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後編:46 minutes bloodbath(4)

後編:46 minutes bloodbath(4)



「お待たせ。無線は聞いたね……任務内容がより具体的になったよ」

 駅前商店街にはトラックで来た自衛隊の即応部隊が到着していた。隊員たちが商店街の各所に展開する中、指揮官が武装民兵と打ち合わせをしていた。

 そこから少し離れた所に、ハルタカはいた。

「第二ポータル付近に突入し、ドローンを放出。場合によってはあんたが徒歩で潜入し、殺人光線とバッテリー、およびチャーリーチャーリーの有無を確認する」

「ああ」ハルタカはビルの上の方を見つめていた。商店街のアーケードからは見えない屋上を。

「姐さんとルーキーが戦ってる。銃声が聞こえるんだ。……ルーキーの声がした気がする。やばいんじゃないか……俺が行けばよかったんじゃ」

「そしたらルーキーがこっちをやるんだよ」ユウコはハルタカに、ドローンの入った袋を渡した。

 ドローンを収納するコンテナは、ヘリの生存者を救助する時降ろしていた。

「チャーリーチャーリーとやら、昼に現れた例もなければ複数出てきた事もないんだってさ。リーダーも動揺してる。ルーキーはついてなかった」

 ユウコが荷台をポンポン叩く。

「ルーキーの無事を祈るなら、その分の悪運をわたしらが背負わなきゃ」



……避難は?

 あまりうまくいってないみたい。繁華街の方で事故があったらしくて、そっちに人手を割かなきゃいけないらしい。

 夜の住宅街での避難勧告となると、自衛隊や武装民兵がやるわけにはいかないからね。ギフテッドなら、なおさらだよ。

“こんばんは、魔法少女です。近所に怪人が現れたので、ただちに避難してください”ってどうよ?

……ふふっ、だめだね。

 敵は小型のエス線源を持ち歩いているみたいだね。目的もはっきりしないし、網は広く浅く張るしかないよ。

……大丈夫かな。

 ずいぶんと弱気だね。どうした?

……うん。複合キメラ兵は何度か見たけど、いつも他の子がやっつけてたから。私のギフトって……移動とか牽制とかの方が得意だし。

 何言ってんの。ギフトがあるだけ、わたしよりマシじゃん。それにそのデザートイーグルだって、飾りじゃないんでしょ?

 ピストルでも不死兵を倒せるようにって、鍛えたんじゃん。腕相撲わたしより強いし。

 大丈夫、アツミはひとりでできるよ。


 腕相撲。ちゃんちゃらおかしい話だ。腕相撲に負けたから、親友を見殺しにしました。

 自信がないというのも、経験があって、根拠があったんだ。わたしの方が、根拠もなく励ましてた。


 セレクターをフルオートにして、連射を複合キメラ兵の顔の辺りに叩き込む。複合キメラ兵はたまらず顔を隠し、それで飛行経路が避難者たちから逸れる。

「ステディエイム」「ストーカー」「レディアップ」

 複合キメラ兵に駈け寄りながら銃弾を浴びせる。着地して振り返ろうとするなら、足を、膝を狙う。

 屈んで飛びかかろうとする複合キメラ兵の鼻先に、ナオの山刀がカウンターで食い込む。

 銃剣を突き刺し、山刀を抜く。踏みつけるように蹴り倒すと、刀を握っている手の付け根あたりに山刀を叩きつける。

 ナオが飛び退くと、すぐに複合キメラ兵は立ち上がる。刀を拾うと、横っ跳びに飛び上がってまたいったん屋上から逃げ出す。

 屋上を一回りすれば、それまでのダメージが回復してしまう。きりがない……一方ナオの弾薬には限りがある。

 複合キメラ兵は倒せない。絶対に勝てない戦い。

 だが、屋上から全員が避難すれば、負けではない。


……状況はどうなってるの?

