃と装備に駈け寄った。

「皆さん!あれと交戦する際は、距離を取って深追いは避けてください!不可能とは言いませんが、あれの撃破は非常に困難です!」

 複合キメラ兵はロータリー上空をゆっくり旋回している。区役所職員や警官が銃撃しているが、軌道を変えるまでは撃たないようナオが指示した。

「不死係数」ミユにプレートキャリアを着せているタカヒロにナオが言った。「不死兵を百とした場合、複合キメラ兵は最低でも五百……あれなら二千はあるよ」

 不死係数。不死兵の再生能力の目安。理屈の上では、これをゼロにすれば不死兵を倒しきれる。

 しかしたとえば、ナオやタカヒロのM16であれば、弾倉一本三十発を撃ち込んで、減らせるのは二から三程度と論文にはある。

 不死兵一人に千発以上撃ち込むか、再生不可能なほどバラバラに破壊するか、EMPで再生能力を止めている間に生命活動を停止させるしか、不死兵を倒す方法はないと言っていい。

 電解弾を使えるマークスマンのミユが交戦して勝てなかった以上、複合キメラ兵は電解弾で弱点を破壊すれば倒せるという訳でもないようだ。

 単純に計算すれば、あの複合キメラ兵を倒すには二万発当てなくてはならないのだ。

 ミユがタカヒロの服をつかんで引っ張る。タカヒロがミユを移動させると、ミユたちのいたところに何かが落ちてきた。

 区役所職員の死体だ。頭の上半分が失われ、胴体は乱雑に食い散らかされている……生きた人間を食べれば、不死係数は回復するのだ。

「これは……」二体の複合キメラ兵が、東口ロータリーの上を旋回している。その輪の中心にいるのは。

「ナオさん……奴らはミユさんを狙っています。ミユさんを襲えば、あなたが冷静さを失うと、思っている」

 ふうん。「不明のパークです」

「タカヒロ……ミユを駅構内に。……受けて立ってやるよ。わたしを怒らせたいのなら、全殺しの十や二十じゃ済まないことを思い知らせてやる!」



 敵の大型兵器が出現したと本部からの無線が入った直後であった。……それが、駅前商店街のアーケードに侵入してきたのは。

 それはトラックほどの大きさのある、巨大なサメであった。ヒレの代わりに、長い手足が生えている。

 背中にあたる部分の肉が大きく盛り上がっていて、翼か羽根のようになっている。そこには人間のようなものが埋め込まれており、MGや機関砲の銃身が伸びていた。

 腰にあたる部分にはエンジンか発電機が埋め込まれているが、今は作動していないようであった。そのためそれは、音もなく現れたのだ。

 悪い冗談にしか思えない。しかし武装民兵本部が、警察や自衛隊を介さず現場に直接警告した内容と同じものなのだ。

 武装した巨大生物。撃破は不可能。

 どうしろと。

 それは地面を蹴ってひと息に距離を詰めると、近くにいた武装民兵に食らいついた。

 人間一人を丸呑みにできそうな大きな口で武装民兵を噛み砕くと、それをいったん口から出して、エビの殻でも剥くように装備していたプレートキャリアを引き剥がした。

 武装民兵と自衛官が一斉に攻撃を始める。それは銃撃など気にしていないかのように武装民兵の死体を飲み込むと、ふたたび地面を蹴って次の武装民兵に飛びかかった。

 建物に隠れた自衛官に、それは機関砲を撃ち込んだ。機関砲弾はコンクリートの壁を紙のように撃ち抜き、その向こうの自衛官を一発で血しぶきと肉片に変えた。

 それは前進し、大通りに面した通路に来た。アーケードの様子を見に来た武装民兵をつかんで取り押さえ、後ろの武装民兵に噛み付いてさらにその向こうに、機関銃を浴びせた。

 アーケードに戻ったそれの体に、衝撃と青い閃光が走る。自衛官の撃ち込んだEMPグレネード弾……次の衝撃が、それの体を貫いた。

 カールグスタフ対戦車無反動砲。その一撃はそれの体を完全に貫通し、肩の辺りに向こう側が見える大きな風穴を開けていた。

 だがその穴は、見ている前で瞬く間に塞がっていく……驚愕の表情を浮かべる自衛官に、それは機関砲の照準を合わせた。


