後編:46 minutes bloodbath(3)
後編:46 minutes bloodbath(3)
……ナオ、ナオ!
おーお疲れアツミ。任務完了だね。
てか銃変えたんだ、アツミ。……へえ、ロシアの消音カービン。ウインドランナーは風のように静かにってか?
うん。全然不死兵に気付かれなかった。それでね、見て、ナオ。これ。
へえ……って、何?
これが電解弾。小さなEMPグレネードみたいなものが中に入ってて、頭に当てれば一発で不死兵を倒せるの。
ナオもこれにしようよ。ナオがこれを使ったら、きっとすごいよ。ギフトなんてなくても、私たちのチームに入れるよ。
無茶言わないでよ。そっちのチームはギフト持ちが必須条件じゃない。それは曲げられないし、そっちにはアツミが必要なんでしょ?
うん。だけど、ナオがいたらもっとすごいよ。ナオと一緒がいい。ナオといっしょで、ナオといっしょに。
ギフトばっかりはどうにもならないよ。でもまあ、ギフトは縁、って言うじゃない。気長に待ってよ。
……うん、わかった……だからナオ、それまでこれを使って。新しいのは、後でまた手に入れるから。
これが私のかわり。ナオと一緒に…ナオといっしょの。
……みんなが呼んでる。じゃあナオ、終わったら、あとでね。
……ああ、ケンジロウ?悪いけど、例の話……キャンセルってことで。……うん。アツミを驚かせてやろうと思ってたんだけど、先を越されたわ。
いいのが手に入ったよー、ロシアの九ミリだってさ。アツミが使ってみたって、興奮して持ってきたよ。
……へえ、まだそういう感じなんだ。さすが協会の秘蔵っ子、って感じだね。じゃあわたしは遠慮なく、その恩恵にあずかるとしようかね。
あれからそんなに月日はたっていないのに、M16カービンでもアッパーレシーバーを交換すれば五十口径電解弾が使えるようになった。
協会によれば、アメリカ軍の対不死兵部隊では、より弾道性能のいい四十口径電解弾への更新が進んでおり、じきに武装民兵でも手に入れられるだろう、とのことであった。
弾倉を取り外して中を覗く。5,56ミリ通常弾が、互い違いに二列で並んでいる。
写真で見た五十口径電解弾は、巨大な弾が弾倉いっぱいに入っていて、何かの冗談のようだった。
もうこっちに慣れてしまった……ナオは弾倉を元に戻した。
……誰でも手に入るものなんかじゃ、アツミの仲間にはなれないんだ。特別なものなんて、なにも持っていない。
それが、いやだった。いろんな意味で。
駅ビル西口の避難はまだ終わっていないが、不死兵を排除できたことで順調に進んでいる。
屋上はフィットネスクラブとフットサル場になっていて、フィットネスクラブは、職員が鍵をかけているところであった。
フットサル場の方は、網やフェンスが取り払われまだ数十人の避難者がいた。
銃を持った血まみれの女子高生に驚く人も少なくなかったが、民間即応部隊が安全の確認に来た、と伝える。
自衛隊のヘリコプターが墜落したのを見た者は、少なくないようだ。職員から説明は受けているはずだが、不安げにナオに質問する者も何人かいた。
「万一の時は、わたしが守ります。そのために、不死兵を排除してここまで来たんですよ」
確証はない。ケンジロウの予想が当たっていれば、なおさらだ。虚勢で塗り固めた作り笑い。
そういうのは、得意だ。少なくともミユよりは。
フットサル場の外側にある通路に陣取る。時折吹きつける風に、血の匂いを含ませる。
「不明のパークです」胸元の黒いパークバッジが光を失う。
来るなら来てみろ、チャーリーチャーリー……複合キメラ兵。
わたしバカだけどさ、この命、安くはないよ。
東急駅ビルの避難は完了しているため、駅ビル屋上の遊園地は静まり返っていた。
遊具コーナーの遊具はコンセントを抜かれている。都内唯一の屋上観覧車も動きを止め、まるでミユを見下ろしているよう。
馬潟駅西口方面は、専門学校の民間即応部隊が第二ポータルへの突破口を探しているが、複数のMGを並べた不死兵の防衛線に阻まれて近づけずにいる。