 同じらしい。連中、損害が出ることを覚悟で、自衛隊を避けて人の少ないギフテッドとサポートを狙ってるって。

 わからないけど、目標を達成して退却を始めてるみたい。公園内のどこかにポータルがあるはずだから、手の空いたギフテッドはそこを押さえてほしいって。

 わかった。じゃああそこの不死兵をやっつけたら、そっちに行く。ナオはここを守って。

……えっ。

 ライフルが相手じゃ、私たちのカービンだと射程が足りなくて埒があかないし。

 それにここは動かせない患者さんのいる病院だからほっといては行けないよ。

 だから私がひとっ飛び行って片付けて、そのままポータルを探しに行ってくる。

 終わったらいっしょに帰ろう。風に乗って帰るの。夜景がきれいなんだよ……私たちが守った街を見ながら帰るの。ナオといっしょに見たい。

 うん……わかった。行ってきなよ。アツミなら一人でも大丈夫だよ。頑張って。


 何も言わなかった。わたしも行くとも、誰か行ってくれとも。

 それが。


 いつもひとりで寂しそうにしていて、よく泣く子だった。ほっとけないと思った。

 ずっと手を引いて、行くべき道を考えて、わたしが先に行くんだ。手を引くために。

 もうアツミは一人で行ける。わたしを置いて。そうしたら、わたしはどうすればいいのかわからなくなっちゃったよ。

 まだ、わたしは必要な子なの?

 もうアツミにしてやれることは、なんにもないの?アツミのサポートが精一杯。

 だから、呼んでよ。

 助けてって言ってくれれば、いつでも飛んでいくよ。

 だから、ねえ、言ってよ。

 たすけてって。

 たすけて。


……それが。



「民間即応部隊の方!プラムL2さん!……避難は完了しました。本部から、ここは退去しても構わないと連絡がありました。早く逃げましょう!」

 駅ビル職員が呼びかける。あとは職員とナオが避難して、フットサル場への出入口を閉じればいい。

 飛行能力が特徴のデス・レイ型が狭い階段を追ってくるとは思えない。来るなら、EMPグレネードと手榴弾で痛い目にあってもらう。

 複合キメラ兵の姿は見えない。今のうちに殺人光線を手榴弾で破壊すれば……

 たすけて。

 ナオ先輩。

……無線で聞こえた訳ではなかった。聞こえた気がする、だけだ。

 体中が冷たくなり、心臓を掴まれるような感覚。あの日から、あのときから、ずっとナオをとらえて離さない感覚が、今強くナオを襲うのがわかった。


……文字通り骨の髄までしゃぶり尽くされた、原型を留めないほどバラバラになった骨の破片の山。

 血だまりに沈んでいる服と傍らに落ちている銃だけが、そこに長原アツミがいた事を示していた。

 いなくなったんじゃない。

 こんなになってしまった。

 アツミが。


「先に行っててください!ここは閉めてしまっていいです!」

 フットサル場脇の通路を駆ける。立入禁止のネットの向こう、建物の端から、東急駅ビル屋上の遊園地が見える。

 ひっくり返った椅子やテーブル、破壊された遊具、入口近くにうずくまっている、大きな黒い影……もう一体の、複合キメラ兵。

 死の直前アツミが交戦したのが、デス・レイ型であることは確実なようであった。あの日監視カメラに写っていたのが確認されている。

 そして電解弾を何度も撃ち込まれ、再生不能となった片目。時折ナオが見る悪夢の通りであるのなら。

 その下に、

「ミユ……ミユーっ!」


……悪い夢を見ていたような気がする。遊園地で、黒い影に襲われて、電解弾も効かなくて、肩を噛まれて、血を吸われて。

 あるいは授業中、思わず居眠りして、不死兵と戦った記憶を、夢で。

 いや夢じゃない。巨大な怪物にのしかかられて、噛み付かれている。死にかけているんだ。

 みゆーっ!