「こちらプラムL7、東口ロータリーにチャーリーチャーリーが二体出現!プラムL2が交戦中!プラムL6を階段下で保護しています!」

 サチが階段に駈け寄って下を見る。ミユは階段にもたれかかりながらカービンを構え、時々発砲していた。ナオを援護しているのだ。

「……行ってやれサチ!チャーリーチャーリーと戦うにはEMPが必要だ!」

 通路を警戒し無線を聞きながら、ケンジロウはゆっくりと後退していた。

「三体目が駅前商店街に出現した。以降駅前商店街と連絡が取れない……奴を止める手段は今のところない。このまま被害を拡大させるのか、あるいは……」

 悪い予感は口に出さないでもらえるかな。コノミはそんな顔をしていた。

「……ここを放棄する。急げ」

 ケンジロウがバックパックを背負い、鹵獲したMGを三脚から取り外す。

 その後ろで、何かが転がる音が聞こえた。駅構内からだ。

 手榴弾。

 コノミは駅ビル側に、ケンジロウはみどりの窓口に飛び込んだ。直後に爆発の衝撃が建物を震わせる。その数秒後にもう一発。

「シットレップ」「アンプリファイ」

 耳鳴りがひどいが、周囲に耳を傾ける。もう一発駄目押しの手榴弾が来るか、それとも、

 足音、それも多数。ネストの不死兵が一斉に攻め上がってきた。ケンジロウが改札前に飛び出す……着剣したライフルを持って不死兵が階段を駆け上がる。

 その中に、MP装備が一人。役割分担がわかりやすすぎる……牽制の射撃を行おうとした不死兵に、電解弾が直撃する。

「ステディエイム」「クイックドロウ」「ストーカー」

 続いて飛び出したコノミが、短い連射を不死兵の先頭集団に浴びせる。しかし不死兵たちは銃弾を意に介さず必殺の一念で、そのまま銃剣突撃を仕掛けてくる。

 それを見ながらケンジロウは単発のライフルに装填し、次に現れたMP射手に照準を合わせた。

 改札のゲートは開いている。そこを通り抜けようとした不死兵がバランスを崩し、倒れる。

 改札に仕掛けられたワイヤーに足を取られたのだ。後続の不死兵も、コノミの連射を食らって逆上しそれに気付かぬままワイヤーに引っかかる。

 ケンジロウがEMPグレネードを投げつける。改札ではなく柵を乗り越えようとしている不死兵を撃ち落とし、拳銃を抜く。

 爆発、閃光。改札で渋滞している不死兵に、コノミの機関銃とケンジロウの拳銃が撃ち込まれていく。

「スカベンジャー」「リーサルプラス」「ウォーロード」

 折り重なった不死兵の死体から手榴弾を取り出し、通路や階段にに投げ込む。お返しに、時間差でもう一週。

 もういっちょ、駄目押しに……ケンジロウが不死兵のベルトから取り出した手榴弾が、やけに軽い。

 よく見ると、ペッパーミルだ。

 ペッパーミルを投げ捨て手榴弾を探そうとしたケンジロウの耳に、東急線改札の方から大きな音が聞こえてきた。

 壁を蹴って、体を打ちつけ、その勢いで猛烈に通路を突き進んでいる。ケンジロウが反射的に手榴弾を投げつけた時には、それは看板や柵をなぎ倒して駅構内に侵入していた。

 それはこちらに向き直りゆっくりと立ち上がった。体の下で手榴弾が爆発したが、微動だにしない。

 あまりにも信じられない光景に立ちすくんでいるコノミの肩をつかんで、ケンジロウが駆けだす。

 階段を降り始めたところで、、コノミが我に返った。階段の踊り場に着くと、まだ敵は追ってきてないが牽制の射撃をしておく。

 コノミも階段を降りミユを階段の下から避難させると、階段の上から投げ込まれた手榴弾が次々に爆発した。



 駅前商店街アーケードを出発したのはほんの数分前だ。それどころかあれを見てから、五分もたっていない。


 あれを目の当たりにして身動き取れなくなっていたところに、イダテンが攻撃を始めた。

 EMPグレネードを投げつけ、イダテンに飛び乗って必死にしがみついた……コーナーを曲がろうとしたところで背中に衝撃を感じ、そのまま振り落とされた。

 手足をひどく擦りむいたが、万能止血軟膏で治した。背中を撃たれて、それはプレートキャリアで防がれていたが、電解弾のスピードローダーが何本かだめになっていた。