ばりばりばりばり、ばばばばはっ。電気ノコギリにも例えられるMGの発射音が、あちこちからひっきりなしに聞こえてくる。
観覧車をスコープで確認するが、窓も大きく大柄な不死兵がヘリコプターを撃ち落とせるような武器を持って隠れられる余裕はない。
スナイパーやMGが屋上を狙っている恐れがあるので、フェンスには近寄らないようナオから言われている。
スコープの倍率を上げて、周囲を見回す……撃ち落とされた自衛隊のヘリコプターが、雑居ビルの屋上に突っ込んでいるのが見えた。
ミサイルや機関銃を撃ち込まれたような痕は見えない。操縦席の損傷は少ないが、パイロットは動いていない。
「サンキュールーキー、そっちは後で行こうとしてた方だよ……こっちも墜落した以外の損傷は機体にないね。パイロットも外傷はないけど、死んでる」
ミユの報告にユウコが答えた。
ユウコは本部からの指令でヘリの墜落現場に来ていた。生存者一名。足を骨折しているが、武装民兵との合流を希望。
「了解しました。二機目の墜落地点を調査後に、東口の区役所職員のもとに送ってください」
ユウコのいるだろう地点からは土煙が上がっているが、建物に隠れてよく見えない。
馬潟駅西口はJRの線路と直角に東急線の線路が伸びていて、東急線沿いに駅前商店街が続いている。
個々の店舗の武装民兵は少ないが、駅前商店街としてチームを作っており、商店街の防衛と避難者の誘導を行っている。
北側に向かう大通りの突き当たりには、民間即応部隊を擁する専門学校の校舎が見える。
民間即応部隊は苦戦しているが、防衛線を張って北側への被害拡大を防いでいる。
それ以外の区画は雑居ビルがひしめいて、武装民兵もそれなりにいたはずだが、避難できた者はそう多くないらしい。
ヘリコプターの墜落地点は二機とも駅からは一キロ以上離れている。ミユが見たのは雑居ビルがまだ集まっている区画、ユウコがいるのは住宅街に近い。
幅は二、三百メートル、奥行き一キロほどの区画が、不死兵の支配下にある。賑やかな繁華街が、不死兵のネストになっているのだ。
「……こっちも同じだね。機体の損傷は軽微。生存者なし……操縦士および乗員に目立った外傷なし。これはアレだね……殺人光線」
「さつじんこうせん!?何それ?」コノミが言った。
「電磁波やマイクロ波を使って相手を攻撃する。雑に言えば、高出力の電子レンジでチンしてしまう兵器だ」
「そんなハイテク兵器があるの?不死兵たちの装備って、第二次大戦のままかそのコピーなんじゃないの?」
サチは言いながら通路の奥にEMPグレネードを撃ち込み、続いて不死兵から回収した手榴弾を投げ込んだ。
「大戦中から、世界中で研究はされていた。完成させたのは不死兵同様、ブットゲライト准将の執念、らしい」
「でも聞いたことないよ?そんな兵器」
「実用化されなかったからな。消費電力が大きすぎる……電解弾を作れる今の技術でも、一発分のバッテリーがサチより重い」
まあさぞ重いことなんでしょうよ。サチが少しむくれている。
「仮に一発しか撃てないバッテリーを使うにしても、総重量は百キロを超えるはずなんだ。それを駅ビルの屋上まで運び込んだ……気付かれずに」
「それができるのが、さっき言ってたチャーリーチャーリーとかいう奴なんだ……いったい何なの?」
無線のスイッチが入っていないことを改めて確認してからケンジロウは言った。
「あくまで噂話、と今はしておいてほしい……二体の不死兵の首を切断して、入れ替えてくっつけてもそれぞれ再生して、動き出す。イッテンバッハ体が体の情報を改竄し、なりすますことで、常識では考えられない移植が可能になる」
それは人間同士に限らない。
それが、複合キメラ兵……暗号名、チャーリーチャーリー。
何かあったら逃げろと言われているが、何もないならどうすればいいのか。ただ屋上に立っているだけというのは、無駄に思えてしょうがない。
静かな遊園地。遠い銃声。母と妹の殺された、あの時を繰り返す悪い夢を見ているよう。