 また聞こえる。ナオ先輩の声。起きなきゃ。チームの紹介をしてくれる。そうじゃない。

 意識がはっきりしてきた。ナオ先輩が、来てくれた。何かをするなら、今だ。

 右手は動かない。左手は、動く。手榴弾のポーチ。すぐに使えるよう、安全ピンを抜いたEMPグレネード。

 ぱちん。レバーが解除され、撃鉄が信管を叩く。持っていられる力がない……垂れ下がる手に、ちょっとだけ力をこめる。

 EMPグレネードが転がっていく。一応爆発物で、殺傷能力もあるが、市街地での使用を考慮して威力は抑えられている。たしか殺傷半径は一メートルもない。

 敵が口を離した。もう遅い。

 閃光、轟音。


 複合キメラ兵の体の下から、何かが転げ出した。……EMPグレネード。

 ミユはまだ生きている。

 まだ、戦っている。

 カービンを肩にかけ、フェンスをよじ登る。東急駅ビル屋上は、二階下だ……

 それがどうした。

 またあんなことになるくらいなら、死んだ方がマシだ。ここで何もできないわたしなら、死ねばいい。

 フェンスのてっぺんに登ったところで、青い閃光が階下に見えた。至近距離での爆発に驚いて、複合キメラ兵が逃げ出そうとしている。

「うわあぁああああああああああああああああああああーっ!」

 山刀を抜き、複合キメラ兵めがけて飛び降りる。複合キメラ兵の下にいるミユが見えた……肩がひどく傷ついている。

 落下の勢い、全体重、全身の力。そのすべてを乗せて山刀を振り下ろす。

 複合キメラ兵の筋肉を、骨を、内臓を断ち切って肩口から腰の下まで、ほぼ真っ二つに切り裂いた。

……死んではいないがしばらくは起き上がれない。ナオは山刀を収めると、ミユに駈け寄った。

 右の肩から首の付け根にかけて、肉がズタズタに切り裂かれている。骨が見えるところもいくつかある……あちこちから血が噴き出し、にじみ出している。

 あぁ、ミユ、ああ。わたしは、わたしは。

 ミユが腰の後ろに手を回している。ナオを見つめ、口が動く。せん、ぱい。これ、を。

 ミユが取り出そうとして落としたもの……万能止血軟膏のパッケージ。

 そうだ、これだ……パッケージを開け、チューブから絞り出した万能止血軟膏をミユの首に塗りつける。

 血管の傷が塞がっていく。ナオの指先に感じるミユの鼓動が、弱々しく、しかし確かに響いていた。

 生きてる。ミユは、生きてる。

 万能止血軟膏をもう一本。ミユの肩の傷は広く、深い。しかし軟膏が傷口にしみ込んでいくとそれが塞がっていく。ナオの指を、締め付けるように。

 再生された部分は熱いくらい熱を帯びている。しかし他の部分は冷たくなったままだ。ナオはミユを抱き締め、背中をさすってやった。

「ミユ……よかった。ごめんね」

 ミユが弱々しく咳き込む。肺に流れ込んだ血を吐き出し、呼吸が少し楽になったようだ。ナオの腕の中で、小さい胸が上下する。

「せんぱい……」ミユの声はとても小さく、かすれていた。

「……うしろ」

 拳銃を抜きながら振り返る。ナオが斬り倒した複合キメラ兵は、再生は始まっているがまだ体は切断されたままだ。

 そのさらに後ろ。ミユが拳銃を抜き、指さすように構える。

 それは観覧車をよけながら音もなく降下して、広場のテーブルの上すれすれを飛行するとさらに高度を下げ、ミユたちにまっすぐ突っ込んできた。

 ナオが戦っていた複合キメラ兵。

 ナオとミユが拳銃を撃ち込む。拳銃では突進を止められない……ナオが拳銃を放して山刀に手をかける。

 複合キメラ兵の持った刀が光る。昼下がりの陽光を受けたにしては、まぶしく。それどころか激しく明滅している。

 違う。これは、

 ミユたちに向かう黒い影は、まるでその光を避けるようにグラリと軌道を変え、適当に振った刀はよけるまでもなく空を切りナオの背中をかすめた。

 壁に激突した複合キメラ兵の目に、追い打ちをかけるように激しい明滅が浴びせられる。車のヘッドライト並みの光量の、強力なライトのストロボモード。

 ライトの明滅が止むと、複合キメラ兵はヨロヨロと飛び去っていく。

「大丈夫ですか?早く逃げましょう!」タカヒロが駈け寄ってミユの様子を見る。傷は治っているが出血かひどい。

「立てますか?銃は撃てますか?」言いながらタカヒロはミユのカービンを拾って手渡した。

 立ち上がろうとしたミユの足が滑る。床の血で滑っただけではない。足に力が入っていない。