 骨は折れていない。頭も打っていないはずだ。ショットガンも無事……ホロサイトのレンズが割れているが、十字線は投影されている。

「こちらプラムL4……誰か、状況は?こちらは、巨大な……チャーリーチャーリー?……に遭遇。落車して、イダテンとはぐれた。これから駅前商店街に戻る」

「こちらプラムL-HQ。プラムL4無事なのね?よかった」学校の、雑色先生からだ。

「状況を説明するわ……プラムL7、2、3が、東口ロータリーでチャーリーチャーリー二体と交戦中。6は重傷を負っている」

 ルーキーは死んではいない。こっちの悪運が役に立ったようだ。

「プラムL7によると、ネストの不死兵がポータルを取り返しに来て、プラムL1と5が交戦中。本部の連絡によると……巨大チャーリーチャーリーは駅ビルに侵入したらしいわ」

 駅前商店街アーケードの入口が見えた。同時に、大通りもここから見える……大通りを、三脚に乗ったMGを不死兵が運んで渡っているのも。

「イダテンはこっちに戻ってきた。アサルトパックに換装中……チャーリーチャーリーに使えるかもしれないとっておきも用意しているわ」

……駅前商店街アーケードを出発したのはほんの数分前だ。それどころかあれを見てから、五分もたっていない。

「マラソンプラス」「ステディエイム」「オン・ザ・ゴー」

 武装民兵が戦線を維持しているところに自衛隊が駆けつけて、西口駅前を奪還する相談をしていたはずだ。

 それが、今は不死兵が裏通りの武装民兵や自衛隊と交戦し、表通りの生存者を掃討している。

「対チャーリーチャーリー専門のチームの出撃が許可されたわ。自衛隊も墜落したヘリからカールグスタフを回収している。イダテンが戻れば戦いようはある……無責任かもしれないけど、それまでは、頑張って」

 MGを護衛している不死兵が、走ってくるハルタカに気付いた。射程外だが不死兵が銃を構える前にハルタカは散弾銃を撃つ……バックショット弾が何発か当たったのか、不死兵が少し怯んだ。

 シェルキャディにセットしてある電解弾をむしり取り、走りながら装填する。もう射程内どころがこっちの間合いだ。

 止まりながら銃に残ったバックショット弾を護衛の不死兵の胸に叩き込み、電解弾をMGを運んでいる不死兵の頭に撃ち込んでいく。

 大通りをもう一挺、MGが渡っている。ハルタカはMGの三脚を引きずって位置を直し、弾帯一本分をまるごと撃ち込んだ。

 不死兵が三人倒れたが死んではいないだろう。しかしMGがバラバラになるのは確認できた。

 通りから飛び出してきた不死兵に電解弾を一発。他の通りからも不死兵が、顔をのぞかせる。

「あのデカブツが通ったからって、おまえらそう簡単に先に行けると思うなよ」

 MGで撃ち倒した不死兵が起き上がる。バックショット弾を装填しながら、ハルタカは自分にこの場の殺気が集中するのを感じた。

「生きのいいのがまだ一人残ってるぞ!おまえらの相手なら俺一人で十分だってな!文句があるならかかって来いやコラァ!」



 東口ロータリーの上を、相変わらず二体の複合キメラ兵が旋回している。サチのグレネードランチャーを警戒して、高度は下げてこない。

 警官や区役所職員らもそれぞれ近くの建物に避難した。デス・レイ型は狭いところまでは追ってこない。

 幸いな事に、ネストの不死兵はほぼ全員がポータル奪還に参加して、そこで大きな損害を出したため東口に攻め込む戦力はないようであった。

 そしてもう駅周辺には人がいない。ポータルから応援が来ても、餌となる人間がいなければ不死係数は三十未満……電解弾やEMPがなくても倒せるとされる状態だ。

「……了解した。巨大チャーリーチャーリーは、まだ駅構内に居座っている。動きがあれば報告する。以上」

 駅階段の上にはまたMGが設置され、不死兵は何か動きがあればすぐに手榴弾を投げ落としてくる。エスカレーターも手榴弾で破壊されてしまった。

「プラムL4は駅前商店街で不死兵と交戦中。イダテンも戻ってくる……ギフテッドの出撃も許可された。自衛隊も増援を送っている。いい予感ばかり言っているのになんだその顔は」