それがミユを、かすかに苛立たせている……不安にさせている。
もう一回りして、何もなければ、ケンジロウに報告して戻ってもいいんじゃないか。
死体や血痕はない。空薬莢も落ちていない。銃や兵器も、見かけない。酸素ボンベのような物が、ステージの脇に置かれているくらいだ。
風船を膨らませるガスなどが入っているのだろう……そう思いながら近づくが、バルブが見当たらない。
近寄って調べる。大きなコネクターのような物がついている。何かの装置か部品。
コネクターの周囲に、濡れている部分がある。拭ってみる……グローブの指先が、赤く染まった。
血だ。
これは、「なにか」だ。
ごとん。背後で何か重い物を置く音が聞こえた。酸素ボンベのような、何か。太いケーブルでつながった、銃のようなもの。
その傍らに立つ人影……いや、人じゃない。
背は二メートルを余裕で超える。黒いマントを頭からかぶっているように見えるが、それが布ではないことはわかる……皮、あるいは、皮膚。
鼻と口しかない顔。……たぶん、鼻と口だ。人間のそれではない。目は……
それが身を屈める。体は不自然に平たい。人間なら、着ぐるみやコスプレ衣装の耳がついていそうな部分に、小さな黒い目が光っていた。
片目はない。傷跡になっている。表情はわからないが、ミユを見ていることは確かだ。
それは手を、翼を、いや、体を広げた。それはエイのような、コウモリのような、ミユを覆い尽くさんばかりの黒い影。
その体の端、手のようなものに持った刀が、陽光を浴びてギラリと光った。
「プラムL2よりプラムL1、デス・レイ型のチャーリーチャーリーと遭遇、交戦中!」
音もなく屋上に舞い降りた複合キメラ兵に、報告しながらナオは銃弾を浴びせていく。
殺人光線とバッテリーをそっと床に置くと、複合キメラ兵の目が鬱陶しげにナオを見つめた。蚊柱に顔を突っ込んだ程度の不快感は、感じてくれたようだ。
複合キメラ兵はしゃがんだような体勢から、地面すれすれを飛ぶようにナオに向かってきた。
銃に一発残して、空の弾倉を振り捨てる。複合キメラ兵に向かって駆け出しながら、ナオも腰から山刀を抜いた。
足を切り払おうとする複合キメラ兵を飛び越えて、山刀を振り下ろす。ゴムの塊を切りつけるような感覚の中に、背骨を断ち割った手応え。
すれ違いざまに追い打ちをかけようとしていた尻尾が、急に力を失う。尻尾の毒針に注意しながらナオは着地すると、銃に予備弾倉を装填した。
コントロールを失い複合キメラ兵が壁に突っ込む。すかさずナオが駈け寄り、背中に切りつける。
複合キメラ兵は振り返ったが、刀では受けなかった……刀ではナオの山刀に折られてしまう。それにどうせ、斬られてもすぐに再生する。
ナオの攻撃を無視するように、複合キメラ兵が振り向きざまに切りつけてきた。
とっさにナオは左手に持ったカービンで受ける。刀の刃がレシーバー上面の照準器に食い込んでいき、きれいに切断されていく。
ホロサイト高いのに、と一瞬思う。刃が銃本体に届いたら、照準器をマウントしているレールに引っかけて刃こぼれさせてやろうか。
複合キメラ兵を切りつけた山刀の勢いが鈍る。このまま再生して、山刀を抜けないようにするつもりらしい。
カービンで刀を受け流しつつ左足で蹴りつける。その勢いで山刀を引き抜き、後方に飛び跳ねた。
転がって体勢を立て直す。複合キメラ兵の方も立ち上がり、ナオと距離を離して飛び上がった。
山刀を鞘に収める。一応見てみるが、照準器の十字線はもう点灯していない。手で払えばポロリと落ちた。
刀傷はレールに達しているが、銃本体のダメージはなさそうだ。確認ついでに牽制射撃。
距離が近いおかげか、適当に狙ったのに弾は当たっている。効果はないが、複合キメラ兵が軌道を変えて避難者の列を襲うのは防げたはずだ。
複合キメラ兵は羽ばたくと速度を上げ、屋上の上を大きく回り込む。ナオはその間に予備のアイアンサイトを起こし、数発撃った弾倉を新しいものに交換した。