 しかしカービンを持ったミユの手は、血の気が抜けて白くなっているにもかかわらず、力強く固く握られていた。

 さすがマッチド。「電解弾を用意してください……今度あれが襲ってきたら、口の少し上のあたりを、少し外して撃ってください。できますか?」

 起こされると頭から血が引いていくのを感じる。もうすぐ夕方なのに、太陽がやけにまぶしい。

 目を閉じながら、ミユはカットオフレバーをオンにして電解弾を装填した。

 通常弾を補充して給弾ドアを閉じると、体がグラリと前に傾くのを感じた。

 踏ん張る力はまだ少しあるのに……倒れる前に、体が何かにぶつかる。

 頭が何か硬いものにぶつかって、しかしそこには乗らなかった。だらしなくたれ下がったミユの顔に触れたものは、柔らかかった。

 血と硝煙の匂いに混じって、シャンプーか何かのいい匂い。頬に感じる柔らかさは、とても暖かかった。

「冷たいね……頑張って。しっかりして」左手に硬いものが当たる。M16。ナオのカービン。

 ミユを背負ってナオが立ち上がる。世界がぐらぐら揺れるが、踏ん張らなくてもいい安心感がある。ナオの体温が、体に伝わってくる。

「少し……楽になりました」ニンジャ。パークバッジがささやく。

「……来ます」来るね。ナオが答える。

「来るんですか……?」カービンを構えて周囲を見回すタカヒロの気配。見ているわけではないが、少し頼りなく感じる。

 敵も同じように思ったのだろう。ナオの両手が塞がっている今。

「もう一度言います。奴の鼻先、口の少し上を、少し外して撃ってください。当てないように。撃てるなら、ミユさんのタイミングで撃ってください」

 そこが弱点……?当ててはいけない?なぜ?わからない。

「復唱」ナオがクスッと笑う。

 ワケわからない命令でも、

 ステージの辺りからフェンスを超えて敵が来る。少し体を起こし、カービンを構える。

 体の裏側は見えないが、目と目の間の少し下が口のはずだ。口の上、少し外して、

「おいしくなあれ、萌え萌えキュン」

 反動。カービンを落とさないようにするのがやっと。着弾が確認できない。青い閃光があったかどうかも。

 タカヒロのライトの光がそれより強いせいだ。

 ライトの明滅を目に浴びせると、敵はつんのめって地面にぶつかり、少し滑ってミユたちの手前で止まった。

「今です、逃げましょう!タカヒロがEMPグレネードを投げつつ後退する。続けてナオが下がる。

 閃光と爆発音。階段を降りる前に、タカヒロがナオから受け取った不死兵の手榴弾を放り投げる。

 さらに大きな爆発。遊園地入口のガラス窓が全部割れて、破片が降り注いだ。


「こちらプラムL7、プラムL6を確保。プラムL2も同行しています。屋上より撤退しました。チャーリーチャーリー……?は、追って来ない模様」

 よくやった。ケンジロウの返事に安堵の色がにじんでいた。

「プラムL6は、右の肩から首を噛まれて重傷。傷は塞がりましたが失血がひどく戦闘は不可能。後方で輸血する必要があります」

 銃は撃てます。ミユが弱々しくつぶやいた。

「手の空いた職員を一、二名階段の警戒に充ててくれとプラムL2が要請しています。チャーリーチャーリーが屋上に不死兵を運び込む恐れがあると」

「了解した。三階から駅ビル西館へ、そこから東館への連絡通路を通って東口に抜けてくれ」

 タカヒロはミユの方を見た。息は荒く冷や汗をかいているが、救助した直後よりは落ち着いている。

「プラムL2、敵の殺人光線は?破壊できたか?」

 ナオはミユをおぶっていて両手が使えない。タカヒロが代わりに、ナオの無線機のスイッチを入れる。

「デス・レイ型複合キメラ兵二体が各一門づつを装備、計二門を確認。……破壊には失敗しました」

「そうか。……西館屋上の避難は完了したと聞いた。チャーリーチャーリー二体と交戦してプラムL6を救助しただけでも、十分すぎる働きだ……ありがとう」

 お世辞はいいよ。ナオのつぶやきは、タカヒロが無線機のスイッチを離したのでケンジロウには聞こえなかった。

「世辞はともかく」まるで聞こえていたようだ。ナオとタカヒロが吹きだした。

「区役所職員にプラムL6を預けたら早く戻ってきてくれ。自衛隊のヘリが落とされて、こっちの応援に回す人手がないんだ……本隊が来るまで、駅ビルと東口は武装民兵で守る」