 戦況が好転すると言われても、プラムLチームは駅ビル一階に追い詰められた形だ。西口南側の防衛ラインも崩壊した。

 巨大複合キメラ兵が動き出せば、西口北側防衛ラインも風前の灯火だ。その時がいつ来るのかは、巨大複合キメラ兵の気分次第なのだ……今止める手段は、何もない。

「長居はしてくれない、かな」空の弾倉にクリップで弾をこめながらナオが言った。

「何をする気だ」ケンジロウが言うとナオが答える。「牽制と足止め。民間即応部隊の本分、って奴だね」

「一人で何ができる」

 ナオは答えずに、EMPグレネードをダンプポーチに詰め込んでいく。ダンプポーチがいっぱいになると、少し考えて、口を開いた。

「……できる限りのこと、かな。こういうのは一人の方が、やりやすいよ」

 ナオは立ち上がった。コマンドー、スカベンジャー、ウォーロード。パークバッジの人口音声。「不明のパークです」

「ミユ……大丈夫。みんなが守ってくれるよ。わたしは、……わたしなら、ひとりでできるよ」

「……先輩」息が詰まりそうになりながら、ミユが言った。荒れそうな呼吸を押さえ、肺の空気を絞り出すように。

 なんでそんなかおをするんですか。

 そんなかおをしないでください。

「どんな顔さ」その顔を隠すように、ナオは背を向けた。揺れるポニーテールが、ばいばいと手を振るようにも見えた。


 階段下に何かあれば、反射的に不死兵は手榴弾を投げ落とす。壊れたエスカレーターを一足飛びに駆け上がり、ナオは手榴弾を拾って投げ返した。

 ついでにEMPグレネードも。閃光、爆発。……手榴弾を投げてきた不死兵は、投げ返された手榴弾が至近距離で爆発して死んでいた。

 階段の上はMG射手と弾薬手、Stgが三人。ナオは山刀を抜くと、まだ動けない不死兵の首を切り落としていった。

 不死兵の攻撃の続きがない……改札の向こうにMGが一挺。Stgが数人。これでは、プラムLチームが奪還に乗り出せば、すぐにでも取り戻せる。

 こいつがいなければ。

 MGと機関砲の照準がぴったりとナオに合わせられるのがわかる。先手を取られたら、よける間もなくナオは粉々になるだろう。

 巨大複合キメラ兵がナオに向き直る。身を屈め、飛びかかる準備をしている。直接噛み付くか、手でつかんで食らいつくか。

 「……くろい……」巨大複合キメラ兵が口を開いた。口を歪ませて発したそれは、声だ。しかも、日本語だ。

「いしの」ぐぐぐと巨大複合キメラ兵の喉が鳴る。さらに口を歪めて目を細め、それは笑っているようにナオには見えた。

「……せんし」

 待っていたのか。だろうね。

“どんな顔さ”、きっとあんな顔だ。戦う事で頭をいっぱいにしたのを取り繕う、へたくそで醜い作り笑い。

 鏡を見ているようだ。ああ、鏡を見るよりも気分が落ち着く。


「ちょっと……これって日本語じゃないの?しゃべったよ?あれが」

 巨大複合キメラ兵の声は一階にも聞こえてきた。ナオに呼びかけていることは明らかだ。

「ナオ先輩の事だよね……黒い石って、あのパークバッジの事だよね?……てかさあ、あればいったい何なの?」

 二階にまだ動きはない。ひと呼吸置くと、ケンジロウは話し始めた。

「正式な名称はない。どんな効果なのかも不明だ。協会のネットワークにも、噂話しか流れていない。ギフトの一種だという話もある」

 なにがギフトだ。なにがパーク(特典、福利厚生)だ。ケンジロウが吐き捨てたその言葉は、誰に向かって言ったのでもなかった。

「……あれをつけて五年生きていた者はいないという話だ。正式な名称はないが、こう呼ばれている」

 ケンジロウの話を聞きながら、ミユはナオの顔を思い出していた。笑っていた。その笑顔は。

「“死を退け死を恐れぬ戦士が死を願うとき、死すべき時を選ばせる黒い石”……デス・ウイッシュ、と」

 それは太陽のような笑顔。心からの、晴れやかな笑顔だったのだ。





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