周囲を警戒しながら、ナオは複合キメラ兵の置いていった殺人光線に近寄る。動かそうと思ったが、想像以上に重い。
不死兵から奪った手榴弾で爆破しようかと次に思ったが、まだ数メートル先に避難者がいる。
その避難者たちは……凍り付いたように静かになっている。ほんの数十秒前に起こった事が、信じられないのだ。
まだパニックに陥っていない。ナオは大きく、息を吸い込んだ。
「……皆さん!誘導に従って、速やかに避難を続けてください!わたしがいる限り、手出しはさせません!だから落ち着いて、避難してください!慌てずに行動するのが、一番早いんです!」
避難者たちの中に、親子連れがいるのが見えた。五歳くらいの男の子が、母親にしがみついている。今まで泣いていたのか、目の周りを真っ赤に泣き腫らしている。
ナオは男の子をまっすぐに見つめた。拳を握り、突き出してみせる。……そして笑顔。精一杯の、作り笑い。
「大丈夫。お姉ちゃんが、死んでも守るから」
心の中で苦笑する。死んでも?……そう、死んでも。
こんな程度の事もできない奴のせいでアツミが死んだなんて、許さない。
フットサル場を覆う枠に、ネットを外してある部分がある。カービンを背負うとナオはそこに飛びついて、逆上がりの要領で登ると屋根枠の上に立った。
立ったとたんに、風が強く吹きつける。屋上の、フェンスよりも高い場所。風を遮るものは何もない。
奴は風に乗って空を飛ぶ。風を受け、風を感じれば、奴がどこから来るのか察する事ができる。
スカートをはためかせナオの太腿をなでるようにまとわりつく風。ビルの屋上から吹き飛ばし、ナオを地面に叩きつけようとする風。
避難者たちを襲い、ナオを焦らせて、その隙を突こうとする風。
風に向かって駆け出しながら山刀を抜く。ナオのいた通路の反対側から駅ビルの壁やフェンスを這い上がるように、複合キメラ兵が飛び上がった。
まさしく水族館で見るエイのような姿……最後の数メートルを飛び跳ねるように駆け抜けると、ナオはフェンスを飛び越えようとする複合キメラ兵を袈裟懸けに切りつけた。
かなりの勢いがついたはずだが、三分の一も切れていない。山刀を引き抜くついでに手榴弾を傷口にねじ込み、複合キメラ兵の体を蹴ってナオは飛び退いた。
EMPグレネードをあらかじめ投げておけば、地面まで墜落させられたかな……フェンスに腰をぶつけてなんとか駅ビル屋上に戻りつつ、複合キメラ兵が手榴弾を投げ捨てるのをナオは見た。
「こちらプラムL2、敵の殺人光線を発見。チャーリーチャーリーとはいまだ交戦中。避難は、順調に進んでいる模様」
フットサル場屋根枠のネットに揺られてひと息つきながら報告する。腰は痛いがダメージはない。カービンや拳銃もぶつけて損傷はしていない。
無線の返事がない。ケンジロウが無線に呼びかけている……だが、それは。
背筋から血の気が引いていく。屋根枠にかけた足がよろめき、そのまま転んでネットに受け止められる。
「……プラムL6応答せよ!聞こえるか?プラムL6!」
数十秒前。
「了解した。プラムL1より本部、プラムL2がチャーリーチャーリーを確認、交戦中!ギフテッドの召集を急いでくれ!」
不死兵が通路に顔を覗かせる。ケンジロウがライフルを構えるとすぐに逃げ出す……それがケンジロウを、さらに苛立たせた。
「ギフト持ちなんて本当にいるんだ……でも、自衛隊の方が先に着くでしょ?だめなの?」
「倒しきれない。ギフトがなければ、重火器がいる……少なくとも電解弾では、倒せない」
「どういうこと?脳を破壊すれば一発なんじゃないの?」コノミが聞く。
「不死兵のイッテンバッハ体は脳と脊髄にしかないが、複合キメラ兵は全身に定着させている。脳を破壊しても他の部分が再生させてしまうんだ」
「それって……ルーキーとかち合ってたらやばかったんじゃないの?あの子頭を撃つのが完全に身についてる。ボルトアクションだし、弾もあたしの308NATOよりちょっと強い程度じゃん」
「だから何かあったらすぐ逃げろと言ったんだ」ケンジロウは少し落ち着きを取り戻したようだった。