 ミユたちが三階に降りる頃には、駅ビル西館からの避難も完了していた。

 EMPグレネードの影響で監視カメラや警報装置が作動しない所もあるため、安全の確認はせずに職員も退去することになった。

「東口駅前が防衛ラインに設定された。俺たちも不死兵かチャーリーチャーリーが来たら、ここを放棄して退却する……それまではここを確保しろとのことだ」

 連絡通路から駅構内が見渡せる。ミユが無事だったら、駅ホームのネストから上がってくる不死兵を狙い撃ちするのにちょうどいい場所なのだが。

「ここで少しミユさんを休ませましょう。万一の際には、我々もここから援護できます」

 通路脇のベンチにミユを寝かせると、ナオはミユのプレートキャリアーを脱がせた。少し呼吸が楽になったようだ。

 タカヒロが水を取りに三階のカフェに向かった。ナオはミユの汗を拭ってやる……体は冷たいが、傷を万能止血軟膏で治した肩は熱い。

「傷が骨まで達していたとしたら、万能止血軟膏が骨髄の造血幹細胞をコピーして少しずつ血液を作っているのかもしれません。そういう治療法も、

研究されています」

 じゃあ、と言ってミユが起き上がろうとするが、起き上がれない。命の危険は去ったが、戦える体ではない。

 ナオがミユに水を飲ませる。こうして見ていると、ミユが思ったよりも小さく見える。

 死んでもおかしくない重傷と出血を負いながらチャーリーチャーリーの接近を誰より早く察知して、タカヒロのオーダー通りの射撃を成功させたようには。

「……そういえば」ミユが口を開いた。タカヒロを見ている。

「あの敵……?の、弱点が、なんで、わかったんですか」

「ほぼ勘ですよ。あんなのを見たのは僕も初めてです」

 それと、声にはなっていないがミユの口がそう言った。タカヒロのカービンを指さしている。その下に装着された、大型のライト。

「そうですね……これはミユさんにも教えておきましょう。強い光で目をくらませる効果と、ストロボモードの点滅で、視点を合わせられなくなり、方向感覚やバランス感覚を狂わせる効果を期待しています」