「プラムL1よりプラムL6、そっちはもういい。戻ってこい。プラムL7はプラムL2のフォローについてくれ」
返事がない。
「……プラムL6?プラムL6、応答せよ。……プラムL6応答せよ!聞こえるか?プラムL6!」
目と目の間にたぶん脳はある。距離さえ離せば、動きはそんなに速くなく小回りもきかない。
電解弾を撃ち込んだあと、カットオフレバーをオフにして通常弾を五発全弾撃ち込む……少しだけ怯んだようにも見えるが、悠々と滑空を続けている。
いったん姿を隠されると、次にどこから襲って来るかわからない。いったん屋上から離れたと思っても、すぐに別の角度からやってくる。
園内の遊具でなるべく遮蔽を取り、無線機のスイッチを切って周囲の音や感覚に集中する。
ニンジャのパークバッジにどれほどの力があるのかはわからない。しかし感覚が鋭敏になっているのはわかるし、それがなければとっくに死んでいた。
給弾ドアを開けて弾を補充する。ちゃりんちゃりんと弾が鳴る音がやけに大きく聞こえる。
上の方からナオの声が聞こえた気がする。何と言っているのかつい耳を傾けてしまう……
頭上の光が遮られる感覚。影が落ちるのを見たわけではない。上も見ないでその場を逃げ出すと、鋭い風切り音が聞こえた。
プレートキャリアの背中を敵の刃がかすめ、遊具のプラスチック部分がたやすく切り裂かれる。
振り向いて、かすかな殺気に銃を向ける。一瞬前にミユがいた所に音もなく着地した黒い影に電解弾を撃ち込む……青い火花を振り払うように、敵は立ち上がった。
電解弾はまったく効かない。弱点はどこなのか、そもそも弱点はあるのか、見当もつかない。
敵が飛びかかってくる。飛び退いてかわすが、刃は腕をかすめた。とにかく通常弾を、目が見えたらそこに撃ち込む。
さすがに目を撃たれるのは嫌なのか、腹側を向けて敵は飛び去っていく。今のうちに……数歩進んでようやく遊具コーナーの端にたどり着く。
しかし敵が姿を消し気配も消すと、もう一歩も動けなくなる。身を守る物がそばにないと、どうしようもない不安に囚われてしまう。
給弾ドア。通常弾を補充。……手が真っ赤に染まっている。たいしたことがないように思っていた刀傷が、思った以上に深い。
万能止血軟膏を取り出し、傷口に塗り込む。傷は骨まで達していた……銃を握ると、たっぷり血を吸い込んでいたグローブから血が染み出す。
あと数メートル行けば、階段にたどり着く。そうすれば逃げられる……
逃げられるのか?こっちの攻撃は効かない。逆に追い詰められるだけじゃないのか?しかしここが安全な訳ではない。
ポーチからEMPグレネードを取り出し、安全ピンを抜いてレバーが外れないようにポーチに戻す。
周囲を見回し、上を向く。影はない。このまま一気に出口まで走って……
そこに、影があった。
目の前だ。
逃げようとするが、遊具にぶつかって反応が遅れる。次の瞬間には目の前が真っ暗になった……重い衝撃。体当たりだ。
そのままはじき出されるように吹っ飛ばされる。起き上がろうとする前に、黒い影がのしかかってきた。振り払えない。
敵を押し退けようとするミユの肩に、ものすごい痛みが走った。敵の口が、ミユの肩をがっちりとくわえていた……
どんな歯をしているのか、肩全体に突き刺されるような痛み。敵が身をよじると、それが肉に食い込み骨まで届くのがわかった。
離したかと思ったら、少しずらしてもうひと噛み。体を食いちぎるほどの力はないが、鎖骨がきしむ。
次のひと噛みで、肩の付け根から首の付け根。視界が赤く染まる……首の血管を切られた。
どれだけ力を振り絞っても、噛み付いている口をこじ開ける事も、のしかかった敵を振りほどく事もできない。
敵はミユの肩に噛み付いたまま、時々絞るように噛み直して、ミユの血をすすっている。
叫ぶ息も尽きると、急に体から力が抜ける。気管も傷ついたのか、喉から血が流れ込んで息苦しい。
だれか、
誰か助けてください。
たすけて。
ナオ先輩。