 ミユがナオを見る。不死兵の顔を照らして牽制していたのは……ナオはうなづいた。

「目を破壊するよりは効果が短いですが、再生されてしまうことを考えれば、こっちの方が手軽で効率的に、相手の行動力を奪える状況もあるということです」

 私も初めて聞いたときは驚いたよ、と、ナオが続けた。

「さっきの質問ですが……エイに似ていると思ったので、それなら、サメやエイが持っている、電磁波を感じ取るロレンツィーニ器官があるだろうと」

 体の上というか表に目があるのに、ミユの肩に噛み付いたのもそれのおかげか。ミユは思った。

「理屈はだいたい同じです。傷つけて再生されるより、強い刺激で感覚を狂わせる方がよさそうだと」

 不死兵ばかりか複合キメラ兵にまで応用するとは。ナオも感心した様子で、タカヒロの話を聞いていた。

「さて……そろそろ区役所の人たちと合流しましょう。ミユさんの出血も少しずつ回復しているようですが、輸血した方が早い」

 タカヒロの言葉に説得力が増したように感じたのか、ミユも素直にうなずいた。

 ミユのポーチに収められているM16の弾倉をナオは自分のポーチに収めていく。ナオはほとんど弾薬を使い切っていた。

「行こうか」ミユの銃と装備をタカヒロに持たせると、ミユを背負ってナオが立ち上がった。

 ナオの肩に顔をうずめるようにミユがうつむく。くやしいです、と小さくつぶやくのがナオに聞こえた。

「よくがんばったよ。単独であれと遭遇して死ななかった……連絡を入れてさっさと逃げていれば、百点満点だったけどね」

「ナオ先輩が助けてくれなかったら、死んでいました」冷や汗でないものがミユの頬を伝わるのが、ナオにもわかった。

「……ナオ先輩は、あれと戦っていたんですか」

 ミユが戦っていた時、の事ではないなとナオは感じた。

「そうだよ……あれと戦う専門の部隊に……そのサポートチームだけどね、……いたんだ。わたしの友達も、……その本隊の方に、いたんだ」

 何から話せばいいのか、何を話していいのか。話してはいけない事も少なくない。

「……ミユが戦ってたあの複合キメラ兵……たぶんあれが、わたしの友達が戦って、……負けた相手なんだ」

 汗ではないものが頬を伝わっているのが、ミユにもわかった。

「今度は間違えなかった。だから、ありがとう……ありがとう、なんだよ。ミユ」

 止まっているエスカレーターから二階に降りると、ハルタカが倒した不死兵の死体がそのままの状態で転がっていた。

 その下に降りれば、ミユの戦いは終わりだ。ミユが輸血を終える頃には、自衛隊の本隊か、ナオの友人がいたという専門の部隊が到着している。


「……精密検査を受ける必要もある。民間即応部隊はエス線を何度も長時間浴びるから、イッテンバッハ体が骨に残っていると定着して増殖する恐れがある」

 ミユの無線機は至近距離でEMPグレネードを使用したため壊れていた。ナオの無線機で、ミユはケンジロウの話を聞いていた。

「不本意だろうが、最低二週間は任務に出せない。検査の合間に、原付の免許でも取っておくといい」

 通信を終えると、ケンジロウはバックパックからM16と拳銃の予備弾倉を取り出した。

 手投げ式のEMPグレネードはハルタカに全部持たせた。残っているのは、サチのグレネードランチャー用のEMPグレネード弾だけだ。

 ユウコとヘリの生存者が、墜落したヘリからEMPグレネードを回収して区役所職員に預けている。ナオが持ってきてくれる予定だ。

 不死兵か複合キメラ兵が攻めてきたら退却、との命令だ。一回は、攻めてくるのを迎え撃たなくてはならない、という事でもある。

「ネストの不死兵とチャーリーチャーリーを三人……五人で迎え撃つとか、考えただけで生きた心地がしないな」

「リーダー悪いけどさぁ……悪い予感を口にするのやめてくんないかな?言うと当たるじゃん。せめてなんかいい予感とかないの?」

 グレネードランチャーの予備弾倉に弾を補充しながら少しの間ケンジロウは考えていたが、首を横に振った。

「考えられる最悪に備える準備と覚悟はしておかないとな。幸い事態は概ねその範囲内だ……チャーリーチャーリーが二体出てくるとは思わなかったが」

 無線連絡によると、ユウコが西口で不死兵と交戦中、ハルタカが徒歩で第二ポータル付近に潜入している。

「三体目がいるかもしれない。そうなるとかなりまずい。だから、プラムL4と10に偵察に行ってもらってる」

 そうケンジロウが言った直後に、ユウコからの無線が入ってきた。風切り音が強い……走りながら話しているようだ。

「こちらイダテン!やばいのがいた!追われてる!プラムL4はわからない、わたしを追ってるから大丈夫だと思うけど!」

 三体目。しかしユウコが、デス・レイ型の複合キメラ兵を見たくらいで血相を変えて逃げ出すとは思えない。

「ガンカメラの映像は本部に送った。とにかくやばい!こいつを倒すには戦車がいるよ!」

 少し後で、ユウコが安堵のため息をついた。振り切ったようだ……しかしマイクに入る風切り音は、一向に弱くならない。

「本部!学校に戻ってアサルトパックに換装するよ!アドンとサムソンも連れて行く、文句はないね!」

 ちょっと待ってくれ。ケンジロウが口に出すより前に、本部からの無線が入った。

「こちら武装民兵協会東京第四区本部、現在展開中の武装民兵および警察、自衛隊に連絡します……敵の“大型兵器”が出現しました。全長推定十メートル以上の、武装した巨大生物です!」

 うそだろ。思わず声に出る。

「これとの交戦は可能な限り避けてください。現在展開している部隊の装備では、これの撃破は不可能です!繰り返します、これの撃破は不可能です!」


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